2020年10月25日

ミッションをばらす その19 −− 後退ギヤのシンクロ

 NDロードスターのマニュアルミッションは、後退ギヤにもシンクロメッシュ機構が組み込まれています。今回はこの部分について説明します。


■ 後退ギヤ

 5速ミッションの場合、後退はたいてい5速と同じ列になり、共通のシフトロッドが関与するため、前進用ギヤと構造上の関係を持つことになります。しかし6速ミッションの場合は後退は専用の列となり、前進用ギヤとはまったく異なる構成にできます。一連の記事の最初の頃の後退ギヤの分解のところでもちょっと触れましたが、このミッションの後退ギヤは、構造の面でも前進用とかなり異なっています。
 このミッションは後退ギヤも常時噛合式で、クラッチハブとギヤのスプラインがスライドするスリーブで噛み合う構造です。ただ前進用ギヤは1組のクラッチハブとスリーブが、その前後の2セットのギヤのどちらかと噛み合うのに対し、後退は1速しかないので、スリーブは一方向への動きだけとなります。そして前進用との大きな違いは、クラッチスリーブがクラッチハブ側ではなく、後退ギヤ側に取り付けられている点です。そのためクラッチスリーブがスライドするためのスプラインは、ハブ側ではなく後退ギヤ側にあります。クラッチハブには、スリーブと噛み合うためのクラッチ部しかありません。このような構造により、後退に入れた時は、ギヤ側からメインシャフトのクラッチハブ側にスリーブがスライドし、噛み合います。

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 分解前の後退ギヤ。

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 後退ギヤに関連する部品を組み合わせた状態。後退は、スリーブとシンクロナイザーがギヤ側に組み込まれている。ハブ側のスプラインが一部落とされているのは、部品脱着の都合か?


 後退ギヤの噛み合いの様子。


■ 後退ギヤの構成

 このミッションは後退ギヤも常時噛合式で、ハブとギヤの間にはシンクロメッシュ機構が組み込まれています。後退ギヤは1速しかないのでシフトアップ/ダウンはありません。また普通は走行中に後退に入れることはありません。ただ完全に停止する前に入れるといったことはあるでしょう。あるいは止まっている状態であっても、クラッチを切ってすぐ入れようとすると、まだ内部のギヤが惰性でまわっているかもしれません。シンクロがないと、このような時にギヤ鳴りしてしまいます。
 前進用ギヤは、運転状況に応じてかなりの回転速度差をすばやく同期させることが求められますが、それに対して後退ギヤのシンクロは、前述のようなごくわずかな速度差を吸収できれば十分です。どちらかといえばギヤ鳴り防止のため、回転速度差がある時のシフト操作の抑止のほうが主目的となります。そのためダブルコーンやトリプルコーンが奢られている前進用に比べ、後退用のシンクロはかなりシンプルで簡略化されたものになっています。またスリーブがギヤからハブ側に移動して噛み合うという構造により、シンクロの構成も前進用とは変わっています。
 以下に後退ギヤの構成部品を示します(アイドラギヤなどについては、こちらを参照してください)。

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 後退用のクラッチハブ。メインシャフトに固定される。クラッチのスプラインとコーンしかない。

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 後退ギヤ。ニードルローラーベアリングを介してメインシャフト上で回転できる。ギヤの横に厚みのあるスプラインがあり、ここにスリーブがはまる。スプライン部の3ヶ所の切り欠きは、シンクロナイザーリングが噛み合う部分。

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 後退用シンクロナイザーリング。シンクロナイザーキーを使わないので、前進用リングとは形状が異なる。外周部の3ヶ所の突起でギヤ側と噛み合う。

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 スリーブは一方後にしかスライドしないので、噛み合いのためのチャンファは片側(写真の上側)にしかない。その点を除けば前進用とあまり差はないように見えるが、実は細かいところに差異がある。


■ 後退ギヤ用のシンクロ

 後退用のスリーブがギヤ側にあり、シンクロナイザーリングはスリーブで押されるという構造上、リングはクラッチハブ側ではなく、後退ギヤ側に取り付けられ、後退ギヤと共に回転します。このシンクロはさほど大きな同期容量は求められないので、シングルコーンタイプです。つまりリングの内側のコーン部が相手側のクラッチハブのコーン部に直接接触します。カーボンコートもありません。
 もう1つの特徴は、シンクロナイザーキーがないことです。前に説明したように、シンクロナイザーキーは、リングがクラッチハブと共に回転するための位置決め(そして多少のずれを許容)と、シフト操作の最初の段階でリングを押すという働きがあります。
 後退ギヤにはシンクロナイザーキーはなく、代わりにギヤとリングが凹凸で噛み合うような形状に加工されています。リング側の突起とギヤ側の刻みの幅の違いにより、前進用のハブとリングと同様に、回転方向にスプライン半歯分回転できるようになっています。これによりキーの働きのうち、ずれを許容しながら回転を伝えるという機能は代替できます。

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 ギヤ側スリーブとシンクロナイザーリングを組み合わせた状態。

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 ギヤ側とリングの噛み合い部分。


 シンクロナイザーキーのもう1つの働きは、スリーブがリングのスプライン部に進む前に、リングのコーン部を相手側に押し付けることです。これにより、回転速度差がある時に、リングのスプラインの位相が半歯ずれ、スリーブとリングのチャンファが当たるようになります。そして回転速度差がなくなるまで、スリーブはリングを押しつつ、相手のクラッチ部への進行が抑止されます。
 後退ギヤの場合も、スリーブの移動でまずリングを相手側のクラッチハブのコーンに押し付けなければなりません。この時、キーの代わりになるのが、シンクロナイザーキースプリングという輪っか状の部品です。キーを使う場合も同じ名称のスプリングを使いますが、ここで使うものは形状や働きが異なります。
 これはバネ材の針金を丸い輪の形にしたものです(前に説明したキースプリングは輪が閉じておらず、Cの字の形状でした)。この形状は一般には「リング」と呼ばれますが、ここでは「リング」はシンクロナイザーリングのことを示してきたので、このスプリングに関しては「輪っか」と表記します。
 前進用のシンクロナイザーキースプリングは、シンクロナイザーキーを外側に押し出すためのものでしたが、後退用のものは働きが異なります。

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 輪っか状のシンクロナイザーキースプリング。


 この輪っか状のスプリングは、スリーブとシンクロナイザーリングの間にはまります。
 シンクロナイザーリングの外周部には、ギヤとの間で回転を伝達するために3箇所の突起があります。この突起部分に乗っかるようにキースプリングをはめ込むと、3箇所の突起部以外では、リング状のスプリングは内側方向に隙間ができます。

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 スプリングをシンクロナイザーリングにはめる。


 スリーブとギヤ側のスプラインの形状にも工夫があります。このスプラインは1周のうちの3箇所だけ、形状が異なっています。具体的にはスリーブのスプラインの山が高く、ギヤ側の谷が深くなっています。そのためギヤとスリーブは、この3箇所の位置を揃えないとはめ込むことができません。

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 スプラインの形状が異なる部分(ギヤ側)。


 スリーブ側の山が高いスプラインは、さらに肩の部分が斜めに落とされています(チャンファ加工)。この理由は後で説明します。

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 スプラインの形状が異なる部分(スリーブ側)。山が高く、肩が斜めに落とされている。


 スリーブがシンクロナイザーリングまで進んでチャンファが接触した後、スプラインが噛み合いますが、この背の高いスプラインが当たる部分は、リングの側も谷が深くなっていて、リングと正しく噛み合えるようになっています。

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 リング側の谷が深い部分。


 スリーブの3ヶ所の背の高い山の部分の直径(内径)は、輪っか状のシンクロナイザーキースプリングの直径よりわずかに小さくなっています。そのためスリーブの内側にスプリングをはめると、すこし変形して、この3ヶ所の山だけがスプリングに接触します。

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 スリーブ内側にスプリングをはめた状態。赤丸の3ヶ所でのみ接触している。


 スプラインの位置を合わせてスリーブとリングを組み合わせる時、スプリングは以下のような状態になります。最初、スプリングはリングにはめておきます。

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 スリーブ、リング、スプリングの状態。


 シンクロナイザーリングの突起部の外形、スプリングの線材の直径、スリーブのスプラインの高い山の内径は微妙な関係になっており、スプリングはリングやスリーブにはまっている状態では真円ではなく、ちょっとおにぎり形になります。リングにはまっている時は、リングの突起部を(ゆるい)頂点とするおにぎり型で、スリーブにはまっている時は、頂点と頂点の間を押し込む形でおにぎり型になります。この2つのおにぎりの形は微妙に異なり、スリーブ内の時のほうが、わずかに頂点がとんがる形になります。その結果、リングに接していた頂点部分は外側に広がるため、リングとの接触が弱くなります。リングにスプリングをはめた状態でスリーブの中に押し込むと、スプリングはスリーブの高い山で支えられ、リングを外した時、スプリングはリングからはずれ、スリーブに残ります。つまりこのスプリングは、スリーブやリングの動きに応じて、多少前後動するということです。


■ シンクロの動作

 この輪っか状態のシンクロナイザーキースプリングによるシンクロ機構の動きを見ていきます。


0. スリーブが中立位置

 ミッションがニュートラル、あるいは前進ギヤの状態では、スリーブは後退ギヤのスプライン上で中立位置にあり、リングとスリーブは接触していません。スプリングはリングの3ヶ所の突起の上に乗った状態です。この位置では、ギヤ側のスプライン部とスリーブはほぼ重なり、リング取り付け側ではほぼ面一状態になります。

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 ギヤとスリーブが中立位置で噛み合った状態。ほぼ面一になる。

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 スプリングのはまったリングはこのように位置する。スプリングはリング側の突起の上にある。

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 中立状態。


1. シンクロナイザーリングを押す。

 スリーブの背の高い山に対応する位置は、リングの谷が深くなっています。リングにはめられたスプリングの外径は、この部分では谷底よりも外側になります。スプリングの外径は、谷が深くない部分では谷の底とほぼ同じですが、深い谷の部分だけは、スプリングがちょっと谷底から飛び出す状態になります。

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 クラッチハブ側から見ると、深い谷の部分だけスプリングが見えている。


 スリーブが進むと、背の高いスプラインの山の肩部分が、リングの深い谷の底でスプリングに接触します。これによりスプリングを取り付けたリングが押され、リングがクラッチハブのコーンに接触します。

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 スリーブのスプラインの肩部分がスプリングを押している状態。これでリングとクラッチハブのコーンが接触する。


2. スリーブとリングのチャンファが接触

 スリーブの高い山の位置は、リング側の突起のちょうど中間なので、この部分はスプリングが宙に浮いています。スプラインの山の肩の部分は斜めになっているので、スリーブをさらに進めると、この高い山はスプリングを押し下げ、スプリングの上に乗り上がります。

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 スプラインの背の高い山の肩は斜めに落とされている(チャンファ加工)。


 これによりスリーブはさらに進み、リングのチャンファに接触する位置に達します。

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 スリーブのスプラインがスプリングを押し下げて(赤丸の部分)さらに進み、リングとスリーブのチャンファが接触する。


3. スリーブがクラッチハブに進み、噛み合う

 以後の動きは前進用のシンクロと同じです。ギヤとクラッチハブの速度が揃ったら、スリーブはリングを中立位置にずらして進み、クラッチハブ側のスプラインと噛み合います。

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 スリーブの高い山のスプラインが、スプリングの上に乗り上がっている。

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 スリーブがリングと噛み合い、さらに進む。

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 スリーブが最後まで進んで、クラッチハブと噛み合う。

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 一連の動き。


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 この一連の動きは、前進用のシンクロナイザーキーとスプリング、シンクロナイザーリング、スリーブの関係と同等であることがわかります。チャンファが接触する前にリングのコーンを接触させてスプラインの位相をずらし、その後、スリーブとリングのチャンファ部が接触して同期操作を行います。そしてチャンファ部で位相を揃えてスリーブがさらに進み、相手側のクラッチと噛み合います。
 シンクロナイザーキーがなくても、スリーブのスプラインの高い山とリング側の深い谷、スプリングの直径の関係により、前進用のシンクロメッシュ機構と同じように機能することがわかります。ではなぜ、前進用のシンクロはこの単純な構造を採用しないのでしょうか? これは想像ですが、前進時の過酷なシンクロ動作では、この機構は不十分なのでしょう。キーの押し付けとチャンファの接触という手順を適切に行えないと、スリーブのスライドの抑止が適切に行えず、ギヤ鳴りが発生します。後退用のシンクロは、過酷なシフトに耐えないのかもしれません。


■ スプリングの位置

 最後にひとつ、後退ギヤから中立に戻る時のスプリングの位置について書いておきます。前に触れましたが、リングにスプリングがはまっている状態でスリーブがスライドすると、スプリングはリングの高い山で支えられ、リングから浮きます。そしてスリーブが中立位置に戻る時にリング上からスプリングを持って行ってしまうと、再度後退に入れようとした時に、スリーブの高い山の肩でスプリングを押すという工程が行えません。スリーブが中立位置にある時は、スプリングは常にリング側にはまり、スリーブにははまっていないということが求められます。
 このスプリングをリング側に残すという作業は、スリーブが中立位置に戻る時にうまく行われます。中立状態の時、ギヤ側のスプライン部とスリーブはほぼ面一の状態になります。リングの回転を連携させる突起部分(スプリングはここに乗っかります)は、スプラインの内側にはまり込んでいます。このような構造により、スリーブ内側にスプリングがはまっている状態でスリーブが中立位置に戻ると、スプリングはギヤ側スプラインに当たり、スリーブから押し出されます。押し出された先にはシンクロナイザーリングがあり、リングの突起部分の上にはまることになるのです。
 つまりこのスプリングは、つねにギヤ側スプラインとリングのスプラインの間の突起上に位置し、スリーブがないときはリングにはまり、スリーブが移動してくるとスリーブにはまるという形になります。ギヤ、スリーブ、リング、ハブの中立状態の断面図を見ると、スプリング(紫の丸)が、この位置から動きようがないことがわかります。
 ただの1本の輪っか状のスプリングですが、なかなか細かい動きをしているのです。


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 次回は、クラッチ部のチャンファのこと、ギヤの仕様などをまとめます。

posted by masa at 03:11| 自動車整備

2020年10月21日

ミッションをばらす その18 −− 同期能力の向上

 前回は、シンクロの基本的な動作を解説しました。今回はシンクロの能力を高める、つまり大きな速度差があっても軽い力でシフトできるようにするための工夫について説明します。


■ シンクロの能力の強化

 シンクロ機構は、シフト操作においてハブとギヤの回転速度を、噛み合う直前に摩擦力で一致させるのです。
そのためにシンクロナイザーリングとギヤ側のコーン接触部で、大きな摩擦力が発生することが求められます。摩擦力が大きければ回転速度の同期が短時間で終わり、またスリーブを押す力も小さく済みます。つまりシフト操作を軽い力で速やかに行えるようになります。
 現在のマニュアルミッションでは、大きな同期能力が必要とされる低速ギヤで、ダブルコーンやトリプルコーンというシンクロ機構が使われています。これは摩擦接触部分を増やし、小さな圧力で大きな摩擦力を得て、素早い速度同期を実現するものです。ダブルコーンやトリプルコーンに対し、前回説明したようなコーン接触部が1箇所だけのものをシングルコーンタイプといいます。
 シンクロナイザーリングとギヤの間の摩擦を大きくする方法として、摩擦係数を高める、圧力を大きくするという方法と、摩擦が発生する部位を増やすという方法が考えられます。注意しなければならないのは、単純に接触面積だけ増やしても摩擦力は増大しないという点です。接触面積が増えると単位面積あたりの圧力が低下するため、全体での摩擦力は大きくなりません(ただし摩耗や温度上昇に関しては有利になります)。
 圧力を大きくする方法としては、コーン部のテーパーの角度を小さくするという方法があります。しかし小さくしすぎると、圧力を抜いた後、はずれにくいという問題が起こる可能性があります。力を抜いた後、すぐにフリーで回転しないと、ミッションとしては問題です。
 摩擦が発生する部位を増やすというのは、コーンの数を増やすという方法です。これは単純に接触面積を広げるのではなく、あるコーンへの圧力が次のコーンへの圧力になるというように、直列に並べることにより、全体での摩擦力の増加が実現されます。ダブルコーンシンクロナイザーは、接触するコーン部が2箇所、トリプルコーンは3箇所になります(前に見たように、シングルコーンでは1ヶ所です)。このように複数のコーンに直列に圧力を加える場合、各コーンに同等の圧力がかかり、数が増えたらからと単位面積当たりの圧力が小さくなることはありません。その状態で摩擦が発生する部分が増えるので、摩擦力が増大するのです。
 2冊の本を背表紙を外側にして向かい合わせに置き、1ページずつ交互に重ねて行くと、引っ張っても外れなくなります。ページ1枚ごとの摩擦力は僅かなのですが、このように構成することで、全体では大きな摩擦力になります。これと同じような考え方です。

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 接触面を多層化すると、全体の摩擦力が大きくなる。


 複数のコーン接触面で同期能力を高めるためには、各接触面でリング側の回転とギヤ側の回転が交互に接する必要があります。そのため、リング側として回転するコーン面、ギヤ側として回転するコーン面がそれぞれ複数必要になります。ダブルコーンであればリング側、ギヤ側にそれぞれ2つの接触面、トリプルコーンであれば3つずつの接触面が必要となり、シングルコーンに比べると、複雑な構造になることが想像できます。以降の節で、これらの構造を解説していきます。
 NDの6速マニュアルミッションは、1速から4速がトリプルコーンシンクロ、5速がダブルコーン、6速(直結)と後退がシングルコーンとなっています。これらのうち1速、2速、6速はカーボンコーンとなっています。


■ トリプルコーンシンクロ

 ダブルコーンタイプよりトリプルコーンタイプのほうが接触面が多いので、構造も複雑そうですが、個人的にはダブルコーンよりトリプルコーンのほうがわかりやすいと思うので、先にトリプルコーンシンクロについて説明します。

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 トリプルコーンシンクロナイザーリングのギヤ側。

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 ギヤ側にはめられたトリプルコーンシンクロナイザーリング。


 トリプルコーンシンクロは、シンクロナイザーに3ヶ所のコーン接触部分が含まれます。これを実現するために、シンクロナイザーリングが複数の部品から構成されています。外側から順に以下のように部品が並びます。


・シンクロナイザーリング

 この部分は普通のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリングとほぼ同じ構造で、シンクロナイザーキーによりハブといっしょに回転します。外周部はスプラインとチャンファがあり、内側は摩擦を発生させるコーン部です。シングルコーンタイプではここでギヤ側のコーン部と接触しますが、トリプルコーンの場合は、ダブルコーンという部品と接触します。
 また内側に置かれるのインナーコーンと噛み合う構造になっており、そのための突起がハブ側に付いています。

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 最外周のリング(ギヤ側から見たところ)。シングルコーン用とほぼ同じだが、インナーコーンと噛み合うための突起がある。

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 最外周のリング(ハブ側から見たところ)。


・ダブルコーン

 内側と外側がコーンになっています。外側はシンクロナイザーリングと接触し、内側はインナーコーンと接触します。ダブルコーンはギヤ側に突起があり、これがギヤの側面の穴にはまることで、ギヤといっしょに回転します。ギヤとダブルコーンの突起の噛み合いは、回転方向にはほとんどガタはありませんが、回転軸方向には拘束はなく、軸上を多少前後に移動することができます。

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 ダブルコーン(ギヤ側から見たところ)。突起部分がギヤの穴にはまって噛み合う。


・インナーコーン

 インナーコーンも内側と外側がコーンになっています。これはシンクロナイザーリングといっしょに回転し、外側がダブルコーン内面に、内側がギヤのコーン部に接触します。

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 インナーコーン(ハブ側から見たところ)。突起部分がリングの突起と噛み合い、いっしょに回転する。


・ギヤ

 一番内側に、ギヤのコーン部があります。このコーンはインナーコーンの内側と接触します。またギヤ側面にはダブルコーンと噛み合うための穴があいています。トリプルコーンのシンクロナイザーリング全体は、3層構造で幅があるため、ギヤのコーン部の直径はシングルコーンタイプに比べ、少し小さくなっています。

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 ギヤ側のコーン。ダブルコーンの突起部分がはまる穴があいている。コーン部品が多いため、シングルコーンよりコーン直径が小さい。

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 トリプルコーンシンクロは、ハブと一緒にシンクロナイザーリングとインナーコーンが回転します。そしてダブルコーンは、最内周のコーンを持つギヤと一緒に回転します。つまりシンクロナイザーの部品とギヤは、1層おきにハブ側といっしょに回転、ギヤ側といっしょに回転という形で並ぶことになります。これにより、リング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側ととインナーコーン外側、インナーコーン内側とギヤのコーンと、3箇所のコーン接触部が存在します。
 以下にこれらの部品の組付けの様子を示します。

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 リングを構成する3個の部品。

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 ギヤのコーン部。

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 インナーコーンをはめる。インナーコーン内側とギヤのコーンが接触する。

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 ダブルコーンをはめる。ダブルコーン内側とインナーコーン外側が接触する。

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 リングをはめる。リングとインナーコーンが噛み合い、リング内側とダブルコーン外側が接触する。


 シンクロを構成するリング、ダブルコーン、インナーコーンは、すべて前後方向(軸方向)にある程度動くようになっています。ダブルコーンはギヤと結合していますが、これはコーンの突起がギヤの穴にはまるだけなので、前後に動けます。インナーコーンはリングと一緒に回りますが、これも突起が噛み合うだけなので、リングに対して前後に動けます。もちろんシンクロナイザーリングも前後に動くことができます。
 結果として、リングを押す圧力はコーン接触部を介してダブルコーン、インナーコーン、ギヤと順に伝わり、それぞれの接触面に同等の圧力がかかることになります。この圧力は直列に伝わるため、接触部分が増えたからといって、単位面積あたりの圧力が減ることはありません。また圧力がなくなれば、隙間が広がってオイルが流れ込むので、相互に自由に回転できます。

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 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


 シンクロナイザーリングとダブルコーンの接触部は、リングがハブ側、ダブルコーンがギヤ側に結合しているので、圧力によりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。ダブルコーンとインナーコーンについても、ダブルコーンがギヤ側、インナーコーンがリング側と結合しているので、やはりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。さらにリングと結合したインナーコーンとギヤの間でも摩擦力が発生します。
 つまり3箇所すべてのコーンの接触部は、ハブとギヤの間で摩擦力を発生させるということです。この摩擦力はハブとギヤの速度を一致させるように働きます。単純に考えれば、リングに同じ圧力をかけた時に、シングルコーンシンクロの3倍近い同期能力があることになります。実際に発生する同期のためのトルクは、コーン部の直径にも関係するので、内側に行くに従って、トルクは少しずつ小さくなります。

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 リングとインナーコーンは一体に回転する。

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 ギヤとダブルコーンは一体に回転する。


 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


■ ダブルコーンシンクロ

 トリプルコーンシンクロが3箇所のコーン接触面を持つのに対し、ダブルコーンは2箇所のコーン接触面を持ちます。そのため同期能力は、シングルコーンシンクロよりは強力ですが、トリプルコーンには劣ります。
 部品の構成はトリプルコーンに似ており、シンクロナイザーリング、ダブルコーン、インナーコーンから構成されます。ただしトリプルコーンタイプと異なり、ギヤ側にはコーン部はなく、そのためインナーコーンの内側もコーン接触面ではありません。結果としてコーン接触部分がリング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側とインナーコーン外側の2箇所になるので、ダブルコーンシンクロと呼ばれます。
 ダブルコーンシンクロはギヤ側にコーンがないことで、インナーコーンとギヤの接触部の形状が、トリプルコーンシンクロと異なっています。
 トリプルコーンシンクロでは、一番外周のシンクロナイザーリングがクラッチスリーブで押され、その圧力がダブルコーンに加わります。さらにダブルコーンへの圧力がシンクロナイザーリングと一緒に回転するインナーコーンに加わり、そしてインナーコーンへの圧力がギヤのコーンに伝わります。
 それに対してダブルコーンシンクロでは、インナーコーンとギヤのコーン部の接触がありません。そのためダブルコーンからの圧力を受けたインナーコーンは、ギヤと接触している平面部でその圧力を受けます。この平面接触部はコーンではなく、オイルもあるため、摩擦力の発生にはほとんど寄与しません。

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 ダブルコーン用のインナーコーン。内側がコーンではなく、またギヤ側と平面接触するため、形状がトリプルタイプと変わっている。

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 ギヤにはコーン部がなく、ダブルコーン用の穴だけがある。インナーコーン接触部は平面に仕上げられている。

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 インナーコーンを置く。コーンがないため、この段階では位置決めされない。

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 ダブルコーンを置く。ギヤにトルクを伝えるのはダブルコーンだけである。

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 リングをはめる。リングはインナーコーンと噛み合う。


 ダブルコーンシンクロはギヤのコーンがないため、ギヤ側に摩擦力でトルクを伝えるのはダブルコーンの噛合部だけです。そのダブルコーンの外面にシンクロナイザーリング、そして内側にインナーコーンが接触し、クラッチハブとギヤの間で摩擦力を発生させます。ギヤ側にコーン部がないため、シングルコーン、トリプルコーンタイプとは、ギヤの見た目がかなり違います。

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 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


■ カーボンシンクロ

 1速と2速のトリプルコーンシンクロと、6速のシングルコーンシンクロは、より同期能力を高めるために、カーボンが使用されています。シンクロナイザーの構成部品のうち、真鍮系の材料が使われているシンクロナイザーリング、インナーコーンの摩擦接触面に、カーボンのコーティング(あるいはカーボン材の貼り付け?)が施されています。
 いろいろな解説などで、カーボンを使用するほうが高性能になるという記述は見るのですが、その技術的背景はよくわかりませんでした。カーボンを使うことで耐久性は向上するようなのですが、摩擦係数がどうなるのかといった詳細は不明です。
 このミッションは、1速と2速がカーボントリプルコーン、3速と4速が非カーボントリプルコーンになっており、同じトリプルコーン構成でカーボンタイプと非カーボンタイプになっています。6速はシングルコーンですがカーボンタイプです。ここでは、カーボンタイプと非カーボンタイプの表面形状を示しておきます。

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 内周がカーボンコートされたシンクロナイザーリング(トリプルコーン用)。

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 外周のみがカーボンコートされたインナーコーン。


 話はちょっと変わりますが、NDロードスターの低速ギヤのシフト操作が渋いという話題があります。特に話題になるのが2速で、まともにシフトダウンできないといった事例があるようです。自分の場合は冬場に購入したのですが、低温時は1速と2速へのシフトダウンは、ダブルクラッチで回転を合わせないと入りませんでした。オイルが暖まるとだいぶましになりますが、それでも馴染むまでにかなり時間がかかりました。数千キロ走行し、ミッションオイルを1回交換したあたりで調子がよくなり、2速には普通にシフトダウンでき、1速もまぁ許容範囲というところです。
 このあたりは、もしかするとカーボンシンクロが馴染むといったことが関係しているのかもしれません。

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 今回で、前進ギヤに関するシンクロの解説は終わりです。次回は後退ギヤ用のシンクロについて説明します。



posted by masa at 14:00| 自動車整備

2020年10月19日

ミッションをばらす その17 −− シンクロの動作

 前回はシンクロ機構の基本的な部品の動作を説明しました。今回は実際のシフト時に、シンクロメッシュ機構がどのように機能し、円滑なシフトが行われるかを説明します。


■ シンクロの動作

 実際のギヤシフト操作の際に、ミッション内部の要素がどのように動き、何が起こるかを順に見ていきます。前回、スリーブの移動でシンクロナイザーキーとリングがどのように動くかという説明をしましたが、あれがシングルコーンシンクロメッシュ機構の要となる部分です。説明が重なる部分もありますが、実際のシフト操作における各部の動きを順に見ていきます。
 走行中にクラッチを切った状態でシフトレバーを操作してギヤチェンジを行います。これは適当なギヤからニュートラルにする操作、そしてニュートラルから目的のギヤに入れる操作となります。クラッチを切っていれば、ギヤをニュートラルにするのは簡単です。スリーブやクラッチ部に力はかかっていないので、スリーブは簡単に動きます。
 シンクロ機構が必要になるのは、ニュートラルから目的のギヤに入れる時です。ロッドを介してシフトフォークが動き、そしてクラッチハブ上のクラッチスリーブが目的のギヤ側に移動し始めると、シンクロ機構は次のように働きます。クラッチハブは前後に2種類の変速ギヤがありますが、図版は片側のみ示しています。説明はシングルコーンタイプについてのものなので、実機では6速ギヤの動作となります。つまりギヤと噛み合うといってもメインドライブシャフトとの直結です。


0. 力がかかっていない状態(ニュートラル)

 スリーブに力がかからず、中立位置にある状態では、シンクロナイザーキーも中央の位置にあり、スリーブ内側の凹部にはまっています。この位置で、キーはシンクロナイザーリングの切り欠き部にかかっており、ハブの回転をリングに伝えますが、リングをギヤ側に押し付ける力はかかっていません。リングの取り付けは前後方向の隙間があるため、リングはギヤに押し付けられておらず、コーン部は接触しているかもしれませんが、ギヤとの間で摩擦力は発生していません。そのため、ハブ側とギヤ側は、異なる速度で抵抗なく回転しています。

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 スリーブが中立位置。リングには圧力はかかっておらず、ギヤとリング/スリーブは異なる速度で、摩擦なく回転している。

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 実際の5-6速の中立位置。


1. スリーブを動かす

 スリーブ外周部に刻まれた溝にはまったシフトフォークが動くことで、スリーブが目的のギヤ側に移動します。スリーブの内側の凹部がシンクロナイザーキーの凸部と噛み合っているので、スリーブの動きに応じてキーもギヤ側に移動します。これによりキー先端がシンクロナイザーリングの切り欠き部に接触し、リングを押します。結果的に、スリーブを動かす力はキーを介してシンクロナイザーリングにも伝わります。


2. シンクロナイザーリングがギヤ側コーンに接触

 シンクロナイザーリングがキーで押されると、リングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触します。これにより、リングとキーはこれ以上、ギヤ側に動けなくなります。またキーによりリングに圧力がかかっているので、リングとギヤの間のコーン部で摩擦力が発生します。シンクロナイザーリングはハブに対してスプラインの半歯分だけずれるように回転できるので、ハブとギヤの速度差に応じてリングがどちらかの方向に引きずられ、位置がずれます。
 この時点で、ギヤとリングの間で摩擦力が発生していますが、まださほど大きな力ではありません。しかしこの小さな摩擦力により、ギヤ側の速度がハブ側の速度に近づき始めます。

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 キーによりリングがギヤ側コーンに接触。リングがギヤに引きずられ、スプラインの位相がずれる。


3. スリーブをさらに動かし、キーがはずれる

 さらにスリーブをギヤ側にスライドさせます。キーを介してリングにかかる力が増えますが、キーはこれ以上動けません。スリーブを動かす力がシンクロナイザーキースプリングによる圧力を超えると、キーの突起とスリーブ内側の噛み合いがはずれ、キーが内側に押し込まれ、スリーブだけがさらにギヤ側に移動します。


4. シンクロナイザーリングとスリーブが接触

 シンクロナイザーリングは速度差のあるギヤに接触しているので、位置が速度差方向にずれています。そのためリングのスプラインの位相もハブ側とはずれてます。スリーブがリングに接触する位置まで動いてきても、スプラインがずれているため、リングのスプラインと噛み合うことができません。代わりにスリーブ内側のスプラインのチャンファ部とリングのチャンファ部が接触します。そのためスリーブを押す力は接触したチャンファ部を介してリングに伝わります。この力はチャンファ接触部の斜面により、リングをより強い力でギヤ側のコーンに押し付けるという力と、リングのズレを元に戻すという方向に作用します。

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 スリーブとキーの噛み合いがはずれ、リングとスリーブのチャンファが接触する。スリーブを押す力は接触しているチャンファ部の斜面により、リングを押す力とずらす力となる。

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 スリーブの移動の様子。リングがスリーブの下に隠れるが、内部ではまだ噛み合っていない。もちろん6速のクラッチ部にスリーブは達していない。


5. 回転が同期

 通常の運転では、この操作はクラッチが切れている状態で行われるので、車速に応じて回転しているハブ側と、クラッチが切れ、自由に回転できるギヤ側との間でこの摩擦力が発生します。
 速度差が大きい時は、ギヤとの摩擦によりリングをずらす力も大きいため、常識的な力で操作している限り、スリーブがリングの位相ズレを戻してギヤ側スプラインとの噛み合いに進むことはできません。そのためスリーブを押す圧力は、おもにリングをギヤ側に押し付ける圧力を高めることになり、ギヤとの摩擦力がさらに増えます。これによりギヤの回転速度は、ハブの回転と等しくなるようにすみやかに増速あるいは減速し、回転速度差が小さくなっていきます。


6. スリーブとシンクロナイザーリングの噛み合い

 速度調整が進み、リングとギヤの速度差がほとんどなくなると、シンクロナイザーリングをずらすように働く力も小さくなります。これによりスリーブを押す力でスリーブのチャンファ部がシンクロナイザーリングのチャンファ部を押してずらし、切り欠き部のキーが中央位置に戻ります。そしてスリーブとシンクロナイザーリングのスプラインの位相が揃い、スリーブが進んでリングのスプラインと噛み合います。

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 ギヤとリングの速度差がなくなると、リングをずらすトルクがなくなり、スリーブのスプラインがリングのスプライン部にまで進む。


7. スリーブとギヤ側スプラインの噛み合い

 スリーブのチャンファ部は次にギヤ側のスプラインのチャンファ部に当たります。この時点ではギヤとハブの回転速度はほぼ揃っており、ギヤ鳴りすることなく、スリーブとギヤ側のチャンファ部が接触します。そして回転速度差方向に発生するトルクはわずかなので、スリーブが進行し、チャンファによってスプラインの位相が揃い、スリーブはギヤ側のスプラインに完全に噛み合います。

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 スリーブのスプラインがギヤ側のスプライン部に進む。スリーブとギヤ側スプラインのチャンファにより、スプラインの位相が揃い、スリーブがギヤ側と噛み合う。

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 スリーブが端まで移動し、6速のクラッチ部と噛み合った状態。

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 もっとも基本となるシングルコーンシンクロはこのように動作し、円滑なシフト動作を実現します。


■ 摩擦とトルク

 リングとギヤのコーン部の接触による摩擦力でギヤ側の速度がリングの速度に近づくこと、そしてギヤとシンクロナイザーリングに速度差があると、リングがギヤ側に引きずられてずれ、スリーブが進めないというのは、感覚的にはわかりますが、もう少し詳しく説明します。
 ギヤとリングのコーン部の接触による摩擦力は、接触面の滑り方向に発生します。接触面は円錐状のコーンの回転なので、この力は、リングから見ればギヤを回転させる力、すなわちトルク(回転運動において力に相当するもの)となります。通常の走行中に速度差を調整している間は、ギヤ側がリングの速度に近づくように加減速されることになります。
 それなりの質量のあるミッション入力系(メインドライブシャフト、カウンターシャフト、各段のギヤ)の慣性モーメント(回転運動における重さのようなもの、回りにくさ)に対し、このトルクが作用すると、回転速度を変化させる角加速度(回転速度の変化の割合)が発生します。角加速度はトルクに比例し、慣性モーメントに反比例します。そして角加速度が大きいほど、角速度(回転速度)の変化が短時間で進みます。
 慣性モーメントは一定なので、このトルクが大きいほど、つまりコーン部の摩擦力が大きいほど角加速度が大きくなり、速度変化が速くなるため、速度の同期が短時間で完了します。
 一方、作用と反作用により、このリングがギヤを加減速するトルクは、ギヤから見ればリングを回転させようとするトルクとなります。つまりギヤ側を加減速するトルクと同じトルク(回転方向は逆)で、リングをハブの中立位置からずらずように作用します。スリーブがリングを押す圧力が強まれば、このずらすように働くトルクも大きくなるため、スリーブによるリングを中立位置戻す力に対抗し、スリーブの進行を抑止します。そのためシフトレバーに強い力を加えると、結果的にその力はリングを強くギヤに押し付ける圧力となり、同期作用を早めるために作用します。

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 リングがギヤを駆動するトルクと、その反作用のトルク。


 リングとギヤの速度が等しくなれば、ギヤの速度変化はなくなります。角速度の変化がないというのは、角加速度がゼロということです。これはギヤとリングの間に作用するトルクもないということになります。つまりリングをずらす力がなくなり、これによりスリーブが進行できるのです。
 速度差がありリングとスリーブのチャンファ部が接触している場合、トルクが大きいのでスリーブは進むことができませんが、あくまでも斜面の接触なので、とても大きな力を加えれば進めることは可能です。この時、コーンとギヤの摩擦も大きくなるので、速度の同期も速やかに行われます。そのため、ギヤがは入りにくい状態でも、強い力で押せばシフトできるのです。
 さらに大きな力を短時間で加えた場合は、速度が同期する前に、リングの位相を無理やり揃えてスリーブが進むことも不可能ではありません。この場合はギヤ鳴りが発生したり、それによる反発を強い力で押さえ込み、無理やり噛み合いに進むことになります。このような操作を行うと、シンクロナイザーリング、スリーブやギヤ側のチャンファ、その他の部品の損耗が急激に進んだり、破損に至ります。そこまで極端でなくても、強い力でのシフトを多用すると、これらの部品の損耗が早くなります。
 シンクロナイザーリングの摩耗などが進むと、力づくののシフトに近い状況が起こりえます。古くなったミッションのシフトが渋いとかギヤ鳴りがするといった症状は、おもにシンクロの能力の低下によるものです。リングとギヤは材質が異なるので、摩耗はおもにリング側で発生します。コーン部が摩耗すると、油切れが悪くなる、圧力がかかりにくくなるなどの理由で摩擦力が低下したり、あるいは摩擦力が発生するまでのタイムラグが増えるなどの問題が起こります。また摩耗の度合いによっては、スリーブの進行の抑止に支障をきたす場合もあります。
 またシンクロが劣化し、ギヤシフトに支障が発生することで、ギヤやスリーブのチャンファの変形などを引き起こし、さらにミッションが劣化していきます。


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 以上がシフト時のシングルコーンシンクロによる同期作用です。内部では摩擦力によって重い入力系の速度調節が行われるので、速度差の大きいシフトダウンでは、シフトに時間がかかったり、強い力が必要になります。次回 はそういった問題を改善するための、シンクロの同期能力の向上について説明します。シングルコーンタイプとは異なるダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプなどを使うことで、シンクロの能力を高めることができます。

posted by masa at 10:04| 自動車整備