■ クラッチハブ、スリーブ、リング、キー
実際にシンクロ機構の構造の詳細を見ていきましょう。シンクロナイザーリングをギヤ側のコーン部に押し付けることで摩擦力が発生する訳ですが、この押し付け圧力を発生させる仕組みはクラッチハブとスリーブに組み込まれています。
まずはクラッチハブです。ハブはメインシャフトに固定されており、外周部に取り付けられたスリーブを介して、各速のギヤのクラッチ部と噛み合い、回転を伝達します。
ハブ外周部はスリーブと噛み合うスプラインになっていますが、3箇所は溝になっており、ここにシンクロナイザーキーという部品がはめ込まれます。
キーというのは機械要素の1つで、一般に回転軸に歯車やプーリーなどを取り付ける際に、回転がスリップしないように使われるものです。軸と歯車類の軸穴に溝を加工し、取り付け時にこの溝部分にキーという金属部品をはめます。キーは軸と歯車などの両方に噛み合うため、軸と歯車などが滑らずに回転します。キーは、1列だけのスプラインのようなものとも言えます。基本的にキーは回転するのを防ぐもので、部品を固定する機能は持ちません。用途によっては、軸上を歯車などがスライドできる構造にする場合もあります。固定するのであれば、別途ナットなどを使います。
機械要素としてのキー。
シンクロナイザーリングはクラッチハブと共に回転しますが、この連携はシンクロナイザーキーというちょっと特殊なキー部品で行われます。シンクロナイザーキーは、ハブとリングの両方に噛み合うことで、これらの間で回転を伝えます。それに加えていくつかの働きがあります。
ハブの内側に切れた輪っかのような形のシンクロナイザーキースプリングがセットされています。これはハブに取り付けられた状態では、外側に膨らむ形の力が発生します。このスプリングはハブのキー溝部分でシンクロナイザーキーと接触し、キーに外側に向けた圧力をかけます。キーはハブ表面からちょっと飛び出していますが、これはスプリングによって支えられているので、力をかければ押し込むことができます。またハブのキー溝周辺にはキーの前後方向への動きを拘束する要素はなく、キーは前後にスライドすることができます(もちろん、動きはある程度の範囲に制限されます)。
ハブの溝部。
シンクロナイザーキー。
溝部にはめられたシンクロナイザーキー。
ハブとシンクロナイザーキースプリング。
ハブの内側のシンクロナイザーキースプリング。
クラッチハブの外側に、スプラインによって前後に移動できるクラッチスリーブが取り付けられます。シンクロナイザーキーはハブとスリーブの間に挟まれる形になります。
キーの外側には突起があり、スリーブ内面にはそれがはまる凹みがあります。そのためハブにスリーブをはめる時は、キーの位置にこの凹みの部分を合わせます。キーはスプリングで外側に押されているので、キー外側の突起はスリーブ内面の凹みにはまります。これにより、スリーブが前後するとキーも一緒に前後します。ただし突起の部分は縁が斜めになっているので、キーが動けない状態でさらにスリーブを動かすと、キースプリングの力に打ち勝ってキーが押し込まれて突起が外れ、スリーブだけ移動できます。
スリーブ内面の凹部。
シンクロナイザーキーはスリーブ内側でこのように凹部にはまる。
凹部とのはめ込みが外れた状態。突起の噛み合いが外れているので、ちょっと浮いている。
ハブにキーをはめる。
スプリングがキー裏側の段差部分に引っかかっている。
スリーブとキーの噛み合いが外れた状態では、キーの内側面がスプリングを押している。
クラッチハブとギヤの間にシンクロナイザーリングが挟まれるように置かれます。シンクロナイザーリングの外周には、ハブやギヤのクラッチ部と同じように、クラッチスリーブに噛み合うスプラインがあります。スリーブに向く側は斜め45度の山形になっています。またスリーブのスプラインの末端も同じように45度に整形されています。このような面取り部分をチャンファといいます。
スリーブのチャンファ加工。
シンクロナイザーリングのチャンファ加工。四角い切り欠き部にキーがはまる。
シンクロナイザーリングのハブにはまる部分には3ヶ所の切り欠きがあります。ハブに取り付けられたシンクロナイザーキーの内側部分は、ハブ内側にちょっと飛び出しており、この部分がリングの切り欠き部にはまります。これによりシンクロナイザーリングは回転に関してハブに拘束され、ハブと一緒に回転します。一方、ギヤのコーン部との間には特に拘束する要素はなく、互いにコーン面で接触するだけです。摩擦が発生するのはシフト操作によりリングをギヤ側に押し付けた時だけで、それ以外の時は隙間があります。この状態では、オイルで潤滑されていることもあり摩擦力はほとんど発生せず、そのためギヤはハブに対してほぼ無抵抗で回転できます。
リングはキーによりハブと連携して回転しますが、ここにちょっと工夫があります。リングの切り欠き部分の幅は、キーの幅はより少し広くなっています。この差の分だけ、リングはハブに対してちょっとずれるように回転することができます。この回転量は図に示すように、スプラインの歯の半分ほどになります。
キーとリングの噛合部。ハブ側の切り欠き部はキーの幅より広い。
リングの切り欠き部とキーの幅の関係。
実際のリングのズレとスプラインの位相の関係。
リングはハブに対してわずかに回転でき、それによりハブとリングのスプラインの位相が変化します。リングが移動範囲の中心にある時、ハブとリングのスプラインの位置が揃います。この時クラッチスリーブは、リングのスプライン部に進み、噛み合うことができます(図の左側)。リングが中央からずれている時は、スリーブとリングのチャンファ部が接触します(図の右側)。リングが自由に動ける状態なら、チャンファの斜面によりリングが中央位置までずれ、スリーブがさらに進んで噛み合うことができます。もしリングがずれた位置から動けない場合、スリーブはリングの位置まで進むことはできず、スリーブを押す力がチャンファを介してリングに伝わります。
スリーブの移動とチャンファの位置関係。
■ スリーブの移動
シンクロナイザーは、クラッチスリーブの動きにより、効果を発揮します。具体的にはスリーブがシンクロナイザーリングを押すという動きです。それを見ていきます。
クラッチスリーブがハブ上の中立位置にある時、リングには何も力はかかっていません。キーとスリーブは凹凸部がはまっており、キーも中立位置にあります。リングはキーによりハブと共に回転し、そしてギヤ側は異なる速度で回転しています。コーン部は接触しているかもしれませんが、圧力はかかっていないので摩擦力を発生しません。
シフト操作によりスリーブがギヤ側に移動すると、キーもいっしょに移動します。するとキーの先端がリングをギヤ側に押します。これによりリングとギヤのコーン部は、軽い圧力で接触します。リングとギヤのコーン部が接触し、リングがそれ以上進めなくなると、キーの突起とスリーブの凹部の噛み合いがはずれ、スリーブだけが移動します。
スリーブの移動と、キー、リングの位置関係。
さらに進んだスリーブはシンクロナイザーリングのチャンファ部に接触します。繰り返しになりますが、チャンファの斜面が接触すると、リングに力が何もかかっていなければ、リングがちょっとずれて、スリーブとリングのスプラインが噛み合い、スリーブはさらに進むことができます。リングがずれない場合は、斜めに接触したチャンファ部分を介して、スリーブを押す力がリングに加わります。
ギヤ側(6速はメインドライブシャフト)のスプラインも見てみます。ハブ側と同じ直径とピッチのスプラインが、スリーブと噛み合うことで、ギヤとハブの間で力が伝達されます。このスプラインのスリーブ側は、シンクロのスリーブと同じように、先端が斜めに整形(チャンファ)されています。これにより、スリーブと噛み合う時に位相がずれていても、この斜めの部分に誘導され、噛み合い部分が奥まで進むことができます。ただしこのチャンファ部の形状は対象な山形ではなく、ギヤごとに形状が異なります。
シングルコーンタイプのギヤ(ここでは6速)では、クラッチのスプラインのちょっと内側に、シンクロナイザーリングと接触するコーン部があります。
6速スプライン部。
スリーブがスライドし、シンクロナイザーリングのスプライン部まで進むと、次はスリーブのチャンファ部がギヤ側(6速なので直結)のスプラインまで進みます。ここもチャンファになっているので、相手が自由に動ける状態であれば、位相がずれていてもチャンファ部が位置のずれを直し、スリーブがギヤ側に噛み合うことができます。
ただしこれがうまく噛み合うためには、スリーブとギヤ側に速度差がほとんどないことが求められます。速度差があると、チャンファがちょっと当たった時点でスリーブ側が弾かれてしまい、噛合位置まで進めることができません。
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今回はシンクロメッシュ機構を構成するシンクロナイザーのハブ、スリーブ、リング、キーの働きと動きについて説明しました。次回はいよいよシンクロナイザーの実際の動作を説明します。