2020年10月17日

ミッションをばらす その15 −− シンクロの基礎知識


 前回は、シフトアップ/シフトダウンの操作における、ミッション内部の要素の速度の関係を説明しました。そして特にシフトダウンの際の、回転速度を合わせるための明示的な操作の必要性を示しました。こういった複雑な操作を行わず、簡単にシフトできるように、現在のトランスミッションにはシンクロメッシュ機構が組み込まれています。シンクロはシフト操作時に、摩擦力を利用してスリーブとギヤ側の回転速度を合わせ、噛み合い操作を円滑化します。また回転が一致するまでスリーブの移動を抑止し、ギヤ鳴りを防ぎます。
 今回は、こういった機能を実現するためのシンクロメッシュ機構の構造を解説します。


■ シンクロメッシュ機構

 通常の運転操作でのミッションの変速は、出力側のメインシャフトと、入力側の各速のギヤの速度が異なる状態で行われます。古いトランスミッションでは、この噛み合わせを円滑に行うために、タイミングをあわせたりダブルクラッチ操作が必要でした。しかし現代のトランスミッションは、このような操作の必要性を大幅に減らしています。
 どのようにすれば噛合操作を滑らかに行えるのでしょうか?
 スリーブが移動してハブとギヤが円滑に結合するためには、前に説明したように、この2つの回転速度が揃っている必要があります。速度の差が大きいとと、スリーブを動かしてもギヤ側のスプラインの歯に弾かれてしまい、噛み合いません。この問題を解決するために、マニュアルミッションには、シフト操作時にギヤとハブの回転速度を合わせるための機構が組み込まれています。これがシンクロメッシュ機構、略してシンクロと呼ばれるものです。
 一般的な乗用車では、キー式シンクロメッシュ機構が使われています。これはボルグワーナー式とも呼ばれます。
 シンクロの基本的な働きは、シフトレバーの操作でスリーブをスライドさせる際に、その移動の力を使ってハブとギヤの間で摩擦を発生させ、その摩擦力で速度を合わせるというものです。ギヤチェンジの際はクラッチが切れているはずなので、ギヤ側はフリーで回転あるいは停止しています。そのため比較的小さな力で加減速し、回転速度を調整することができます。速度を合わせれば、スリーブとギヤのスプラインが弾かれることなく、噛み合わせることができます。
 ネットの解説記事などでも、ここまでのことは書いてあります。しかしこれに付随する、シンクロのもう1つの重要な点は、あまり触れられていません。それは速度が同期するまでギヤがはいらない、つまりスリーブがギヤ側に移動しないようにするということです。
 前に触れたように、速度が合わない状態で噛み合わせようとすると互いに弾き合い、ギヤ鳴りというガリガリ音が発生し、ミッションを痛めます。速度が同期してから噛み合うことで、ギヤ鳴りを起こさず、滑らかに結合することができます。シンクロは、同期する前に噛み合い操作に進まないようにすることで、ギヤ鳴りを防いでいます。
 おもにシフトダウンの際に、シフトレバーを押してもギヤが入らず、さらに力を入れると、あるいはちょっと待っているとギヤがはいるという状況があります。このような経験は、MT車を運転したことのある人なら誰でもあるでしょう。これはスリーブとギヤの速度が合っていない間、シンクロ機構がスリーブの移動を押さえ、噛み合い状態に進むことを抑止しているのです。そして力を入れるなり時間が経つなりしてギヤとの速度が揃うと、スリーブが移動できるようになり、ギヤが噛み合います。運転者から見ると、ギヤ位置に入らなかったシフトレバーが、ある時点でスコッとはいるという状態です。
 ギヤとハブの速度を合わせるということと、速度が合うまで噛み合わせないということは、同じことを言っているように思えますが、シンクロの働きという面で見ると、異なる要素であることがわかります。


■ シンクロメッシュ機構の種類

 実際のシンクロ機構について説明します。
 キー式シンクロには、シングルコーンタイプ、ダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプといった構造の違いがあります。NDのミッションでは、6速と後退がシングルコーンタイプ、5速がダブルコーンタイプ、1速から4速がトリプルコーンタイプです。また摩擦発生部が金属のままのものとカーボンコートされたものがあり、1速、2速、6速がカーボンコートタイプ、残りは金属接触タイプです。

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 使用されているシンクロのタイプ。


 シンクロメッシュ機構の構造としては、シングルコーンタイプがもっとも基本的なもので、ダブルコーン、トリプルコーンタイプは速度同期の能力を強化したものとなります。
 シンクロの基本構造については、まず基本的なシングルコーンタイプで説明します。NDでは6速と後退がシングルコーンですが、後退はちょっと特殊な構造になっているので後回しにし、ここでは6速ギヤで解説します。6速は直結段なので、ほかの段と異なり、その速度のためのギヤはなく、メインドライブシャフトと直接噛み合うという形になります。


■ シンクロナイザーリングとギヤ

 シンクロの主要な働きは、メインシャフトと共に回転するスリーブ/ハブと、クラッチディスクからの入力系であるギヤのクラッチ部の間で摩擦力を作用させ、回転速度差を無くすことです。
 クラッチハブ側には、ギヤ側(6速の場合はメインドライブシャフト)との間で摩擦を発生させるシンクロナイザーリングという部品が取り付けられています。シンクロナイザーリングは、ハブといっしょに回転します。そしてこのリングを異なる速度で回転するギヤあるいはメインドライブシャフトのクラッチ部に押し付け、摩擦接触させます。この接触面はテーパー状(コーン型)になっており、斜面の働きにより、押し付けられた力に対し、より大きな力で相互が接触するようになっています。この摩擦力により、異なる速度で回転(あるいは停止)しているギヤとハブの回転速度が近づきます。このシンクロナイザーリングの働きがシンクロ機構の中核要素です。

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 ギヤ側のコーンとシンクロナイザーリングの接触。

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 実際の6速ギヤ(直結なのでギヤはない)側のコーン部と、シンクロナイザーリング側のコーン部。

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 組み合わさった状態。


 自動車の走行中にギヤを切り替える際は、メインシャフトに取り付けられたクラッチハブは、車両の走行速度に応じた回転速度です。一方、メインドライブシャフトからカウンターシャフト、各段のギヤなどの入力側は、ニュートラルでクラッチが切られてる間は自由に回転できる状態です。したがってシンクロ機構は、車速に応じたハブの速度に、目的の段のギヤの速度を合わせる、つまりギヤの回転速度を上げるか下げるかという形で働きます。前回説明したようにシフトアップの際は、出力側の速度と自然に一致する方向に入力側の速度が低下するので、シンクロによる速度調整はごく僅かな速度差に対して行われます。一方シフトダウンでは、放っておくと低下してしまう入力側の速度を大幅に高めるという操作になります。
 ハブと共に回転するシンクロナイザーリングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触することで、この部分の摩擦力に引きずられる形で、ギヤの速度がハブの速度に近づくように加減速されます。
 摩擦力を発生するのはギやとシンクロナイザーリングで、ギヤは強度、硬度の高い鋼鉄製です。それに対してシンクロナイザーリングは真鍮やリン青銅などの合金で、鉄よりは柔らかい材料です。ミッションを長期間使うと、摩擦により、おもにシンクロナイザーリングが摩耗していきます。摩耗が進むと部品のガタが大きくなり、また摩擦効果も低下していくので、徐々にシンクロの能力が低下し、ギヤが入りにくい、ギヤ鳴りといった症状が発生します。調子の悪くなったミッションのオーバーホールにおいて、シンクロナイザーリングの交換はほぼお約束の作業です。
 シンクロの能力を高めるために、リングの摩擦接触面をカーボンコートするという方法もあります。6速用リングの内側が黒くなっているのは、このカーボンコートによるものです。

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 6速(左側、カーボンコート)と後退(右側、コートなし)のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリング。コーン側から見たところと、ハブ側から見たところ。

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 シングルコーンタイプのメインドライブシャフト側のクラッチスプライン部。6速はメインドライブシャフト直結なので、ギヤ部はない(背後のギヤはメインドライブギヤ)。

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 クラッチハブ(左)とクラッチスリーブ(中央)、シンクロナイザーリング(右)。

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 ギヤ側のコーン部にシンクロナイザーリングが接触する。

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 スリーブでハブと6速が結合した状態。この状態では、リングはスリーブの中に完全に隠れる。スリーブの反対側に、5速用の部品やシンクロナイザーキーが見える。


■ コーンの接触による摩擦力

 2つの物体の間の摩擦力は、押し付ける力と2つの物体の間の摩擦係数に比例します。したがってこれら2つのパラメータを大きくすることで、摩擦力を大きくでくます。
 シンクロの接触面は平面や円筒面ではなく、円錐形の一部を切り出したような形です。このような形状をテーパーやコーンと呼びます。これは基本的には、斜面を利用したもので、その働きはクサビに近いものです。

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 斜面による圧力の増大。


 図で示したように2つの物体が斜面で接触している場合、一方の物体を他方に押し付ける向きで力をかけると、接触している斜面に、押している力以上の力をかけることができます。このような増力効果は、斜面の角度が小さいほど大きくなり、具体的な倍率おおよそ斜面の角度の正接(tan)の逆数となります。例えば斜面の角度が15度なら、接触面の間に発生する直交方向の圧力は約4倍になります。
 シンクロナイザーとギヤは回転体なので、この斜面は円錐面、つまりコーン状の形になります。ギヤ側は円錐の外側の面、リングは円錐の内側の面が接触する形になります。接触面をコーン状にすることで、ギヤのコーン部とシンクロナイザーリングの間の押し付け圧力を、レバー操作の力よりも高めることができます。
 摩擦力は、接触面にかかる力と摩擦係数をかけた値で決まり、コーン形状は力を大きくするものです。もうひとつの要素である摩擦係数も大きくする必要があります。ところで摩擦と言っても、ミッション内部はギヤオイルで潤滑されており、ギヤのコーン部もシンクロナイザーリングも金属です。こんな状況で、ちゃんと摩擦力が発生するのでしょうか?
 シンクロナイザーリングのコーン接触面は、金属のままのものと、カーボン材を使ったものがあります。金属のものの接触面を見ると、円周状に細かい溝が刻まれており、そしてところどころで溝が切れているのがわかります。このような形状により、接触面に圧力がかかった時、接触部分に溜まったオイルが速やかに排出され、油切れがよくなるのです。カーボンのものも、形状は異なりますが、油切れを考慮しています。カーボン材料を使うのは、耐久性が優れていることなどがあるようです。
 分解したミッションを実際に手で動かしてみるとわかりますが、油がついたシンクロであっても、手で押さえるとおどろくほどの摩擦力が発生することがわかります。

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 金属の接触面(後退用シングルコーンシンクロナイザーリング)。

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 カーボンコートされた接触面(6速用シングルコーンシンクロナイザーリング)。



 コーンを手で押さえることで、摩擦力の変化がわかる。


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 今回はコーンの接触による摩擦の話で終わってしまいました。次回は実際のシンクロ機構の構造を解説します。

posted by masa at 13:19| 自動車整備