2020年09月26日

ミッションをばらす その14 −− シフトアップとシフトダウン

 マニュアルミッションの仕組みについて、一番わかりにくいところはシンクロメッシュ機構でしょう。シンクロメッシュ機構、略してシンクロは滑らかなギアシフトに欠かせない要素です。ネットや雑誌の記事でもしばしば取り上げられていますが、その仕組をきちんと解説したものは、あまり見たことがありません。ここでは雑誌記事などより詳しく説明してみようと思います。
 今回はシンクロの機構の前に理解しておくべきこと、つまりシフトアップ/ダウン時のギヤやシャフトの速度の関係を説明します。


■ 車両の速度/メインシャフトの回転速度と各段ギヤの回転速度など

 常時噛合式の変速機は、メインシャフト上で異なる速度で回転するの各段のギヤのうち、1つを選んでメインシャフトに結合することで、使用するギヤ段を選びます(直結段は、メインドライブシャフトとメインシャフトを結合します)。
 このような構造のミッション内部の要素を、軸の回転の連携という観点で見てみると、メインシャフトと、メインドライブシャフト/カウンターシャフト/各段のギヤ(長いので、以後、単に入力側と呼びます)の組み合わせに分けることができます。メインシャフトはプロペラシャフトを介して車輪とつながっているので、常に車両の走行速度に応じた速度で回転します(こちらを出力側と呼びます)。それに対して入力側は、いくつかの要素が関連します。

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 エンジン、クラッチ、入力側、メインシャフトの関係。


 ミッションの出力側、入力側、エンジンの回転数の関係を以下にまとめます。どの状態であっても、メインシャフトの速度は、車両の走行速度に応じたものとなることに注意してください。

・ニュートラル、クラッチ切
 ニュートラル状態のメインシャフトは、どのギヤとも結合していないので、入力側の回転に関与しません。この状態でクラッチが切れていれば、入力側は(ほかの回転に引きずられることはあるものの)抵抗なく自由に回転できる状態です。

・ニュートラル、クラッチ接
 ニュートラルでクラッチが繋がっていれば、入力側はエンジン回転数に応じて速度で回転します。走行中であればミッション内で入力側、出力側とも回転していますが、それらの間に関連性はありません。

・何らかのギヤにはいっている、クラッチ切
 ギヤがニュートラルでない場合、入力側は、出力側と結合しているギヤの減速比に応じて、車両速度に比例した速度で回転します。クラッチが切れているので、エンジン回転速度と車両速度は無関係です。

・何らかのギヤにはいっている、クラッチ接
 ギヤがニュートラルでなく、クラッチが繋がっている状態では、ミッション入力側はギヤと車両速度に応じた速度で回転し、エンジンもミッション入力側と同じ速度で回転しています(ここではエンジンのパワーオン/オフは関係ありません)。


■ シフト操作

 実際の自動車の走行中のシフト操作を考えてみます。走行中にクラッチを切ると駆動力の伝達は断たれますが、自動車は惰性でほぼそのままの速度で走り続けます。ミッションの中では、出力側のメインシャフトの回転速度は変化しないということです。そしてギヤがニュートラルでないので、入力側も連携して回転しています。
 クラッチを切るとエンジンからの動力が伝わらなくなるので、メインドライブシャフトや各段のギヤにはエンジンの駆動あるいは制動トルクはかかりません。噛み合っているクラッチハブと各段のギヤにもほとんどトルクはかかっていないので、軽い力でスリーブを動かし、ニュートラルにすることができます(トルクがかかっているとスリーブ、ハブ、ギヤのスプライン接触面で摩擦力が発生するため、軽い力ではスライドしません)。ニュートラルにすると、クラッチからメインドライブシャフト、カウンターシャフト、そして各段のギヤまでの入力側の駆動系は、駆動源が一切なくなるため、オイルの抵抗などで回転速度が低下していきます。
 走行中、つまり出力側のメインシャフトが回転している時に、ニュートラルからいずれかのギヤに入れる場合はどうなるでしょうか?
 スリーブが移動してハブとギヤが結合しやすいように、スリーブとギヤ側のクラッチのスプラインの接触部分は、先端を斜めに落とすチャンファ加工をしてあります。これにより、ギヤとスリーブのスプラインの谷と山がずれていても、先端の斜面によってうまく噛み合うようになっています。具体的には、車両速度で回転しているメインシャフト側のスプラインが、ニュートラルで自由に回転する各段のギヤのクラッチスプラインをずらし、スリーブが進入していく形になります。これにより、スリーブとギヤのスプラインが噛み合います。

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 スプライン噛合部のチャンファ。

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 クラッチスリーブのスプラインのチャンファ加工。

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 ギヤ側スリーブのチャンファの形状は、ギヤによって異なっている。


 ただし実際に回転しながらこのような噛合動作をするためには、スリーブとギヤのクラッチ部の回転速度が等しいか極めて近い必要があります。速度差が大きいとと、スリーブを動かしてもチャンファがちょっと接触した時点で弾かれてしまい、噛合状態に至りません。この時、弾かれる際に金属の打音が発生します。スリーブに力がかかっているとこの打音が連続的に発生します。このガガガガという音がギヤ鳴り、あるいはギヤ鳴きで、チャンファ部の摩耗や変形、破損につながります。


■ 余談 −− クラッチを切らないギヤチェンジ

 クラッチを切ることで、ミッション内の各部にはエンジンによる駆動/制動のトルクがかからなくなります。クラッチハブ、スリーブ、各段のギヤのクラッチ部にも力がかからないので、軽い力でスリーブを動かし、断切が可能になります。エンジンのトルクがかかっている時はこれらの摺動部に大きな力がかかっており、接触面の摩擦によりスライドさせるのに大きな力が必要です。そのため、シフト操作の際にはクラッチを切るのです。
 しかし、アクセルをうまく調整して走行速度とエンジン速度を一致させれば、ミッションにかかる駆動トルクを小さくすることができます。この状態であれば、クラッチを切らなくてもスリーブを軽くスライドさせることができます。ギヤをニュートラルにするのは簡単で、シフトレバーにニュートラル方向の力を加えながら、アクセルをゆっくり調整すればスコッと抜けるタイミングがあります。
 ニュートラルにするより難しいですが、ニュートラルからギヤを入れることもできます。後で説明するダブルクラッチと同じ考え方で、エンジン回転数を調整し、入力側と出力側の速度をぴったりと一致させれば、クラッチを切らずにギヤを入れることができます。
 これらの操作はちょっと練習すればできるようになりますが、僅かな回転速度差でもシンクロやチャンファに大きな負担がかかり、ミスするとシンクロ、ギヤやスリーブののスプラインが破損します。まぁやらないほうが身のためです。
 今のMT車はクラッチを切らないとエンジンがかけられなくなりましたが、それ以前の車であれば、このような制限はありませんでした。そのため停止して1速ギヤを入れた状態でエンジンを始動して走行開始、以後クラッチを切らずにギヤチェンジ、停止時にはエンジンを止めることで、まったくクラッチを使わずに走行することも不可能ではありませんでした。


■ シフトアップとシフトダウン

 走行中にシフトアップ、シフトダウンすると、ミッションに関連するこれらの要素の速度がどのように変化するかを考えます。以下の図は話を簡単にするために3速ミッションとしています。1速から3速のギヤはそれぞれギヤ比が異なるので、異なる速度で回転します。各ギヤは入力側の回転数に比例して速度が変化しますが、それぞれのギヤの速度の比率は変化しません。例えば1速のギヤ比が3、2速が2、3速が1なら、エンジン回転が1000RPMなら1速は333RPM、2速は500RPM、3速は1000RPM、エンジン回転が3000RPMなら1速は1000RPM、2速は1500RPM、3速は3000RPMとなります。
 ここで2速から3速へのシフトアップと2速から1速へのシフトダウンを考えます。
 まずシフトアップです。シフトアップの場合は、車両速度が同じなら、エンジンの回転数は以前より低くなります。これをもっと詳しく見てみます。

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 2速から3速へシフトアップ。


1. 2速で走行中、メインシャフトと2速ギヤの回転速度(ギヤとスリーブの噛合部の速度)が一致しています。

2. クラッチを切り、ギヤをニュートラルにします。これにより入力側の速度が低下していきます。車両は定速走行しているので、メインシャフトの回転速度は変化しません。

3. 3つの各段のギヤの速度は比例関係を維持したまま低下していきます。3速ギヤの速度は2速よりも高かったのですが、これも低下していきます。

4. 速度低下の過程で、3速ギヤの速度が、メインシャフトの速度に一致するタイミングがあります。このタイミングではスリーブとギヤの速度が一致するので、弾かれることなく、ギヤをつなぐことができます。

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 シフトアップ操作は楽です。この図で示したように、自然に速度低下していく上の段のギヤが、メインシャフトの速度にほぼ一致する瞬間があり、そのタイミングに合わせてやればうまくギヤを噛み合わせることができます。ぴったり合わなかったとしても、近い速度域での噛み合いなら、チャンファによりうまく噛み合い、自由回転している入力側の速度をメインシャフトの速度に一致させることができます。
 つまりシフトアップはクラッチを踏み、シフトレバーを2速から3速に切り替え、クラッチをつなぐという形になり、日頃やっている操作と同じです。
 しかしシフトダウンは簡単ではありません。2速から1速へのシフトダウンで考えます。
 シフトアップの図を見ると、クラッチを切ってニュートラルにした後の速度低下で、1速ギヤの速度が自然にメインシャフトの速度に一致することはありません。速度差が大きくなっていくだけです。そのため車両が走行している限り、メインシャフトと1速ギヤをつなぐことはできません。1速ギヤとメインシャフトをつなぐためには、どうにかして入力側の速度を上げ、1速ギヤの速度を1速用のスリーブの速度に近づける必要があります。この手順を以下に示します。

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 2速から1速へシフトダウン。


1. 2速で走行中、メインシャフトと2速ギヤの回転速度は一致しています。

2. クラッチを切り、ギヤをニュートラルにします。これにより入力側の速度が低下していきます。車両は定速走行しているので、メインシャフトの回転速度は変化しません。

3. ニュートラルのままクラッチをつなぎ、エンジン回転速度をあげます。これにより入力側の各ギヤの回転速度も高くなります。ここで1速ギヤの速度を、メインシャフトと噛み合い可能な速度以上にします。

4. クラッチを切ると入力側の速度が再び下がり始めます。この段階では、1速ギヤがメインシャフトの速度と一致するタイミングがあります。その時にギヤを1速に入れれば、1速ギヤはメインシャフトと噛み合える速度になっているので、弾かれることなく切り替えることができます。

5. クラッチをつなぎます。この時、エンジン回転数を高めておくと、クラッチをつないだ時のショックを防ぐことができます。

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 以上のような手順により、シフトダウンを滑らかに行うことができます。この手順では1回のシフトダウン操作で2回クラッチペダルを踏むことになるので、ダブルクラッチと呼ばれます。
 ギヤ比の離れ方などによっては、シフトダウンだけでなく、シフトアップでもダブルクラッチを使用したほうがギヤが入れやすい場合もあります。
 現在のマニュアルミッションでは、ダブルクラッチのような操作を行わなくても、滑らかに変速を行うための仕組みが用意されています。各段のギヤとメインシャフトの間で速度差があっても、円滑に任意のギヤの噛合操作を行えるようにするための仕組みが、シンクロメッシュ機構です。


■ 余談 −− ダブルクラッチ、ブリッピング、ヒール&トゥー

 マニュアルミッション車の運転テクニックとして、ヒール&トゥーやブリッピングという用語をよく聞きます。またこれらに関連してダブルクラッチに言及されることもあります。これについて簡単に説明します。


・ブリッピング

 走行中にシフトダウンすると、同じ車速でもエンジン回転数が高くなります。シフトダウンを行い、エンジン回転数が低い状態で単純にクラッチをつなぐと、大きな変速ショックが発生したり、強いエンジンブレーキがかかります。これを避けるために、シフトダウンしてクラッチをつなぐ際に、あらかじめアクセルを踏んでエンジン回転数を車速相応に上げておきます。このようにすることで、クラッチを繋いだ時のショックを緩和できます。もしエンジンブレーキをかけるなら、クラッチを繋いだ後にアクセルを戻します。
 このようにクラッチをつなぐ際に、アクセルを踏んでエンジン回転数を上げる方向に調整することをブリッピングといいます。


・ヒール&トゥー

 コーナーの通過などで、ブレーキを踏んで車両速度を下げつつ、コーナー脱出に向けてシフトダウンすることがあります。シフトダウン後のクラッチ接続で大きなショックが発生しないように、ブレーキを踏んだままブリッピングを行うことを行うことをヒール&トゥーといいます。つま先(トゥー)でブレーキペダルを踏みながら、足首をひねってかかと(ヒール)でアクセルを踏みます。ペダル配置によっては、両方をつま先で踏む場合もあります。

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 ヒール&トゥーもブリッピングもシフトダウンに関連して行われますが、ヒール&トゥーはアクセルとブレーキの同時操作、ブリッピングはアクセル操作のことです。
 さらにこれに関連してダブルクラッチがあります。前に説明したように、ダブルクラッチはシフトダウンを円滑に行うための操作で、回転速度を合わせるためにニュートラルでクラッチをつないだ時と2度めのクラッチ接続の際にブリッピングを行います。ヒール&トゥーはシフトダウンを伴う操作なので、ダブルクラッチ操作を同時に行うことがあります。この場合、右足のつま先でブレーキを踏みながらかかとでアクセルを2回、あるいは連続的にふかし、左足でクラッチペダルを2回踏むことになるので、かなり忙しい操作となります。
 これらの区別がわからないといった質問をよく見かけますが、実際の操作が何を行っているのか、どのような目的で行っているのかを理解すれば、難しい要素はなにもありません。
 最近のマニュアルミッションは、次回から説明するシンクロメッシュ機構により、ダブルクラッチを踏まなくても容易にシフトダウンできるようになっています。また一部のMT車では、ミッションの状態を検知し、シフト時にエンジンの回転数を自動的に制御することも行われています。つまりアクセル操作で明示的にブリッピングを行わなくても、エンジン制御コンピューターが自動的にやってくれるのです。まぁこういった支援機能がおもしろいかどうかは意見の分かれるところでしょうが。


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 次回からは、シフト時に回転速度を合わせる操作をやってくれるシンクロメッシュ機構について解説します。



posted by masa at 12:54| 自動車整備