2021年03月13日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その4

 前回まで、オルタネーターとバッテリーの周辺での電流の流れについて説明しました。今回は自動車に電圧計と電流計を装備する上での具体的な説明をします。


■ 電流計の今昔

 車の発電能力の低かった時代は、バッテリーの状態を知るために電流計はかなり重要なメーターであり、多くの車が搭載していました。昔はオルタネーター(交流発電機)ではなくダイナモ(直流発電機)を使っており、エンジンが低速の時は発電能力が低かったのです。今の車は、エンジンを始動して数分も運転すればほぼ満充電になり、以後はほぼその状態が維持されます。しかし発電能力が低かった時代は、雨や夜などで消費電力が大きいと、車が停止してアイドリング状態の時にはバッテリーから持ち出しになり、渋滞などでバッテリーが放電状態になることが多かったのです。
 電流計を見れば、現在バッテリーに充電しているのか、放電しているのか、あるいは充電が完了して満充電といったことがわかります。放電が続いた後は、ある程度充電しておかないと、次のエンジン始動時に容量不足になっている可能性もあります。そういう意味で、電流計は重要なメーターだったのです。
 今は普通に使っている限り、オルタネーターの発電電力で不足することはないため、電流計で細かに観測する必要性はほとんどありません。そのためわざわざ備えている車は、特殊車両でもない限りありませんし、その意味を知っている人も減りました。
 しかしウインチを装着した4WDとか、作業機を頻繁に使うといった用途では、電圧計と電流計があればバッテリーの状態がよくわかり、適切に使用することができます。全く無用の長物というわけではありません。
 こういった今昔の事情とは別に、現在はまったく異なる理由で、電流測定をしている車が数多くあります。これは充電制御やアイドリングストップといった機能のためです。これらについては、また後で触れるかもしれません。


■ 余談 −− 追加電力負荷用の配線の接続位置

 車をいろいろいじる際に、電力負荷を追加することがあります。
 電気を使う機器を組み込む場合は、常時系、Acc系、On系、ライト系などを必要に応じて接続しなければなりません。例えばオーディオを同等品と入れ替えるといった場合なら、既存のオーディオ用電力配線を利用できます。あるいはちょっとした室内用ランプなど、わずかな電流しか使わないものなら、既設の配線を分岐して利用する事ができます。
 しかし大電流を必要とする機器を追加する場合は、新規に電源配線を用意しなければなりません。既設の配線から取ると、その系統の電流上限を超え、ヒューズが飛ぶなどの問題が起こります。
 車に備えられたヒューズボックスには、運が良ければ未使用の回路があります。オプション装備用の回路、最初から予備として用意されている回路などです。一般にこれらは、アクセサリ系やIGN系などで、10A程度のヒューズを組み込んで使うことができます。必要な用途での電流量が足りるのであれば、これらの予備系を使えば簡単です。
 電流や回路数が足りない場合は、より大元のプラス母線から分岐させる必要があります。よくあるのが、大光量の補助灯(今ではLED化が進み、だいぶ電力は小さく済むようになりました)やハイパワーオーディオなどです(4WDの電動ウインチなどは、前に触れたようにまた別の扱いになります)。こういった機器の説明書を見ると、しばしば、バッテリーのプラス端子に接続しろと書かれています。なるべく電源の大本につなぐことで、無駄な電圧降下や既存配線の過負荷を防ごうという意図だと思われますが、実はこれは正しいとは言えません。
 大電力ではあるものの、エンジン運転時のオルタネーター出力でまかなえる程度の負荷の場合は、一番好ましいのはオルタネーターのB端子からの配線を引き込んでいるメインのヒューズボックス(たいていエンジンルーム内にある)内で、適当なヒューズを介した部分から取り出すことです。ここはオルタネーターが発電した電力が車両全体に分岐する部分であり、スターターなど一部の例外を除き、車両の電源回路の一番の付け根となるからです。ここからヒューズを介して負荷に給電することで、車両のほかの電装系と同等の接続形態となります。
 ただこの場所はメインヒューズボックス内部であり、配線を簡単に接続できるとは限りません。その場合はオルタネーターのB端子から配線を引き出し、ヒューズを介して負荷に送ることができます。
 通常の車では、バッテリーのプラス端子とオルタネーターのB端子は直結されています。なのでバッテリーのプラス端子につないでもオルタネーターにつないでも電気的には同じです。しかし電流計を備えた車であれば話は変わります。もし拡張用の配線をバッテリー側に接続すると、前回説明した作業機用モーターなどと同じ構成になります。つまり追加した負荷に流れる電流は、電流計の上で充電電流として示されてしまうのです。またエンジン停止時に使った際に、バッテリーの放電電流として示されません。これでは、電流計の意味がなくなってしまいます。
 負荷をメインヒューズボックスかオルタネーターのB端子に接続すれば、オルタネーターから負荷に流れる電流は電流計を通らず、車両側のその他の電気負荷と同じ扱いになり、電流計の働きを損ないません。

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 追加回路と電流計の関係


■ 自動車用の電圧計と電流計

 今乗っているY61サファリには、電圧計と電流計を後付で備えました。ちなみに、前に乗っていたY60サファリにも付けていました。その前のJeep J58は標準で電流計を備えており、さらに別途電圧計を取り付けていたので、自分の車で電圧/電流計がないのは、NDロードスターだけということになります。
 まずは昔ながらの電気計器としての電圧計と電流計について説明します。
 単純なアナログ式の電圧計や電流計は受動的に動作します。つまり測定対象の電気回路からエネルギーを取得し、それで針を動かすのです。この場合、メーターを機能させるために外部の電源は必要ありません。自動車のような規模の電力の場合、メーターのために使われる電力はごく僅かなので、負荷回路に対する影響はほとんどありません。


・電圧計

 一般に可動コイル型電流計に倍率抵抗を直列にいれて実現します。これに電圧をかけると、電流計の内部抵抗と倍率抵抗の合成抵抗に対して、加えた電圧に比例した電流が流れるので、電流計の針の動きにより電圧を知ることができます。電流計は、磁石で作られた磁界中に回転できるコイルを置き、それにスプリングを取り付けます。コイルに電流を流すと磁界が発生し、これと磁石の磁界によりコイルが回転するモーメントが発生します。コイルにはスプリングが取り付けられているので、電流によるモーメントとスプリングの力がバランスしたところで回転が止まり、電流に比例した角度位置となります。このコイルに指針をつけることで、目盛板上で電流値を読み取ることができます。電圧計として使う場合は、倍率抵抗などを使って電圧に換算した値を目盛板上に記すことで、電圧値を読み取ることができます。
 電圧を測る間、この回路に電流が流れますが、これはせいぜい数ミリアンペアなので、自動車のバッテリーであれば常時接続したままでまったく問題ありません。かつて自分のJeep、Y60に取り付けた電圧計はこのタイプのものでした。

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 アナログ式の可動コイル型電圧計

4-030.JPG 電流計を使って電圧を測定


・電流計

 自動車用の直流電流計には、電流を直接測るタイプと、シャント抵抗を使って分流するタイプ、電線周辺の磁界を測定するタイプなどがあります。電圧計に使われるような可動コイル型電流計は微小電流用なので、自動車の回路のように何十アンペアも流れる回路には直接使用できません。そのため異なる構造のメーターを使ったり、回路を工夫して測定します。
 直接測るタイプは、測定対象の電流がすべて電流計を通過するように接続します。かつてJeepに搭載されていた電流計は、このような直接測定型でした。
 内部構造の詳細は正確には覚えていませんが、自動車の車載用のものはさほどの精度は求められず、なおかつ数アンペア以上の大電流測定用ということで、かなり簡略化された構造のものでした。電流が流れる太い導線部のそばに、磁界の大きさによって回転するように、指針が取り付けられた金属片が置かれていました。電流の正負で逆に振れなければいけないので、これは磁石片だったのでないかと思います。
 このような構造だと、正確に何アンペアといった測定には不向きですが、自動車用の場合、充電か放電か、電流が大きいか小さいか程度がわかれば十分なので、この程度でよかったのでしょう。
 シャント抵抗型は、測定位置で配線を切断し、抵抗器を挿入します。これをシャント(分流抵抗)といいます。ここに電流が流れると、抵抗の両端に電流に比例した電圧が発生します。回路全体の動作に影響しないようにシャント抵抗は極めて小さい抵抗値で、発生する電圧はわずかです。この微小電圧を可動コイル型電流計に流すことで、回路に流れる電流を計測できます。つまり回路に流れる大電流を、シャント抵抗と微小電流用電流計に分けて流すこと(分流)で大電流を測定するのです。
 Y60に取り付けた電流計はこのタイプのものでした。

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 シャント抵抗を使う電流計


■ 外部電源を必要とする電圧計と電流計

 Y61サファリに付けた電圧計と電流計はここまで説明したメーターとはちょっと異なり、作動させるのに外部電源を必要とするタイプです。
 電圧計は、測定対象電圧を内部で測定し、広角メーターを動かしています。動作電源と測定端子は共通なので、接続する配線は2本だけ(それとは別に照明電源が必要)ですが、単純な可動コイル型メーターよりも消費電流が多くなっています。
 電流計は前述したシャント抵抗タイプですが、シャントの電圧を測定する2本の電線とは別に、メーター電源が別途必要です。また放電電流がある程度以上大きくなると赤色LEDを点灯させる回路が組み込まれています。この電流値は、裏側にある半固定抵抗で設定できます。電源オフの時、電流計指針はマイナス側に振り切った状態で、電源を入れると、中央のゼロ位置からプラスマイナスに振れるようになります。
 これらのメーターは広角指示でかっこいいのですが、外部電源が必要という条件は、実は電圧計と電流計に関してはとても不便なのです。


■ 電圧計の問題

 外部電源を必要とする電圧計と言っても接続は単純で、測定したい電圧の配線にメーターを接続するだけです。メーターはこの配線の電圧を示します。つまり配線は以前の受動的な電圧計と一緒です。ただ、内部に電子回路がある分、消費電流が大きくなっており、車両のプラス母線に常時接続で使うにはちょっと不安があります。
 ではAcc電源(アクセサリ位置、On位置で供給される)に接続すればいいかというと、それでは不十分です。まず、車が全く電気を使っていない時(キーOff位置)のバッテリー電圧を測れません。これはバッテリー状態を知りたい時、結構重要な情報です。エンジンをかけないままAccにすれば電圧はわかりますが、この状態ではナビやオーディオなどの電力消費が発生しており、無負荷状態とはいえません(無負荷にするために装備のスイッチを切るのも面倒です)。
 しかし最大の問題は、ST位置です。エンジン始動のためにスターターを回す際は、大電流を供給するために必要ない部分の電源を切るようになっている車が多くあります。実際、うちの車ではAcc系がオフになってしまうのです。これがどういうことかというと、スターターモーターが回転している時の、バッテリーの電圧降下を調べられないのです。電圧計の電源をOn系にすればスターター時の電圧を測定できますが、今度はOff時、Acc時の電圧は測れません。
 つまり消費電流の多い電圧計を使う場合、単純な接続では、Off、Acc、On、STすべての状態で電圧を測る方法がないのです。


■ 電流計の問題

 電流計のほうは、動作用の12V電源と、オルタネーターとバッテリーの間の母線に挿入したシャント抵抗の電圧を測る2本の線から構成されます。12V電源が供給されなければ、当然、指針は動きません。つまり電源供給と測定に関して、電圧計と同じ問題があるのです。Off時は普通は(測定可能なレベルの)電流は流れていませんが、ライト類を使っていれば放電電流が流れます。Acc、On、STに関しても、電圧計と同じ問題があります。前に触れたように、どのスイッチ位置であっても、電流計の指示値を知りたいのです。
 電流計にはもう1つ問題があります。シャント式の場合は、シャント抵抗の両端からの配線をメーター部まで引き込みます。よく考えると、この配線はバッテリーのプラス端子直結です。この配線がショートすると、バッテリーからの大電流が流れ、溶断、発火の可能性があります。そのため、ヒューズなどによる保護を考える必要があります。


■ メーター用電源をどうにか用意する

 メーターの消費電力の都合上、メーター電源を常時供給するわけにはいきません。そのため、Offの状態では、後付したスイッチを押している間だけ、メーターに電源を供給するようにします。またキーがAcc、On、STのすべての状態でメーターを動かすためには、AccかOnのどちらか(あるいは両方)の電源が来ている時に、メーターに電源を供給するようにします。
 要するに、手動スイッチ、Acc、Onで供給される12VをOR接続すればいいのです。ただし、これらの配線を単純につないでもだめです。例えば後付したスイッチをOnにしたら、Acc系、IGN系すべてに通電されるなどといったことは許されません。AccとOnも同様です。それぞれの系統の他の部分に影響することなく、メーター電源のみ、これらの電源供給のORで動くようにしなければなりません。
 これは、ダイオードOR回路を利用しました。それぞれの系統からの電流を、ダイオードを通してから接続することにより他系統に影響することなく、OR的に電力を供給することができます。

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 ダイオードを使ったOR回路

 ダイオードを使うことで、ある系統に12Vが加わった時、ダイオードに順方向の電流が流れます。関係ない系統については、ダイオードが逆方向となるため、電流は逆流しません。これでほかに影響するすることなく、スイッチ、Acc、Onのいずれか(複数可)に12Vがかかると、回路に電流が流れます。ここには12Vで動作するリレーをいれ、その接点を介してメーター類にプラス母線から12Vが加わるようにします。
 リレーを置かず、ダイオードからの電流を直接メーターに送ってもいいのですが、ダイオードによる電圧降下があるので、電圧計の指示値がその分下がってしまいます。シリコンダイオードだとこの電圧降下は約0.6Vから0.7Vになります。これを避けるために、リレーを入れているのです。リレーは機械接点なので、電圧降下はありません。
 このような回路から電源を供給することで、Offの時はスイッチ操作で、それ以外の時は常時メーターが稼働するようになりました。
 この電源供給回路も含めて、Y61サファリに取り付けた電流計と電圧計の回路を示します(照明系統は省略してあります)。

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 実際のメーター周辺回路(イルミネーション系は省略)


■ 今どきの電流と電圧の測定

 最近は配線のすぐそばに磁気センサーを置くタイプが広く使われているようです。電線に電流が流れると、線を中心として周辺に磁界が発生するので、それを磁気センサーで測定すれば電流量がわかります。電圧はエンジン制御コンピュータが電源電圧を測定することで把握しています。これらの情報は、充電制御やマイルドハイブリッド、アイドリングストップなどの制御に使われます。


posted by masa at 13:14| 自動車

2020年12月17日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その3

 前回、通常の自動車の始動時のバッテリー、オルタネーターの動作と電流の流れについて説明し、その中で電圧計と電流計がどのような指示をするのかを説明しました。今回は、ウインチのような例外的な大負荷を取り付けた場合について説明します。


■ さらにチャージランプについて

 前に説明したように、オルタネーターに制御電源が供給されている状態で発電されていないと、警告灯のチャージランプが点灯します。エンジン始動前やエンストした時はこのような状態になるのでランプが点灯します。
 普通に運転しているにも関わらず、このランプが点灯した場合は、オルタネーターが発電していないということです。オルタネーターの故障、ファンベルトのスリップや切断などでこの状態になります。オルタネーターが発電していない場合、運転に必要な電力はバッテリーから供給され、しばらくは運転を続けることができますが、バッテリーが上がったらエンジンは止まり、車は動けなくなります。一般ドライバーの多くは、チャージランプに意味を理解していないと思われるため、オルタネーター故障は、たいていこの段階で発覚します。
 車に電圧計/電流計が備えられている場合、走行中にチャージランプが点灯すると、電圧計は12V程度まで指示値が下がります。母線電圧がオルタネーター出力電圧からバッテリー端子電圧になるためです。電流計のほうはほぼ0だった表示が、各種機器への電力供給のため、10から数十アンペアの放電になるでしょう。エンジン始動時に各種負荷にバッテリーが電力供給していた時と同じです。
 オルタネーターが機能停止することで、母線電圧が約14Vから12V程度まで低下するので、夜間であればライト類が暗くなるといった症状があらわれますが、これは気づかないかもしれません。チャージランプの点灯に気づかなければ(あるいは無視していると)、バッテリーが上がってエンストし、初めて異常を認識することになります。チャージランプに加え、電圧計や電流計が備えられていれば、電圧の低下、放電電流の増大という形で、バッテリーがあがる前にオルタネーターの障害に気づけます(メーターを見ていればですが)。
 運転中にこの状態になったら、極力電力消費を抑え、安全なところまで走行するしかありません。
 オルタネーター故障でもなく、エンジンが回転しているのに発電していないという状況があります。以下は筆者が経験した事例です。


・始動後のエンジン回転数が低すぎた
 現在の電子制御エンジンでは、冷間時に自動的にアイドルアップしますが、キャブ車にはこのような制御はありません(チョークを使えば回転が上がりますが)。そのためエンジンを始動し、規定アイドル回転数以下という状況が起こりえます。
 オルタネーターは回転数が低すぎると、出力電圧が十分に高まりません。発電電圧がバッテリー電圧より低い場合は、オルタネーターから母線に電流が流れません。ある程度回転数を上げると電圧が上昇するので、出力電流が流れるようになります。十分に出力電圧が高くなる回転数はアイドル回転数より低いので通常は問題ないのですが、冷間時などで極端に回転が低い場合、これに達しないことがあるのです。この場合、出力電圧が低すぎるため、エンジンが回転しているのにチャージランプが消えないという状態になることがあります。
 似たような事例として、エンスト寸前という状況があります。エンストには至らなかったものの、回転数が極端に下がったときに、一時的にチャージランプが点灯することがあります。

・ベルトのスリップ
 オルタネーターはファンベルトによって駆動されますが、このベルトの張り調整がゆるいと、大負荷時や水で濡れた時にスリップすることがあります。以前Jeepで煌々と前照灯を照らして林道を走っていた時(オルタネーターはほぼ最大出力)、水たまりで跳ね上げた水でベルトがスリップし、水分が飛ぶまでオルタネーターが止まり、ライト類が薄暗くなったことがありました。また洗車で下回りに水をかけた後のエンジン始動で、スリップが発生したことがあります。


■ 大電力を必要とする負荷 −− 作業機用モーターなど

 4WDや小型クレーンの電動ウインチ、軽トラのダンプやパワーゲートの電動油圧ポンプなど、通常の自動車用の電気負荷と比べ、桁違いに大電流を消費する負荷があります(ここでは、スターターモーターよりも大電力を消費するもの、あるいはそこまで電流が流れなくても、比較的長い時間使用するものなどを考えます)。これらの負荷が消費する電力は、オルタネーターが発電できる最大電力よりも大きい場合があります。
 自動車の電装系の消費電力が増えると、それに応じてオルタネーターの出力電流も増加し、14V近辺の電圧を維持します。これはオルタネーターに内蔵されたレギュレーター(電圧調整回路)の働きです。これについては、以前の記事でも少し解説しました。そしてオルタネーターが出力可能な最大電流に達すると、以後電流は増加せず、出力電圧が低下していきます。
 オルタネーター出力電圧がバッテリー端子の開放電圧まで下がると、バッテリーに充電する電流がなくなり、逆にバッテリーの放電が始まります。以後はオルタネーターの発電した電流と、バッテリーの放電による電流が電気負荷に流れます。この場合の出力電圧は、おおよそバッテリーの端子電圧になります。例えば負荷電流が250A(そのうち50Aが自動車走行のための負荷、200Aがウインチ負荷)で、オルタネーターが150A発電できるなら、バッテリーは100A放電します。そしてこの時のプラス母線電圧は、おおよそバッテリーが100A放電している状態の端子電圧となり、11V程度になるでしょう。

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 バッテリー端子に大負荷を接続した時の電流の流れ(エンジン運転時)。


 100A以上流れるような負荷をつなぐ場合は、スターターモーターと同様に、バッテリーのプラス端子に直接接続することが多くなります。なぜこのような接続にするのかを考えてみます。
 バッテリーのプラス端子につながる車両側プラス母線の配線は、大電流を必要とするスターター専用配線は別になっているので、エンジン停止時の放電電流、スターターを除くエンジン始動時の放電電流と、始動後の充電電流が流れます。充電電流はオルタネーターの最大出力電流を超えることはなく、それ以外の放電電流も、通常はオルタネーター出力でまかなえるはずです。そのためオルタネーターとバッテリーの間の配線は、最大で100A程度流せれば十分で、通常の運転中であれば連続的に数十アンペア以上流れることはありません。
 ここにオルタネーターだけではまかないきれない大電力負荷を接続する場合、オルタネーターの下流に接続すると、バッテリー、オルタネーターと負荷の間の配線が過電流状態になる可能性があります。負荷にはバッテリーからも大量に電流が流れ、この最大値はバッテリーの容量にもよりますが、最大で数百アンペアにまで達するからです。
 以下の図は、500A必要とするウインチがオルタネーター下流に接続されている状態です。この場合、バッテリーとオルタネーターの間に400A、オルタネーターとウインチの間に550Aも流れることになります。この部分の配線が100A程度しか想定していないものであれば、発熱して溶け落ちたり火が出ることになります。

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 負荷接続位置による不具合。


 こういった状況で配線を保護するために、大負荷はバッテリーのプラス端子に直接つなぐのです。このように接続することで、大負荷への電流は負荷につながる専用配線のみを流れ、残りの回路上で過電流になる配線はなくなります。バッテリーとオルタネーターの間の配線も、最大でもオルタネーターの出力電流以下です。
 もちろん、既存の配線をすべて太いものに取り替えれば、オルタネーターの下流に接続することもできます。しかし自動車の設計段階から想定しているならともかく、後付機器の場合はあまり現実的ではありません。


■ 大負荷と電流計

 大電力負荷をこのようにバッテリー側に接続した場合の難点は、スターターと同じように、これらの作業機負荷に流れるバッテリーからの放電電流が、電流計の充放電の電流値として指示に反映されないことです。ただ、エンジン始動時のスターターの消費電流が電流計にまったく反映されなかったのと異なり、これらの作業機に流れる電流は、別の形で電流計に表れます。違いは、スターターモーターの電流がエンジン停止時(オルタネーター非発電時)に流れるのに対し、作業機などの負荷はオルタネーター発電中に使われる点です(パワーゲートなどはエンジン停止状態で使うことが多いようです。この場合はスターターと同じ関係になります)。
 エンジンが動いている時、オルタネーターの最大発電量が150Aで、車両本体で50A、作業機のモーターが200A消費する場合、電流はオルタネーターからバッテリーに接続された負荷に流れます。電圧計と電流計が備えられていれば、これらの値をある程度知ることができます。
 まず車両が使用する電流はオルタネーターから車両側に流れます。これでオルタネーター容量150Aのうち、50Aが使われます。作業機は200Aなので、オルタネーターの残り容量100Aは電流計とバッテリーのプラス端子を経由し、作業機のモーターに流れます。このモーターはさらに100A必要なので、バッテリーからも100A放電することになります。
 この時、電流計の指示値はどうなるでしょうか? オルタネーターからの100Aがここを通り、バッテリー側に流れているので、100Aの充電電流が流れているという指示になります。もちろんこの100Aは、実際にはバッテリー充電ではなく、作業機のモーターに使われています。

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 バッテリー直結の大負荷時の電流計の指示。


 このように電流計指示値は、オルタネーターから作業機を含むバッテリー側に、どれだけの電流が流れるかを示すことになります。実際の作業機に流れている総電流は、この位置に置かれた電流計では知ることはできません。
 また作業機を止めた後、バッテリーは相応の放電をしたことになるので、エンジンが動いていれば、オルタネーターからの電流で充電が始まります。この充電電流値は、当然のことですが、電流計に指示されます。そのため作業機を止めても、電流計は充電側に触れ続け、バッテリーがいっぱいになるにつれて、電流値が減っていくでしょう。
 このように、大電力負荷をバッテリー端子につないだ場合、電流計は負荷電流を測るという面ではあまり役に立ちませんが、バッテリーの状態監視には便利に使えます。というか、現在の自動車で電流計を備える最大の理由は、このような用途です。


■ 電流計のあるべき形

 このように、バッテリーに直接つないだスターターやウインチなどの電流については、電流計は正確な充放電電流の測定ができません。電流計をセットする位置がオルタネーターとバッテリーの間であり、これらの大負荷がバッテリー側につながっているためです。配線を強化、あるいはバッテリープラス端子に電流検出センサーを置き、その直後に大負荷への配線をつなぐなどして、これらの負荷を電流計より車両側につなげば、理屈通りの測定ができます。ただこの場合、電流計を流れる最大電流は数百アンペアとなるため、これを測定可能なアナログメーターを使うと、こんどはわずかな電流の時の値を示すことができません。例えばフルスケールで500Aなら、10A流れても針が触れているかどうかわからないでしょう。そうすると、普段の使用時の充放電などの観測に支障をきたします。
 可能性としては、測定範囲が広く高分解能のセンサーを使い、デジタル表示することでしょうか。3桁のデジタル表示で0Aから999Aまで正確に示すことができれば、日常の僅かな電流から最大電流まで表示可能でしょう。


■ 大電流を測るには

 電流計がついていても、スターターや作業機モーターにどれだけ電流が流れているかはわかりません。しかし負荷の見積もりや故障診断などで、これらの電流を測りたいことがあります。あるいは電流計のないクルマで、バッテリーの充放電や車両負荷電流などを調べたい場合があるでしょう。
 このような時は、直流対応のクランプメーターが便利です。クランプメーターは測定器の一種で、電線のまわりにループ状のセンサー部を挟むように置くことで、その電線に流れている電流を調べられるという便利な測定器です。一般に電流を測るためには、配線を切断し、そこに電流計をかますという形になりますが、クランプメーターは、配線を切ることなく測定することができます。かつてはループコイルに発生した誘導電流により交流電流を測るものでしたが、その後、磁気センサーを組み込むことで、直流電流も測定可能になりました。ただし微小電流の測定は苦手で、測定可能なのは数アンペア以上です。上限はかなり大きく、数百から数千アンペアまで測定できます。

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 クランプメーターでウインチに流れる電流を測定しているところ。


 注意しなければならないのは、挟む線の数です。基本的には1本の線を挟みます。電流が往復する2本以上の線を挟むと、向きによって磁界が相殺されるため、個々の線の電流は測れません。測定値は、流れる向きに正負の極性を付け、それを加算した値になります。例えば同じ電流量が逆向に流れている場合は測定値は0になり、同じ向きであれば合計電流となります。

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 クランプメーターと電流の向き

 クランプメーターをスターターに行く配線にセットすれば、スターターモーターの消費電流を測定できます。オルタネーターとバッテリーの間にセットすれば、充放電電流を調べられます。オルタネーターのB端子配線を調べれば、オルタネーターの出力電流がわかります。


■ バッテリーの容量とアンペアアワー

 実際に電動ウインチなどを使用すると、かなり大きなバッテリーを搭載していも、連続使用したらすぐに放電しきってしまします。ここでちょっとバッテリーの容量について見てみます。
 バッテリーの容量を示す目安として、Ah(アンペアアワー)で示される値があります。これは、流れる電流と流れる時間をかけ合わせた値で、例えば10Aの電流を10時間流した場合、100Ahとなります。バッテリーが放電しきるまでのアンペアアワー値は、バッテリー容量を示すひとつの目安になります。
 ただし放電電流と放電時間の関係はきっちりとしたものではありません。10Aを10時間放電できるバッテリーが100Aを1時間放電できるわけではありません。同じ容量であっても、一般に放電電流が大きくなるほど、電流×時間で示されるアンペアアワー値は小さくなります。特に電流が大きくなると、この容量値は極端に小さくなることがあります。例えば100Ahであっても、100Aの放電は10分くらいしか続かないといったことになります。ただしちょっと間をあけると回復し、また放電できるといったこともありますが。
 そのためバッテリー容量をアンペアアワーで示す場合は、何時間かけて放電したかという条件を示す必要があります。JIS規格では5時間率で示す事が多いようです。つまり100Ahなら、20Aを5時間放電することになります。


■ 自動車用バッテリー

 鉛バッテリーには、その用途により、容量をまるまる放電するような使い方を意図したものと、大電流を短時間放電する用途に向けたものがあります。前者はディープサイクルバッテリーといって、例えばキャンピングカーの電源、バッテリーカー、ウインチなどを使う場合に向いています。後者はスターターバッテリーといい、エンジン始動時にスターターを回し、それ以外の時はあまり放電しないという、普通の自動車用のバッテリーに向いたもので、総容量よりも短時間の大電流放電の特性を向上させています。

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 コンパクトカークラスのバッテリー。


 後者のように、一時的に大電流を流すという用途のバッテリーでは、容量を示すためにCCAという単位がしばしば使われます。これはCold Clanking Ampare(寒冷時のクランキング電流)の略で、氷点下18度で30秒間放電し、単電圧が7.2Vになるという条件での電流値を示します。例えば-18度で500Aの放電を行い、30秒後の端子電圧が7.2Vに低下した時、このバッテリのCCA値は500となります。
 現在の自動車用バッテリーは、アイドリングストップや充電制御への対応/非対応などでいくつかの種類があります。そのうち、アイドリングストップなどを行わない昔ながらの一般的なバッテリー、つまり通常の運転中はほとんど放電を行わないという用途のものは、日本では115D31Rといった形式で示されます。最初の数字(115)が性能ランク、D31などはバッテリーの大きさ、最後のRかLは端子の位置を示します。
 性能ランクは、おおよそそのバッテリーの容量を示し、数字が大きいものほど放電できる容量が大きく、そしてスターターなどのために大きな電流を取り出せます。小さな自動車なら40程度から、比較的大きな乗用車などでは100以上のバッテリーを搭載しています。性能ランクはJISで制定されているもので、CCA値と、25A放電を何分間維持できるかという数値から算出した値です。大体5時間放電率のアンペアアワー値より何割か大きな数値になるようです。また性能ランクが同じ値でも、ケースの大きさ(D31など)が変わると容量などはちょっと変化します。例えば115D31Lなら、CCA値は710A、5時間放電率は70Ah、20時間放電率は81Ahとなります。


■ バッテリーテスター

 バッテリーの状態や特性値は、バッテリーテスターを使って測定することができます。車載、あるいは降ろした状態のバッテリー端子に測定クリップをつなぎ、バッテリーの形式を指定すると、現在の充電状態(パーセント値)、CCA値、内部抵抗、健全性などを判定できます。もちろんこれはバッテリーを冷やして大電流を測っている訳ではなく、電圧や内部抵抗などを測定しているものと思われます。
 例えば筆者が使っている145D31というサイズのバッテリーは、このテスターで測ると、新品時で700 CCA以上でした。

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 バッテリーテスター。バッテリーに接続することで、各種情報を示す。必要な電力はバッテリーから得る。

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 CCA値。これはちょっと放置した145D31Lバッテリーを調べたもの。

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 内部抵抗。

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 バッテリーの健全性。

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 放電状態。

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 全体的な状態。状態は悪くないが、充電せよということ。

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 次回は、自動車用の電圧計/電流計の構成や接続について説明します。

posted by masa at 17:28| 自動車

2020年11月28日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その2

 今回はエンジン始動時の電流の流れについて説明しますが、その前に、チャージランプについて説明しておきます。

■ チャージランプ

 現在の市販車両にはほとんど電流計が装備されていませんが、チャージランプは備えられています(Chargeは充電という意味です)。バッテリーのシンボルが描かれたランプで、On位置にすると点灯し、エンジンが始動すると消灯します。通常の運転時は消灯したままですが、エンストしたり、エンスト寸前までエンジン回転数が低下すると点灯します。
 このランプが何を意味しているかというと、オルタネーターに対して制御電源が与えられている状態で、発電されていないことを示します。オルタネーターは、電磁石を回転させて発電するので、最初に電磁石に電力を供給しなければなりません。また内蔵された電圧調整回路にも電源が必要です。これらのために、On状態になるとオルタネーターに電源が供給されます(B端子と別に、制御用電源の端子があります)。この電源が供給された状態で、ある程度以上の速度で回転することで、オルタネーターは発電します。
 この電源が与えられている状態で発電していない時に、チャージランプが点灯します。それがエンジン始動前やエンストした時です。以降の説明では、このチャージランプの状態についても説明します。

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 チャージランプの構成。

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 On状態でエンジンが停止していると、チャージランプが点灯する。

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 エンジンが始動し、オルタネーターが発電を開始するとチャージランプが消灯する。


■ スターターモーター

 基本的に電流計はバッテリーの充放電電流を示すのですが、例外的な要素もあります。それがスターターモーターです。エンジン始動のためのスターターモーターへの電力供給は、オルタネーターの動作開始前なのでバッテリーから行われます。ここまでの説明の通りなら、スターターモーターへの電流は電流計を通って、バッテリーの放電を示すべきです。しかし実際のスターターモーターへの配線はバッテリーの+端子に直接つながっており、バッテリーからスターターへの電流は電流計の指示に表れないのです。標準で電流計を備えた車でも、一般的な乗用車ではたいていはこのような配線になっています(車両の種類によっては、スターターの電流も測れるようになっているものがあるかもしれません)。

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 スターターを含めた回路(ヒューズは省略)。


 なぜこのような接続になっているかというと、流れる電流が大きいからです。スターターモーターは、エンジンのサイズにもよりますが、小型車以上なら100Aから150A程度は流れます。そのためスターターモーターには専用の太い配線を使い、抵抗を少しでも小さくするためにバッテリーの+端子に直結されています。オン/オフする接点もモーターの側面に取り付けられており、大電流が流れる配線が長くならないようにしています(この接点を動かすソレノイドは、スターターのピニオンギヤを動かすのと共用されます)。バッテリーにつながる車両全体のプラス母線は直径6mmから10mm程度ですが、スターターモーター配線は10mmから15mm程度あります。バッテリーのプラス端子には太い電線がつながっていますが、実はこれはスターターに行く線で、車両側につながるプラス母線は、この太い線といっしょに固定されている少し細いほうの線です。
 このような接続になっているため、バッテリーからスターターモーターに流れる電流は、電流計を通りません。またもし通すとすると、電流計の表示のスケールをこのスターター電流に対応したものとせねばならず、数アンペアといった僅かな電流の計測が難しくなります。ただこのような変則的な配線により、電流計の指示値の解釈は、ちょっと頭を使う必要があります。このような点も含めて、以降の節でエンジン始動時の電流の流れについて説明します。


■ エンジン始動時の電圧と電流

 電力の供給という観点で、エンジンの始動操作をくわしく見てみます。スターターモーターの結線が例外的な構成といったこともあるので、電流の流れと電流計の指示の食い違いなどについても説明します。
 前の解説とちょっと重なるところもありますが、以下に、始動前の状態からどのように変化していくかを示します。なおスイッチの操作は、昔ながらのキー式を前提にしています。ボタン式の場合は、AccやOn状態にするための手順が異なります。


0. Off位置

 キーがOff位置の時は、ルームランプやライト類などを明示的にオンにしていない限り、電力はほとんど使っていません。制御系やオーディオ系などのデータのバックアップ、リモコンキー受信機やイモビライザーなどの待機電力程度です。もちろんこれは、バッテリーから供給されています。これらは僅かな電流なので(せいぜい10ミリアンペア程度)、フルスケールが数十アンペア以上の電流計では測定限界以下で、電流計の放電電流の指示値は0Aとなります。
 バッテリー電圧は端子開放電圧となり、12Vから13V弱程度です。13V近く示すのは、エンジンを止めてさほど時間が経っていない状態です。また寒冷時にはさらに電圧が低くなることもあります。ここではこの状態での電圧を12.5Vとします。
 ルームランプ、ハザードなど、オフ時でも使用可能な負荷を使っている場合は、それらが消費する電流が、放電電流として電流計に表示されます(図中の電流値、電圧値は例としてあげたものです)。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Off状態で電気負荷を明示的に使っていない状態では、ごく僅かな電流しか流れない。そのため電流計は0A、電圧計は12.5Vを示している。


1. Acc位置

 キーをAcc位置にすると、オーディオやナビ、シガーソケットやUSB電源コネクタなどに通電します。マニュアルエアコンだとファンモーターが回転するものもあります。負荷や機器の構成にもよりますが、だいたい数アンペアから10A程度の電流の放電となります。これくらい流れると、電流計の針が0より放電側(マイナス側)に触れているのがわかります。ここでは5A流れるものとします。
 この程度の電流だと、バッテリーの電圧降下はほとんどなく、オフ時と同じくほぼ端子開放電圧のままで、電圧計は12.5Vのままです。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Acc状態ではオーディオ、ナビなどが動作する。電流計は5A、電圧計は12.5Vを示している。


2. On位置(エンジン始動前)

 キーをOn位置にすると、各種の電動の補機類、燃料ポンプ、点火系、エンジンやミッション、ブレーキなどの制御系や、安全装備などの電子回路類にも電力が供給されます。また一部の機器は初期化や自己診断を開始し、管理するモーターやソレノイドを動かすこともあります。オルタネーターに制御電源が供給されますが、回転していないため発電はされず、警告のためにチャージランプが点灯します。
 車両の構成にもよりますが、10Aから数十アンペアの電流がバッテリーから放電されます。まだオルタネーターによる発電は行われていないので、これらの消費電流は、電流計上で放電電流として観測することができます。
 これだけの電流が流れると、バッテリー電圧は多少低下します。低下の度合いは放電電流、バッテリーの容量や状態次第です。容量が大きいものほど電圧降下は小さく、また劣化が進むと電圧降下が大きくなります。通常の状態であれば、この時点での電圧降下は0.5V程度で、電圧計の指示値は12Vちょいから12V弱の間くらいになります。

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 On状態(エンジンは未始動)ではAcc系に加え、自動車の制御系ほぼすべてに電力が供給される。電流計は20A、電圧計は12.0Vを示している。


3. スタート位置

 On位置からスタート位置に回すと、スターターモーターのソレノイドが動作し、バッテリーからモーターに電流が流れます。前に説明したように、モーター駆動電流はバッテリーからモーターに直接流れ、電流計は通りません。そのため電流計の指示値は、バッテリーの放電電流であるにも関わらず、スターターモーターの消費電流を含みません。
 エンジン始動時はバッテリーからの放電電流が桁違いに大きくなるため、少しでも節約するためにAcc系は一時的にオフになります。
 電流計の指示値は、スターターの回転開始に伴い、Acc分が減っているにも関わらず、多少値が増加します。エンジンが回転することで、点火コイルや燃料噴射インジェクターなどの消費電力が増えるためです。
 スターターでエンジンが回ることで、オルタネーターも回転しますが、この段階では回転速度が低すぎ、発電を開始できません。そのためチャージランプは点灯したままです。
 スターターモーター回転時は、電圧計が大きく動きます。バッテリーはスターターと合わせて100A以上の放電を行うため、バッテリーの内部抵抗により端子電圧が降下するのです。これもバッテリーの容量や状態によりますが、10Vから11V程度に下がります。9V以下に落ちるようだと、バッテリーがくたびれていると思って良いでしょう。具体的には満充電状態ではない、古くなって劣化したり容量が低下している、そもそも容量不足といった原因が考えられます。もちろん、スターターモーターやエンジンに不具合があり、過大な電流が流れている可能性もあります。
 スターターでのエンジンの回転はアイドル回転数よりかなり低いので、この段階ではまだオルタネーターの発電は開始していません。

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 ST状態(エンジン始動中)ではAcc系はオフ、その他の制御系ほぼすべてに電力が供給される。さらにスターターソレノイドに給電されることでモーター回路がオンになり、バッテリーから直接モーターに電流が流れる。電流計の指示値は増えているが、スターターの分は含まれていない。


4. エンジン始動

 エンジンが自力で回転を始め、キーをOn位置に戻すとスターターモーターは停止します。エンジンが回り始め、オルタネーターが発電を開始するのでチャージランプは消灯します。オルタネーターは、エンジンが定格のアイドル回転数以上で回転していれば、発電して電流を供給します。オルタネーターが正常に発電していれば、電圧計はだいたい14V以上を示します。ただしバッテリーの充電中や、ライトやエアコンなど、大量の電装品を稼働させていると、13V台まで落ちることがあります。
 オルタネーターが発電を開始すると、自動車が使用する電力はすべてオルタネーターから供給されるようになります。同時に余剰電力がバッテリーに充電されるので、電流計には充電電流(プラス側)が示されます。充電電流の大きさは、オルタネーターの出力、自動車の消費電力、バッテリーの放電状態などにより変化します。スターターの使用で持ち出された電力を補うために、一般にエンジン始動直後は数十アンペアの充電電流が流れ、充電が進むにつれて充電電流は徐々に減り、数分で数アンペア程度の充電電流に落ち着きます。
 例えば始動前に30Aが数秒流れ、スターターモーターに100Aの電流が数秒流れたとすると、これだけで数百アンペア秒の容量の放電が行われたことになります。例えば500アンペア秒の放電量だったとしたら、50Aの充電電流で10秒間充電が必要ということになります。

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 On状態(エンジンは始動)ではオルタネーターが発電している。車両側の消費電流は始動直前と大きく変わらないが(Acc分は増える)、オルタネーターから供給されるので、電流計には表れない。オルタネーターからの電流でバッテリーを充電する。電流計は充電電流の+50A、電圧計はオルタネーター出力の14.0Vをを示している。


5. 充電完了

 数分間エンジンが回れば、1回の始動手順でのバッテリーからの持ち出し電力はほぼ充電されます。エンジンを何度も始動、停止したり、長期間エンジンをかけず、バッテリーの放電が進んでいれば、より長い時間がかかりますが、それでもある程度の時間で完了します。ただし、充電電流は最初大きく、徐々に減っていくため、最初の1分くらいでエンジン始動に使用した電力の2/3程度は充電されますが、残りの分を完全に充電するには、より長い時間が必要になります。一般にバッテリーの劣化が進むと、満充電に要する時間も長くなるようです。
 最悪の条件は、バッテリーあがり状態からエンジンをかけた場合でしょう。バッテリーが上がる寸前でエンジンをかけたり、あるいはほかの車やバッテリーを使ってエンジンをかけ、完全放電状態のバッテリーを充電するには、かなりの時間がかかります。一般に、最初は大きな充電電流が流れますが、それが徐々に減って満充電となります。バッテリーが完全に上がってしまうと、オルタネーターによる満充電には数時間程度かかります。電流計があれば充電電流を見ることで、充電がほぼ終わっている、あるいはまだまだ充電しているといったことがわかりますが、電流計がないとどうにもわかりません。場合によっては充電が足らず、1度エンジンを止めたら再始動できないといったことも考えられます。

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 放電した分の充電がいっぱいになると、充電電流はごく僅かになる(ここでは3A)。充電分の電力消費がなくなった分、オルタネーターの出力電圧はちょっと上昇し、14V以上を示す。


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 以下の動画は、この一連の動作に伴う電圧計と電流計の動きを示したものです。これらのメーターは動作に電源を必要とするので、横の小さなスイッチにより、Off時に電源供給できるようになっています。



 次回は、ウインチのような特殊な大電力負荷を車両の電装系に接続する場合について説明します。


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2020年11月25日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その1

 車のバッテリーについては、よく自動車関連メディアで話題になります。例えば雨の日の夜の渋滞は車の電力消費が増えるのでバッテリーに負担がかかるなんて話はよく聞きます。でもなぜ渋滞だと負担がかかるのか? そもそも本当に負担がかかってるんでしょうか?
 今回は、車の電力事情についていろいろ考えてみます。ただし取り上げるのは昔ながらの構成のもので、ハイブリッド車には触れません。充電制御やアイドリングストップについては、最後にちょっと触れるかもしれません。


■ 車と電力

 今の電子制御バリバリの車は、電力がなければ走ることはできません。しかし昔の車やバイクはそうでもありませんでした。電気と縁の薄いものについて、以下に簡単にまとめておきます。


・ディーゼルエンジン車

 ガソリンエンジンは点火プラグにスパークを飛ばすのに電力が必要ですが、ディーゼルエンジンは空気の断熱圧縮の熱で燃料に点火するので、点火プラグはありません。昔ながらの機械式燃料噴射なら、クランクシャフトの回転を動力として燃料を噴射するので、始動さえしてしまえばエンジンの回転の持続に電力は必要ありませんでした。
 ただし、寒冷時の始動を容易にするため、燃焼室の温度を高める電気ヒーター(グロープラグ)を使うものもあります。もちろん、始動のためのスターターは外部電力を必要とします。
 現在のディーゼルエンジンは燃料噴射の制御が電子化されているので、電力なしでは運転できません。


・小型ガソリンエンジン

 小排気量のバイクや船舶エンジン、発電機や農機具用の汎用エンジンの多くは、プラグの点火のために外部電力を必要としません。フライホイールに組み込んだマグネットによりコイルに電流を発生させ、プラグにスパークを飛ばします。そのため外部のオルタネーターやバッテリーを必要とせず、エンジン単体で運転を続けることができます。
 航空機用ガソリンエンジンも、信頼性の点からこのような点火機構を使ったものが多くあります。
 最近は排ガス規制がきびしくなり、小型のバイクや産業用機器のエンジンも電子制御が導入されつつあります。


・普通の(旧式な)ガソリンエンジン

 電子制御が導入されていない自動車用エンジンなどは、点火系のみに外部電力を必要とし、それ以外には必要ないものが多くありました。キャブでガソリンを供給し、燃料ポンプが機械式(エンジンの回転でポンプを駆動するもの)なら、点火系以外の電力は必要ありませんでした。このようなエンジンは、1980年代まで使われていたので、さほど古くない旧車でもこのようなものがあります。


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 今日の車は、プラグの点火だけでなく、ディーゼルエンジンも含めてさまざまな制御が電子回路により行われているので、電力なしにエンジンを運転することはできません。
 またオートマチックトランスミッションの制御、ライト類やワイパー、ABSのなどの安全装備、ウィンドウやドアなどの電動化、エアコンやオーディオなどの快適装備のために多くの電力が必要です。


■ 電力源

 車の電力源は2つあります。1つはバッテリー、もう1つはエンジンで駆動される発電機です。この発電機は内部では交流発電しているので、オルタネーターと呼ばれます。発生した交流は内部で整流されるので、出力端子に出ているのは直流です。

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 自動車用鉛バッテリー(135D31L)。

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 オルタネーター(Y61サファリのもの)。


 オルタネーターの内部構造については、このあたりでも解説しています。未完ですが。
 エンジンが動いている間の電力は、基本的にオルタネーターによって供給されます。オルタネーターには通常の電力使用量以上の発電能力があります。装備のシンプルな軽トラなどでも12V50A程度、一般的な乗用車なら12V 100A以上の出力が可能です。オルタネーターはエンジンで駆動されるので、当然、エンジンが動いているときしか電力を生み出しません。そのためエンジン停止時の電力負荷やエンジン始動時には、バッテリーを使用します。
 バッテリーは鉛タイプ(リチウムタイプなどもあるみたいです)で、鉛化合物の電極と硫酸の電解液の組み合わせで働く充電式電池です。鉛バッテリーは内部抵抗が小さく、大電流を放電できる(大電流を放電しても電圧降下や発熱が少ない)という特徴があります。
 バッテリーの主要な用途は、エンジンが停止している時の電力供給です。エンジン停止時はオルタネーターが機能していないので、電力源はバッテリーしかありません。まず思い浮かぶのはエンジン始動用のスターターモーターやエンジン始動前から稼働していなければならない点火系統や制御回路類への電力供給です。またオーディオや照明類など、エンジン停止時にも使用できる電力負荷があります。
 それ以外にも、エンジン停止時にさまざまな用途のための電力供給を担っています。各種の制御系回路は、内部データのバックアップの電源を必要とし、またエンジンの停止時に動作しているセキュリティ系システムがあります。正当な鍵を使わないとエンジンを始動できないイモビライザー、リモコンドアロックの受信機や動作回路などです。またハザードやライト系統、ブレーキランプ、クラクションなどは、キーやエンジンスイッチのポジションに関わらず動作します。これらはすべてバッテリーを電力源としています。もちろんエンジン始動後は、オルタネーターからの電力を使います。
 またエンジン運転中でも、何らかの理由によりオルタネーターの発電量が不足した時には、バッテリーからも電力が供給されます。
 鉛バッテリーは充電式電池で、エンジン停止時に放電した分の電力は、エンジン始動後にオルタネーターが発電した電力で充電されます。一般的な使用形態であれば、エンジンを始動して数分で、それまでに放電した電力をほぼ充電できます。

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 停止時とエンジン運転時の電力の供給。


■ 車の電源系統

 まず車の電源系統を簡単に説明します。ここで説明するのはハイブリッドや充電制御などに対応していない、昔ながらの構成のものです。電装電圧は12Vでバッテリーは1個とします。

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 車の基本的な電力系統。On、Accなどの系統は簡略化してある。


 車の12V系プラス母線にバッテリーの+端子とオルタネーターのB端子がつながっています。赤い線はすべてこの母線か、母線に接続している配線です。マイナス側はボディアースです。
 車の電装系は、常時給電(キーやスイッチのポジションに関係なく給電)、Acc系給電(Acc位置とON位置で給電)、ON系給電(ON位置とスタート位置で給電)があります。ON系はIGNやIGとして示されることもあります。この表記はエンジンのイグニッション(点火)系、つまりエンジンを運転するために必要な電源という意味です。現在では点火系以外にも多くの機器がエンジン運転のために必要です。キーのST(始動)位置はON系がオンでスターターを回転させる位置ですが、この位置ではAcc系がオフになる車種もあります。また図には示していませんが、On系でもST位置ではオフになる系統が別れているものもあります。ワイパーやエアコンなど、運転中に使うが、始動時には必要ないものがこの系統に接続されます。
 これらの電力の用途に応じた系統ごとに、過電流保護用のヒューズやヒュージブルリンクを介して、母線から分岐します。それぞれの系統は、さらにヒューズやスイッチを介して目的の電気負荷につながります。大電流を必要とするスターターモーターや4WD車のウインチなどは、バッテリーの+端子から直接モーターにつながっており、ヒューズなどは入っていません。
 オルタネーターのB端子は、発電電力を出力する端子です。稼働していない時は電圧は発生していません。この時、この端子に電圧を掛けても電流は流れないので、リレーなどを介することなく、バッテリーの+端子に直接つながっています。エンジンが始動し、オルタネーターが回転すると、この端子に発電した電圧が出力されます。バッテリーの端子電圧は定格で約12V、満充電で13V程度ですが、オルタネーターの出力電圧は14.4V程度になります。
 オルタネーターが発電を開始し、母線電圧が14V以上になり、バッテリーの電圧を超えると、前の図に示したようにオルタネーターからの電力はバッテリーに流入し、バッテリーを充電します。運転開始直後は、スターターによる放電、止まっていた間の放電分を充電します。
 満充電状態でない鉛バッテリーは、端子にかかっている電圧がバッテリー自身の電圧よりちょっとでも高いと、端子から電流が流入し、充電が行われます。乗用車クラスの容量のものなら、開放電圧が12V程度で、これに14Vかければ最大で50Aから100Aの充電電流が流れます。満充電に近づくと徐々に流れる電流が小さくなり、完全に充電されると数アンペア以下まで充電電流が減ります。
 鉛バッテリーは複雑な充電制御は必要ありません。単にプラス母線につないでおくだけで、放電と充電ができます。


■ 大電力負荷時の挙動

 オルタネーターの発電能力は回転数によりある程度変動します。アイドル時の回転数では、定格電流を出力することはできませんが、回転数をちょっと上げれば(一般的な乗用車なら2000 RPM程度)、オルタネーターは最大出力電流を発生することができます。車の通常の運転状態では、アイドル時も含めて、車で消費する電力をオルタネーターで供給することができます。では通常状態を超える大負荷の場合はどうなるのでしょうか?
 オルタネーター出力電圧は、エンジンのアイドル回転数以上なら無負荷で14V以上で、バッテリー充電や大負荷がなければ、14.4Vくらいになります。出力電流が増えるほど電圧は低下しますが、定格の範囲内で、ある程度の回転数であれば12V以上の出力が可能です。この電圧はバッテリー電圧より高いので、バッテリーが放電することはありません。負荷が増え、定格電流以上の電流が求められる場合は、オルタネーターの出力電流は増えず、出力電圧がさらに低下します。この電圧がバッテリー端子の開放電圧より下がるとバッテリーの放電が始まり、以後バッテリーが放電可能な間は、母線電圧はバッテリー電圧となります。この状態では、オルタネーターの最大出力電流とバッテリーの放電電流が母線に供給されます。それでも負荷電流が賄えない場合は、母線電圧がさらに低下します。もちろん、バッテリーが上がってしまっても、電圧は低下します。

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 大負荷時の電流の流れ。オルタネーターとバッテリーの両方から電流が供給される。


■ 電圧と電流を観測する

 バッテリーやオルタネーター、電力負荷の状況を見るために、電圧計と電流計を使うことができます。現在の車では、運転計器として電圧計や電流計を備えているものは殆どありませんが、エンジン制御コンピュータは、電圧や電流の値をセンサーで取得しているものがあります。
 以下の図は、電圧計と電流計を接続する位置を示しています。スターターモーターの接続は省略してあります。

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 バッテリー、オルタネーター、電力負荷と電圧計/電流計の位置。


 電圧計は、バッテリー母線電圧を観測します。できればエンジンの運転やキースイッチの状態に関わらず、母線の電圧がわかるということが求められます。
 母線電圧を測定することで、エンジン停止時のバッテリー電圧、エンジン運転時のオルタネーター出力電圧がわかります。例えば停止時に電圧が11V以下だったら、バッテリーが相当弱っていると判断できます。運転を終えた後に12Vあっても、翌日見たら電圧が下がってるといった場合、バッテリーの劣化がかなり進んでいると判断できるでしょう(極寒状況でも電圧が下がります)。あるいはエンジン運転時に、電圧が14Vに満たないとなったら、車で多くの電力負荷が使われている、あるいはオルタネーターの出力が低下しているか、もしかするとどこかに異常があって過負荷で大電流が流れている可能性があります。
 電圧計で母線電圧を観測することで、このようにバッテリー劣化やオルタネーター故障を早い段階で検知することができます。
 電流計は、オルタネーターとバッテリーの間に入れます。この位置の電流値が何を示すかと言うと、バッテリーの充電と放電です。そのため電流計は、プラスとマイナスの両方を示せるセンターゼロタイプを使います。電流の向きは、プラス指示がバッテリーに充電、つまりオルタネーターからバッテリーに電流が流れている状態です。マイナス指示はバッテリーの放電で、バッテリーから車両側に電流が流れている状態を示します。電流の測定上限は、余裕を持ってオルタネーターの最大発電電流程度とし、だいたい50Aから200Aくらいになります。

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 電流計の指示値と電流の向き。


 電流計の指示値の解釈は、車の電装系の構成を理解していれば難しいことはありませんが、以下に簡単にまとめておきます。


・エンジン停止時

 エンジン停止時はオルタネーターが動作していないので、すべての電力はバッテリーから供給されます。したがって電流計はバッテリーから自動車の負荷回路への放電電流を示します。オルタネーターが動いていないので、充電を示すプラス側に振れることはありません。
 エンジン停止中にオーディオなどのアクセサリやライト類を使っていれば、その消費電流が電流計に示されます。

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 エンジン停止時の電流の流れ。


・エンジン運転時

 エンジンが動き、オルタネーターが発電している状態では、車の電力負荷への供給は基本的にオルタネーターからなされます。エンジン始動直後は、バッテリーがある程度放電しているので、オルタネーターの余剰電力でバッテリーが充電されます。この時、電流計はプラス側に振れて、充電電流値を示します。充電電流は最初大きく、その後徐々に小さくなり、満充電になればほぼゼロになります。したがって通常の運転時は、始動直後を除いて、電流計はほぼゼロ表示ということになります。
 エンジン運転時にマイナス側に振れた場合、バッテリーが放電していることを示します。この場合、オルタネーターの電力供給量が不足しており、バッテリーからも供給されていることを示します。この時電圧計も見れば、通常時の約14Vよりも低下し、12V程度かそれ以下になっているはずです。普通の使用状況では、このようになることはほとんどありません。どちらかというと、オルタネーターの機能が著しく低下している可能性があります。

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 エンジン運転中の電流の流れ。


 通常の運転状態では、一時的にわずかに放電することはありますが、放電状態がずっと続くというのは異常です。オルタネーター故障か、異常な電気機器の過負荷でこの状態になり、バッテリーがあがるとエンジンは止まってしまいます。電気機器側に問題がある場合は、異常な発熱や発火に至る可能性もあります。
 自動車関連の記事で、バッテリーの負担についてよく言われるのがこの状態のことです。雨の日の夜の渋滞というのがこのパターンです。ライト類が点灯し、エアコンがオン、オーディオなども使い、そして渋滞なのでアイドルの時間が多く、オルタネーター出力が低下するため、バッテリーからの持ち出しが増えるという理屈です。実際にその状態でバッテリーからの持ち出しになっているのかどうかは、電流計を見れば一目瞭然です。


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 以下の写真は、自分のY61サファリに取り付けた電圧計と電流計です。エンジン始動直後の状態なので、電圧はオルタネーター出力電圧で、バッテリーに充電している電流値が示されています。

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 Y61サファリに後付した電圧計と電流計。

  次回は、エンジン停止から始動、定常運転状態に至るまで、電流の流れを細かく説明していきます。

posted by masa at 09:22| 自動車

2020年11月09日

ミッションをばらす その20 −− クラッチ部と歯車あれこれ

 一連の解説の最後となる(予定の)今回は、クラッチ部のチャンファと、ミッションで使われている歯車の構成について説明します。


■ 各速ギヤのチャンファの形状

 シフト動作やシンクロ機構のところであまり触れなかった点について、最後にちょっと書いておきます。各段ギヤのクラッチ部のチャンファについてです。
 チャンファ(chamfer)は前にも触れた通り、面取りという意味で、部品の角の部分を落とすという加工です。ここまで説明してきたチャンファは、クラッチスリーブとシンクロナイザーリング、ギヤのクラッチのスプライン噛み合い部分で、スプラインの位相がずれていてもこれらが滑らかに噛み合えるように、スプラインの端を山形に加工した部分です。これは、噛み合う両方の要素に対して行われます。つまりスリーブとリング、スリーブとギヤのクラッチというように、接触して噛み合う両方の部分がチャンファ加工されています。
 クラッチスリーブ、シンクロナイザーリングのチャンファは左右対称な山形(直角二等辺三角形)になっていて、位相がずれた状態でスリーブとリングが接触しても、この山形どうしが当たり、どちらかがずれて位相を揃えるように動きます。スリーブとギヤのクラッチ部のチャンファも同じ働きをするのですが、チャンファ加工の形状がほかの部分と異なっているギヤがあります。具体的には、2速、3速、4速のチャンファ部の形状が変わっています。これら以外のギヤは、後退も含めて、チャンファ部はスリーブやリングと同様に、対称な山形になっています。

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 対称な三角形のギヤ側チャンファ。

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 非対称なギヤ側チャンファ

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 5速と6速は、対称なチャンファ(スリーブを外した状態で撮影)。

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 3速と4速は、非対称チャンファ。右側が4速、左側が3速。

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 1速は対称、2速は非対称なチャンファ。右側が2速、左側が1速。


 なぜ一部のギヤのチャンファの形状が異なるのかはわかりません。
 特許関連の文書に、シフトフィールの改善といった記述もあるようなのですが、詳細はわかりませんでした。考えられるとしたら、スリーブが噛み合う際の何らかのメリットでしょうか。2速から4速はシフトアップ/ダウンとも頻度が高いので、噛み合いやすさという面でにメリットがあるのかもしれません。
 もう1つ考えられることは、スリーブと噛み合っている状態で、スリーブとギヤ側のスプラインの接触面積の違いです。非対称チャンファのスプラインは、スプラインの両側の側面の接触部の長さが違います。写真で見ると、上側の接触部より、下側の接触部のほうが長くなっています。そのためスリーブとの接触に関して、下側の接触面のほうが広くなります。ミッション内のギヤの回転方向からすると、加速時(ギヤ側からメインシャフト側にトルクがかかる)には接触面積が少なく、減速時(トルクは逆向き)には面積が増えることになります。(写真では、ハブ、ギヤ側とも、撮影面で下から上に向けて回転します)


■ チャンファによるギヤ抜け防止

 アクセルを踏み込んでの加速や、アクセルを戻してのエンジンブレーキにより、クラッチ部に大きなトルクがかかります。このトルクがスリーブとギヤのスプライン接触部にかかることで、スリーブをずらす力が発生することがあります。これは接触部の摩耗やトルクによるわずかな変形などが原因となります。スリーブが実際に動いてしまうとクラッチの噛み合いがはずれ、ギヤ抜けとなります。
 前に説明したシフトロッドのディテント(クリック感)は、ギヤ抜けを防ぐ効果があります。このクリック感を上回る力にならない限り、スリーブは動かないからです。
 それとは別に、ギヤ抜けを防ぐ工夫があります。それがスリーブ、ギヤ側クラッチのスプラインの接触面のチャンファ加工です。ここまでこれらのチャンファ加工は、スリーブとギヤが噛み合う際の誘導役として説明してきました。スプラインの位相がずれていても、チャンファの山形が当たることで位置が揃い、噛み合いに進めるというものです。
 ここまで挙げてきたチャンファ部分の写真をよく見ると、先端部のとがりとは別に、クラッチ噛み合い時の接触部にもちょっと加工が施されているのがわります。接触する部分に、わずかな傾きがあるのです。

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 スリーブの噛み合い部も少し斜めに加工されている。


 噛み合うスプラインの接触面は、基本的に軸方向に対して平行です。そのため理屈の上では、トルクがかかってもスプライン接触面でスライドするような力は発生しません。しかし実際にはスライドするような力が発生することがあります。例えばギヤやスリーブに前後方向にガタがあれば、その動きはスライドさせる力を発生させます。はすば歯車は駆動トルクによってスラスト荷重が発生するので、このような前後動が起こります。また酷使や長年の使用により接触面が摩耗すると、接触面が軸に平行ではなく斜めになり、より抜けやすくなることもあるでしょう。
 このようなスライドする力でギヤ抜けしにくいように、スプライン接触面は図のような形状に加工されています。

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 スプラインのチャンファ部の形状の加工。


 接触面は、あえて軸に平行ではなく斜めに加工してあります。これによりトルクがかかった時にスリーブがずれるような力が発生します。この力は噛み合いが進む向きなので、ギヤ抜けは起こりません。逆にスリーブが強くギヤ側に引っ張られる形になり、ギヤ抜けを防ぐことができます。またギヤをニュートラルにする時は、この接触部にトルクがかからないようにする必要があります。つまりクラッチを切るといった操作です。
 この部分が摩耗し、この斜面が逆向になってしまうと、トルクがかかるとスリーブが抜ける方向の力が発生し、ギヤ抜けが起こります。

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 接触面が摩耗するとギヤ抜けが起きやすくなる。


■ 歯車についてのまとめ

 最後にこのミッションの仕様の一部、具体的には歯車の情報をまとめておきます。歯車の仕様というと歯数が思い浮かびますが、実はミッションのような構造だと、いろいろ考えなければいけない要素もあります。ここでは歯車の基本的なパラメータの1つであるモジュールについて説明し、そして歯車機構の設計の自由度を高める転位歯車について簡単に紹介します。


■ 歯車の歯の大きさ

 分解した各速の歯車を見ると、歯数と直径が異なるだけでなく、歯の大きさに違いがあるのがわかります。1速、2速、後退などの低速ギヤは歯が大きく、中速や高速のギヤは歯が小さくなっています。これは歯に加わる力の大きさを考慮したものです。低速ギヤほど歯面にかかる力が大きくなるので、強度の高い歯車になっています。

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 歯車の歯の大きさの違い


 歯車の強度を決める要素として、歯車の厚さもあります。当然、厚みのあるほうが強度が高くなります。このミッションでは極端な歯車の厚みの差はなく、どれも20mm弱程度です。


■ PCDとモジュール

 2個の歯車が噛み合っている時、互いの歯が相手側の歯と歯の間にはまります。そのため、歯車の外周で測った半径値を加えたものと、2個の歯車の軸間距離は一致しません。ピッチ円直径(PCD、Pitch Circle Diameter)は噛み合った状態の歯車の実質的な直径値です。従ってPCDを半分にした半径値どうしを加えれば、軸間距離に一致します。また歯車の変速比は、PCDの比率に一致します(後で説明しますが例外もあります)。一般に歯車機構の軸配置設計は、PCDに基づいて考えます。
 歯車の歯の大きさはモジュールという値で示されます。モジュールはPCDを歯数で割った値です。当然ですが、PCDの大きさと歯数は比例関係が成立します。
 PCDに円周率πを掛けるとピッチ円の円周の長さが得られ、それを歯数で割ると、円周上での歯の間隔の距離(歯ピッチ)が得られます。つまりモジュールの値にπを掛けると歯ピッチが得られます。したがってモジュールが大きいほど、歯の間隔が広く、大きい歯ということになります。

 ピッチ円の円周長 = PCD × π
 モジュール = PCD / 歯数
 歯ピッチ = 円周長 / 歯数 = モジュール × π


 2つの歯車は、歯ピッチが揃っていなければうまく噛み合いません。つまりモジュール値が等しいことが求められます。
 歯車の製作方法として、円盤状の金属材料の周囲を、歯の形になるように整形された刃物で切削するというものがあります。これはある程度以上の大きさの金属歯車では一般的な製法です。多くの歯車の歯の形は、インボリュート曲線で構成されるので、この形になるように刃物の形状を決めるのです。このやり方では、歯の大きさ、つまりモジュール値ごとに異なる断面の刃物が必要になります(さらに加工方法によっては、歯数によっても多少切削形状が変わります)。
 刃物の種類を増やすにはコストがかかるため、任意のモジュール値で歯車を作るのではなく、あらかじめ用意されているモジュール値から選んで歯車を作るというのが一般的です(もちろん大量生産するのであれば、半端なものでも作れます)。


■ 歯数、モジュール、PCD、軸間距離の関係

 トランスミッションの設計では、各段を選択した時の減速比を決めます。この減速比は、メインドライブギヤによる減速と、各段のギヤごとの減速の比をかけたものとなります(直結ギヤのみ、歯車は関係なく、減速比は1になります)。メインドライブギヤの減速比は各段で共通なので、段ごとの減速比の違いは、各段のギヤの減速比で決まります。
 歯車の歯数はある程度以上の値の整数であり、噛み合っている2つの歯車の歯数の比が減速比になります。例えば駆動する側が20歯、駆動される側が40歯なら、歯数の比率は20:40、減速比は40/20で2になります。減速比は小数点以下まである有理数ですが、歯数比の:の左右は必ず整数になります。
 歯車は増速も可能であり、この場合は減速比は1未満になります。例えば倍速にするのであれば減速比は0.5となります。直結段の上にオーバードライブ段がある場合は、それらの減速比は1未満になります。NDのこのミッションは最上段の6速が直結なので、すべての段は減速比が1以上になります。

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 歯車のモジュール、歯数、PCD、軸間距離の例。


 2つの歯車の間で減速比を決め、それに必要な歯数を求めることを考えてみます。PCDは歯数に比例しますから、2個の歯車の歯数比とPCD比は同じになります。つまり20歯と40歯の歯車なら、PCDの比率も20:40になります。2個の歯車の軸間距離は、それぞれの歯車のPCDの半分(歯車の半径)を加えたものとなります。そして前に触れたモジュールにより、歯ピッチが決まります。
 減速比を決める場合、2個の歯車の歯数比になるので、目的の比率に近くなるように2つの歯数(整数)を決めます。例えば15歯と30歯で減速比2とします。この場合のPCD比は1:2となり、軸間距離が90mmなら、15歯のPCDは60mm(半径30mm)、30歯は120mm(半径60mm)でうまく噛み合います。PCDと歯数が決まればモジュール(M)が決まり、60/15あるいは120/30でモジュールは4となります。歯ピッチはこれに円周率をかけたものなので、約12.6mmになります。
 すべてを自由に決められるのであれば、このようにして各種のパラメータを好きな順序で決めることができます(減速比だけは整数比による近似となります)。しかし現実の設計ではいくつかの制約が発生します。
 マニュアルトランスミッションの場合、カウンターシャフトとメインシャフトという平行する2本のシャフトの間に、歯数比の異なるいくつかのギヤセットを置きます。このような構成から、これらのギヤセットはすべて同じ軸間距離(カウンターシャフトのメインシャフトの軸間距離)になります。
 軸間距離が決まっている状態で、希望する減速比を得るための歯数比つまり半径比を決めなければなりません。モジュールも考える必要があります。前に触れたように、大トルクのかかる低速ギヤはモジュール値、つまり歯ピッチも大きくなるので、歯数の選択範囲が狭くなります。さらに加工の都合で選択できるモジュール値が決まっている場合は、希望する減速比(歯数比)にできない、あるいはその軸間距離では構成不能という可能性もあります。
 例えば前述の例、軸間距離90mm、モジュール4で減速比3を考えてみます。減速比からPCDの比率が1:3となり、小さい歯車のPCDは45mm、大きい方は135mmになります。これではモジュールが4だと歯数が11.25と33.75になってしまい、実現不可能です。モジュールが3なら15歯と45歯でうまく実現できますが、強度的に許されないかもしれません。またモジュール値は強度だけでなく、いくつかの選択肢から選ぶことを求められる可能性があります。
 同じモジュールのまま歯数を整数にしたらどうなるでしょうか? 前の例で11歯と33歯にするとPCDが44mmと132mmとなり、軸間距離が88mmになってしまい、隙間が2mmあいてしまいます。つまりモジュール、歯数比、軸間距離がすべて条件を満たすというのは、なかなか難しいのです。もちろん、うまくいく組み合わせもあり、例えばモジュール4で構成する場合、軸間距離が120mmだと、1:1、1:2、1:3、1:4などでうまく歯数が決められます。それぞれ、30:30、20:40、15:45、12:48になります。


■ 転位歯車

 このように歯車の歯数が整数であるという点から、歯数、軸間距離、モジュールの関係に制限が発生することになります。トランスミッションのように、一定の軸間距離の間にいくつものギアセットを置く場合、これはちょっとしたパズルです。低速ギヤは大きなモジュール値で大きな減速比、高速ギヤは少し小さなモジュールも許され、小さな減速比を実現しなければなりません。
 この問題を緩和してくれるのが、転位歯車という考え方です。歯の形状を標準的な状態よりちょっと深めに、あるいは浅めに加工することで、同じ歯数のまま、実質的なPCDを多少増減させることができるのです。わずかな差でPCDがうまく合わないといった状況では、歯を転移させることで、ほぼ正常な噛み合わせ状態を実現できます。
 転位歯車は、歯数の少ない歯車の加工にも使われます。歯数が少ない小さなギヤでは、回転に伴って歯がつっかえることがあります。これを避けるために、支障する部分を大きく削り取ったような形に成型するのですが、これも転位歯車です。
 転位歯車の歯形の変位は、転位係数という値で示されます。正の転位係数では歯の切込みが浅くなり、歯は尖ったような形に近づきます。負の転位係数では歯の切込みが深くなり、歯の付け根の部分が細くえぐれるような形になります。

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 歯車を転位した時の歯形の変化。


 極端な転位は歯車の特性を悪化させる可能性がありますが、僅かな転位であれば問題はありません。軸間距離が決まっている状況では、僅かなPCDの差を転位により調整することがしばしば行われます。
 転位歯車の理屈は、歯面の数学的な表現をさらに変形させたものとなるので、詳細は文献などを調べてください(自分も正確にはわかってません)。


■ 各ギヤの写真

 各ギヤの写真を示しておきます。
 マニュアルミッションではクラッチとつながるメインドライブシャフト、カウンターシャフト、プロペラシャフトにつながるメインシャフトに大きく分離することができます。各シャフトのギヤは、その役割によって軸に固定されていたり(メインドライブシャフトとカウンターシャフト)、自由に回転する(メインシャフト)ことができます。
 メインシャフトに取り付けられるギヤは、穴径がそれぞれ異なっています。ニードルローラーベアリングやスリーブをはめるギヤ、それらを使わないギヤがあり、また組み立ての都合から、メインシャフトが段付きシャフトになっており、各部の太さが違っているためです。

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 メインドライブシャフト。

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 カウンターシャフトと一体成型されたカウンターギヤ。右からメインドライブ(被駆動側)、5速、2速、1速。

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 取りはずしできるカウンターギヤ。右から4速、3速、後退。

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 1速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部よりギヤのほうが大きい。

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 1速ギヤ(非クラッチ側)。

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 2速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部とギヤは同じくらいの大きさ。

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 2速ギヤ(非クラッチ側)。

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 3速ギヤ。

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 4速ギヤ。

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 5速ギヤ。

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 後退ギヤ(右)とアイドラーギヤ(左)。


■ ギヤの仕様

 このミッションの各歯車の歯数、モジュール、PCD(ピッチ円直径)、歯車の厚さ、減速比などを以下にまとめておきます。なおモジュール値は、歯ピッチを実測して求めたものなので、近似値というか大雑把な値です。


 メインドライブギヤ

 歯数  厚さ モジュール減速比
ドライブギヤ1922.52
ドリブンギヤ4021.222.105263158



 1速から6速

 歯数  厚さ モジュール 減速比 総減速比
1速カウンターギヤ12203
1速ギヤ291632.4166666675.087719298
2速カウンターギヤ1917.52.7
2速ギヤ27162.71.4210526322.991689751
3速カウンターギヤ30182
3速ギヤ291820.9666666672.035087719
4速カウンターギヤ3317.22
4速ギヤ251720.7575757581.594896332
5速カウンターギヤ3619.82
5速ギヤ222120.6111111111.286549708
6速(直結)11



 後退

歯数厚さモジュール 減速比 総減速比
後退カウンターギヤ1323.62.7
後退アイドラーギヤ1819.72.7
後退ギヤ2919.72.72.2307692314.696356275

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2020年10月25日

ミッションをばらす その19 −− 後退ギヤのシンクロ

 NDロードスターのマニュアルミッションは、後退ギヤにもシンクロメッシュ機構が組み込まれています。今回はこの部分について説明します。


■ 後退ギヤ

 5速ミッションの場合、後退はたいてい5速と同じ列になり、共通のシフトロッドが関与するため、前進用ギヤと構造上の関係を持つことになります。しかし6速ミッションの場合は後退は専用の列となり、前進用ギヤとはまったく異なる構成にできます。一連の記事の最初の頃の後退ギヤの分解のところでもちょっと触れましたが、このミッションの後退ギヤは、構造の面でも前進用とかなり異なっています。
 このミッションは後退ギヤも常時噛合式で、クラッチハブとギヤのスプラインがスライドするスリーブで噛み合う構造です。ただ前進用ギヤは1組のクラッチハブとスリーブが、その前後の2セットのギヤのどちらかと噛み合うのに対し、後退は1速しかないので、スリーブは一方向への動きだけとなります。そして前進用との大きな違いは、クラッチスリーブがクラッチハブ側ではなく、後退ギヤ側に取り付けられている点です。そのためクラッチスリーブがスライドするためのスプラインは、ハブ側ではなく後退ギヤ側にあります。クラッチハブには、スリーブと噛み合うためのクラッチ部しかありません。このような構造により、後退に入れた時は、ギヤ側からメインシャフトのクラッチハブ側にスリーブがスライドし、噛み合います。

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 分解前の後退ギヤ。

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 後退ギヤに関連する部品を組み合わせた状態。後退は、スリーブとシンクロナイザーがギヤ側に組み込まれている。ハブ側のスプラインが一部落とされているのは、部品脱着の都合か?


 後退ギヤの噛み合いの様子。


■ 後退ギヤの構成

 このミッションは後退ギヤも常時噛合式で、ハブとギヤの間にはシンクロメッシュ機構が組み込まれています。後退ギヤは1速しかないのでシフトアップ/ダウンはありません。また普通は走行中に後退に入れることはありません。ただ完全に停止する前に入れるといったことはあるでしょう。あるいは止まっている状態であっても、クラッチを切ってすぐ入れようとすると、まだ内部のギヤが惰性でまわっているかもしれません。シンクロがないと、このような時にギヤ鳴りしてしまいます。
 前進用ギヤは、運転状況に応じてかなりの回転速度差をすばやく同期させることが求められますが、それに対して後退ギヤのシンクロは、前述のようなごくわずかな速度差を吸収できれば十分です。どちらかといえばギヤ鳴り防止のため、回転速度差がある時のシフト操作の抑止のほうが主目的となります。そのためダブルコーンやトリプルコーンが奢られている前進用に比べ、後退用のシンクロはかなりシンプルで簡略化されたものになっています。またスリーブがギヤからハブ側に移動して噛み合うという構造により、シンクロの構成も前進用とは変わっています。
 以下に後退ギヤの構成部品を示します(アイドラギヤなどについては、こちらを参照してください)。

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 後退用のクラッチハブ。メインシャフトに固定される。クラッチのスプラインとコーンしかない。

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 後退ギヤ。ニードルローラーベアリングを介してメインシャフト上で回転できる。ギヤの横に厚みのあるスプラインがあり、ここにスリーブがはまる。スプライン部の3ヶ所の切り欠きは、シンクロナイザーリングが噛み合う部分。

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 後退用シンクロナイザーリング。シンクロナイザーキーを使わないので、前進用リングとは形状が異なる。外周部の3ヶ所の突起でギヤ側と噛み合う。

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 スリーブは一方後にしかスライドしないので、噛み合いのためのチャンファは片側(写真の上側)にしかない。その点を除けば前進用とあまり差はないように見えるが、実は細かいところに差異がある。


■ 後退ギヤ用のシンクロ

 後退用のスリーブがギヤ側にあり、シンクロナイザーリングはスリーブで押されるという構造上、リングはクラッチハブ側ではなく、後退ギヤ側に取り付けられ、後退ギヤと共に回転します。このシンクロはさほど大きな同期容量は求められないので、シングルコーンタイプです。つまりリングの内側のコーン部が相手側のクラッチハブのコーン部に直接接触します。カーボンコートもありません。
 もう1つの特徴は、シンクロナイザーキーがないことです。前に説明したように、シンクロナイザーキーは、リングがクラッチハブと共に回転するための位置決め(そして多少のずれを許容)と、シフト操作の最初の段階でリングを押すという働きがあります。
 後退ギヤにはシンクロナイザーキーはなく、代わりにギヤとリングが凹凸で噛み合うような形状に加工されています。リング側の突起とギヤ側の刻みの幅の違いにより、前進用のハブとリングと同様に、回転方向にスプライン半歯分回転できるようになっています。これによりキーの働きのうち、ずれを許容しながら回転を伝えるという機能は代替できます。

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 ギヤ側スリーブとシンクロナイザーリングを組み合わせた状態。

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 ギヤ側とリングの噛み合い部分。


 シンクロナイザーキーのもう1つの働きは、スリーブがリングのスプライン部に進む前に、リングのコーン部を相手側に押し付けることです。これにより、回転速度差がある時に、リングのスプラインの位相が半歯ずれ、スリーブとリングのチャンファが当たるようになります。そして回転速度差がなくなるまで、スリーブはリングを押しつつ、相手のクラッチ部への進行が抑止されます。
 後退ギヤの場合も、スリーブの移動でまずリングを相手側のクラッチハブのコーンに押し付けなければなりません。この時、キーの代わりになるのが、シンクロナイザーキースプリングという輪っか状の部品です。キーを使う場合も同じ名称のスプリングを使いますが、ここで使うものは形状や働きが異なります。
 これはバネ材の針金を丸い輪の形にしたものです(前に説明したキースプリングは輪が閉じておらず、Cの字の形状でした)。この形状は一般には「リング」と呼ばれますが、ここでは「リング」はシンクロナイザーリングのことを示してきたので、このスプリングに関しては「輪っか」と表記します。
 前進用のシンクロナイザーキースプリングは、シンクロナイザーキーを外側に押し出すためのものでしたが、後退用のものは働きが異なります。

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 輪っか状のシンクロナイザーキースプリング。


 この輪っか状のスプリングは、スリーブとシンクロナイザーリングの間にはまります。
 シンクロナイザーリングの外周部には、ギヤとの間で回転を伝達するために3箇所の突起があります。この突起部分に乗っかるようにキースプリングをはめ込むと、3箇所の突起部以外では、リング状のスプリングは内側方向に隙間ができます。

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 スプリングをシンクロナイザーリングにはめる。


 スリーブとギヤ側のスプラインの形状にも工夫があります。このスプラインは1周のうちの3箇所だけ、形状が異なっています。具体的にはスリーブのスプラインの山が高く、ギヤ側の谷が深くなっています。そのためギヤとスリーブは、この3箇所の位置を揃えないとはめ込むことができません。

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 スプラインの形状が異なる部分(ギヤ側)。


 スリーブ側の山が高いスプラインは、さらに肩の部分が斜めに落とされています(チャンファ加工)。この理由は後で説明します。

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 スプラインの形状が異なる部分(スリーブ側)。山が高く、肩が斜めに落とされている。


 スリーブがシンクロナイザーリングまで進んでチャンファが接触した後、スプラインが噛み合いますが、この背の高いスプラインが当たる部分は、リングの側も谷が深くなっていて、リングと正しく噛み合えるようになっています。

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 リング側の谷が深い部分。


 スリーブの3ヶ所の背の高い山の部分の直径(内径)は、輪っか状のシンクロナイザーキースプリングの直径よりわずかに小さくなっています。そのためスリーブの内側にスプリングをはめると、すこし変形して、この3ヶ所の山だけがスプリングに接触します。

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 スリーブ内側にスプリングをはめた状態。赤丸の3ヶ所でのみ接触している。


 スプラインの位置を合わせてスリーブとリングを組み合わせる時、スプリングは以下のような状態になります。最初、スプリングはリングにはめておきます。

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 スリーブ、リング、スプリングの状態。


 シンクロナイザーリングの突起部の外形、スプリングの線材の直径、スリーブのスプラインの高い山の内径は微妙な関係になっており、スプリングはリングやスリーブにはまっている状態では真円ではなく、ちょっとおにぎり形になります。リングにはまっている時は、リングの突起部を(ゆるい)頂点とするおにぎり型で、スリーブにはまっている時は、頂点と頂点の間を押し込む形でおにぎり型になります。この2つのおにぎりの形は微妙に異なり、スリーブ内の時のほうが、わずかに頂点がとんがる形になります。その結果、リングに接していた頂点部分は外側に広がるため、リングとの接触が弱くなります。リングにスプリングをはめた状態でスリーブの中に押し込むと、スプリングはスリーブの高い山で支えられ、リングを外した時、スプリングはリングからはずれ、スリーブに残ります。つまりこのスプリングは、スリーブやリングの動きに応じて、多少前後動するということです。


■ シンクロの動作

 この輪っか状態のシンクロナイザーキースプリングによるシンクロ機構の動きを見ていきます。


0. スリーブが中立位置

 ミッションがニュートラル、あるいは前進ギヤの状態では、スリーブは後退ギヤのスプライン上で中立位置にあり、リングとスリーブは接触していません。スプリングはリングの3ヶ所の突起の上に乗った状態です。この位置では、ギヤ側のスプライン部とスリーブはほぼ重なり、リング取り付け側ではほぼ面一状態になります。

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 ギヤとスリーブが中立位置で噛み合った状態。ほぼ面一になる。

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 スプリングのはまったリングはこのように位置する。スプリングはリング側の突起の上にある。

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 中立状態。


1. シンクロナイザーリングを押す。

 スリーブの背の高い山に対応する位置は、リングの谷が深くなっています。リングにはめられたスプリングの外径は、この部分では谷底よりも外側になります。スプリングの外径は、谷が深くない部分では谷の底とほぼ同じですが、深い谷の部分だけは、スプリングがちょっと谷底から飛び出す状態になります。

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 クラッチハブ側から見ると、深い谷の部分だけスプリングが見えている。


 スリーブが進むと、背の高いスプラインの山の肩部分が、リングの深い谷の底でスプリングに接触します。これによりスプリングを取り付けたリングが押され、リングがクラッチハブのコーンに接触します。

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 スリーブのスプラインの肩部分がスプリングを押している状態。これでリングとクラッチハブのコーンが接触する。


2. スリーブとリングのチャンファが接触

 スリーブの高い山の位置は、リング側の突起のちょうど中間なので、この部分はスプリングが宙に浮いています。スプラインの山の肩の部分は斜めになっているので、スリーブをさらに進めると、この高い山はスプリングを押し下げ、スプリングの上に乗り上がります。

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 スプラインの背の高い山の肩は斜めに落とされている(チャンファ加工)。


 これによりスリーブはさらに進み、リングのチャンファに接触する位置に達します。

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 スリーブのスプラインがスプリングを押し下げて(赤丸の部分)さらに進み、リングとスリーブのチャンファが接触する。


3. スリーブがクラッチハブに進み、噛み合う

 以後の動きは前進用のシンクロと同じです。ギヤとクラッチハブの速度が揃ったら、スリーブはリングを中立位置にずらして進み、クラッチハブ側のスプラインと噛み合います。

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 スリーブの高い山のスプラインが、スプリングの上に乗り上がっている。

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 スリーブがリングと噛み合い、さらに進む。

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 スリーブが最後まで進んで、クラッチハブと噛み合う。

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 一連の動き。


−−−−

 この一連の動きは、前進用のシンクロナイザーキーとスプリング、シンクロナイザーリング、スリーブの関係と同等であることがわかります。チャンファが接触する前にリングのコーンを接触させてスプラインの位相をずらし、その後、スリーブとリングのチャンファ部が接触して同期操作を行います。そしてチャンファ部で位相を揃えてスリーブがさらに進み、相手側のクラッチと噛み合います。
 シンクロナイザーキーがなくても、スリーブのスプラインの高い山とリング側の深い谷、スプリングの直径の関係により、前進用のシンクロメッシュ機構と同じように機能することがわかります。ではなぜ、前進用のシンクロはこの単純な構造を採用しないのでしょうか? これは想像ですが、前進時の過酷なシンクロ動作では、この機構は不十分なのでしょう。キーの押し付けとチャンファの接触という手順を適切に行えないと、スリーブのスライドの抑止が適切に行えず、ギヤ鳴りが発生します。後退用のシンクロは、過酷なシフトに耐えないのかもしれません。


■ スプリングの位置

 最後にひとつ、後退ギヤから中立に戻る時のスプリングの位置について書いておきます。前に触れましたが、リングにスプリングがはまっている状態でスリーブがスライドすると、スプリングはリングの高い山で支えられ、リングから浮きます。そしてスリーブが中立位置に戻る時にリング上からスプリングを持って行ってしまうと、再度後退に入れようとした時に、スリーブの高い山の肩でスプリングを押すという工程が行えません。スリーブが中立位置にある時は、スプリングは常にリング側にはまり、スリーブにははまっていないということが求められます。
 このスプリングをリング側に残すという作業は、スリーブが中立位置に戻る時にうまく行われます。中立状態の時、ギヤ側のスプライン部とスリーブはほぼ面一の状態になります。リングの回転を連携させる突起部分(スプリングはここに乗っかります)は、スプラインの内側にはまり込んでいます。このような構造により、スリーブ内側にスプリングがはまっている状態でスリーブが中立位置に戻ると、スプリングはギヤ側スプラインに当たり、スリーブから押し出されます。押し出された先にはシンクロナイザーリングがあり、リングの突起部分の上にはまることになるのです。
 つまりこのスプリングは、つねにギヤ側スプラインとリングのスプラインの間の突起上に位置し、スリーブがないときはリングにはまり、スリーブが移動してくるとスリーブにはまるという形になります。ギヤ、スリーブ、リング、ハブの中立状態の断面図を見ると、スプリング(紫の丸)が、この位置から動きようがないことがわかります。
 ただの1本の輪っか状のスプリングですが、なかなか細かい動きをしているのです。


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 次回は、クラッチ部のチャンファのこと、ギヤの仕様などをまとめます。

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2020年10月21日

ミッションをばらす その18 −− 同期能力の向上

 前回は、シンクロの基本的な動作を解説しました。今回はシンクロの能力を高める、つまり大きな速度差があっても軽い力でシフトできるようにするための工夫について説明します。


■ シンクロの能力の強化

 シンクロ機構は、シフト操作においてハブとギヤの回転速度を、噛み合う直前に摩擦力で一致させるのです。
そのためにシンクロナイザーリングとギヤ側のコーン接触部で、大きな摩擦力が発生することが求められます。摩擦力が大きければ回転速度の同期が短時間で終わり、またスリーブを押す力も小さく済みます。つまりシフト操作を軽い力で速やかに行えるようになります。
 現在のマニュアルミッションでは、大きな同期能力が必要とされる低速ギヤで、ダブルコーンやトリプルコーンというシンクロ機構が使われています。これは摩擦接触部分を増やし、小さな圧力で大きな摩擦力を得て、素早い速度同期を実現するものです。ダブルコーンやトリプルコーンに対し、前回説明したようなコーン接触部が1箇所だけのものをシングルコーンタイプといいます。
 シンクロナイザーリングとギヤの間の摩擦を大きくする方法として、摩擦係数を高める、圧力を大きくするという方法と、摩擦が発生する部位を増やすという方法が考えられます。注意しなければならないのは、単純に接触面積だけ増やしても摩擦力は増大しないという点です。接触面積が増えると単位面積あたりの圧力が低下するため、全体での摩擦力は大きくなりません(ただし摩耗や温度上昇に関しては有利になります)。
 圧力を大きくする方法としては、コーン部のテーパーの角度を小さくするという方法があります。しかし小さくしすぎると、圧力を抜いた後、はずれにくいという問題が起こる可能性があります。力を抜いた後、すぐにフリーで回転しないと、ミッションとしては問題です。
 摩擦が発生する部位を増やすというのは、コーンの数を増やすという方法です。これは単純に接触面積を広げるのではなく、あるコーンへの圧力が次のコーンへの圧力になるというように、直列に並べることにより、全体での摩擦力の増加が実現されます。ダブルコーンシンクロナイザーは、接触するコーン部が2箇所、トリプルコーンは3箇所になります(前に見たように、シングルコーンでは1ヶ所です)。このように複数のコーンに直列に圧力を加える場合、各コーンに同等の圧力がかかり、数が増えたらからと単位面積当たりの圧力が小さくなることはありません。その状態で摩擦が発生する部分が増えるので、摩擦力が増大するのです。
 2冊の本を背表紙を外側にして向かい合わせに置き、1ページずつ交互に重ねて行くと、引っ張っても外れなくなります。ページ1枚ごとの摩擦力は僅かなのですが、このように構成することで、全体では大きな摩擦力になります。これと同じような考え方です。

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 接触面を多層化すると、全体の摩擦力が大きくなる。


 複数のコーン接触面で同期能力を高めるためには、各接触面でリング側の回転とギヤ側の回転が交互に接する必要があります。そのため、リング側として回転するコーン面、ギヤ側として回転するコーン面がそれぞれ複数必要になります。ダブルコーンであればリング側、ギヤ側にそれぞれ2つの接触面、トリプルコーンであれば3つずつの接触面が必要となり、シングルコーンに比べると、複雑な構造になることが想像できます。以降の節で、これらの構造を解説していきます。
 NDの6速マニュアルミッションは、1速から4速がトリプルコーンシンクロ、5速がダブルコーン、6速(直結)と後退がシングルコーンとなっています。これらのうち1速、2速、6速はカーボンコーンとなっています。


■ トリプルコーンシンクロ

 ダブルコーンタイプよりトリプルコーンタイプのほうが接触面が多いので、構造も複雑そうですが、個人的にはダブルコーンよりトリプルコーンのほうがわかりやすいと思うので、先にトリプルコーンシンクロについて説明します。

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 トリプルコーンシンクロナイザーリングのギヤ側。

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 ギヤ側にはめられたトリプルコーンシンクロナイザーリング。


 トリプルコーンシンクロは、シンクロナイザーに3ヶ所のコーン接触部分が含まれます。これを実現するために、シンクロナイザーリングが複数の部品から構成されています。外側から順に以下のように部品が並びます。


・シンクロナイザーリング

 この部分は普通のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリングとほぼ同じ構造で、シンクロナイザーキーによりハブといっしょに回転します。外周部はスプラインとチャンファがあり、内側は摩擦を発生させるコーン部です。シングルコーンタイプではここでギヤ側のコーン部と接触しますが、トリプルコーンの場合は、ダブルコーンという部品と接触します。
 また内側に置かれるのインナーコーンと噛み合う構造になっており、そのための突起がハブ側に付いています。

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 最外周のリング(ギヤ側から見たところ)。シングルコーン用とほぼ同じだが、インナーコーンと噛み合うための突起がある。

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 最外周のリング(ハブ側から見たところ)。


・ダブルコーン

 内側と外側がコーンになっています。外側はシンクロナイザーリングと接触し、内側はインナーコーンと接触します。ダブルコーンはギヤ側に突起があり、これがギヤの側面の穴にはまることで、ギヤといっしょに回転します。ギヤとダブルコーンの突起の噛み合いは、回転方向にはほとんどガタはありませんが、回転軸方向には拘束はなく、軸上を多少前後に移動することができます。

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 ダブルコーン(ギヤ側から見たところ)。突起部分がギヤの穴にはまって噛み合う。


・インナーコーン

 インナーコーンも内側と外側がコーンになっています。これはシンクロナイザーリングといっしょに回転し、外側がダブルコーン内面に、内側がギヤのコーン部に接触します。

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 インナーコーン(ハブ側から見たところ)。突起部分がリングの突起と噛み合い、いっしょに回転する。


・ギヤ

 一番内側に、ギヤのコーン部があります。このコーンはインナーコーンの内側と接触します。またギヤ側面にはダブルコーンと噛み合うための穴があいています。トリプルコーンのシンクロナイザーリング全体は、3層構造で幅があるため、ギヤのコーン部の直径はシングルコーンタイプに比べ、少し小さくなっています。

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 ギヤ側のコーン。ダブルコーンの突起部分がはまる穴があいている。コーン部品が多いため、シングルコーンよりコーン直径が小さい。

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 トリプルコーンシンクロは、ハブと一緒にシンクロナイザーリングとインナーコーンが回転します。そしてダブルコーンは、最内周のコーンを持つギヤと一緒に回転します。つまりシンクロナイザーの部品とギヤは、1層おきにハブ側といっしょに回転、ギヤ側といっしょに回転という形で並ぶことになります。これにより、リング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側ととインナーコーン外側、インナーコーン内側とギヤのコーンと、3箇所のコーン接触部が存在します。
 以下にこれらの部品の組付けの様子を示します。

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 リングを構成する3個の部品。

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 ギヤのコーン部。

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 インナーコーンをはめる。インナーコーン内側とギヤのコーンが接触する。

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 ダブルコーンをはめる。ダブルコーン内側とインナーコーン外側が接触する。

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 リングをはめる。リングとインナーコーンが噛み合い、リング内側とダブルコーン外側が接触する。


 シンクロを構成するリング、ダブルコーン、インナーコーンは、すべて前後方向(軸方向)にある程度動くようになっています。ダブルコーンはギヤと結合していますが、これはコーンの突起がギヤの穴にはまるだけなので、前後に動けます。インナーコーンはリングと一緒に回りますが、これも突起が噛み合うだけなので、リングに対して前後に動けます。もちろんシンクロナイザーリングも前後に動くことができます。
 結果として、リングを押す圧力はコーン接触部を介してダブルコーン、インナーコーン、ギヤと順に伝わり、それぞれの接触面に同等の圧力がかかることになります。この圧力は直列に伝わるため、接触部分が増えたからといって、単位面積あたりの圧力が減ることはありません。また圧力がなくなれば、隙間が広がってオイルが流れ込むので、相互に自由に回転できます。

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 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


 シンクロナイザーリングとダブルコーンの接触部は、リングがハブ側、ダブルコーンがギヤ側に結合しているので、圧力によりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。ダブルコーンとインナーコーンについても、ダブルコーンがギヤ側、インナーコーンがリング側と結合しているので、やはりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。さらにリングと結合したインナーコーンとギヤの間でも摩擦力が発生します。
 つまり3箇所すべてのコーンの接触部は、ハブとギヤの間で摩擦力を発生させるということです。この摩擦力はハブとギヤの速度を一致させるように働きます。単純に考えれば、リングに同じ圧力をかけた時に、シングルコーンシンクロの3倍近い同期能力があることになります。実際に発生する同期のためのトルクは、コーン部の直径にも関係するので、内側に行くに従って、トルクは少しずつ小さくなります。

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 リングとインナーコーンは一体に回転する。

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 ギヤとダブルコーンは一体に回転する。


 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


■ ダブルコーンシンクロ

 トリプルコーンシンクロが3箇所のコーン接触面を持つのに対し、ダブルコーンは2箇所のコーン接触面を持ちます。そのため同期能力は、シングルコーンシンクロよりは強力ですが、トリプルコーンには劣ります。
 部品の構成はトリプルコーンに似ており、シンクロナイザーリング、ダブルコーン、インナーコーンから構成されます。ただしトリプルコーンタイプと異なり、ギヤ側にはコーン部はなく、そのためインナーコーンの内側もコーン接触面ではありません。結果としてコーン接触部分がリング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側とインナーコーン外側の2箇所になるので、ダブルコーンシンクロと呼ばれます。
 ダブルコーンシンクロはギヤ側にコーンがないことで、インナーコーンとギヤの接触部の形状が、トリプルコーンシンクロと異なっています。
 トリプルコーンシンクロでは、一番外周のシンクロナイザーリングがクラッチスリーブで押され、その圧力がダブルコーンに加わります。さらにダブルコーンへの圧力がシンクロナイザーリングと一緒に回転するインナーコーンに加わり、そしてインナーコーンへの圧力がギヤのコーンに伝わります。
 それに対してダブルコーンシンクロでは、インナーコーンとギヤのコーン部の接触がありません。そのためダブルコーンからの圧力を受けたインナーコーンは、ギヤと接触している平面部でその圧力を受けます。この平面接触部はコーンではなく、オイルもあるため、摩擦力の発生にはほとんど寄与しません。

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 ダブルコーン用のインナーコーン。内側がコーンではなく、またギヤ側と平面接触するため、形状がトリプルタイプと変わっている。

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 ギヤにはコーン部がなく、ダブルコーン用の穴だけがある。インナーコーン接触部は平面に仕上げられている。

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 インナーコーンを置く。コーンがないため、この段階では位置決めされない。

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 ダブルコーンを置く。ギヤにトルクを伝えるのはダブルコーンだけである。

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 リングをはめる。リングはインナーコーンと噛み合う。


 ダブルコーンシンクロはギヤのコーンがないため、ギヤ側に摩擦力でトルクを伝えるのはダブルコーンの噛合部だけです。そのダブルコーンの外面にシンクロナイザーリング、そして内側にインナーコーンが接触し、クラッチハブとギヤの間で摩擦力を発生させます。ギヤ側にコーン部がないため、シングルコーン、トリプルコーンタイプとは、ギヤの見た目がかなり違います。

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 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


■ カーボンシンクロ

 1速と2速のトリプルコーンシンクロと、6速のシングルコーンシンクロは、より同期能力を高めるために、カーボンが使用されています。シンクロナイザーの構成部品のうち、真鍮系の材料が使われているシンクロナイザーリング、インナーコーンの摩擦接触面に、カーボンのコーティング(あるいはカーボン材の貼り付け?)が施されています。
 いろいろな解説などで、カーボンを使用するほうが高性能になるという記述は見るのですが、その技術的背景はよくわかりませんでした。カーボンを使うことで耐久性は向上するようなのですが、摩擦係数がどうなるのかといった詳細は不明です。
 このミッションは、1速と2速がカーボントリプルコーン、3速と4速が非カーボントリプルコーンになっており、同じトリプルコーン構成でカーボンタイプと非カーボンタイプになっています。6速はシングルコーンですがカーボンタイプです。ここでは、カーボンタイプと非カーボンタイプの表面形状を示しておきます。

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 内周がカーボンコートされたシンクロナイザーリング(トリプルコーン用)。

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 外周のみがカーボンコートされたインナーコーン。


 話はちょっと変わりますが、NDロードスターの低速ギヤのシフト操作が渋いという話題があります。特に話題になるのが2速で、まともにシフトダウンできないといった事例があるようです。自分の場合は冬場に購入したのですが、低温時は1速と2速へのシフトダウンは、ダブルクラッチで回転を合わせないと入りませんでした。オイルが暖まるとだいぶましになりますが、それでも馴染むまでにかなり時間がかかりました。数千キロ走行し、ミッションオイルを1回交換したあたりで調子がよくなり、2速には普通にシフトダウンでき、1速もまぁ許容範囲というところです。
 このあたりは、もしかするとカーボンシンクロが馴染むといったことが関係しているのかもしれません。

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 今回で、前進ギヤに関するシンクロの解説は終わりです。次回は後退ギヤ用のシンクロについて説明します。



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2020年10月19日

ミッションをばらす その17 −− シンクロの動作

 前回はシンクロ機構の基本的な部品の動作を説明しました。今回は実際のシフト時に、シンクロメッシュ機構がどのように機能し、円滑なシフトが行われるかを説明します。


■ シンクロの動作

 実際のギヤシフト操作の際に、ミッション内部の要素がどのように動き、何が起こるかを順に見ていきます。前回、スリーブの移動でシンクロナイザーキーとリングがどのように動くかという説明をしましたが、あれがシングルコーンシンクロメッシュ機構の要となる部分です。説明が重なる部分もありますが、実際のシフト操作における各部の動きを順に見ていきます。
 走行中にクラッチを切った状態でシフトレバーを操作してギヤチェンジを行います。これは適当なギヤからニュートラルにする操作、そしてニュートラルから目的のギヤに入れる操作となります。クラッチを切っていれば、ギヤをニュートラルにするのは簡単です。スリーブやクラッチ部に力はかかっていないので、スリーブは簡単に動きます。
 シンクロ機構が必要になるのは、ニュートラルから目的のギヤに入れる時です。ロッドを介してシフトフォークが動き、そしてクラッチハブ上のクラッチスリーブが目的のギヤ側に移動し始めると、シンクロ機構は次のように働きます。クラッチハブは前後に2種類の変速ギヤがありますが、図版は片側のみ示しています。説明はシングルコーンタイプについてのものなので、実機では6速ギヤの動作となります。つまりギヤと噛み合うといってもメインドライブシャフトとの直結です。


0. 力がかかっていない状態(ニュートラル)

 スリーブに力がかからず、中立位置にある状態では、シンクロナイザーキーも中央の位置にあり、スリーブ内側の凹部にはまっています。この位置で、キーはシンクロナイザーリングの切り欠き部にかかっており、ハブの回転をリングに伝えますが、リングをギヤ側に押し付ける力はかかっていません。リングの取り付けは前後方向の隙間があるため、リングはギヤに押し付けられておらず、コーン部は接触しているかもしれませんが、ギヤとの間で摩擦力は発生していません。そのため、ハブ側とギヤ側は、異なる速度で抵抗なく回転しています。

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 スリーブが中立位置。リングには圧力はかかっておらず、ギヤとリング/スリーブは異なる速度で、摩擦なく回転している。

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 実際の5-6速の中立位置。


1. スリーブを動かす

 スリーブ外周部に刻まれた溝にはまったシフトフォークが動くことで、スリーブが目的のギヤ側に移動します。スリーブの内側の凹部がシンクロナイザーキーの凸部と噛み合っているので、スリーブの動きに応じてキーもギヤ側に移動します。これによりキー先端がシンクロナイザーリングの切り欠き部に接触し、リングを押します。結果的に、スリーブを動かす力はキーを介してシンクロナイザーリングにも伝わります。


2. シンクロナイザーリングがギヤ側コーンに接触

 シンクロナイザーリングがキーで押されると、リングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触します。これにより、リングとキーはこれ以上、ギヤ側に動けなくなります。またキーによりリングに圧力がかかっているので、リングとギヤの間のコーン部で摩擦力が発生します。シンクロナイザーリングはハブに対してスプラインの半歯分だけずれるように回転できるので、ハブとギヤの速度差に応じてリングがどちらかの方向に引きずられ、位置がずれます。
 この時点で、ギヤとリングの間で摩擦力が発生していますが、まださほど大きな力ではありません。しかしこの小さな摩擦力により、ギヤ側の速度がハブ側の速度に近づき始めます。

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 キーによりリングがギヤ側コーンに接触。リングがギヤに引きずられ、スプラインの位相がずれる。


3. スリーブをさらに動かし、キーがはずれる

 さらにスリーブをギヤ側にスライドさせます。キーを介してリングにかかる力が増えますが、キーはこれ以上動けません。スリーブを動かす力がシンクロナイザーキースプリングによる圧力を超えると、キーの突起とスリーブ内側の噛み合いがはずれ、キーが内側に押し込まれ、スリーブだけがさらにギヤ側に移動します。


4. シンクロナイザーリングとスリーブが接触

 シンクロナイザーリングは速度差のあるギヤに接触しているので、位置が速度差方向にずれています。そのためリングのスプラインの位相もハブ側とはずれてます。スリーブがリングに接触する位置まで動いてきても、スプラインがずれているため、リングのスプラインと噛み合うことができません。代わりにスリーブ内側のスプラインのチャンファ部とリングのチャンファ部が接触します。そのためスリーブを押す力は接触したチャンファ部を介してリングに伝わります。この力はチャンファ接触部の斜面により、リングをより強い力でギヤ側のコーンに押し付けるという力と、リングのズレを元に戻すという方向に作用します。

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 スリーブとキーの噛み合いがはずれ、リングとスリーブのチャンファが接触する。スリーブを押す力は接触しているチャンファ部の斜面により、リングを押す力とずらす力となる。

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 スリーブの移動の様子。リングがスリーブの下に隠れるが、内部ではまだ噛み合っていない。もちろん6速のクラッチ部にスリーブは達していない。


5. 回転が同期

 通常の運転では、この操作はクラッチが切れている状態で行われるので、車速に応じて回転しているハブ側と、クラッチが切れ、自由に回転できるギヤ側との間でこの摩擦力が発生します。
 速度差が大きい時は、ギヤとの摩擦によりリングをずらす力も大きいため、常識的な力で操作している限り、スリーブがリングの位相ズレを戻してギヤ側スプラインとの噛み合いに進むことはできません。そのためスリーブを押す圧力は、おもにリングをギヤ側に押し付ける圧力を高めることになり、ギヤとの摩擦力がさらに増えます。これによりギヤの回転速度は、ハブの回転と等しくなるようにすみやかに増速あるいは減速し、回転速度差が小さくなっていきます。


6. スリーブとシンクロナイザーリングの噛み合い

 速度調整が進み、リングとギヤの速度差がほとんどなくなると、シンクロナイザーリングをずらすように働く力も小さくなります。これによりスリーブを押す力でスリーブのチャンファ部がシンクロナイザーリングのチャンファ部を押してずらし、切り欠き部のキーが中央位置に戻ります。そしてスリーブとシンクロナイザーリングのスプラインの位相が揃い、スリーブが進んでリングのスプラインと噛み合います。

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 ギヤとリングの速度差がなくなると、リングをずらすトルクがなくなり、スリーブのスプラインがリングのスプライン部にまで進む。


7. スリーブとギヤ側スプラインの噛み合い

 スリーブのチャンファ部は次にギヤ側のスプラインのチャンファ部に当たります。この時点ではギヤとハブの回転速度はほぼ揃っており、ギヤ鳴りすることなく、スリーブとギヤ側のチャンファ部が接触します。そして回転速度差方向に発生するトルクはわずかなので、スリーブが進行し、チャンファによってスプラインの位相が揃い、スリーブはギヤ側のスプラインに完全に噛み合います。

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 スリーブのスプラインがギヤ側のスプライン部に進む。スリーブとギヤ側スプラインのチャンファにより、スプラインの位相が揃い、スリーブがギヤ側と噛み合う。

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 スリーブが端まで移動し、6速のクラッチ部と噛み合った状態。

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 もっとも基本となるシングルコーンシンクロはこのように動作し、円滑なシフト動作を実現します。


■ 摩擦とトルク

 リングとギヤのコーン部の接触による摩擦力でギヤ側の速度がリングの速度に近づくこと、そしてギヤとシンクロナイザーリングに速度差があると、リングがギヤ側に引きずられてずれ、スリーブが進めないというのは、感覚的にはわかりますが、もう少し詳しく説明します。
 ギヤとリングのコーン部の接触による摩擦力は、接触面の滑り方向に発生します。接触面は円錐状のコーンの回転なので、この力は、リングから見ればギヤを回転させる力、すなわちトルク(回転運動において力に相当するもの)となります。通常の走行中に速度差を調整している間は、ギヤ側がリングの速度に近づくように加減速されることになります。
 それなりの質量のあるミッション入力系(メインドライブシャフト、カウンターシャフト、各段のギヤ)の慣性モーメント(回転運動における重さのようなもの、回りにくさ)に対し、このトルクが作用すると、回転速度を変化させる角加速度(回転速度の変化の割合)が発生します。角加速度はトルクに比例し、慣性モーメントに反比例します。そして角加速度が大きいほど、角速度(回転速度)の変化が短時間で進みます。
 慣性モーメントは一定なので、このトルクが大きいほど、つまりコーン部の摩擦力が大きいほど角加速度が大きくなり、速度変化が速くなるため、速度の同期が短時間で完了します。
 一方、作用と反作用により、このリングがギヤを加減速するトルクは、ギヤから見ればリングを回転させようとするトルクとなります。つまりギヤ側を加減速するトルクと同じトルク(回転方向は逆)で、リングをハブの中立位置からずらずように作用します。スリーブがリングを押す圧力が強まれば、このずらすように働くトルクも大きくなるため、スリーブによるリングを中立位置戻す力に対抗し、スリーブの進行を抑止します。そのためシフトレバーに強い力を加えると、結果的にその力はリングを強くギヤに押し付ける圧力となり、同期作用を早めるために作用します。

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 リングがギヤを駆動するトルクと、その反作用のトルク。


 リングとギヤの速度が等しくなれば、ギヤの速度変化はなくなります。角速度の変化がないというのは、角加速度がゼロということです。これはギヤとリングの間に作用するトルクもないということになります。つまりリングをずらす力がなくなり、これによりスリーブが進行できるのです。
 速度差がありリングとスリーブのチャンファ部が接触している場合、トルクが大きいのでスリーブは進むことができませんが、あくまでも斜面の接触なので、とても大きな力を加えれば進めることは可能です。この時、コーンとギヤの摩擦も大きくなるので、速度の同期も速やかに行われます。そのため、ギヤがは入りにくい状態でも、強い力で押せばシフトできるのです。
 さらに大きな力を短時間で加えた場合は、速度が同期する前に、リングの位相を無理やり揃えてスリーブが進むことも不可能ではありません。この場合はギヤ鳴りが発生したり、それによる反発を強い力で押さえ込み、無理やり噛み合いに進むことになります。このような操作を行うと、シンクロナイザーリング、スリーブやギヤ側のチャンファ、その他の部品の損耗が急激に進んだり、破損に至ります。そこまで極端でなくても、強い力でのシフトを多用すると、これらの部品の損耗が早くなります。
 シンクロナイザーリングの摩耗などが進むと、力づくののシフトに近い状況が起こりえます。古くなったミッションのシフトが渋いとかギヤ鳴りがするといった症状は、おもにシンクロの能力の低下によるものです。リングとギヤは材質が異なるので、摩耗はおもにリング側で発生します。コーン部が摩耗すると、油切れが悪くなる、圧力がかかりにくくなるなどの理由で摩擦力が低下したり、あるいは摩擦力が発生するまでのタイムラグが増えるなどの問題が起こります。また摩耗の度合いによっては、スリーブの進行の抑止に支障をきたす場合もあります。
 またシンクロが劣化し、ギヤシフトに支障が発生することで、ギヤやスリーブのチャンファの変形などを引き起こし、さらにミッションが劣化していきます。


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 以上がシフト時のシングルコーンシンクロによる同期作用です。内部では摩擦力によって重い入力系の速度調節が行われるので、速度差の大きいシフトダウンでは、シフトに時間がかかったり、強い力が必要になります。次回 はそういった問題を改善するための、シンクロの同期能力の向上について説明します。シングルコーンタイプとは異なるダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプなどを使うことで、シンクロの能力を高めることができます。

posted by masa at 10:04| 自動車整備

2020年10月18日

ミッションをばらす その16 −− シンクロの構成部品

 前回は、シンクロメッシュ機構の重要な要素であるコーンによる摩擦接触について説明しました。今回は、シンクロメッシュ機構の構成と、シフトチェンジ時にこれらのシンクロメッシュ機構の要素が、具体的にどうのように速度の同期を実現するかを説明します。


■ クラッチハブ、スリーブ、リング、キー

 実際にシンクロ機構の構造の詳細を見ていきましょう。シンクロナイザーリングをギヤ側のコーン部に押し付けることで摩擦力が発生する訳ですが、この押し付け圧力を発生させる仕組みはクラッチハブとスリーブに組み込まれています。
 まずはクラッチハブです。ハブはメインシャフトに固定されており、外周部に取り付けられたスリーブを介して、各速のギヤのクラッチ部と噛み合い、回転を伝達します。
 ハブ外周部はスリーブと噛み合うスプラインになっていますが、3箇所は溝になっており、ここにシンクロナイザーキーという部品がはめ込まれます。
 キーというのは機械要素の1つで、一般に回転軸に歯車やプーリーなどを取り付ける際に、回転がスリップしないように使われるものです。軸と歯車類の軸穴に溝を加工し、取り付け時にこの溝部分にキーという金属部品をはめます。キーは軸と歯車などの両方に噛み合うため、軸と歯車などが滑らずに回転します。キーは、1列だけのスプラインのようなものとも言えます。基本的にキーは回転するのを防ぐもので、部品を固定する機能は持ちません。用途によっては、軸上を歯車などがスライドできる構造にする場合もあります。固定するのであれば、別途ナットなどを使います。

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 機械要素としてのキー。


 シンクロナイザーリングはクラッチハブと共に回転しますが、この連携はシンクロナイザーキーというちょっと特殊なキー部品で行われます。シンクロナイザーキーは、ハブとリングの両方に噛み合うことで、これらの間で回転を伝えます。それに加えていくつかの働きがあります。
 ハブの内側に切れた輪っかのような形のシンクロナイザーキースプリングがセットされています。これはハブに取り付けられた状態では、外側に膨らむ形の力が発生します。このスプリングはハブのキー溝部分でシンクロナイザーキーと接触し、キーに外側に向けた圧力をかけます。キーはハブ表面からちょっと飛び出していますが、これはスプリングによって支えられているので、力をかければ押し込むことができます。またハブのキー溝周辺にはキーの前後方向への動きを拘束する要素はなく、キーは前後にスライドすることができます(もちろん、動きはある程度の範囲に制限されます)。

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 ハブの溝部。

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 シンクロナイザーキー。

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 溝部にはめられたシンクロナイザーキー。

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 ハブとシンクロナイザーキースプリング。

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 ハブの内側のシンクロナイザーキースプリング。


 クラッチハブの外側に、スプラインによって前後に移動できるクラッチスリーブが取り付けられます。シンクロナイザーキーはハブとスリーブの間に挟まれる形になります。
 キーの外側には突起があり、スリーブ内面にはそれがはまる凹みがあります。そのためハブにスリーブをはめる時は、キーの位置にこの凹みの部分を合わせます。キーはスプリングで外側に押されているので、キー外側の突起はスリーブ内面の凹みにはまります。これにより、スリーブが前後するとキーも一緒に前後します。ただし突起の部分は縁が斜めになっているので、キーが動けない状態でさらにスリーブを動かすと、キースプリングの力に打ち勝ってキーが押し込まれて突起が外れ、スリーブだけ移動できます。

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 スリーブ内面の凹部。

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 シンクロナイザーキーはスリーブ内側でこのように凹部にはまる。

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 凹部とのはめ込みが外れた状態。突起の噛み合いが外れているので、ちょっと浮いている。

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 ハブにキーをはめる。

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 スプリングがキー裏側の段差部分に引っかかっている。

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 スリーブとキーの噛み合いが外れた状態では、キーの内側面がスプリングを押している。


 クラッチハブとギヤの間にシンクロナイザーリングが挟まれるように置かれます。シンクロナイザーリングの外周には、ハブやギヤのクラッチ部と同じように、クラッチスリーブに噛み合うスプラインがあります。スリーブに向く側は斜め45度の山形になっています。またスリーブのスプラインの末端も同じように45度に整形されています。このような面取り部分をチャンファといいます。

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 スリーブのチャンファ加工。

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 シンクロナイザーリングのチャンファ加工。四角い切り欠き部にキーがはまる。


 シンクロナイザーリングのハブにはまる部分には3ヶ所の切り欠きがあります。ハブに取り付けられたシンクロナイザーキーの内側部分は、ハブ内側にちょっと飛び出しており、この部分がリングの切り欠き部にはまります。これによりシンクロナイザーリングは回転に関してハブに拘束され、ハブと一緒に回転します。一方、ギヤのコーン部との間には特に拘束する要素はなく、互いにコーン面で接触するだけです。摩擦が発生するのはシフト操作によりリングをギヤ側に押し付けた時だけで、それ以外の時は隙間があります。この状態では、オイルで潤滑されていることもあり摩擦力はほとんど発生せず、そのためギヤはハブに対してほぼ無抵抗で回転できます。
 リングはキーによりハブと連携して回転しますが、ここにちょっと工夫があります。リングの切り欠き部分の幅は、キーの幅はより少し広くなっています。この差の分だけ、リングはハブに対してちょっとずれるように回転することができます。この回転量は図に示すように、スプラインの歯の半分ほどになります。

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 キーとリングの噛合部。ハブ側の切り欠き部はキーの幅より広い。

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 リングの切り欠き部とキーの幅の関係。


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 実際のリングのズレとスプラインの位相の関係。


 リングはハブに対してわずかに回転でき、それによりハブとリングのスプラインの位相が変化します。リングが移動範囲の中心にある時、ハブとリングのスプラインの位置が揃います。この時クラッチスリーブは、リングのスプライン部に進み、噛み合うことができます(図の左側)。リングが中央からずれている時は、スリーブとリングのチャンファ部が接触します(図の右側)。リングが自由に動ける状態なら、チャンファの斜面によりリングが中央位置までずれ、スリーブがさらに進んで噛み合うことができます。もしリングがずれた位置から動けない場合、スリーブはリングの位置まで進むことはできず、スリーブを押す力がチャンファを介してリングに伝わります。

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 スリーブの移動とチャンファの位置関係。


■ スリーブの移動

 シンクロナイザーは、クラッチスリーブの動きにより、効果を発揮します。具体的にはスリーブがシンクロナイザーリングを押すという動きです。それを見ていきます。
 クラッチスリーブがハブ上の中立位置にある時、リングには何も力はかかっていません。キーとスリーブは凹凸部がはまっており、キーも中立位置にあります。リングはキーによりハブと共に回転し、そしてギヤ側は異なる速度で回転しています。コーン部は接触しているかもしれませんが、圧力はかかっていないので摩擦力を発生しません。
 シフト操作によりスリーブがギヤ側に移動すると、キーもいっしょに移動します。するとキーの先端がリングをギヤ側に押します。これによりリングとギヤのコーン部は、軽い圧力で接触します。リングとギヤのコーン部が接触し、リングがそれ以上進めなくなると、キーの突起とスリーブの凹部の噛み合いがはずれ、スリーブだけが移動します。

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 スリーブの移動と、キー、リングの位置関係。


 さらに進んだスリーブはシンクロナイザーリングのチャンファ部に接触します。繰り返しになりますが、チャンファの斜面が接触すると、リングに力が何もかかっていなければ、リングがちょっとずれて、スリーブとリングのスプラインが噛み合い、スリーブはさらに進むことができます。リングがずれない場合は、斜めに接触したチャンファ部分を介して、スリーブを押す力がリングに加わります。
 ギヤ側(6速はメインドライブシャフト)のスプラインも見てみます。ハブ側と同じ直径とピッチのスプラインが、スリーブと噛み合うことで、ギヤとハブの間で力が伝達されます。このスプラインのスリーブ側は、シンクロのスリーブと同じように、先端が斜めに整形(チャンファ)されています。これにより、スリーブと噛み合う時に位相がずれていても、この斜めの部分に誘導され、噛み合い部分が奥まで進むことができます。ただしこのチャンファ部の形状は対象な山形ではなく、ギヤごとに形状が異なります。
 シングルコーンタイプのギヤ(ここでは6速)では、クラッチのスプラインのちょっと内側に、シンクロナイザーリングと接触するコーン部があります。

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 6速スプライン部。


 スリーブがスライドし、シンクロナイザーリングのスプライン部まで進むと、次はスリーブのチャンファ部がギヤ側(6速なので直結)のスプラインまで進みます。ここもチャンファになっているので、相手が自由に動ける状態であれば、位相がずれていてもチャンファ部が位置のずれを直し、スリーブがギヤ側に噛み合うことができます。
 ただしこれがうまく噛み合うためには、スリーブとギヤ側に速度差がほとんどないことが求められます。速度差があると、チャンファがちょっと当たった時点でスリーブ側が弾かれてしまい、噛合位置まで進めることができません。

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 今回はシンクロメッシュ機構を構成するシンクロナイザーのハブ、スリーブ、リング、キーの働きと動きについて説明しました。次回はいよいよシンクロナイザーの実際の動作を説明します。


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2020年10月17日

ミッションをばらす その15 −− シンクロの基礎知識


 前回は、シフトアップ/シフトダウンの操作における、ミッション内部の要素の速度の関係を説明しました。そして特にシフトダウンの際の、回転速度を合わせるための明示的な操作の必要性を示しました。こういった複雑な操作を行わず、簡単にシフトできるように、現在のトランスミッションにはシンクロメッシュ機構が組み込まれています。シンクロはシフト操作時に、摩擦力を利用してスリーブとギヤ側の回転速度を合わせ、噛み合い操作を円滑化します。また回転が一致するまでスリーブの移動を抑止し、ギヤ鳴りを防ぎます。
 今回は、こういった機能を実現するためのシンクロメッシュ機構の構造を解説します。


■ シンクロメッシュ機構

 通常の運転操作でのミッションの変速は、出力側のメインシャフトと、入力側の各速のギヤの速度が異なる状態で行われます。古いトランスミッションでは、この噛み合わせを円滑に行うために、タイミングをあわせたりダブルクラッチ操作が必要でした。しかし現代のトランスミッションは、このような操作の必要性を大幅に減らしています。
 どのようにすれば噛合操作を滑らかに行えるのでしょうか?
 スリーブが移動してハブとギヤが円滑に結合するためには、前に説明したように、この2つの回転速度が揃っている必要があります。速度の差が大きいとと、スリーブを動かしてもギヤ側のスプラインの歯に弾かれてしまい、噛み合いません。この問題を解決するために、マニュアルミッションには、シフト操作時にギヤとハブの回転速度を合わせるための機構が組み込まれています。これがシンクロメッシュ機構、略してシンクロと呼ばれるものです。
 一般的な乗用車では、キー式シンクロメッシュ機構が使われています。これはボルグワーナー式とも呼ばれます。
 シンクロの基本的な働きは、シフトレバーの操作でスリーブをスライドさせる際に、その移動の力を使ってハブとギヤの間で摩擦を発生させ、その摩擦力で速度を合わせるというものです。ギヤチェンジの際はクラッチが切れているはずなので、ギヤ側はフリーで回転あるいは停止しています。そのため比較的小さな力で加減速し、回転速度を調整することができます。速度を合わせれば、スリーブとギヤのスプラインが弾かれることなく、噛み合わせることができます。
 ネットの解説記事などでも、ここまでのことは書いてあります。しかしこれに付随する、シンクロのもう1つの重要な点は、あまり触れられていません。それは速度が同期するまでギヤがはいらない、つまりスリーブがギヤ側に移動しないようにするということです。
 前に触れたように、速度が合わない状態で噛み合わせようとすると互いに弾き合い、ギヤ鳴りというガリガリ音が発生し、ミッションを痛めます。速度が同期してから噛み合うことで、ギヤ鳴りを起こさず、滑らかに結合することができます。シンクロは、同期する前に噛み合い操作に進まないようにすることで、ギヤ鳴りを防いでいます。
 おもにシフトダウンの際に、シフトレバーを押してもギヤが入らず、さらに力を入れると、あるいはちょっと待っているとギヤがはいるという状況があります。このような経験は、MT車を運転したことのある人なら誰でもあるでしょう。これはスリーブとギヤの速度が合っていない間、シンクロ機構がスリーブの移動を押さえ、噛み合い状態に進むことを抑止しているのです。そして力を入れるなり時間が経つなりしてギヤとの速度が揃うと、スリーブが移動できるようになり、ギヤが噛み合います。運転者から見ると、ギヤ位置に入らなかったシフトレバーが、ある時点でスコッとはいるという状態です。
 ギヤとハブの速度を合わせるということと、速度が合うまで噛み合わせないということは、同じことを言っているように思えますが、シンクロの働きという面で見ると、異なる要素であることがわかります。


■ シンクロメッシュ機構の種類

 実際のシンクロ機構について説明します。
 キー式シンクロには、シングルコーンタイプ、ダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプといった構造の違いがあります。NDのミッションでは、6速と後退がシングルコーンタイプ、5速がダブルコーンタイプ、1速から4速がトリプルコーンタイプです。また摩擦発生部が金属のままのものとカーボンコートされたものがあり、1速、2速、6速がカーボンコートタイプ、残りは金属接触タイプです。

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 使用されているシンクロのタイプ。


 シンクロメッシュ機構の構造としては、シングルコーンタイプがもっとも基本的なもので、ダブルコーン、トリプルコーンタイプは速度同期の能力を強化したものとなります。
 シンクロの基本構造については、まず基本的なシングルコーンタイプで説明します。NDでは6速と後退がシングルコーンですが、後退はちょっと特殊な構造になっているので後回しにし、ここでは6速ギヤで解説します。6速は直結段なので、ほかの段と異なり、その速度のためのギヤはなく、メインドライブシャフトと直接噛み合うという形になります。


■ シンクロナイザーリングとギヤ

 シンクロの主要な働きは、メインシャフトと共に回転するスリーブ/ハブと、クラッチディスクからの入力系であるギヤのクラッチ部の間で摩擦力を作用させ、回転速度差を無くすことです。
 クラッチハブ側には、ギヤ側(6速の場合はメインドライブシャフト)との間で摩擦を発生させるシンクロナイザーリングという部品が取り付けられています。シンクロナイザーリングは、ハブといっしょに回転します。そしてこのリングを異なる速度で回転するギヤあるいはメインドライブシャフトのクラッチ部に押し付け、摩擦接触させます。この接触面はテーパー状(コーン型)になっており、斜面の働きにより、押し付けられた力に対し、より大きな力で相互が接触するようになっています。この摩擦力により、異なる速度で回転(あるいは停止)しているギヤとハブの回転速度が近づきます。このシンクロナイザーリングの働きがシンクロ機構の中核要素です。

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 ギヤ側のコーンとシンクロナイザーリングの接触。

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 実際の6速ギヤ(直結なのでギヤはない)側のコーン部と、シンクロナイザーリング側のコーン部。

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 組み合わさった状態。


 自動車の走行中にギヤを切り替える際は、メインシャフトに取り付けられたクラッチハブは、車両の走行速度に応じた回転速度です。一方、メインドライブシャフトからカウンターシャフト、各段のギヤなどの入力側は、ニュートラルでクラッチが切られてる間は自由に回転できる状態です。したがってシンクロ機構は、車速に応じたハブの速度に、目的の段のギヤの速度を合わせる、つまりギヤの回転速度を上げるか下げるかという形で働きます。前回説明したようにシフトアップの際は、出力側の速度と自然に一致する方向に入力側の速度が低下するので、シンクロによる速度調整はごく僅かな速度差に対して行われます。一方シフトダウンでは、放っておくと低下してしまう入力側の速度を大幅に高めるという操作になります。
 ハブと共に回転するシンクロナイザーリングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触することで、この部分の摩擦力に引きずられる形で、ギヤの速度がハブの速度に近づくように加減速されます。
 摩擦力を発生するのはギやとシンクロナイザーリングで、ギヤは強度、硬度の高い鋼鉄製です。それに対してシンクロナイザーリングは真鍮やリン青銅などの合金で、鉄よりは柔らかい材料です。ミッションを長期間使うと、摩擦により、おもにシンクロナイザーリングが摩耗していきます。摩耗が進むと部品のガタが大きくなり、また摩擦効果も低下していくので、徐々にシンクロの能力が低下し、ギヤが入りにくい、ギヤ鳴りといった症状が発生します。調子の悪くなったミッションのオーバーホールにおいて、シンクロナイザーリングの交換はほぼお約束の作業です。
 シンクロの能力を高めるために、リングの摩擦接触面をカーボンコートするという方法もあります。6速用リングの内側が黒くなっているのは、このカーボンコートによるものです。

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 6速(左側、カーボンコート)と後退(右側、コートなし)のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリング。コーン側から見たところと、ハブ側から見たところ。

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 シングルコーンタイプのメインドライブシャフト側のクラッチスプライン部。6速はメインドライブシャフト直結なので、ギヤ部はない(背後のギヤはメインドライブギヤ)。

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 クラッチハブ(左)とクラッチスリーブ(中央)、シンクロナイザーリング(右)。

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 ギヤ側のコーン部にシンクロナイザーリングが接触する。

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 スリーブでハブと6速が結合した状態。この状態では、リングはスリーブの中に完全に隠れる。スリーブの反対側に、5速用の部品やシンクロナイザーキーが見える。


■ コーンの接触による摩擦力

 2つの物体の間の摩擦力は、押し付ける力と2つの物体の間の摩擦係数に比例します。したがってこれら2つのパラメータを大きくすることで、摩擦力を大きくでくます。
 シンクロの接触面は平面や円筒面ではなく、円錐形の一部を切り出したような形です。このような形状をテーパーやコーンと呼びます。これは基本的には、斜面を利用したもので、その働きはクサビに近いものです。

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 斜面による圧力の増大。


 図で示したように2つの物体が斜面で接触している場合、一方の物体を他方に押し付ける向きで力をかけると、接触している斜面に、押している力以上の力をかけることができます。このような増力効果は、斜面の角度が小さいほど大きくなり、具体的な倍率おおよそ斜面の角度の正接(tan)の逆数となります。例えば斜面の角度が15度なら、接触面の間に発生する直交方向の圧力は約4倍になります。
 シンクロナイザーとギヤは回転体なので、この斜面は円錐面、つまりコーン状の形になります。ギヤ側は円錐の外側の面、リングは円錐の内側の面が接触する形になります。接触面をコーン状にすることで、ギヤのコーン部とシンクロナイザーリングの間の押し付け圧力を、レバー操作の力よりも高めることができます。
 摩擦力は、接触面にかかる力と摩擦係数をかけた値で決まり、コーン形状は力を大きくするものです。もうひとつの要素である摩擦係数も大きくする必要があります。ところで摩擦と言っても、ミッション内部はギヤオイルで潤滑されており、ギヤのコーン部もシンクロナイザーリングも金属です。こんな状況で、ちゃんと摩擦力が発生するのでしょうか?
 シンクロナイザーリングのコーン接触面は、金属のままのものと、カーボン材を使ったものがあります。金属のものの接触面を見ると、円周状に細かい溝が刻まれており、そしてところどころで溝が切れているのがわかります。このような形状により、接触面に圧力がかかった時、接触部分に溜まったオイルが速やかに排出され、油切れがよくなるのです。カーボンのものも、形状は異なりますが、油切れを考慮しています。カーボン材料を使うのは、耐久性が優れていることなどがあるようです。
 分解したミッションを実際に手で動かしてみるとわかりますが、油がついたシンクロであっても、手で押さえるとおどろくほどの摩擦力が発生することがわかります。

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 金属の接触面(後退用シングルコーンシンクロナイザーリング)。

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 カーボンコートされた接触面(6速用シングルコーンシンクロナイザーリング)。



 コーンを手で押さえることで、摩擦力の変化がわかる。


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 今回はコーンの接触による摩擦の話で終わってしまいました。次回は実際のシンクロ機構の構造を解説します。

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2020年09月26日

ミッションをばらす その14 −− シフトアップとシフトダウン

 マニュアルミッションの仕組みについて、一番わかりにくいところはシンクロメッシュ機構でしょう。シンクロメッシュ機構、略してシンクロは滑らかなギアシフトに欠かせない要素です。ネットや雑誌の記事でもしばしば取り上げられていますが、その仕組をきちんと解説したものは、あまり見たことがありません。ここでは雑誌記事などより詳しく説明してみようと思います。
 今回はシンクロの機構の前に理解しておくべきこと、つまりシフトアップ/ダウン時のギヤやシャフトの速度の関係を説明します。


■ 車両の速度/メインシャフトの回転速度と各段ギヤの回転速度など

 常時噛合式の変速機は、メインシャフト上で異なる速度で回転するの各段のギヤのうち、1つを選んでメインシャフトに結合することで、使用するギヤ段を選びます(直結段は、メインドライブシャフトとメインシャフトを結合します)。
 このような構造のミッション内部の要素を、軸の回転の連携という観点で見てみると、メインシャフトと、メインドライブシャフト/カウンターシャフト/各段のギヤ(長いので、以後、単に入力側と呼びます)の組み合わせに分けることができます。メインシャフトはプロペラシャフトを介して車輪とつながっているので、常に車両の走行速度に応じた速度で回転します(こちらを出力側と呼びます)。それに対して入力側は、いくつかの要素が関連します。

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 エンジン、クラッチ、入力側、メインシャフトの関係。


 ミッションの出力側、入力側、エンジンの回転数の関係を以下にまとめます。どの状態であっても、メインシャフトの速度は、車両の走行速度に応じたものとなることに注意してください。

・ニュートラル、クラッチ切
 ニュートラル状態のメインシャフトは、どのギヤとも結合していないので、入力側の回転に関与しません。この状態でクラッチが切れていれば、入力側は(ほかの回転に引きずられることはあるものの)抵抗なく自由に回転できる状態です。

・ニュートラル、クラッチ接
 ニュートラルでクラッチが繋がっていれば、入力側はエンジン回転数に応じて速度で回転します。走行中であればミッション内で入力側、出力側とも回転していますが、それらの間に関連性はありません。

・何らかのギヤにはいっている、クラッチ切
 ギヤがニュートラルでない場合、入力側は、出力側と結合しているギヤの減速比に応じて、車両速度に比例した速度で回転します。クラッチが切れているので、エンジン回転速度と車両速度は無関係です。

・何らかのギヤにはいっている、クラッチ接
 ギヤがニュートラルでなく、クラッチが繋がっている状態では、ミッション入力側はギヤと車両速度に応じた速度で回転し、エンジンもミッション入力側と同じ速度で回転しています(ここではエンジンのパワーオン/オフは関係ありません)。


■ シフト操作

 実際の自動車の走行中のシフト操作を考えてみます。走行中にクラッチを切ると駆動力の伝達は断たれますが、自動車は惰性でほぼそのままの速度で走り続けます。ミッションの中では、出力側のメインシャフトの回転速度は変化しないということです。そしてギヤがニュートラルでないので、入力側も連携して回転しています。
 クラッチを切るとエンジンからの動力が伝わらなくなるので、メインドライブシャフトや各段のギヤにはエンジンの駆動あるいは制動トルクはかかりません。噛み合っているクラッチハブと各段のギヤにもほとんどトルクはかかっていないので、軽い力でスリーブを動かし、ニュートラルにすることができます(トルクがかかっているとスリーブ、ハブ、ギヤのスプライン接触面で摩擦力が発生するため、軽い力ではスライドしません)。ニュートラルにすると、クラッチからメインドライブシャフト、カウンターシャフト、そして各段のギヤまでの入力側の駆動系は、駆動源が一切なくなるため、オイルの抵抗などで回転速度が低下していきます。
 走行中、つまり出力側のメインシャフトが回転している時に、ニュートラルからいずれかのギヤに入れる場合はどうなるでしょうか?
 スリーブが移動してハブとギヤが結合しやすいように、スリーブとギヤ側のクラッチのスプラインの接触部分は、先端を斜めに落とすチャンファ加工をしてあります。これにより、ギヤとスリーブのスプラインの谷と山がずれていても、先端の斜面によってうまく噛み合うようになっています。具体的には、車両速度で回転しているメインシャフト側のスプラインが、ニュートラルで自由に回転する各段のギヤのクラッチスプラインをずらし、スリーブが進入していく形になります。これにより、スリーブとギヤのスプラインが噛み合います。

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 スプライン噛合部のチャンファ。

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 クラッチスリーブのスプラインのチャンファ加工。

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 ギヤ側スリーブのチャンファの形状は、ギヤによって異なっている。


 ただし実際に回転しながらこのような噛合動作をするためには、スリーブとギヤのクラッチ部の回転速度が等しいか極めて近い必要があります。速度差が大きいとと、スリーブを動かしてもチャンファがちょっと接触した時点で弾かれてしまい、噛合状態に至りません。この時、弾かれる際に金属の打音が発生します。スリーブに力がかかっているとこの打音が連続的に発生します。このガガガガという音がギヤ鳴り、あるいはギヤ鳴きで、チャンファ部の摩耗や変形、破損につながります。


■ 余談 −− クラッチを切らないギヤチェンジ

 クラッチを切ることで、ミッション内の各部にはエンジンによる駆動/制動のトルクがかからなくなります。クラッチハブ、スリーブ、各段のギヤのクラッチ部にも力がかからないので、軽い力でスリーブを動かし、断切が可能になります。エンジンのトルクがかかっている時はこれらの摺動部に大きな力がかかっており、接触面の摩擦によりスライドさせるのに大きな力が必要です。そのため、シフト操作の際にはクラッチを切るのです。
 しかし、アクセルをうまく調整して走行速度とエンジン速度を一致させれば、ミッションにかかる駆動トルクを小さくすることができます。この状態であれば、クラッチを切らなくてもスリーブを軽くスライドさせることができます。ギヤをニュートラルにするのは簡単で、シフトレバーにニュートラル方向の力を加えながら、アクセルをゆっくり調整すればスコッと抜けるタイミングがあります。
 ニュートラルにするより難しいですが、ニュートラルからギヤを入れることもできます。後で説明するダブルクラッチと同じ考え方で、エンジン回転数を調整し、入力側と出力側の速度をぴったりと一致させれば、クラッチを切らずにギヤを入れることができます。
 これらの操作はちょっと練習すればできるようになりますが、僅かな回転速度差でもシンクロやチャンファに大きな負担がかかり、ミスするとシンクロ、ギヤやスリーブののスプラインが破損します。まぁやらないほうが身のためです。
 今のMT車はクラッチを切らないとエンジンがかけられなくなりましたが、それ以前の車であれば、このような制限はありませんでした。そのため停止して1速ギヤを入れた状態でエンジンを始動して走行開始、以後クラッチを切らずにギヤチェンジ、停止時にはエンジンを止めることで、まったくクラッチを使わずに走行することも不可能ではありませんでした。


■ シフトアップとシフトダウン

 走行中にシフトアップ、シフトダウンすると、ミッションに関連するこれらの要素の速度がどのように変化するかを考えます。以下の図は話を簡単にするために3速ミッションとしています。1速から3速のギヤはそれぞれギヤ比が異なるので、異なる速度で回転します。各ギヤは入力側の回転数に比例して速度が変化しますが、それぞれのギヤの速度の比率は変化しません。例えば1速のギヤ比が3、2速が2、3速が1なら、エンジン回転が1000RPMなら1速は333RPM、2速は500RPM、3速は1000RPM、エンジン回転が3000RPMなら1速は1000RPM、2速は1500RPM、3速は3000RPMとなります。
 ここで2速から3速へのシフトアップと2速から1速へのシフトダウンを考えます。
 まずシフトアップです。シフトアップの場合は、車両速度が同じなら、エンジンの回転数は以前より低くなります。これをもっと詳しく見てみます。

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 2速から3速へシフトアップ。


1. 2速で走行中、メインシャフトと2速ギヤの回転速度(ギヤとスリーブの噛合部の速度)が一致しています。

2. クラッチを切り、ギヤをニュートラルにします。これにより入力側の速度が低下していきます。車両は定速走行しているので、メインシャフトの回転速度は変化しません。

3. 3つの各段のギヤの速度は比例関係を維持したまま低下していきます。3速ギヤの速度は2速よりも高かったのですが、これも低下していきます。

4. 速度低下の過程で、3速ギヤの速度が、メインシャフトの速度に一致するタイミングがあります。このタイミングではスリーブとギヤの速度が一致するので、弾かれることなく、ギヤをつなぐことができます。

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 シフトアップ操作は楽です。この図で示したように、自然に速度低下していく上の段のギヤが、メインシャフトの速度にほぼ一致する瞬間があり、そのタイミングに合わせてやればうまくギヤを噛み合わせることができます。ぴったり合わなかったとしても、近い速度域での噛み合いなら、チャンファによりうまく噛み合い、自由回転している入力側の速度をメインシャフトの速度に一致させることができます。
 つまりシフトアップはクラッチを踏み、シフトレバーを2速から3速に切り替え、クラッチをつなぐという形になり、日頃やっている操作と同じです。
 しかしシフトダウンは簡単ではありません。2速から1速へのシフトダウンで考えます。
 シフトアップの図を見ると、クラッチを切ってニュートラルにした後の速度低下で、1速ギヤの速度が自然にメインシャフトの速度に一致することはありません。速度差が大きくなっていくだけです。そのため車両が走行している限り、メインシャフトと1速ギヤをつなぐことはできません。1速ギヤとメインシャフトをつなぐためには、どうにかして入力側の速度を上げ、1速ギヤの速度を1速用のスリーブの速度に近づける必要があります。この手順を以下に示します。

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 2速から1速へシフトダウン。


1. 2速で走行中、メインシャフトと2速ギヤの回転速度は一致しています。

2. クラッチを切り、ギヤをニュートラルにします。これにより入力側の速度が低下していきます。車両は定速走行しているので、メインシャフトの回転速度は変化しません。

3. ニュートラルのままクラッチをつなぎ、エンジン回転速度をあげます。これにより入力側の各ギヤの回転速度も高くなります。ここで1速ギヤの速度を、メインシャフトと噛み合い可能な速度以上にします。

4. クラッチを切ると入力側の速度が再び下がり始めます。この段階では、1速ギヤがメインシャフトの速度と一致するタイミングがあります。その時にギヤを1速に入れれば、1速ギヤはメインシャフトと噛み合える速度になっているので、弾かれることなく切り替えることができます。

5. クラッチをつなぎます。この時、エンジン回転数を高めておくと、クラッチをつないだ時のショックを防ぐことができます。

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 以上のような手順により、シフトダウンを滑らかに行うことができます。この手順では1回のシフトダウン操作で2回クラッチペダルを踏むことになるので、ダブルクラッチと呼ばれます。
 ギヤ比の離れ方などによっては、シフトダウンだけでなく、シフトアップでもダブルクラッチを使用したほうがギヤが入れやすい場合もあります。
 現在のマニュアルミッションでは、ダブルクラッチのような操作を行わなくても、滑らかに変速を行うための仕組みが用意されています。各段のギヤとメインシャフトの間で速度差があっても、円滑に任意のギヤの噛合操作を行えるようにするための仕組みが、シンクロメッシュ機構です。


■ 余談 −− ダブルクラッチ、ブリッピング、ヒール&トゥー

 マニュアルミッション車の運転テクニックとして、ヒール&トゥーやブリッピングという用語をよく聞きます。またこれらに関連してダブルクラッチに言及されることもあります。これについて簡単に説明します。


・ブリッピング

 走行中にシフトダウンすると、同じ車速でもエンジン回転数が高くなります。シフトダウンを行い、エンジン回転数が低い状態で単純にクラッチをつなぐと、大きな変速ショックが発生したり、強いエンジンブレーキがかかります。これを避けるために、シフトダウンしてクラッチをつなぐ際に、あらかじめアクセルを踏んでエンジン回転数を車速相応に上げておきます。このようにすることで、クラッチを繋いだ時のショックを緩和できます。もしエンジンブレーキをかけるなら、クラッチを繋いだ後にアクセルを戻します。
 このようにクラッチをつなぐ際に、アクセルを踏んでエンジン回転数を上げる方向に調整することをブリッピングといいます。


・ヒール&トゥー

 コーナーの通過などで、ブレーキを踏んで車両速度を下げつつ、コーナー脱出に向けてシフトダウンすることがあります。シフトダウン後のクラッチ接続で大きなショックが発生しないように、ブレーキを踏んだままブリッピングを行うことを行うことをヒール&トゥーといいます。つま先(トゥー)でブレーキペダルを踏みながら、足首をひねってかかと(ヒール)でアクセルを踏みます。ペダル配置によっては、両方をつま先で踏む場合もあります。

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 ヒール&トゥーもブリッピングもシフトダウンに関連して行われますが、ヒール&トゥーはアクセルとブレーキの同時操作、ブリッピングはアクセル操作のことです。
 さらにこれに関連してダブルクラッチがあります。前に説明したように、ダブルクラッチはシフトダウンを円滑に行うための操作で、回転速度を合わせるためにニュートラルでクラッチをつないだ時と2度めのクラッチ接続の際にブリッピングを行います。ヒール&トゥーはシフトダウンを伴う操作なので、ダブルクラッチ操作を同時に行うことがあります。この場合、右足のつま先でブレーキを踏みながらかかとでアクセルを2回、あるいは連続的にふかし、左足でクラッチペダルを2回踏むことになるので、かなり忙しい操作となります。
 これらの区別がわからないといった質問をよく見かけますが、実際の操作が何を行っているのか、どのような目的で行っているのかを理解すれば、難しい要素はなにもありません。
 最近のマニュアルミッションは、次回から説明するシンクロメッシュ機構により、ダブルクラッチを踏まなくても容易にシフトダウンできるようになっています。また一部のMT車では、ミッションの状態を検知し、シフト時にエンジンの回転数を自動的に制御することも行われています。つまりアクセル操作で明示的にブリッピングを行わなくても、エンジン制御コンピューターが自動的にやってくれるのです。まぁこういった支援機能がおもしろいかどうかは意見の分かれるところでしょうが。


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 次回からは、シフト時に回転速度を合わせる操作をやってくれるシンクロメッシュ機構について解説します。



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2020年09月19日

ミッションをばらす その13 −− シャフトの前半分の分解

 前回、メインシャフトとカウンターシャフトをベアリングハウジングから抜き取りました。これでこれらのシャフトは、メインドライブシャフト、メインシャフト、カウンターシャフトに分離することができます。
 これらのうち、分解する要素が残っているのはメインシャフトだけです。

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 取りはずしたシャフト。これらのシャフトはもうつながっていない。


■ カウンターシャフト

 カウンターシャフトは、前側のベアリングを除いて、これ以上は分解できません。カウンターシャフトの前側にあるカウンターシャフトのメインドライブ減速ギヤ、5速、2速、1速の4個のギヤは、シャフトと一体化されており、個々のギヤを分離することはできません。

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 取りはずしたカウンターシャフト。

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 前側の4個の歯車は一体化されている。

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 最前部にベアリングが圧入されている。


 シャフト中央部にベアリングを取り付け、その後ろ側には4速、3速のカウンターギヤが、間にスペーサーを置いてはまります。これらのギヤはセレーション嵌合です。その後ろにはインターメディエイトハウジング用のベアリングが圧入され、そして後退用のカウンターギヤをセレーションではめ込み、最後にロックナットで締め込みます。これらのギヤ、スペーサー、ベアリングは、ベアリングの圧入とロックナットにより固定される形になります。

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 後ろ半分のギヤも取り付けてみた(ベアリングはない)。


■ メインドライブシャフト

 カウンターシャフトを分離すると、メインドライブシャフトの6速クラッチ部に干渉するカウンターシャフトの歯車がなくなるので、メインドライブシャフトとメインシャフトを分離することができます。

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 メインドライブシャフトとメインシャフトが組み合わさった状態。

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 クラッチハブより前側(左側)がメインドライブシャフト。

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 メインシャフトからはずしたメインドライブシャフト。

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 シャフトの左側のスプラインにクラッチがはまり、先端部はクランクシャフトのパイロットベアリングに差し込まれる。

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 真横から見る。右側から6速のシンクロ用コーン、クラッチスプライン、そして中央にあるのがメインドライブギヤ。

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 メインドライブシャフトがメインシャフト、カウンターシャフトと噛み合っている状態。メインシャフトとの結合部は前後方向への位置決め機能はないので、写真では歯車の噛合位置がちょっとずれている。


 メインドライブシャフトは、ギヤの前側に残っているベアリングを除き、これ以上分解はできません。シャフトとメインドライブギヤ、直結6速用のクラッチ部は一体化されています。カウンターシャフトとメインドライブギヤが、1つの金属部品から切削されているのか、あるいは摩擦溶接などで複数の部品を組み合わせているのかはわかりません。
 メインドライブシャフトとメインシャフトは同心で別々に回転できますが、この接続部分は、メインシャフト側の細い軸がメインドライブシャフトの穴にはまる形になります。ここにはニードルローラーベアリングが組み込まれています。メインシャフト上の1速、後退以外のギヤは転がりベアリングを使っていませんが、これはギヤがさほど重くないこと、空転時の速度差があまり大きくなく、そして大きなラジアル荷重がかからないためです。メインドライブシャフトは、メインドライブギヤの噛合により反力が発生するため、ラジアル荷重を受けられる構造になっています。

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 メインシャフトとの差し込み用の穴があいている。

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 メインシャフトとメインドライブシャフトはニードルローラーベアリングを介してつながっている。


 メインドライブシャフトは、一番前側がエンジンのクランクシャフトに取り付けられたパイロットベアリングに差し込まれます。その後ろのスプライン部はクラッチディスクが摺動する部分です。その後ろはフロントケースのレリーズカラーが摺動するパイプ部分に収まり、そしてミッションケースで支えられるベアリング、その後ろにカウンターシャフトを駆動するメインドライブギヤがあります。そして最後部は、直結の6速用のクラッチになっています。つまりこのシャフトは、組み立てられた状態では、先端のパイロットベアリング、中央部のミッションケースベアリング、そしてメインシャフトと結合する部分のニードルローラーベアリングの3個のベアリングで支えられていることになります。


■ メインシャフト前側の分解

 ベアリングハウジングから取り外し、さらにメインドライブシャフトを分離した状態のメインシャフトには、まだいくつか部品が付いています。1-2速のギヤとクラッチハブ、5速ギヤと5-6速用のクラッチハブが残っています。


1. 6速用シンクロナイザーリング、5-6速クラッチスリーブ

 メインドライブシャフトを外せば、クラッチハブに付いている6速用のシンクロナイザーリングを外すことができます。これはカーボンコートのシングルコーンタイプです。またメインドライブシャフト用のニードルローラーベアリングが残っていれば、これも外しておきます。

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 メインシャフトの最前部

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 メインシャフト先端にニードルローラーベアリングがある。その後ろのクラッチハブに、6速用シンクロナイザーリングがはまっている。


 クラッチスリーブを前側にスライドして外します。スリーブを外すと、3個のシンクロナイザーキーも外れます。

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 取りはずしたクラッチスリーブ、シンクロナイザーキー、シンクロナイザーリング、ニードルローラーベアリング。シンクロナイザーリングはカーボンコートなので、内周面が黒くなっている。


2. 1速ギヤ

 メインシャフトに残っている部品のうち、最後部にあたる1速ギヤとシンクロナイザーリング、クラッチスリーブなどを取り外します。

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 右側が1速ギヤ。(写真はまだメインドライブシャフトを分離する前のもの)


 1速ギヤはメインシャフトに対して自由に回転します。ここはニードルローラーベアリングが使われており、内側にスリーブ、ベアリングハウジング側にスラストワッシャーがあります。ベアリングが圧入されている状態では、ワッシャーとスリーブはベアリングにより押さえられ、固定されていますが、今は外されているので、これらも手で抜き取ることができます。1-2速関連部品は、すべてシャフトの後ろ側に抜き取ります。
 この段階では、スラストワッシャー、1速ギヤ、ニードルローラーベアリング、スリーブを抜き取ります。そして1-2速クラッチスリーブとシンクロナイザーキーを後ろ側に抜き取ります。シンクロナイザーリングはカーボントリプルコーンタイプです。

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 1速ギヤ用のニードルローラーベアリング、スリーブ、スラストワッシャー。


 クラッチスリーブを後ろ側にスライドし、スリーブとシンクロナイザーキーを取り外します。シンクロナイザーキーも回収しておきます。

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 1速ギヤ、ベアリング類、トリプルコーンシンクロ、クラッチスリーブ、シンクロナイザーキー。

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 1速ギヤのベアリングハウジング側。

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 1速ギヤとシンクロナイザーリングを組み合わせた状態。

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 トリプルコーンシンクロは3個の部品から構成される。左からインナーコーン、ダブルコーン、シンクロナイザーリング。インナーコーンの外周とシンクロナイザーリングの内周がカーボンコートになっている。


3. 1-2速クラッチハブ

 1-2速用のクラッチハブは、セレーション嵌合でメインシャフトに取り付けられています。

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 1-2速クラッチハブは、特に固定部品はない。


 この段階では、ハブを固定するナットやスナップリングはないので、引っ張れば取り外すことができます。ちょっと硬かったので、2速ギヤにベアリングプーラーをかけて抜き取りました。

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 延長したプーラーでハブを抜き取る。


 クラッチハブと一緒に2速用シンクロナイザーリングも取り外します。これは1速用と同じカーボントリプルコーンタイプです。

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 ハブをはずすと、2速用シンクロ、2速ギヤもはずれる。

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 1-2速用クラッチハブ。


 クラッチハブを外せば、2速ギヤはそのまま後ろに抜き取れます。2速ギヤはニードルローラーベアリングなどは使っておらず、メインシャフト表面に直接接して回ります。そのためシャフト表面には油溝があります。

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 2速ギヤ(ハブ側)。ギヤ径とクラッチ径がほぼ等しい。

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 2速ギヤ(前側)。


 2速ギヤの前側のスラストを受けるために、メインシャフトそのものにツバ状の加工が施されています。これがあるため、ここより後ろの部品はシャフトの後ろ側に抜き、前側の5-6速部品は前側に抜き取ります。

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 1-2速関連部品を外したメインシャフト。5速ギヤの右側にスラストを受ける部分が見える。中央のちょっと色が違うところは、ベアリングが圧入されていた部分。


4. 5-6速クラッチハブ

 1-2速まわりはシャフトの後方に抜き取りますが、5-6速まわりの部品は前方に抜き取ります。現時点で一番前にある5-6速クラッチハブをはずします。まず軸にはまっているスナップリングを外し、その後、クラッチハブを取り外します。

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 メインシャフト最前部。先端にニードルローラーベアリングがはまる。

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 スナップリングをはずす。

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 ハブを抜き取る。シンクロナイザーリングがギヤ側に残っている。

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 1-2速クラッチハブ。


5. 5速ギヤ

 ハブを取りはずした状態では、5速ギヤに5速用のシンクロナイザーリングが付いています。これはダブルコーンタイプが使用されています。

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 5速ギヤとシンクロナイザーリング。

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 ダブルコーンシンクロ(ギヤ側)。

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 ダブルコーンシンクロ(ハブ側)。インナーコーンの内周面はコーンではないので、形状がトリプルコーンと異なっている。


 シンクロナイザーリングを取りはずすと5速ギヤが現れます。5速はダブルコーンシンクロなので、シンクロナイザーリングとの接触部分の形状が変わっています。ギヤ側にコーン部はなく、ダブルコーンが噛み合う穴だけがあります。穴をつなぐように光っている部分は、インナーコーンが接触する部分です。ここは接触しますが、大きな摩擦力は発生しません。

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 5速ギヤのシンクロ側。このギヤはダブルコーンシンクロを使っているので、ほかのギヤと形状がかなり変わっている。


 5速ギヤを取り外します。これは2速ギヤと同様に、メインシャフトに直接接して回転するもので、シャフト上に油溝があります。スラストワッシャーなどはありません。

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 取りはずした5速ギヤ。ギヤ比が小さいので、クラッチに比べ径がかなり小さい。

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 軸からすべて取り外した状態。シャフト上のツバ状の部分の形状がよくわかる。


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 これらをすべてはずせば、メインシャフトは1本の軸のみとなります。シャフトを見てみると、それぞれの部品を取り付けるために、場所ごとに直径や表面の加工が異なっているのがわかります。また部品の取り付け/取り外しを順に行うために、徐々に軸径が変わっているのがわかります。

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 すべての部品を外したメインシャフト。各部の形状、太さが違うのがわかる。

 軸の形状としては、摺動するクラッチディスクやプロペラシャフトを取り付けるためのスプライン、回転しないクラッチハブを固定するためのセレーション、ロックナットのための雄ネジ、ベアリングなしでギヤが回転する部分のための油溝、ワッシャー類をはめるための溝やボール穴などの加工があります。またベアリングを圧入する部分などは、固定位置とその前後で、直径が僅かに変わっている部分などがあります。

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 次回は、シンクロメッシュの解説の前知識として、シフトアップ/シフトダウン時の挙動について説明します。

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2020年09月18日

ミッションをばらす その12 −− さらにシャフトを分解

 今回はメインシャフトの分解の続きで、3-4速クラッチハブの取りはずしから始めます。

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 ここまで分解済。


■ シャフトの後ろ部分の分解を続ける

 前回、3速ギヤとシンクロ、クラッチスリーブまではずしました。次はクラッチハブを外します。


7. メインシャフトの3-4速クラッチハブ

 3-4速クラッチハブはメインシャフトに38mmのロックナットで締め付けられています。これはカウンターシャフトのロックナットと同様に、軸のキー溝のような部分に、ナットの一部を食い込ませることで、緩みを防止しています。緩める前に、この食い込み部分をマイナスドライバーやバールを使って起こしておきます。

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 ハブを固定しているロックナット。


 カウンターシャフトは軸端のナットだったのでインパクトレンチで緩めることができましたが、このハブのナットは軸の中央部にあり、ソケットレンチは使えません。またハブは外周部に対して内側がへこんでおり、ナットはその部分にあるので、モンキーレンチのようなフラットなツールは使えません。整備書では専用ツールの使用が指示されていますが、ここはオフセットメガネレンチか角度のついたコンビネーションレンチを使ってみます。
 ハンドツールでナットを外すとなると、ナットがはまっている軸の固定が必要です。まず回転を押さえる必要があります。これは前側にある5-6速、1-2速のクラッチを利用します。前側のスリーブをスライドさせ5速に噛み合せます。この状態でもう一方の1-2速スリーブを動かし、1速か2速に噛み合せます。これで二重噛合状態になり、軸は回転しなくなります。ミッションの二重噛合を防ぐインターロック機構はシフトロッドに作用するので、今の状態なら手でスリーブを動かして二重噛合にできるのです。

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 スリーブを5速と2速に噛み合わせ、シャフトの回転のロックする。


 ナットを緩めるには、軸の回転の固定に加え、全体の固定も必要です。ナットは200Nm以上のトルクで締められているはずなので、約500mmの長さのツールであっても、40kg以上の力をかけねばならず、それに耐える状態で固定しなければなりません。今回は、角材をハブ部分に枕のように置き、紐で何重にも縛りました。

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 使用した38mmコンビレンチ

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 ミッション軸を角材に紐でしばりつけて固定する

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 このようにレンチをかけてみたのだけれど。


 ここまで準備したのですが、コンビレンチによる方法は失敗に終わりました。このロックナットは径の割には薄くてレンチとのかかりが浅く、力をかけると外れてしまうのでした。レンチをかけてハンマーで叩くなど、いろいろな方法を試してみたのですが、緩む前にレンチが外れ、しかも外れたときに角をなめて、ますます外れやすくなるという状態になり、結局、ハンドツールの使用は諦めました。
 このロックナットは変形させる部分があるので再使用不可部品です。なので破壊しても構いません。そこで、タガネとハンマーで外すことにしました。タガネは鉄の棒の先を平らな刃にした道具です。この刃をナットの外周部に斜めに当て、それをハンマーで叩きます。刃がナット外周部に食い込み、ハンマーの衝撃はナットを回転させる力になります。タガネの刃をハブや軸に当てないように気をつけながら、ハンマーで(割と力を入れて)叩くことで、ナットが少しずつ回り、緩めることができます。

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 タガネとハンマーでナットを回して外した。

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 ナットの外周部にタガネの食い込んだ傷が見える。


 ロックナットを外せばハブは抜けるのですが、強く締め付けられていたこともあり、この部分のセレーション嵌合はかなり固く、手では取り外せませんでした。そのためプーラーを使うのですが、ハブ、シンクロナイザーリング、4速ギヤの間の隙間は狭いため、プーラーは4速ギヤに掛けます。この嵌合はベアリングの圧入ほどの硬さではないので、薄爪タイプのアマチュアベアリングプーラーを寸切りボルトで延長して抜き取りました。爪の外れ止めには、木工用クランプを使っています。これは前にベアリングの抜き取りに失敗した構成です。

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 アマチュアベアリングプーラーを寸切りボルトで延長して使う。

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 プーラーの爪は4速ギヤのクラッチ部にかける。


 嵌合が外れれば、クラッチハブとシンクロナイザーを取り外すことができます。シンクロナイザーは3速用と同じ構成です。

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 ギヤ、ハブなどがまとめて抜ける。

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 ギヤとハブの間に、トリプルコーンシンクロがはさまっている。


 クラッチハブの外周のスプライン部の内側には、シンクロナイザーキーを外側に押し出すためのシンクロナイザーキースプリングが取り付けられています。これはハブの前後に2本組み込まれています。

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 シンクロナイザーキースプリング。先端の曲がった部分がハブの内側の穴にはまっているのがわかる。


8. メインシャフトの4速ギヤ

 クラッチハブを外せば、4速ギヤは抜き取るだけです。

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 4速ギヤ、トリプルコーンシンクロ、クラッチハブの表と裏。


 4速ギヤもニードルローラーベアリングは使われていません。しかしメインシャフトに直接接するのではなく、スリーブを介しています。このスリーブはクラッチハブと共にロックナットで締め付けられており、セレーション嵌合ではありませんが、実質的にメインシャフトに固定されています。そのため4速ギヤは、このスリーブに対して回転することになるので、スリーブ表面には油溝があります。またスリーブの前側(ベアリングハウジング側)には、後退アイドラーギヤと同じようなフリクションダンパーが取り付けられています。これは内周部の金属部品が爪でスリーブに噛合、外周部のゴム部品が4速ギヤに接触しており、ギヤの回転に対して抵抗となります。
 分解時には、スリーブ、フリクションダンパー、4速ギヤをまとめてメインシャフトから外します。

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 スリーブ、フリクションダンパー、スラストワッシャー。

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 フリクションダンパーとスリーブを組み合わせた状態。


9. カウンターシャフトの4速カウンターギヤ

 メインシャフトの3速のギヤ、クラッチハブ、4速ギヤを外せば、4速カウンターギヤを抜き取れます。このギヤはセレーション嵌合ですが、軽く抜けました。

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 4速カウンターギヤをカウンターシャフトからずらして抜き取る。

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 取りはずした4速カウンターギヤ

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 ここまでギヤやベアリングを取り外せば、ベアリングハウジングより後ろ側の要素がなくなり、メインとカウンターの2本のシャフトをベアリングハウジングから取りはずすことができます。


■ シャフトの抜き取り

 メインシャフトとカウンターシャフトで、ベアリングハウジングより後ろの要素をすべて取りはずしたら、この2本のシャフトをベアリングハウジングから抜き取ることができます。

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 ベアリングハウジングより後ろ側の部品をすべてはずした。


 整備書では、プレス台にベアリングハウジングを置き、メインシャフト後端をプレスで押し、少し動いたら、カウンターシャフトのギヤが干渉しないようにカウンターシャフトをプラハンマーで叩いて押し出し、2本のシャフトを並行して抜き取るように指示されています。このとき、2本のシャフトがバラけないように、紐で縛っておきます。

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 2本のシャフトの歯車類が相互に干渉するので、2本を同時に抜き取る必要がある。


 我が家にはプレスがないので、別の方法を考えます。ベアリングハウジングには、前後のハウジングを取り付けるボルトのための貫通穴や、オイルを流すための開口部があります。ここに寸切りボルトを通してナットで止め、メインシャフト後端にプーラーを取り付け、ハウジングに対してシャフトを押すという方法を試してみます。ハウジングにボルトを取り付けるナットは、ハウジングとの接触面を傷つけないように、ワッシャーをかまします。

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 ベアリングハウジングに寸切りボルトをセットし、メインシャフトにプーラーをセットして引く。


 メインシャフトとカウンターシャフトの両方を少しずつ抜かないといけないので、カウンターシャフト用にも2本の寸切りボルトを取り付け、1つのプーラーを入れ替えながら作業を行いました。1回に数ミリずつしか押し出せないので、手間と時間のかかる作業でした。プーラーが2個あれば楽だったのですが。

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 カウンターシャフトも、同じように2本の寸切りボルトをセットして引く。


 本来であれば、2本のボルトとシャフトはまっすぐに並んでいなければならないのですが、既存の穴を使うため、ちょっとずれています。そのためプーラーのボルトを強く締め込んでいくと、プーラーが傾き、ボルトが曲がることがあります。そのへんに気をつけながら、そして前のベアリング抜き取りの時と同じようにシャフトを回しながら、慎重に、しかしそれなりの力を加えてベアリングからシャフトを抜いていきます。メインシャフトのベアリングは、シャフトの径がかなり太いということもあり、圧入はかなり固いものでしたが、力を掛けたり抜いたり、曲がったボルトを修正したりしながら、どうにか抜きました。カウンターシャフトのほうはさほど大きなベアリングではなかったので、簡単に抜けました。

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 2本ともベアリングから抜き取った。

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 抜き取った2本のシャフト。


■ ベアリングハウジング

 シャフトを抜き取った後、ベアリングハウジングには2個のベアリングが残されています。これはリテーナーの板で押さえられており、ボルトを抜いてリテーナーを外せば、ベアリングを外すことができます。

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 シャフトを抜いた後のベアリングハウジング(前側)。

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 ベアリングハウジング(後ろ側)。

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 リテーナーをはずせば、ベアリングを(プレスなどで)抜き取れる。この取り付けボルトは、ネジ部に液体ガスケットが塗布されていた。


 ミッションケース、エクステンションハウジングのベアリングはしっくり嵌めでしたが、この部分は圧入になっています。つまりこの部分のベアリングは、インナーレースもアウターレースも圧入ということです。ベアリングはハウジング後面と面一になるようにセットしなければならないので、リテーナーのない側に位置調整用のシムをセットして取り付けることになっています。
 現時点ではこのベアリングは抜き取っていませんが、組み立ての際にはベアリングを交換することになるかもしれません。整備書によれば、このベアリングの抜き取りと挿入はプレスを使うことになっています。

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 次回は、シャフトの前半分の分解を行います。


posted by masa at 08:44| 自動車整備

2020年09月17日

ミッションをばらす その11 −− シャフトの分解を始める

 シフトフォークを外し、支障物がすべてなくなったので、今回はベアリングハウジングより後ろ側の歯車類を取り外していきます。

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 このあたりを分解していく。カウンターシャフトのベアリングは抜きかけ。


■ メインシャフトとカウンターシャフト

 メインシャフトとカウンターシャフトは、中央部のベアリングに対して前側に抜く形になるので、そのためにまず後ろ側に位置する歯車やハブを外さなければなりません。これらのシャフト上には、いろいろな直径の歯車やハブが相互に食い込むように並んでいるため、それぞれのシャフトから適切な順序で部品を外していく必要があります。
 メインシャフトにはベアリング、クラッチハブ、各段のギヤなどが取り付けられています。軸に固定されたハブと回転できるギヤ、さらにその間のシンクロメッシュ機構やスリーブなども関与するので、メインシャフトはかなり複雑な構造です。
 カウンターシャフトは、中央部のベアリングハウジングの前と後ろで構成が違います。シャフトを抜き取れるように、中央のベアリングより後ろの歯車ははずせるようになっていますが、前側の歯車、つまり最前部のドライブギヤ、5速、2速、1速ギヤはシャフトと一体成型されており、分離できません。カウンターシャフトの歯車はすべてシャフトに固定されており、シャフトといっしょにまわります。そのため取外し可能な後ろ側の歯車類はすべてセレーション嵌合になっています。分解の際、固くはまっていたらプーラーで抜き取る必要があります。
 カウンターシャフト後端に取り付けられた後退ギヤは、カシメて止めるロックナットで固定されています。このギヤはベアリングの直径より小さいため、抜き取らなくてもインターメディエイトハウジングをはずことができます。しかし後退ギヤを止めているナットは、ハウジングがある状態のほうが外しやすいので、前に説明したように、あらかじめインパクトレンチで緩めておきました。


■ シャフトの後ろ半分の分解

 これから2本のシャフトを後ろ側から分解していきます。メインシャフトとカウンターシャフトの後ろ側から適宜ベアリング、歯車などを外していくのですが、これらの歯車やクラッチハブは互いに干渉するので、適切な順序で行います。単に部品の配置を考えるだけでなく、プーラーがうまくセットできるかなども考えなければなりません。SSTがすべて揃っていれば整備書に記載された手順でいいのですが、ツールが違う場合は多少の工夫が必要な場合もあります。以下の手順は、筆者が行った方法を示しています。


1. カウンターシャフトの後退ギヤ

 後退ギヤのロックナットは、前に緩めました。後退ギヤはセレーション嵌合で、軽くは抜けず、ちょっと力をかけて引かなければ抜けませんでした。この部分は後ろに伸びる軸が短いので、爪の薄いパイロットベアリングプーラーで抜き取りました。

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 カウンターシャフトの後退ギヤは、後退ギヤ全体の分解時に取りはずした。写真は後退ギヤを取りはずす前のもの。


2. カウンターシャフトのベアリング

 カウンターシャフト後端のベアリングは圧入で、ほかの歯車はセレーション嵌合です。ここのベアリングは軸の飛び出し量が大きくないので、汎用のプーラーで抜き取れます。このベアリングは、普通のアマチュアベアリングプーラーで抜き取ることができるのですが、抜き取りではなるべくアウターレースに力を掛けたくないので、3速カウンターギヤにギヤプーラーをかけて抜きました。ギヤごと抜くとベアリングのインナーレースに力がかかるので、ボール部に余計なスラスト荷重を掛けずに済みます。
 ただしギヤのほうは、メインシャフトのベアリングに干渉するので最後までは抜けません。そのためギヤがベアリングに当たりそうになったら、ギヤにかけていたギヤプーラーを外し、アマチュアベアリングプーラーをベアリングのアウターレースにかけ、ベアリングだけ外します。この段階ではかなり抜けているので、あとは軽い力で抜け、ベアリングに大きな負担はかかりません。

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 カウンターシャフトに取り付けられた4速、3速ギヤとベアリング。2個の歯車の間にスペーサーが挟まれている。

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 3速カウンターギヤにギヤプーラーをかけ、ベアリングと共に抜き取る。

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 ちょっと抜き取ると、歯車がメインシャフトのベアリングにあたる。

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 最後はベアリングだけをアマチュアベアリングプーラーで抜き取る。


3. メインシャフトのベアリング

 後退ギヤセットはインターメディエイトハウジングをはずす前に取りはずしているので、現時点でメインシャフト最後端にあるのは、インターメディエイトハウジング用のベアリングです。これは圧入されているので、プーラーで抜き取ります。
 プーラーのネジをメインシャフト後端にかけるのですが、このシャフトは長いので、プーラーを延長する必要があります。ベアリングのすぐ前に3速ギヤがあり、隙間が狭いので、まず薄爪タイプのアマチュアプーラーで抜くことを考えました。股下の足りない分はステンレス寸切りボルトで延長しました。爪がベアリングから外れないように、爪でベアリングを挟むようにして木工用クランプで固定しました。

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 アマチュアベアリングプーラーの爪をかけ、クランプで押さえる。

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 寸切りボルトで延長して引っ張ってみる。


 これで抜けるかと思ったのですが意外と手強く、ネジをまわすラチェットにかなりの力を込めても動きません。寸切りボルトがたわみ、破断しそうだったので諦めました。ここで使った寸切りボルトは、プーラー爪のネジ穴の関係で6mmだったのが不幸でした。もう少し太ければ抜けたと思うのですが。
 次に考えたのはセパレートタイプのベアリングリムーバーをプーラーで引く方法です。股下が足りないので、付属の延長ボルトではなく、3/8インチの寸切りボルトを適当な長さに切って使いました。
 このプーラーのセットでは、ベアリングにピッタリのサイズのセパレーターは、3速ギヤにボルトが干渉してセットできません。1つ上のサイズだと干渉せずにセットできるのですが、今度はボルトがカウンターギヤに当たるため、ベアリング中央からちょっとずれた位置になってしまいます。斜めに力をかけて抜くと軸やインナーレースに無理がかかるので、ちょっと考えます(これがあるので、最初の方法を試したのでした)。
 通常このような作業は、ギヤを二重噛合にして軸が回らないようにセットして作業するのですが、あえてロックせず回転するようにします。これでプーラーのボルトを回すと、シャフトも一緒に回ります。抜くのはベアリングなので、回転しても問題ありません。このようにすることで、ベアリングにかかる力はちょっと斜めになってしまうものの、軸上で力のかかる向きが回転に伴い徐々にずれていくので、トータルではさほど無理はかからないと考えました。
 ベアリングはこのやり方でどうにか抜けました。ただしそれまでのいろいろな試行錯誤や斜めに力をかけたことのせいか、ベアリングにガタが出てしまいました。組み立て時には交換しなければなりません。

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 セパレータータイプのプーラーをセット。部品の干渉によりちょっとセンターがずれている。

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 寸切りボルトで延長してプーラーをシャフト後端にセットする。プーラーのネジのシャフト側への飛び出しが多くなると、そこでプーラーが傾くので、なるべく写真のような位置で圧力をかける。ちょっと動いたら、寸切りネジのナットの位置を調整し、飛び出し量が過大にならないようにする。


4. カウンターシャフトの3速カウンターギヤとスペーサー

 メインシャフトのベアリングをはずすと、それが支障していた3速カウンターギヤを抜き取ることができます。
 このギヤのセレーション嵌合はさほどきつくなく、しかも最初のベアリング取りはずしの段階で位置をずらしているので、あっさりと抜けます。3速ギヤと4速ギヤの間のスペーサーもこの段階で抜き取れます。4速ギヤはメインシャフト上のギヤ類と干渉するので、まだはずせません。

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 メインシャフトのベアリングが抜けると、カウンターシャフトの3速ギヤ、スペーサーを抜き取れる。

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 3速ギヤとスペーサーを取りはずしたカウンターシャフト。

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 取りはずした2個のベアリングとカウンターシャフトの3速ギヤ、スペーサー。


5. メインシャフトの3速ギヤのワッシャー

 次にメインシャフトの3速ギヤをはずします。3速ギヤの後ろ側にCワッシャーがはまっているので、取り外します。これはかなり厚手のもので、スナップリングプライヤーで外すにはちょっと硬すぎます。整備書ではこれはマイナスドライバー2本を当てて同時に叩くという方法が指示されています。

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 ベアリングを取りはずした状態。Cワッシャーが見える。

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 Cワッシャーに2本のドライバーを当て、ハンマーで叩いて抜き取る。ベアリングや軸になるべく衝撃を与えないように、軸に木材の枕を当てている。


 筆者もドライバー2本を使って外しました。強力なスナップリングなので、外れると勢いよく飛んでいきます。再使用不可部品なので、紛失しても組み立ては困らないのですが、あらぬところに入り込むとそれはそれで問題です。うまくウエスをかますなどして、旅立たないように工夫します。筆者はこれを怠ったため、捜索にかなりの時間を費やすことになりました。


 こんな感じで抜き取る。

 このスナップリングを外すと、3速ギヤ側にあるワッシャーを外せます。これは位置決めのために、厚さを選択できる部品です。

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 スラストワッシャーの内側に半円形の切り込みがあり、そこにボールがはまっている。


 このワッシャーは、その前にある3速ギヤを位置決めするためのものです。機能としてはスラストワッシャー(軸上でスラスト力を受けるワッシャー)となり、そのためギヤとの接触面には油溝があります。このワッシャーは動力伝達には関与しませんが、メインシャフト上で回転しないように取り付けられています。この廻り止めはほかのハブや歯車類とは異なり、セレーション嵌合ではなく、位置決めボールが使われています。軸上のワッシャーの位置に半球の穴があり、ここに金属ボールがはまっています。軸表面から飛び出す半球部にちょうど噛み合うように、ワッシャーの軸穴に半円の刻みがあり、ここがはまることで、ワッシャーは軸に対して回転しません。ワッシャーを外した後で、このボールも外しておきます。ボールはオイルで張り付いているので、マグネットで持ち上げるといいでしょう。これを外さないと、それより前にある3速ギヤを抜き取れません。

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 ワッシャーをはずすと、軸にはめ込まれたボールが見える。

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 取りはずしたCリング、スラストワッシャー、金属ボール。スラストワッシャーの歯車との接触面には油溝がある。


6. メインシャフトの3速ギヤ、シンクロ、スリーブ

 ここまではずせば、メインシャフトの3速ギヤを抜き取ることができます。後退ギヤはニードルローラーベアリングを使っていましたが、このギヤにはころがりベアリング部品はなく、メインシャフトに対して直接触れて回転します。そのため軸側に、潤滑のための油溝があります。

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 取りはずした3速ギヤ。写真はクラッチハブ側。円環状の突起は、外周部にシンクロナイザーのインナーコーンが接触する。並んだ丸穴にはダブルコーンの突起が噛み合う。


 3速ギヤとクラッチハブの間に、シンクロナイザーリングがあります。3速用はトリプルコーンシンクロとなっており、リングは3つのリング状の部品から構成されており、ハブから外すと3つに分離できます。一番内側の真鍮色の部品がインナーコーンで、ギヤのコーン部と摩擦接触します。2個の真鍮色のリングに挟まれた鉄色の部品がダブルコーンで、これは突起部分がギヤの穴と噛み合い、ギヤと共に回転します。
 シンクロの働きについては、後でまとめて解説します。

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 クラッチハブの外周にはクラッチスリーブがあり、ハブと3速ギヤの間ににシンクロナイザーがはまっている。そのためこの写真では、クラッチハブは中心部しか見えない。

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 取りはずしたシンクロナイザーリング。

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 シンクロをはずすと、クラッチハブとクラッチスリーブの関係がよくわかる。3箇所にシンクロナイザーキーがはまっている。


 シンクロナイザーリングを外すと、クラッチスリーブを後ろ側にスライドして抜き取ることができます。スリーブの内面にはシンクロナイザーキーがはまっていますが、力を入れて動かすとはずすことができます。スリーブをはずすと、ハブ側に取り付けられていた3個のキーもはずれるので、なくさないように回収しておきます。スリーブには向きがあるので、事前に確認しておきます(ポンチマークがあるほうが後ろ側になります)

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 クラッチスリーブを取りはずす。ハブ外周の3ヶ所の溝の部分にシンクロナイザーキーが収まる。

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 シンクロナイザーキー。

11-240-sync-4.JPG
 シンクロナイザーリングは3速ギヤにこのようにはまる


−−−−

 長くなったので今回はここまでにします。現状、ここまで分解できました。

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 ベアリングハウジングより後ろ側には何も残っていない。


 次回はクラッチハブの取りはずしから行います。

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2020年09月14日

ミッションをばらす その10 −− シフトフォークの分解

 前回、シフトロッドに関する機構を説明しました。今回はシフトロッドの抜き取りとシフトフォークの取り外しを行います。

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 1-2速、5-6速のシフトロッドとシフトフォーク。


■ シフトフォークの分離

 シャフトのギヤ類を分解する前に、まずシフトフォークをはずす必要があります。シフトフォークはシフトロッドにスプリングピンで固定されているので、これをピンポンチで抜き取ります。ロッドとフォークが自由に動くようになれば、ロッドを抜いてシフトフォークをクラッチスリーブから外すことができます。

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 シフトロッドとシフトフォークはスプリングピンで固定されている。


 ピンポンチでスプリングピンを抜き取る時には注意が必要です。現時点でロッドは中央のガイド穴とクラッチスリーブで支えられているだけです。この状態でおかしな方向にフォークに衝撃を与えると、ロッドが曲がったりスライド穴が痛む可能性があります。それを防ぐために、打撃時の衝撃がなるべくロッドに伝わらないように、フォークをうまく木の台の上に置くなどして抜き取るほうがいいでしょう。写真では直接ピンポンチを当てていますが、実際の抜き取りは、ミッションを転がしてシフトフォークを木材の台で支えるなどして行います。


■ シフトロッドの抜き取り

 シフトフォークとロッドを固定するスプリングピンを抜けば、フォークをスリーブの位置に残したままロッドを抜き取ることができます。ロッドが抜ければ、フォークをスリーブからはずせます。
 注意しなければならないのは、ディテントとインターロックのための部品です。前に説明したように、ディテントはロッドの動きにクリック感を与えるためのスプリングやボールを、インターロック機構は、複数のロッドが同時に動くことを防ぐための小さなピンを使っています。これらの部品の取り外しの順序を誤ると、作業がとてもやりにくくなります。ロッドの抜き取りが、インターロック機構により妨げられてしまうのです。
 いずれかのロッドが中立位置から動いていると、インターロック機構により、ほかのロッドは動かなくなります。そのためロッドを抜く際は、ほかのロッドは中立位置になければなりません。インターロック機構はかなり精密にできていて、ロッドがちょっとでも中立位置からずれていると、ほかのロッドが動かなくなります。もし先にディテント部品を外してしまうと、ロッドにクリック感がなくなり、自由に動いてしまいます。そのためすぐにロッドがずれてロックしてしまい、抜き取りに難儀します。
 これを防ぐために、ディテントスプリングを押さえるボルトは、抜き取るロッドのもののみを取りはずします。それ以外のロッドについてはディテントを有効にし、中立位置を保つようにします。ロッドの動きが硬いと思ったら、軽く緩める程度にしておきます。これによりロッドがずれることを防げます。
 ロッドの取り外し順序は以下のようになります。


1. 後退用シフトロッド

 後退用のシフトフォークは、インターメディエイトハウジングを分離する前に、後退ギヤといっしょに外しました。ロッドもこの時にいっしょに外せますが、一応ここで手順を示しておきます。
 まず、後退スイッチを外します。内部にピンがあるので、無くさないように一緒に取り出しておきます。次にベアリングハウジング側面にある後退用のディテント用ボルト(1個だけ独立したもの)と金属ボールをはずします。これはボルトの内部にスプリングが組み込まれており、その奥にスチールボールがあります。これらを取り出します。これにより、後退ロッドのクリック感がなくなります。

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 後退用スイッチと作動用ピン。

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 後退ロッドのディテント用のボルトとボール(前掲)。


 前進用の3本のロッドが中立位置であれば、この状態で抵抗なく後退用ロッドを後ろ側に抜き取ることができます。ロッドを抜き取ると、ベアリングハウジング内のロッド間の穴の中にインターロック用のピンがあります。ディテントボルトの穴からマグネットなどを差し込み、インターロック用のロッド間ピン(太くて短い)と1-2速ロッド用のピン(細くて長い)を取り出します。これらのピンは小さい部品で、ミッションを動かしたりするといつの間にか抜け落ちたりするので、はずせるようになったらすぐに回収しておくべきです。

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 インターロック用のピン。


2. 1-2速用シフトロッド

 後退用ロッドの1本となりの1-2速ロッドを外します。まずこのロッド用のディテントボルトを外し、中からスプリング、スプリングシート、スチールボールを取り出します。残り2本のロッドが中立位置なら、これでフォークをスリーブ上に残したまま、このロッドを抜き取れます。ロッドを抜けばフォークもはずせます。

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 ディテントボルトをはずし、1-2速ロッドを抜き取っているところ。ディテント用の刻みが見える。

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 取りはずした1-2速ロッドとシフトフォーク。各ロッドは長さ、スプリングピンの穴位置などが異なる。


 ロッドを抜いた後、後退ロッド用のディテントボルト穴、あるいはこのロッド用の穴を使い、ロッド間ピン(太くて長い)とロッド用ピン(細くて短い)を1個ずつ取り出します。


3. 3-4速用シフトロッド

 1-2速用と同じ手順です。ディテント部品を外し、残り1本のロッドを中立にすればロッドを抜き取り、フォークをはずせます。抜き取った後に、ロッド間ピン(太くて長い)を1個取り出します。

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 抜き取る前の3-4速ロッド。3-4速はベアリングハウジングより後ろなので、ロッドは短く、前側には伸びていない。

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 ロッドを抜き取り中。

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 3-4速用ロッドは短い。


4. 5-6速用シフトロッド

 この段階ではインターロック用のピンは残っていないはずなので、最後の1本のロッドは、ディテント部品を外せば抜き取れます。5-6速ロッドには、ほかのロッドにはない部品が途中に取り付けられています。これは3-4速ロッドを支えるような部品で、ストッパブロックという名称なので、一部のロッドの動きを制約するものでしょう。機能を確認する前に分解してしまったので、現時点では機能はよくわかりません。

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 5-6速ロッドにはシフトフォークと別に、ストッパブロックという部品が付いている。

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 ストッパブロックの形状。


■ ベアリングハウジング

 ここではディテント部品を外してからロッドを抜きましたす。ディテント部品を外さなくてもロッドは抜けるのですが、抜いた途端にスチールボールが飛び出すので、紛失防止のため、先に外しておいたほうがいいでしょう。

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 ロッドとフォークをすべてはずした状態。


 ロッド類をすべて外したベアリングハウジングを見てみます。
 ディテント機構は各ロッドごとに必要なため、3本並んだ前進用のロッドについては、ミッション側面からボールを押し付けるようにボルト穴があります。
 後退用を含む各ロッド用のスライド穴を貫くように空いているインターロック用の穴の延長上に、後退用のボルト穴があります。この位置に何らかの穴がないと、ハウジングのインターロック用の穴加工や組み立て/分解が困難です。そのため後退用ディテントボルトのみ、この位置にあります。この位置関係により、前進用のロッドはディテント用の刻みとインターロック用の凹部は90度の角度で加工されていますが、後退用ロッドは、ボルト穴の位置が異なるため、180度の角度になっています。

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 ベアリングハウジングを貫通するロッド用のスライド穴と、ディテントボルト用のネジ穴。後退用ディテントボルト穴は、インターロック用の穴のために、側方に配置されている。

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 ロッドのスライド穴の中に、インターロック用の貫通穴が見える。


 ロッドを抜けばシフトフォークをはずせるので、この段階ではクラッチスリーブはそれぞれを自由に動かすことができ(インターロックされない)、二重噛み合わせにできます。つまり複数のギヤを同時に噛み合わせることです。こうするとメインシャフトはまったく回転できなくなります。後でメインシャフトのナットを緩める際に、この二重噛み合わせを利用します。


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 次回はいよいよメインシャフト、カウンターシャフトの歯車類を取り外していきます。
posted by masa at 03:13| 自動車整備

2020年09月13日

ミッションをばらす その9 −− シフトロッドの構成

 前回はミッションの動きを解説しました。今度はこれを分解していきます。シャフト類を分解するには、まずシフトフォークをはずす必要があります。シフトフォークを動かすためのシフトロッドには興味深い仕組みが組み込まれているので、それの説明から始めます。


■ シフトロッド

 まずはシフト機構に付いてみていきます。
 このミッションの変速パターンは左からR、1-2、3-4、5-6と4列あり、ニュートラル時はシフトレバーは3-4列に位置します。3-4列に位置するのは、前に説明したようにシフトレバーとコントロールロッドの接続部のスプリングで位置決めされるからです。
 シフトレバーで操作されるコントロールロッドは、これらのシフトロッドの列の中から1つを選び、前後に(Rは後ろ側のみ)動かします。シフトロッドにはシフトフォークが取り付けられており、フォーク部分がクラッチスリーブの外周部の溝にはまっています。これによりシフトロッドの動きでスリーブが前後動します。それぞれのスリーブにシフトフォークがあるので、シフトロッドは全部で4本必要になります。
 1本のコントロールロッドの回転と前後の動きで、4本のシフトロッドのうちの1本だけが前後し、目的のギヤを選択する仕組みは、エクステンションハウジングの分解のところで説明したとおりです。ここでは、実際にシフトフォークを動かすシフトロッドを見ていきます。現時点では後退用のシフトフォークとロッドエンドが一体になったもの、そして前進用の3個のロッドエンドは外されています(写真では後退用シフトロッドも抜かれているものがあります)。
 シフトロッドは、単にシフトフォークを動かすための棒のように思えますが、実際にはさまざまな工夫があります。

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 クラッチスリーブを動かすシフトフォークとシフトロッド。後退用ロッドは抜き取り済み。


■ ディテント機構

 シフトロッドは、ある程度動きを規制しなければなりません。クラッチスリーブがギヤと噛み合う位置にない時は、中立位置になければなりません。もしずれたりすると、コントロールロッドの回転動の支障となり、操作できなくなります。またシフト操作を行い、適当なギヤを選択した時は、手を離してもそのギヤが維持されます。実際のミッションではトルクの変動や振動などがあるので、ロッドの動きをある程度規制しておかないと、シフトフォークがずれてギヤが抜ける可能性があります(ギヤ抜けの防止には、ほかにもクラッチ噛み合い部の形状の工夫などもあります)。
 これらの要求から、人間の操作では動くものの、位置が定まった後は外乱で動かない程度に押さえる機構が、ロッドまわりに組み込まれています。このような機能をディテント(detent、戻り止めや回転止めという意味)と言うようです。
 ディテント機能は、シフトロッドの途中に刻みを入れ、そこに横方向からスプリングの力で金属ボールを押し付けるという方法で実現します。ボールが凹部にはまっている状態から動かすには、スプリングの力に打ち勝ってボールを押し出す必要があります。このような仕組みにより、外乱によるシフトフォークの動きを防ぎ、またシフト操作の際に適度なクリック感が得られます。
 この機構は、ベアリングハウジングのシフトロッド軸受部分に組み込まれています。側面から貫通している穴にボールとスプリングを収め、ボルトで塞ぐ構造になっています。シフトロッド上の凹部はこのボルト部分に位置します。
 ベアリングハウジングの側面3箇所と、上側1箇所に、このディテント用のボルトがあります(赤枠で囲った部分)。側面の3箇所は、1-2、3-4、5-6のシフトロッド用のもの、上側のものは後退のロッド用です。後退用だけ違う位置にあるのは、この穴を利用して後述するインターロック用のピンを出し入れするためです。

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 シフトロッドとディテント用ボルトの位置関係。後退用のみ、側面からボルトを締め込んでいる。

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 ベアリングハウジングのデテント用ボルトを拡大してみる。側面のものが後退用。3個並んでいるのは、左から1-2列、3-4列、5-6列用。


 これらのボルトをはずすと、ボールやスプリングを取りはずすことができます。3個並んだほうは、ボルト、スプリング、スプリングシート、ボールから構成されます。後退用のほうは、ボルト内部にスプリングが組み込まれており、部品としてはボルトとボールだけです。ボールは4個とも同じ大きさです。

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 前進ロッド用のディテント部品。ボルトを締め込むことで、ボールにスプリングの圧力がかかる。ボールがロッドの刻みにはまることで位置決めし、動かす時にクリック感が発生する。

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 後退用のディテント部品は、ボルトのネジ部にスプリングが組み込まれている。


 1つのシフトフォークで2速の断接を行うもの(1-2、3-4、5-6用)については、ロッドに3箇所の刻みがあります。前後のギヤと中立位置のためのものです。後退用は中間と後退位置しかないので、刻みは2箇所です。

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 前進用シフトロッドは、3箇所の刻みで3ポジションの位置決めをする。後退用は2箇所。側面の凹部は後述するインターロックのためのもの。


 スプリングが劣化したり、ボールがあたるシフトロッドの凹部が摩耗したりするとディテント効果が弱くなり、ギヤ抜けが起こったり、クリック感の低下、シフトの引っかかりの原因になります。
 ディテントとは別に、後退用ロッドには、バック用スイッチを作動させるための刻みもあります。ロッドのバック位置を検出することで、バックランプの点灯などの制御を行います。またコントロールロッドの途中にも同等の仕組みがあり、ニュートラル位置の検知に使われます。


■ インターロック機構

 スリーブによるギヤの結合は、全部で7箇所あるクラッチ部分のうち、1箇所のみ行われます。4本のロッドがありますが、この中で中立位置から動くのは1本のみということです。もし複数のロッドが動いて2箇所以上が同時に噛み合ってしまうと、ミッションはロックし、まったく動かなくなります。シフトレバーの操作ではこのような動きは起こらないはずですが、衝撃などで動いてしまう可能性もあるので、シフト機構にはこのような多重噛み合いを防ぐためのインターロック機構が組み込まれてます。これは以下のように機能します。

・全ロッドが中立位置(どのギヤも噛み合っていない)の時、任意の1本のロッドを動かす事ができる。

・全ロッドが中立状態の時、2本以上同時に動かすことはできない。

・1本のロッドが中立位置から離れている時(完全な噛み合いに至っていない状態も含む)は、ほかのロッドは中立位置から動かない。


 このような仕組みが実現できれば、いかなる時もどれか1つのクラッチしかかみあっていない、あるいは中立状態であることを保証できます。これをインターロック機構といいます。ちょっと考えると複雑そうな仕組みですが、これは意外と単純なメカニズムで実現できます。
 マニュアルミッションのインターロック機構は、ロッドの側面の貫通穴と凹部、いくつかのピンから構成されます。このミッションのはインターロック機構は、前述のディテント機構とともに、ベアリングハウジングの中に組み込まれています。

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 インターロックのためのロッドの加工と制御用のピン。貫通穴のあるものとないものがある。太いピンはロッド間用、細いピンはロッド貫通用。


■ 2本のロッドのインターロック

 基本的な仕組みを説明します。インターロック機構は、ロッドがスライドするハウジング(灰色)内に組み込まれます。そしてロッドのスライドするそれぞれの穴の間を結ぶ穴が開けられています。
 まず一番基本的な制御として、2本のロッドのインターロックについて説明します。
 2本のロッド(赤色)は、内側に凹部があります。ロッドが中立位置の時、ロッドの凹部とロッド間の穴の位置が揃います。
 このロッドの間を結ぶ穴の中に、自由に動けるピン(緑色)があります。このピンをここではロッド間ピンと呼びます。このピンの両端は丸く加工されており、各ロッドの凹部にはまります。ロッドの凹部とピンの端は、ロッドが動くとピンを押し出せるような形状になっています。ピンがロッドの凹部はまっていて、ピンが動ける状態なら、ロッドはピンを押し出してスライドできます。ピンが動かない状態では、ロッドはスライドできません。もちろん、最初からピンがはまっていない場合もロッドはスライドできます。
 ここでピンの長さを、ロッド間の距離と凹部の深さ1つ分とします。ピンが置かれている部分の長さは、ロッド間の距離と深さ2つ分なので、この長さのピンは、凹部の深さ1つ分だけスライドできます。この長さと移動量の関係により、ピンはどちらか一方のロッドの凹部にはまる形になります。

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 2本のロッドのインターロック機構。


 両方のロッドが中立位置なら、ピンは凹部の深さ分だけ左右に動けます。ここでどちらかのロッドを動かすと、ピンが凹部から押し出され(あるいは最初からはまっておらず)、ロッドはスライドできます。ロッドが移動するとそのロッドの凹部が穴位置からずれるので、ピンが動ける隙間がなくなり、ピンは固定されます。すると他方のロッドの凹部にピンが動けない状態ではまり込むので、このロッドはスライドさせることはできません。スライドしていたロッドが中立位置に戻れば、どちらのロッドも動かせるようになります。
 また2本同時に動かそうとすると、2本のロッドがちょっとだけスライドした段階で、ピンがつっかえて動かなくなり、結果としてどちらのロッドもちょっとだけずれるだけで、大きくスライドすることはできません。
 この動きは、2本のロッドのインターロックとして十分な働きです。


■ 3本以上のロッドのインターロック

 ロッドを3本に増やしてみましょう。前の2本のロッドの間に1本追加し、中央のロッドは両側に凹部を持ちます。これで前に説明した仕組みで、中央と端のロッドの間でインターロック機能が働きます。しかしこれだけでは不十分です。中央のロッドが中立位置で、両端のロッドが2本ともスライド可能になるからです。

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 問題のある3本のロッドのインターロック機構。


 そこで2本のロッド間ピンの動きを連携させるために、中央のロッドに貫通穴を開け、そこにピンを置いて左右のロッド間ピンの動きを連携させます。このロッド貫通ピン(青色)の長さは、ロッドの太さよりロッドの凹部1つ分だけ短くします。このようにすることで、一方のロッド間ピンが中央ロッドの凹部にはまった時、貫通ピンが押され、他方のロッド間ピンを凹部から押し出します。これにより、ロッド間ピンが2本とも中央ロッドにはまるという状態がなくなります。また両側のロッド間ピンが中央ロッドの凹部にはまっていない時、貫通ピンはロッド径より短いため、ロッドがスライドする支障にはなりません。

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 適切に動作する3本のロッドのインターロック機構。


 ロッド間、ロッド貫通のピンの長さの合計は、両端のロッドの凹部の間の間隔よりも凹部1個分だけ短くなっており、この差の分だけ、各ピンは穴の中で動くことができます。またこの各ピンが動けるマージンにより、1本のロッドだけが凹部にピンがはまっていない、つまりスライドできるという状態が実現されます。どれか1本のロッドがスライドすることで、ロッド間ピンが動けるマージンがなくなり、ほかのロッドの凹部にはピンがはまり、スライドできなくなります。
 NDの6速ミッションは4本のシフトロッドがありますが、ロッドが3本以上の構成であれば、中間の貫通穴のあるロッドとピンの数を増やしていけば、何本になってもこのような動作を実現できます。

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 NDの4本のロッドのインターロック機構。並んだ4本のロッドのうち、中央の2本には貫通穴が開いていおり、両側が凹部になっている。両側に位置する2本は、貫通穴はなく、内側に凹部がある。


 まとめると次のようになります。

・両端のロッドは、凹部にロッド間ピンがはまっていないか、あるいははまっていても動ける状態であれば、スライドできる。

・中間の2本のロッドは、両側の凹部にロッド間ピンがはまっていないか、あるいははまっていても動ける状態であれば、ロッドがスライドできる。貫通ピンにより、両側の凹部のうち、ロッド間ピンがはまることができるのは一方のみとなる。

・どのロッドも、はまっているロッド間ピンが動かない場合は、スライドできない。

・各ピンが動ける状態は、全ロッドが中立位置にあるときだけである。

・2本以上のロッドを同時にスライドさせると、少しだけ動いたところでロッド間ピンがつかえて動かなくなり、十分なスライド量は得られない。


 図を見るとわかりますが、ピンが動ける状態は、全ロッドが中立位置の時だけであることがわかります。この時は、いずれのロッドも、はまっているロッド間ピンを押し出してスライドすることができます。そしてロッドがどれか1本でも中立位置から動いている状態では、すべてのロッド間ピンがほかのロッドの動きを妨げており、しかもそのピンは動くことができません。結果として、どれか1本のロッドが中立位置でない場合は、ほかのロッドは中立位置から動くことができません。スライドしているロッドが中立位置に戻ると、ロッド間ピンはまた動けるようになるので、任意のロッドを動かすことができます。
 逆に、この何本かのピンで構成されるインターロック機構を無効にしたり、シフトフォークを外した状態なら、2箇所以上で同時に噛み合わせ、ミッションをロックすることができます。シャフトのナットを締めたり緩めたりする際の回り止めのために、この二重噛合を利用します。


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 次回は、シフトロッドを抜き取り、シフトフォークを取り外します。


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2020年09月10日

ミッションをばらす その8 −− ギヤトレーンの構成

 前回、後退ギヤ関係を分解して取り外したので、インターメディエイトハウジングを取り外すことができます。ハウジングをすべてはずすと、後退ギヤを除く内部のギヤトレーンが中央のベアリングハウジングで支えられた形で現れます。メインドライブシャフトはまだほかの部品の干渉で外すことができなません。
 この状態はミッションがほぼ裸になった状態となります。

08-010-MT.JPG
 インターメディエイトハウジングを取り外す。


 ここで、最初に説明したマニュアルミッションの基本構造を、実際のミッションの上で見てみます。


■ インターメディエイトハウジングの分離

 シフトロッドエンド、後退ギヤを取り外せば、インターメディエイトハウジングを外すことができます。このハウジングの抜き取りは、クラッチ側を下にしてミッションを立てて行うとやりやすいので、前側のミッションケースを取り付けた状態で行うといいでしょう。

08-020-inter-1.JPG
 ミッションケースを仮ばめすると分解しやすい(ボルトが刺さっているのは気にしない)。


 メインシャフトとカウンターシャフトのベアリングは、ハウジング側はしっくり嵌めなので、まっすぐに引っ張れば抜き取ることができます。インターメディエイトハウジングとベアリングハウジングはシール材で貼り付いているので、ケースの突起部をプラハンマーで軽打し、貼り付きを剥がします。ハウジングは位置決めピンも差し込まれているので、少しずつ叩いて真っ直ぐに抜き取ります。ハウジングを後ろに抜くと、各ギヤやシフトロッドが本体側に残った状態で露出します。
 このハウジングの中には、3-4速ギヤが収められています。
 このハウジングは、メインシャフトとカウンターシャフトのベアリングを保持しています。それに加えて、4本のシフトロッドの後ろ側のサポートの役割を持ちます。

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 取り外したインターメディエイトハウジングを後ろ側から見たところ。ベアリングとロッド用の穴が空いている。後退ギヤに給油するオイルガイドが見える。

08-040-inter-3.JPG
 前側から見る。オイルガイドは、ハウジング内で飛散しているオイルを集める。

08-050-inter-4.JPG
 シフトロッド用のスライド穴。内部にブッシュがはめられている。上側のネジ穴はドレーンボルト取り付け穴。

08-060-gear-1.JPG
 インターメディエイトハウジングを取り外した状態。


■ すべてのハウジングの取り外し

 前側のミッションケース、後側のエクステンションハウジング、中間のインターメディエイトハウジングをすべて外すと、中央部の薄いベアリングハウジングで、ギヤを取り付けた2本のシャフト(正確にはメインドライブまで含めて3本)が支えられた状態になります。
 後退ギヤは取り外し済ですが、前進ギヤとシフトフォーク類はすべて組み込まれたままです。これをさらに詳しく見ていきます。

08-070-gear-2.JPG
 ハウジングをすべて外した状態。右がクラッチ側、左がプロペラシャフト側。

08-080-gear-3.JPG
 ギヤ部分。左がプロペラシャフト側。カウンターシャフトに後退ギヤが付いている。ボール盤バイスでベアリングハウジングを挟むと安定して置ける。

08-090-gear-4.JPG
 斜め前上方から。すでに後退用ロッドは抜き取っってある。

08-100-gear-5.JPG
 メインドライブシャフト側。こちらには3-4速ロッドはこないので、シフトロッドは2本しかない。

08-110-gear-6.JPG
 せっかくなので後退ギヤとシフトフォークもはめてみた。ハウジングがないのでアイドラーギヤはない。

08-120-gear-7.JPG
 後退ギヤ部のアップ。本来はアイドラーを介するので、この2個のギヤは噛み合っていない。

08-130-gear-8.JPG
 カウンターシャフトの後退ギヤはセレーション嵌合。

08-140-gear-9.JPG
 せっかくなのでクラッチディスクもはめてみる。


■ ギヤトレーンの構成

 シャフト類の分解を始める前に、全体の構成を見ていきます。何度か触れたように、クラッチとつながるメインドライブシャフトとプロペラシャフトにつながるメインシャフトは同心で並んでおり、接続部にはベアリングが組み込まれています。またこの接続部には、直結6速のためのクラッチのスプラインもあります。
 これらのシャフトと並行して、下側にカウンターシャフトがあります。最前部の歯車がメインドライブギヤで駆動されるので、カウンターシャフトは入力軸より減速されて回転します。その後ろに並ぶ歯車は各シフト段の歯車で、対になるメインシャフト上の歯車と噛み合っています。各ギヤセットは異なる減速比で、この減速比とメインドライブギヤ部の減速比をかけ合わせた値が、その段の減速比となります。各ギアセットは減速比が異なるので、それぞれが異なる速度で回転します。


・メインドライブシャフト
 メインドライブシャフトはクラッチディスクにより回転し、メインドライブギヤによりカウンターシャフトを減速回転させます。また直結段ではメインシャフトと接続されます。このシャフトはミッションケース前側のベアリングと、メインシャフトとの接続部のニードルローラーベアリングで支えられます。エンジンと結合している時は、先端部がクランクシャフト中央に埋め込まれたパイロットベアリングで支えられます。

08-150-mainDrc-1.JPG
 メインドライブシャフトはクラッチにつながる。

08-160-MainDrv-2.JPG
 5-6速部。6速はメインドライブシャフトとメインシャフトが直結になる。


・メインシャフト
 メインシャフトはミッションの出力軸です。この軸上で複数のギヤが異なる速度で回転しており、その中の1つと、あるいはメインドライブシャフトと結合することで、出力軸が回転します。
 このシャフトはベアリングハウジングとエクステンションハウジングのベアリングで支えられます。前側はメインドライブシャフトともつながっていますが、これはメインドライブシャフトを支えるという形になります。ミッションにプロペラシャフトを差し込んだ状態では、ジョイント部がエクステンションハウジングのプレーンベアリングで支えられるので、結果としてここでメインシャフト後端も支えられることになります。

08-170-main-1.JPG
 メインシャフトはプロペラシャフトにつながる。

08-180-main-2.JPG
 右からメインドライブギヤ、5-6速クラッチ部、5速ギヤ、2速ギヤ、1-2速クラッチ部、1速ギヤ。

08-190-main-3.JPG
 3-4速ギヤ部。これはベアリングハウジングより後ろに位置する。右側から4速ギヤ、3-4速クラッチ部、3速ギヤ。


・カウンターシャフト
 カウンターシャフトはメインドライブギヤで駆動され、そしてこの軸上の複数の歯数の異なる歯車により、メインシャフト上の各速ギヤを異なる速度で回転させます。このシャフトはミッションケース、ベアリングハウジング、エクステンションハウジングの3箇所のベアリングで支えられます。

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 カウンターシャフト。


■ ハウジングの組付け

 歯車で駆動力を伝える場合、トルク伝達と共に歯車が離れる方向の力も発生します。そのため長いシャフトを両端だけで支えると、中央部の変位が大きくなります。中央部にもベアリングを配置し、3個以上で支えるようにすれば変位を小さくすることができますが、その代わり、組み立て精度の向上が求められます。もし複数のベアリングの中心位置が揃っていないと軸が曲がることになり、大きな抵抗となりますし、部品の劣化も早まります。
 ミッションを構成する各ベアリングは異なるハウジング部品に取り付けられているので、個々のハウジング部品の精度に加え、取り付け精度も高める必要があります。各ハウジングはボルトで共締めされますが、ボルトと穴ではとてもその精度は出せません。そのため接合部には位置決めピンが用意されています。ピンの位置、直径、これがはまる相手側の穴位置と径は精密に作られており、これにより各ハウジングの位置が揃い、ベアリングが正しく配置されます。

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 ハウジング接合面には位置決めピンがあり、相互のハウジングが正確な位置関係を維持できる。


■ メインシャフト

 メインシャフト上には、前進用6速のために、3セットのクラッチハブがあり、そこにクラッチスリーブがはまっています。それぞれのクラッチハブはセレーションによってメインシャフトに固定されています。クラッチスリーブを動かすために3個のシフトフォークと、それを動かす3本のシフトロッドがあります。
 各クラッチハブの前後に、スリーブが移動して噛み合うスプラインがあります。6速はメインドライブシャフトのスプラインですが、ほかの5速はカウンターギヤで駆動される歯車の側面にあるスプラインです。それぞれの歯車はメインシャフト上で自由に回転できます。クラッチスリーブによってクラッチハブと結合することで、その歯車によってメインシャフトが回転させられることになります。
 クラッチハブと各段の歯車(あるいは6速の直結部)の間には、シフト操作を円滑に行うためのシンクロメッシュ機構が組み込まれています。シンクロメッシュ機構により、シフト操作の開始でハブと歯車の速度の同期が行われ、そして同期が完了するまでスリーブが移動しないようにしています。シンクロメッシュ機構については、シャフトを分解した後で説明します。


■ 歯車のベアリング

 各段の歯車はメインシャフト上で自由に回転できます。この回転のためにニードルローラーベアリングを使っているギヤと、直接軸に触れて回転するギヤがあります。
 各ギヤは、選択されて動力を伝達している時は軸と同じ速度で回転し、伝達していない時は空転します。つまり歯車の軸受は、回転時に大きな摩擦力を受けることはありません(大きな力がかかっている時は、軸に対して静止しています)。つまりここにニードルローラーベアリングを使うというのは、ミッション全体の回転抵抗を低減するという意味合いになります。
 これから分解していきますが、歯車のうち、ニードルローラーベアリングが使われているのは1速ギヤと後退ギヤ、後退用アイドラーギヤだけです。ほかのものは直接シャフトあるいはスリーブと接触しています。ベアリングが使われている1速と後退のギヤは、軸に対する空転速度が高く、そして直径が大きく重たいギヤです。後退ギヤは、前進時には常にシャフトと逆回転しているため、軸から見た回転速度差が一番大きいギヤです。1速ギヤは同じ方向に回転しますが、変速段が高くなるほど、相対的に回転速度差が大きくなります。ほかのギヤも速度差が発生しますが、1速ギヤよりは小さくなります。これは想像ですが、通常の運転時に速度差が大きくなる重いギヤにのみ、ベアリングを使っているのではないかと思います。
 またギヤとはちょっと違いますが、メインドライブシャフトとメインシャフトの接続部もニードルローラーベアリングが組み込まれています。この部分も直結の6速の時以外は回転しています。ただすぐ近くにあるメインドライブギヤによるカウンターシャフトの駆動が行われているので、ほかの空転中のギヤと異なり、回転中のベアリングには相応のラジアル荷重がかかっていると思われます。
 また4速ギヤに、後退のアイドラギヤに使われていたのと同じようなフリクションダンパーが組み込まれています。これは軸と接触しているゴム部品で、回転の抵抗となるものです。意図は正確にはわかりませんが、回転速度変動時の歯当たり音の低減などでしょうか?
 各ギヤやベアリングの詳細については、分解の過程で示していきます。


■ クラッチハブ

 クラッチハブは一番前が5-6速用、中央部が1-2速用、後部が3-4速用です。ハブに取り付けられているクラッチスリーブを前側に動かすと高速側のギヤ、後ろ側が低速側のギヤとなります。後退用は前に説明したように、前進用とは構成が異なります。これらのスリーブのうち、1つだけがギヤと噛み合い、ほかのスリーブは中立位置となります。ニュートラル状態ではすべてのスリーブが中立位置になります。
 クラッチハブ周辺を詳しく見てみます。クラッチハブとスリーブはほぼ同じ厚みで、中立位置ではハブはスリーブに完全に隠れます。そして各段のギヤあるいは直結6速のクラッチ部との間に、真鍮色の部品があります。これがシンクロメッシュ機構のシンクロナイザーリングで、ハブと共に回転します。スリーブの内歯のスプライン、シンクロナイザーリングのスリーブ側、ギヤのクラッチのスリーブ側のスプラインは、末端がすべて斜めに削り落とす形状に加工されています。これによりスプラインの位相が合っていなくても、押し込むことで相手がずれて位相が揃い、スリーブが先に進んで噛み合うことができます。このような加工をチャンファといいます。

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 中立位置のクラッチスリーブ(写真は5-6速用)。ハブは見えない。相手側のクラッチスプラインとの間に真鍮色のシンクロナイザーリングが見える。


 スリーブを動かすと、スリーブはまずシンクロナイザーリングと噛み合い、そして相手側のクラッチ部のスリーブと噛み合います。スリーブが一方に移動することで、下に隠れていたクラッチハブを見る事ができます。ハブの外周はスリーブと噛み合うスプラインになっていますが、周上に3箇所、多少前後に動く部品がはまっています。これがシンクロナイザーキーです。

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 スリーブを6速側にスライドさせると、まずシンクロナイザーリングと噛み合う。スリーブが動いた部分の下に、クラッチハブが見える。

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 さらにスライドさせると、相手側のクラッチスプラインと噛み合う。完全に移動すると、クラッチハブの半分が見える。この写真からハブ、シンクロ、ギヤ側クラッチのスプラインの位置関係がわかる。


 シンクロメッシュ機構の詳細については、シャフトをすべて分解した後に説明します。


■ 各ギヤの噛み合い

 前後のハウジングを外しただけでは、シャフト類は分離できません。この状態でベアリングハウジングを支えると、軸を回して各ギヤの回転の様子を見ることができます。後退ギヤについては前に示しました。後退ギヤについてはエクステンションハウジングの取り外し前に分解しており、アイドラーギヤ軸がこのハウジングに取り付けられているので、現在の状態では後退ギヤの動作は見ることができません。
 ベアリングハウジングの下部を、万力で挟んで固定します。ハウジングはアルミ合金材なので、傷が付かないようにアルミ板を介して挟みます。また万力にギヤが当たらないようにします。このようにすることで、軸を手で回してミッションの動きを見ることができます。


 各ギヤを選択した時の様子。入力軸と出力軸の速度が変わっているのがわかる。


・ニュートラル
 どのスリーブも噛み合っていない時は、メインシャフトはメインドライブシャフト、カウンターシャフトに対して自由に回転します。つまりメインドライブシャフトが回転していても(ニュートラルでクラッチがつながった状態)メインシャフトは回転しません。またメインシャフトの回転はメインドライブシャフトの回転に影響しません(走行中にニュートラルにした状態)。
 実際にはベアリングの抵抗などがあるので、メインドライブシャフトを回すと、引きずられてメインシャフトも回転します。これは手で押さえれば止められる程度のものです。

・1速と2速
 1速と2速は、中央のクラッチ機構で選択されます。1速と2速のシンクロは強力なので、オイルが十分に行き渡っていないと、ちょっと貼り付きが残ることがあります。

・3速と4速
 3速と4速は、後ろ側のクラッチ機構で選択されます。

・5速と6速
 5速と6速は、前側のクラッチ機構で選択されます。6速はメインドライブシャフトと直結になります。


・後退
 この状態での動きではありませんが、前に説明した時の動画を再掲しておきます。前進時は、後退ギヤはメインシャフトに対して逆回転しています。これに噛み合わせると、メインシャフトは逆回転し、車が後退します。


 後退と前進のギヤの動き。

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 次回はシフトロッドの位置決めとインターロックについて説明します。

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ミッションをばらす その7 −− 後退ギヤの分解

 後退ギヤの構成については、前回紹介しました。今回は後退ギヤを分解します。これによりインターメディエイトハウジングを分離することができます。


■ 後退ギヤの分解

 メインシャフト上には、インターメディエイトハウジングのベアリングの直後に、後退ギヤがあります。これはアイドラーギヤを介してカウンターギヤにより回転します。この後退ギヤとメインシャフトの間には、ニードルローラーベアリングが置かれています。後退ギヤの後ろ側はクラッチ用のスプラインになっていて、シンクロナイザーリングをはさんで、メインシャフトに固定されたクラッチハブがあります。そのためこのクラッチハブを外さないと、後退ギヤとクラッチスリーブ、シフトフォークなどを抜き取れません。
 アイドラーギヤは軸に差し込まれているだけですが、これもメインシャフトの後退ギヤの部品が干渉するため、これらを外した後でないと抜き取れません。
 カウンターシャフトの後退ギヤは、カウンターシャフトベアリングの外形より小さいため、外さなくても分解を進められます。整備書ではシャフトの分解の段階ではずすことになっていますが、作業がやりやすいので、この段階で外しておきます。


■ クラッチハブの固定ワッシャー類の取り外し。

 まず後退用クラッチハブをはずすために、ハブの後端にあるスナップリングを外します。これでその前にあるワッシャーを外すことができます。ワッシャーをはずすと、半円弧のCワッシャーが2個現れます。これがシャフトの溝部にはまり、ハブがずれないように固定しています。最初に外した厚手のワッシャーは、Cワッシャー側に段差があり、Cワッシャーはこのワッシャーの内部にはまる形になります。つまりCワッシャーは、厚手の段付きワッシャーによりメインシャフト上に固定され、そしてこのワッシャーは、スナップリングにより動かないようになっているという形です。

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 クラッチハブの後ろにワッシャーとスナップリングがある。

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 ワッシャーを外すと2個のCワッシャーがはまっている。ワッシャーの裏側は、Cワッシャーがはまるようになっている。

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 2個のCワッシャーは軸の溝部にはまっている。


 2個のCワッシャーはクラッチハブを固定する際の厚さ調整部品なので、組み立て時には厚みを調べて適当な部品を選択する必要があります。


■ クラッチハブの取り外し

 クラッチハブはセレーション嵌合なので、メインシャフトに固くはまっている場合はプーラーを使って抜き取ります。

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 ワッシャー類を取り外した状態。


 ワッシャー類を外し、拘束する部品がなくなったら、プーラーをセットします。クラッチハブにはうまくプーラーを掛けられる場所がないので、整備書では、プーラーをシフトフォークにかけ、シフトフォーク、クラッチスリーブ、シンクロナイザーリング、クラッチハブをまとめてはずすように指定されています。プーラーはメインシャフト後端にネジ部をセットするので、ここから後退ギヤの位置まで、非常に長い爪が必要です。SST(専用工具)があるのですがわざわざ購入するのもなんなので、別の方法を考えます。
 後退ギヤ周辺にはほかの部品もいろいろあるので、二つ割りタイプのベアリングセパレーターは取り付けられません。使えるのは薄爪タイプのものだけです。そこでネジで固定するタイプのプーラー爪を寸切りボルトで延長して使うことにしました。ただしこのやり方だと、爪を押さえつけるための部材がないので、引っ張ったらはずれてしまいます。そのため、シフトフォークを挟む部分を木工用クランプで挟んで固定することを考えました。

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 整備書によるプーラーセット位置。


 いろいろ考え、ツールも用意したのですがの、実際の分解では、後退用のクラッチスリーブを何回かガツンガツン当てたらあっさりと嵌合が外れ、抜き取ることができました。そのためこの方法は試していません。
 クラッチハブは、前進用のものと異なり、スリーブがギヤ側にあるので、ハブには付加的な部品はありません。クラッチスリーブと噛み合うスプラインは全周ではなく、一部が平らになっています。

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 取り外したスナップリング、ワッシャー、クラッチハブ。

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 クラッチハブの後退ギヤ側には油溝がある。Cワッシャーは厚手のワッシャーの段差内にこのようにはまる。


■ ギヤ類の取り外し

 クラッチハブのセレーション嵌合がはずれてしまえば、あとははまっているだけなので、順に取りはずしていきます。
 クラッチハブを抜き取ると、シンクロナイザーリングが現れます。シンクロの動作を伴う具体的な動きについては、前に触れたように、前進のシンクロといっしょに説明します。

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 写真ではクラッチスリーブがシンクロナイザーリングの位置までスライドしている。


 シンクロナイザーリング、クラッチスリーブ、シフトフォークをまとめて外すと、後退ギヤが現れます。後退ギヤはメインシャフト上で自由に回転できるので、ニードルローラーベアリングが使われています。ギヤ部とクラッチ部のスプラインは一体になっています。このギヤはスリーブがギヤ側にはまっているので、スプライン部が前進用のクラッチハブと同じくらいの厚みになっています。またクラッチスリーブはここにはまっているので、スプラインの端部にチャンファ加工はされていません。

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 後退ギヤ。中心部にニードルローラーベアリングが見える。


 ギヤを抜き取るとニードルローラーベアリングがあります。メインシャフト軸部にはセレーション加工などがあるので、ベアリングとシャフトの間にインナーレースとなるスリーブを置いています。ギヤと前側のベアリングの間にはスラストワッシャーが挟まれています。

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 後退ギヤは、ニードルローラーベアリングを介している。

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 ニードルローラーベアリングの下にスリーブ、スラストワッシャーがある。

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 すべて外した状態。


■ クラッチスリーブ、シンクロナイザーなど

 クラッチスリーブとシンクロナイザーリングをいっしょにはずしましたが、これをちょっと見てみます。動作の詳細は前進用のシンクロ機構のところでいっしょに説明します。
 後退用のシンクロナイザーは略式なシングルコーンタイプです。シンクロナイザーリングは後退ギヤといっしょに回転しますが、この連動にはシンクロナイザーキーを使っておらず、ハブ側の刻みとリング側の突起の噛み合いで行われます。シンクロナイザーキーには、リングに圧力をかける働きがありますが、後退ギヤではキーがないため、代わりにリング状のスプリングを使っています。

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 取り外したクラッチスリーブとシンクロナイザーリング。

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 シンクロナイザーリングには、リング状のスプリングがはまっている。。突起部分が後退ギヤのスプライン部の刻みにはまる。


 後退ギヤには厚めのスプライン部があり、ここにクラッチスリーブがはまります。クラッチスリーブと後退ギヤのスプラインは、リング状のキースプリングとの兼ね合いで、歯の一部の形状が異なるため、一定の角度でしか組み合わせることができません。このあたりの詳細については後で説明します。

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 後退ギヤ。クラッチスリーブがはまる構造になっているのがわかる。3箇所の刻みはシンクロナイザーリングと噛み合う部分。

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 ベアリング側(スラストワッシャーがはさまる)には油溝がある。


 スリーブをスライドさせるシフトフォークは、ロッドエンドと一体になっています。これによりスリーブが後ろ側に移動し、後退ギヤがクラッチハブに噛み合います。

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 後退ギヤ用シフトフォークは、ロッドエンドと一体になっている。


■ アイドラーギヤ

 インターメディエイトハウジングの取り外しに関して、アイドラーギヤは支障にならないのですが、これは単に軸にはまっているだけなので、この時点で外しておきます(後退ギヤが付いている状態では、クラッチハブに干渉して外すことができません)。
 シャフトにニードルローラーベアリングが組み込まれ、ギヤの前後にスラストワッシャーがあります。前に触れたように、ギヤの片側(後ろ側)に、ゴム製のフリクションダンパーが組み込まれています。今回のMTでは、このゴムが破損していました。いつ破損したのか、原因などは不明です。

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 アイドラーギヤとカウンターシャフトの後退ギヤ。カウンターシャフトのロックナットははずされている。

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 アイドラーギヤを外すとニードルローラーベアリングが見える。

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 ベアリングとスラストワッシャーを外した状態。


■ カウンターシャフト

 カウンターシャフトの後退ギヤは、ベアリング外径よりも小さいので、外さなくてもインターメディエイトハウジングを分離することができます。しかしケースに収められている時のほうが作業を行いやすいので、筆者はこの段階でロックナットを緩めておきました。
 このギヤは、ロックナットでカウンターシャフトに固定されています。このロックナットはシャフト上にあるキー溝のような部分で、ナットの一部を変形させて食い込ませることで、緩まないようにしてあります。まずこの食い込み部分をドライバーなどで起こして回転に支障がないようにし、その後に緩めます。とはいっても完全に起こすのは難しく、ある程度変形させたら、あとは力づくで緩める感じでした。

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 カシメられたロックナット。

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 きれいにはできない。


 普通にレンチで緩めると軸が回ってしまうので、インパクトレンチで緩めました。ハンドツールで緩める場合は、シャフトが回転してしまうので、それを防ぐために前側にある前進ギヤを2つ以上同時に噛み合わせて、シャフトが回転しないようにロックします。そのためこの作業は、ハウジングを外した後でなければおこなえません。インパクトレンチを使えば、軸をロックしなくてもナットを外せます。整備書の手順では、ハウジングを外したあと、後で説明する二重噛合状態にして軸をロックして緩めることになっています。

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 はずしたロックナット。


 歯車自体はセレーション嵌合で取り付けられています。硬ければ薄爪タイプの汎用アマチュアベアリングベアリングプーラーなどを使って外すことができます。

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 次回は、エクステンションハウジングを取りはずし、ギヤトレーン全体の構成を説明します。

posted by masa at 09:46| 自動車整備

2020年09月07日

ミッションをばらす その6 −− 後退ギヤの構成

 エクステンションハウジングを外すと、後退ギヤが現れます。今回は後退ギヤについて説明します。その後、インターメディエイトハウジングを外しますが、そのために、支障となるシフトロッドエンドを分解します。


■ 後退ギヤ

 1速から6速までの前進ギヤは、クラッチにつながるメインドライブシャフトと直結(6速)、あるいはメインドライブギヤ、カウンターギヤ、各速ギヤと伝達されます。そのため入力側のメインドライブシャフトと出力側のメインシャフトは同じ方向に回転します。しかし後退は逆回転しなければならないので、伝達経路上に歯車を1個追加します。カウンターシャフトとメインシャフトの後退ギヤの間に置かれるアイドラーギヤにより、出力は逆回転となります。

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 後退にはアイドラーギヤが使われる。


 このミッションの後退ギヤはギヤトレーンの最後部にあります。インターメディエイトハウジング後端にある2個のベアリングは、メインシャフトの中間部とカウンターシャフト後端を支えています。カウンターシャフトはこのベアリングからちょっと飛び出していて、そこに後退用ギヤが取り付けられています。これはセレーションではめ込んだ後、ロックナットで固定されています。

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 カウンターシャフトの後退ギヤはアイドラーギヤと噛み合う。ロックナットはカシメてある。


 それと噛み合う形でアイドラーギヤがあります。アイドラーギヤ軸は、短いシャフトがインターメディエイトハウジングに差し込まれており、付け根の部分がハウジング外部からねじ込まれるボルトで固定されています。エクステンションハウジング側にも軸穴(写真の赤丸)があり、ハウジングを組み合わせると、アイドラーシャフト先端がこの穴に差し込まれます。つまりこのシャフトは両端がハウジングで支えられる形になります。

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 アイドラーギヤの軸(写真はハウジング分解後)。

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 エクステンションハウジング側に、アイドラー軸がはまる穴がある。


 アイドラーギヤはニードルローラーベアリングを使っています。さらにフリクションダンパーという、軸に接触するゴム部品がギヤに組み込まれています。これはギヤの回転に対して摩擦抵抗になります。この用途はよくわかりません。速度変動時の歯当たり音を低減させるものでしょうか?

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 アイドラーギヤ、ニードルローラーベアリング、スラストワッシャー。

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 アイドラーギヤの軸穴にゴム製のフリクションダンパーが取り付けられている。写真のものはゴムが破損している。


 このアイドラーギヤにカウンターシャフトとメインシャフトの後退ギヤが噛み合います。アイドラーギヤを1個挟んでいるので、メインシャフトは前進ギヤとは逆回転になります。ミッションのギヤははすば歯車を使っているので、噛み合う歯車どうしは、歯の傾きが互いに逆になります。メインシャフトの後退ギヤは前進ギヤと比べて噛み合い部分が1箇所増えるため、前進ギヤと歯の傾きが反対になっています。
 メインシャフト上の後退ギヤは、クラッチスリーブを介してメインシャフトに固定されたクラッチハブと噛み合います。ここにもシンクロナイザーが組み込まれており、シフト時にギヤ鳴きが発生しないようになっています。つまりこのミッションは後退ギヤも、前進ギヤと同じように常時噛合式です。ただし前進用ギヤは、クラッチハブが隣接する2速を選択的に断切するのに対し、後退は後退1速の断切のみとなります。また後退は走行中に入れることは考慮されていないので、シンクロは大容量のものではなく、簡略化されたシングルコーンタイプです。
 以下の写真は、一番下にアイドラーギヤと噛み合う後退ギヤがあり、その上にクラッチスリーブとシフトフォーク、シンクロナイザーを挟んでクラッチハブがあります。

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 後退ギヤ。クラッチスリーブは後退ギヤのスプライン部にはまっている。これがスライドしてメインシャフトのクラッチハブに噛み合う。


 この後退段は、ほかの前進段とクラッチ周りの構造がかなり変わっています。前進段は、メインシャフトに固定されたクラッチハブ上をスリーブがあり、それが前か後ろに移動して、各段のギヤと噛み合います。つまりクラッチスリーブは、常にクラッチハブ(すなわちメインシャフト)と共に回転します。それに対して後退ギヤでは、スリーブは後退ギヤ側のスプライン上にあり、それが移動してメインシャフトに固定されたクラッチハブに噛み合います。そのため後退用のクラッチスリーブは、常に後退ギヤと共に回転することになります。そしてクラッチハブ側には、機構部品は何も取り付けられていません。

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 後退ギヤとクラッチスリーブ。

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 クラッチスリーブは後退ギヤにはまる。

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 シンクロナイザーリングをはさんで、クラッチハブと組み合わされる。


 クラッチスリーブはシフトフォークで前後に動かされます。シフトレバー操作の動きは、コントロールロッドの回転と前後の動きとなり、エクステンションハウジング内で4本のシフトロッドエンドと個別に噛み合い、1本だけを動かします。この4本のうちの1本が後退用のものです。ほかの前進用ロッドは、このエンド部品とシフトフォークの位置が離れており、動きはロッドで伝えられます。しかし後退用シフトフォークは噛合部とフォークが非常に近い位置にあるため、シフトロッドエンド部とシフトフォークが一体化されています。シフトロッドの役割はシフトフォークが動くためのガイドとなります。後退用シフトロッドはほかのロッドと同様にインターメディエイトハウジング、中央のベアリングハウジングを貫通しており、ここに組み込まれたインターロック機構の制御化にあります。後退位置を検出するスイッチがインターメディエイトハウジングにありますが、このスイッチを動かすための刻みがロッドの中間部にあります。

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 後退用のシフトフォークとシフトロッド。フォークのそばの刻みは後退スイッチ用。末端の刻みはディテント用(後述)。



 後退ギヤの動作(再掲)。

 後退ギヤの噛み合いとシンクロナイザーについては、前進ギヤのシンクロナイザーについて説明した後で取り上げることにします。
 後退ギヤの上部には、オイルガイドがあります。プロペラシャフト用のメタルベアリングにオイルを送ったのと同じようなもので、ケース内部でオイルが勢いよくかき回されている部分で跳ね上げられたオイルが、この雨樋状の部品で流れてきて、後退ギヤとクラッチハブが接触する近辺に滴下します。後退ギヤのカウンターシャフト近辺はオイルに浸っているので、ギヤ周辺はそれで潤滑されるはずですが、それでは不足するのでしょうか? 後退ギヤは逆回転であり、ほかの前進ギヤよりシンクロナイザーリングの接触面の摺動負担が大きいからかもしれません。

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 オイルガイドからのオイルは、後退ギヤのスリーブやシンクロの周辺に垂れる。シフトフォーク、ロッドエンドは外してある。


■ 余談 −− 選択摺動式の後退ギヤ

 現在の乗用車用マニュアルミッションの多くは、ここで示したように後退ギヤも常時噛合式が一般的ですが、以前は選択摺動式の後退ギヤが広く使われていいました。選択摺動式というのは、ギヤそのものをスライドさせて、目的のギヤ構成になるように噛み合わせるというものです。
 選択摺動式は、ギヤの歯の噛み合いそのものがクラッチとして働くので、動いている状態で噛み合わせるのはかなり難しくなります。双方の歯の速度が合っていないと弾きあってしまい、ギヤ鳴きが起こり、うまく噛み合いません。後退ギヤの場合は、ギヤを入れるのは停止時であり、走行中のシフト操作はないので、選択摺動式でも問題なかったのです。それでも停止直前に後退に入れるなどすると、ガリガリという音がします。
 選択摺動式の場合は、歯車そのものがスライドする構造なので、はすば歯車は使えません。はすば歯車は歯面が斜めにあたるため、軸方向へのスラスト力が発生します。それによりギヤ抜けが起きたり、あるいはギヤを抜くのに大きな力が必要になります。そのため選択摺動式ではスラストの発生しない平歯車を使います。
 ほかのギヤについて、スラストが発生するのにはすば歯車が使われるのは、歯当たりの位置が回転に伴って連続的に移動するため、回転が滑らかで騒音が少ないためです。平歯車は歯当たり音が大きく、速度を上げるとウィーンという唸り音が発生します。昔の乗用車が、バックの時だけ唸り音を上げていたのは、後退用の平歯車が原因です。
 以下の図は三菱Jeepの選択摺動式の後退ギヤです。

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 Jeepのミッションの後退ギヤ。左側の図は噛み合い状態、右側は非噛み合い状態。アイドラーギヤは軸の背後に隠れている。


 余談ですが、Jeepのトランスファーの副変速機は、高速ギヤははすば歯車を使っていましたが、低速ギヤは選択摺動式の平歯車でした。そのためJeepは、低速で走行する際、前進でも唸り音が聞こえます。


■ シフトロッドエンドの取り外し

 ミッションの分解を進めていきます。インターメディエイトハウジングを取り外すには、後退ギヤセットを外す必要があります。このギヤを抜き取ろうと思うと、一部の前進用のシフトロッドエンド部品が干渉しそうです。どっちにしろロッドエンド部品も、ハウジング取り外しの支障になるので、まずロッドエンド部品を取り外します。

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 並んだロッドエンドの一部が後退ギヤの抜き取りの支障になる。


 これらの部品は、シフトロッドにスプリングピンで固定されています。コントロールロッドのシフトレバー側のエンド部品も同じようにスプリングピンで固定されていました。ここも同じようにピンポンチを使い、ハンマーで叩いてスプリングピンを抜き取ります。これで前進用の3個のロッドエンドを抜き取れます。しかし後退用は、シフトフォークとロッドエンドが一体になっているので、ピンを抜いてもスリーブとの噛合があるので、外すことはできません。これは後でギヤ類といっしょに取り外します。

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 シフトロッドエンドもスプリングピンで固定されている。

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 ピンポンチで抜き取る。

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 取り外したロッドエンド(後退用をはずせるのはギヤの分解後)。


 以後の写真では、後退用シフトフォークと共に後退用シフトロッドを抜き取ってありますが、ロッドの抜き取りについては、ほかのシフトロッドの抜き取りのところでまとめて説明します。


■ スプラインとセレーション

 これからギヤ類の分解が増えていきますが、その前にスプラインとセレーションについて触れておきます。この記事ではスプラインとセレーションという用語を、その働きによって使い分けています。
 どちらも軸と軸穴の加工形状のことです。軸表面と歯車などの軸穴内面に溝と山の形状の加工を行い、軸が軸穴の中で噛み合って回転せず、トルクを伝達できるようにするものです。また加工形状や隙間の大きさによっては、軸と軸穴は滑るように軸方向に移動することができます。隙間が小さければ固くはまります。
 ここでは、プロペラシャフト取付部やクラッチハブとスリーブなど、スライドできる部分をスプライン、クラッチハブやギヤと軸の固定部のように、使用中に移動しないもの(固くはまっている状態)のものをセレーションと呼んでいます。

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 セレーションは三角の山で、軸とハブなどが噛み合う。隙間はほとんどなく、圧力をかけて固定すると、簡単に抜けないことが多い。

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 スプラインは四角(台形)の山で、軸とハブなどが噛み合う。刻みのピッチはセレーションより大きい。多少の隙間があり、軸に対してハブ類はスライド可能。


■ プーラーあれこれ

 MTを分解する際は、ベアリングやギヤを抜き取るためにプーラーを多用します。今回の分解では、以下のようなプーラーを使用しました。

・ベアリングセパレーター
 左右から挟み込み、ネジで締め込みます。中央の穴の周囲はクサビになっており、それが内部に入り込むことで、ベアリング類の隙間を広げます。また、適当な状態でベアリング類にあて、ネジを使って引っ張ることで、プーラーとして利用できます。ネジ式プーラーとセパレーターは、延長ボルトを使って接続します。

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 ベアリングセパレーターを使うプーラーセット。2個のセパレーター、ネジ式のプーラー部、延長ボルトから構成される。


・アマチュアベアリングプーラー
 おもに軸に圧入されたベアリング類を抜くために使用します。先端の爪をベアリングのアウターレースに引っ掛け、はずれないように固定ネジなどで押さえます。そしてレンチやハンドルでネジを締めることで爪が動き、ベアリングを抜き取ります。アマチュアベアリングは、モーターの電機子(回転子)を支えるベアリングのことです。もちろんモーター類だけでなく、軸に圧入されたベアリングの抜き取り全般に使用できます。今回は、カウンターシャフトベアリングの抜き取りにに使用しました。

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 一般的なアマチュアベアリングプーラー。

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3 爪をネジで止めるタイプのアマチュアベアリングプーラー。寸切りボルトで延長できる。


・ギヤプーラー
 軸に圧入されたギヤやプーリーを抜き取るためのもので、ベアリングプーラーより大きな爪を備えています。今回は3本爪タイプのものを使って、ギヤの抜き取りを行いました。

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 3爪タイプのギヤプーラー。ベアリングプーラーより爪が大きい。


 ミッションの分解を行う場合、一般的なプーラーはだけでは十分ではありません。ミッションのシャフト、特にプロペラシャフト側は長いため、プーラーの爪をセットしたギヤやベアリングと、ネジを当てるシャフト端がかなり離れているのです。そのため、爪までの距離を大きく取れるプーラーが必要になります。専用工具もありますが、ここでは長い寸切りボルトを使い、通常より大きく延長した形で、汎用プーラーを使いました。

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 延長に使った寸切りボルト。


 部位によってはプレスの使用が求められますが、今回の分解では使用していません。組み立て時のベアリングの圧入がどうなるかはまだわかりません。

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 次回は、後退ギヤを分解します。

posted by masa at 16:12| 自動車整備

ミッションをばらす その5 −− エクステンションハウジングの分離

 前回のシフトレバー周辺の分解により、エクステンションハウジングを分離する準備ができました。今回はこのハウジングを分解します。

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 エクステンションハウジング(赤丸)を分離する。


 実際の作業では、前側のミッションケースより先にエクステンションハウジングを分離しました。最初に前側のミッションケースを外そうとしたのですが、先に後ろ側の嵌合が外れてしまい、残っていたオイルが垂れてきたため、急遽外したのでした。そのため、写真がうまく整合していない部分があります。


■ エクステンションハウジング

 ミッション最後部のエクステンションハウジングは、以下の役割を担っています。

・プロペラシャフトの接続
 プロペラシャフトは、ミッションのメインシャフト後端のスプラインに取り付けられます。メインシャフト側はミッションケース内の潤滑領域なので、オイルが外部に漏れないように、プロペラシャフトを差し込む部分はオイルシールで密封されます。

・パワープラントフレームの取り付け
 ミッションとデフは、パワープラントフレームという構造材で剛的に接続されますが、その取付部はこのハウジングの後部となります。最初に取り外したケース下面に飛び出しているスタッドボルトは、この取付けボルトです。

・後退ギヤ
 後退ギヤ関連の軸受は前側のインターメディエイトハウジングに組み込まれていますが、ギヤやシフトフォークなどはこのハウジングの中に収められます。

・シフトレバーとコントロールロッド/シフトロッド
 前回説明したように、ハウジング後部上側にシフトレバーが取り付けられます。シフトレバーはハウジング内のコントロールロッドを回転、前後動させ、シフト操作を行います。そしてこのハウジング内で、ミッション内部でギヤの断切を行う4本のシフトロッドと噛み合い、そのうちの1本を動かします。


■ スイッチ類の取り外し

 エクステンションハウジングを分離する前に、邪魔になるニュートラルスイッチ(エクステンションハウジング)とバックスイッチ(インターメディエイトハウジング)を外します。
 ニュートラルスイッチは、エンジン制御などで使用されます。走行中は速度計に現在のギヤ段が表示されますが、これはクラッチがつながっている、かつミッションがニュートラルでない時に、エンジン回転数と車速から計算されるものです。ミッション自体に各ギヤポジションを認識するスイッチ類があるわけではありません。
 またアイドリングストップのオプションを装備している場合もギヤのN状態を検知しますが、これには反対側の位置に専用のニュートラル検知スイッチをもう1個取り付けて使用します。このオプションを装備していないミッションでは、この取り付け穴はボルトで塞がれています。
 ニュートラルスイッチはロッド上の刻みにより、コントロールロッドが前後方向の中立位置にあることを検出します。つまりシフトレバーの前後の動きが中間位置にある時に、ニュートラルと判断されます。

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 ニュートラルスイッチ


 後退スイッチは、バックランプの点灯、後方センサー、リアビューカメラの制御などに使用されます。今回はコネクタのブラケットを取り付けたまま、モンキーレンチで外しましたが、コネクタのブラケットは爪で止まっているので外すことができます。これを外すとめがねレンチを使うことができます。
 バックスイッチの取り付け穴は、内部にピンが入っているので、なくさないようにちゃんと抜いておきます。後退スイッチは、後退ギヤ用シフトフォークを取り付けたシフトロッドの途中にある刻み部分にこのピンが接触し、そのピンがスイッチの作動部が押して動作します。

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 後退スイッチ


 可能ならブリーザーも外しておきます。ブリーザーは爪で止まっているのですが、このミッションのブリーザーは爪が折れており、すぐに取れる状態でした。爪できちんと固定されている場合、引っ張って抜けるのかどうかわかりません。抜けない場合は、ハウジング分解後に、内側で爪を押さえて抜く必要があるでしょう。

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 取り外したブリーザー。爪が折れている。


■ エクステンションハウジングの分離

 ここまで準備すれば、エクステンションハウジングを外すことができます。以後の作業は、ミッションを立てて行ったほうが楽です。もし前側のミッションケースを外した後なら、いちど嵌めてしまうとよいでしょう。1回外した後なら、簡単に脱着ができます。
 ボルトを外しても液体ガスケットが貼り付いているので、プラハンマーで突起などをうまく叩いて隙間をつくります。ケースの合わせ目には位置決めのピンがけっこう固めにはまっているので、あまりこじったりせず、慎重に隙間を広げていきます。
 ピンが抜け、ハウジングを後ろにスライドさせると、コントロールロッドが本体側に残る形でハウジングを取り外せます。実際には少し引っ張ったところでロッドどうしの噛み合いをはずせます。またエクステンションハウジングに取り付けられたオイルガイドという細長い部品がミッション本体の内部に挿入されているので、それを曲げたりしないように注意します。

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 エクステンションハウジングを分離。

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 位置決めピンが見える。

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 エクステンションハウジングを取り外した状態。

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 取り外したエクステンションハウジング。


■ プロペラシャフト取付部

 エクステンションハウジングの最後部には、プロペラシャフトが取り付けられます。これはボルトなどで固定するのではなく、単に差し込むだけです。トランスミッション内のメインシャフトの後端はスプラインになっていて、プロペラシャフトのユニバーサルジョイントがここに差し込まれます。プロペラシャフトは走行中に多少伸縮ができなければならないので、このスプラインは硬いはめこみではなく、前後に摺動できます。
 プロペラシャフトの結合はこのスプライン部だけではなく、プロペラシャフトのジョイントの外周部とエクステンションハウジングも接触しています。プロペラシャフトを差し込む穴の内側はメタルベアリングになっており、プロペラシャフトのジョイント部はこのベアリングに接触しながら回転、摺動します。ここはメタルのプレーンベアリングなので給油が必要です。これはミッション内のギヤオイルで行われます。ギヤ類は下側がオイルに浸っており、回転によって巻き上げられたオイルで各部が潤滑されますが、プロペラシャフトのメタル部はギヤ類からはかなり離れた位置にあるので、オイルは十分に回ってきません。そのためギヤ周辺部からメタル部まで、オイルガイドという雨樋のような部品が取り付けられています。ケース内で飛散したオイルがこの雨樋によって後ろまで流れ、メタル部を潤滑します。メタルには、雨樋から流入するオイルを接触面に供給するための油穴と油溝があります。

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 プロペラシャフト取付部(ハウジング取り外し前)。

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 プロペラシャフト用のメタルベアリング。

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 メタルにオイルを導くオイルガイド。

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 ガイドはメタルの油穴まで続いている。


 プロペラシャフト取付部は、オイルが外に漏れないように、そして外部から水やホコリがはいらないように、オイルシールが取り付けられています。オイルシールのゴムのリップ部がジョイント外周に接触し、シールしています。リップ部は2層あり、シール効果を高めています。2層の間の部分はグリース充填するようです。
 オイルシールの外側には、さらに樹脂製のダストカバーがあります。プロペラシャフトが手元にないので正確なことはわからないのですが、ダストカバーはジョイント部とは接触せず、わずかな隙間があるようです。そのため完全な水密ではありませんが、走行中にシール部に到達する水や泥などを減らす効果があります。プロペラシャフトが回転している間は、この隙間部分に水分や土や砂などの固形物が来ても回転により跳ね飛ばされ、浸入しにくいのです。これによりオイルシール部に到達する異物が減り、シールの寿命を長くできます。とはいっても、この部分は隙間があるので、水分などの完全な阻止はできません。わずかに浸入した水分や細かいホコリを排出するための穴が、カバー下部にあります。

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 樹脂製のダストカバー。下側に水抜き穴がある。


■ コントロールロッド

 エクステンションハウジングを切り離したところで、もう一度、コントロールロッドについて説明します。ハウジング分離のためコントロールケース内で、コントロールロッドとロッドエンドを切り離しました。これにより、エクステンションハウジングを抜き取ると、コントロールロッドがシフトロッドと噛み合った状態で本体側に残ります。

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 コントロールロッドはシフトロッドと噛み合っている。

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 コントロールロッドの先端には、シフトロッドエンドと噛み合うための突起がある。ロッド中間の刻みはニュートラルスイッチのためのもの。後ろ側の刻みは、シフトレバー下端の球状部の逃げ。


 コントロールロッドの先端には突起があり、これがロッドの前後動、回転に応じて動き、4本のシフトロッドのうちの1本を動かします。まずこの動きを見てみます。
 取り外したエクステンションハウジングに、コントロールロッド、ロッドエンド、コントロールケース、シフトレバーなどを取り付け、もとの状態に戻します。オイルガイドは曲げてしまいそうなので外しておきます。

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 エクステンションハウジングを組み立てる。オイルガイドははずしてある。


 このように組み立てると、シフトレバーとコントロールロッドの動きを目で見ることができます。シフトレバーはコントロールロッドエンドの前後、回転の動きとなりますが、実際にそれを見てみます。


 シフトレバーの動きとコントロールロッド先端の突起の動き。クリック感はシフトロッド側の機能なので、この状態ではレバーはぐにゃぐにゃ動く。


 コントロールロッドの前側には突起がついています。シフトレバーの操作でこれが動きます。レバーの前−後の動きは、この突起の後−前の動きになります。左右への動きは逆向きの回転となります。

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 コントロールロッド先端の突起部分。

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 突起の回転。

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 先端の前後の動き。


 この部分が、4本あるシフトロッドのうちの1本を動かすことで、実際のシフト操作が行われます。左右の回転で4本のうちの1本を選択し、そして前後の動きでそのロッドを前後に動かすのです。コントロールロッドのこのような動きに合わせるために、4本のシフトロッドの後端にあるロッドエンド(後退用はロッドエンドとシフトフォークが一体部品)は、それぞれにこの突起と噛み合うための刻みがあります。4個のロッドエンドは、突起の回転にうまく噛み合うように、刻みが扇形に並ぶような形状になっています。

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 ロッドエンドの刻みは扇型に並んでいる。

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 各ロッドエンドは4本のロッドに取り付けられている。


 コントロールロッドエンドの突起は、この部分に写真に示したように噛み合います。これを見れば、コントロールロッドの回転で特定のシフトロッドエンドと噛み合うことがわかるでしょう。そしてコントロールロッドが前後に動くと、噛み合ったシフトロッドが前後に動きます。

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 コントロールロッドの突起とシフトロッドエンドの噛み合い。

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 コントロールロッドの前後動で、シフトロッドが前後に動く。中立位置から動くと、左右のロッドエンドに当たるため、コントロールロッドは回転できなくなる。



 コントロールロッドによるシフトロッドの動き


 シフトレバーは前後の中間位置でのみ左右に倒すことができ、そしてある位置で前後に動かした後は、中間に戻さない限り左右に動かないという動きは、このコントロールロッドと4本のシフトロッドの噛み合いによって行われます。各シフトロッドエンドは、コントロールロッドの突起と噛み合って前後に動きます。4本のロッドがすべて中立位置だと、突起が噛み合う刻み位置がすべて揃うので、ロッドは回転することができます。これが中立位置でレバーを左右に動かせる状態です。
 ある位置でレバーを前か後に動かすと、噛み合っているシフトロッドエンドだけが前後に動くため、そのロッドだけ刻み位置がずれます。この状態では左右のシフトロッドエンドの刻みでない部分が、コントロールロッドの突起の左右の動きを阻害します。そのため何らかのギヤ位置に入っている時は、コントロールロッドは回転することができず、結果としてシフトレバーは左右に動けません。
 レバーの動きが、コントロールロッドとシフトロッドの噛み合い部分で規制されるということは、ミッション本体と組み合わされていない状態で組み立てられたエクステンションハウジングのシフトレバーは、この規制がないということです。実際、レバーは自由自在に前後左右に動かすことができます。いわばグニャグニャな状態です。


■ 本当のダイレクトシフト

 一般的なFR乗用車のマニュアルミッションは、配置の都合から、ミッションのプロペラシャフト側をちょっと後ろに伸ばし、その後端部にシフトレバーを取り付けるという構成が一般的です。そのため、シフトそのものはダイレクトに行われるものの、ロッドはかなり長くなります。NDのMTは、実は本当のダイレクトではなく、シフトレバー基部は1本のコントロールロッドを回転/前後動させ、そのロッドの先端で、各ギヤのための4本のシフトロッドを動かすという形になっています。つまり機構としては2段階になっています。FF車など、ワイヤー伝達しているものに比べればダイレクト感がありますが、シフトレバーが直接シフトフォークを動かすという意味では、ダイレクトではありません。
 ミッションケースの真上にシフトレバーが生えているという構成のミッション、あるいはレバーが後ろ側でも、すべてのシフトロッドがレバー位置まで伸びている構造なら、本当のダイレクトシフトが可能になります。以前乗っていたJeepのMTはこのような構造で、シフトレバーの基部が、直接3本のシフトロッドを前後させる構造でした。

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 シフトレバーが直接シフトロッドを動かしている。

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 次回は、エクステンションハウジングの取り外しにより露出した後退ギヤについて説明します。
posted by masa at 13:41| 自動車整備