2020年10月19日

ミッションをばらす その17 −− シンクロの動作

 前回はシンクロ機構の基本的な部品の動作を説明しました。今回は実際のシフト時に、シンクロメッシュ機構がどのように機能し、円滑なシフトが行われるかを説明します。


■ シンクロの動作

 実際のギヤシフト操作の際に、ミッション内部の要素がどのように動き、何が起こるかを順に見ていきます。前回、スリーブの移動でシンクロナイザーキーとリングがどのように動くかという説明をしましたが、あれがシングルコーンシンクロメッシュ機構の要となる部分です。説明が重なる部分もありますが、実際のシフト操作における各部の動きを順に見ていきます。
 走行中にクラッチを切った状態でシフトレバーを操作してギヤチェンジを行います。これは適当なギヤからニュートラルにする操作、そしてニュートラルから目的のギヤに入れる操作となります。クラッチを切っていれば、ギヤをニュートラルにするのは簡単です。スリーブやクラッチ部に力はかかっていないので、スリーブは簡単に動きます。
 シンクロ機構が必要になるのは、ニュートラルから目的のギヤに入れる時です。ロッドを介してシフトフォークが動き、そしてクラッチハブ上のクラッチスリーブが目的のギヤ側に移動し始めると、シンクロ機構は次のように働きます。クラッチハブは前後に2種類の変速ギヤがありますが、図版は片側のみ示しています。説明はシングルコーンタイプについてのものなので、実機では6速ギヤの動作となります。つまりギヤと噛み合うといってもメインドライブシャフトとの直結です。


0. 力がかかっていない状態(ニュートラル)

 スリーブに力がかからず、中立位置にある状態では、シンクロナイザーキーも中央の位置にあり、スリーブ内側の凹部にはまっています。この位置で、キーはシンクロナイザーリングの切り欠き部にかかっており、ハブの回転をリングに伝えますが、リングをギヤ側に押し付ける力はかかっていません。リングの取り付けは前後方向の隙間があるため、リングはギヤに押し付けられておらず、コーン部は接触しているかもしれませんが、ギヤとの間で摩擦力は発生していません。そのため、ハブ側とギヤ側は、異なる速度で抵抗なく回転しています。

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 スリーブが中立位置。リングには圧力はかかっておらず、ギヤとリング/スリーブは異なる速度で、摩擦なく回転している。

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 実際の5-6速の中立位置。


1. スリーブを動かす

 スリーブ外周部に刻まれた溝にはまったシフトフォークが動くことで、スリーブが目的のギヤ側に移動します。スリーブの内側の凹部がシンクロナイザーキーの凸部と噛み合っているので、スリーブの動きに応じてキーもギヤ側に移動します。これによりキー先端がシンクロナイザーリングの切り欠き部に接触し、リングを押します。結果的に、スリーブを動かす力はキーを介してシンクロナイザーリングにも伝わります。


2. シンクロナイザーリングがギヤ側コーンに接触

 シンクロナイザーリングがキーで押されると、リングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触します。これにより、リングとキーはこれ以上、ギヤ側に動けなくなります。またキーによりリングに圧力がかかっているので、リングとギヤの間のコーン部で摩擦力が発生します。シンクロナイザーリングはハブに対してスプラインの半歯分だけずれるように回転できるので、ハブとギヤの速度差に応じてリングがどちらかの方向に引きずられ、位置がずれます。
 この時点で、ギヤとリングの間で摩擦力が発生していますが、まださほど大きな力ではありません。しかしこの小さな摩擦力により、ギヤ側の速度がハブ側の速度に近づき始めます。

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 キーによりリングがギヤ側コーンに接触。リングがギヤに引きずられ、スプラインの位相がずれる。


3. スリーブをさらに動かし、キーがはずれる

 さらにスリーブをギヤ側にスライドさせます。キーを介してリングにかかる力が増えますが、キーはこれ以上動けません。スリーブを動かす力がシンクロナイザーキースプリングによる圧力を超えると、キーの突起とスリーブ内側の噛み合いがはずれ、キーが内側に押し込まれ、スリーブだけがさらにギヤ側に移動します。


4. シンクロナイザーリングとスリーブが接触

 シンクロナイザーリングは速度差のあるギヤに接触しているので、位置が速度差方向にずれています。そのためリングのスプラインの位相もハブ側とはずれてます。スリーブがリングに接触する位置まで動いてきても、スプラインがずれているため、リングのスプラインと噛み合うことができません。代わりにスリーブ内側のスプラインのチャンファ部とリングのチャンファ部が接触します。そのためスリーブを押す力は接触したチャンファ部を介してリングに伝わります。この力はチャンファ接触部の斜面により、リングをより強い力でギヤ側のコーンに押し付けるという力と、リングのズレを元に戻すという方向に作用します。

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 スリーブとキーの噛み合いがはずれ、リングとスリーブのチャンファが接触する。スリーブを押す力は接触しているチャンファ部の斜面により、リングを押す力とずらす力となる。

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 スリーブの移動の様子。リングがスリーブの下に隠れるが、内部ではまだ噛み合っていない。もちろん6速のクラッチ部にスリーブは達していない。


5. 回転が同期

 通常の運転では、この操作はクラッチが切れている状態で行われるので、車速に応じて回転しているハブ側と、クラッチが切れ、自由に回転できるギヤ側との間でこの摩擦力が発生します。
 速度差が大きい時は、ギヤとの摩擦によりリングをずらす力も大きいため、常識的な力で操作している限り、スリーブがリングの位相ズレを戻してギヤ側スプラインとの噛み合いに進むことはできません。そのためスリーブを押す圧力は、おもにリングをギヤ側に押し付ける圧力を高めることになり、ギヤとの摩擦力がさらに増えます。これによりギヤの回転速度は、ハブの回転と等しくなるようにすみやかに増速あるいは減速し、回転速度差が小さくなっていきます。


6. スリーブとシンクロナイザーリングの噛み合い

 速度調整が進み、リングとギヤの速度差がほとんどなくなると、シンクロナイザーリングをずらすように働く力も小さくなります。これによりスリーブを押す力でスリーブのチャンファ部がシンクロナイザーリングのチャンファ部を押してずらし、切り欠き部のキーが中央位置に戻ります。そしてスリーブとシンクロナイザーリングのスプラインの位相が揃い、スリーブが進んでリングのスプラインと噛み合います。

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 ギヤとリングの速度差がなくなると、リングをずらすトルクがなくなり、スリーブのスプラインがリングのスプライン部にまで進む。


7. スリーブとギヤ側スプラインの噛み合い

 スリーブのチャンファ部は次にギヤ側のスプラインのチャンファ部に当たります。この時点ではギヤとハブの回転速度はほぼ揃っており、ギヤ鳴りすることなく、スリーブとギヤ側のチャンファ部が接触します。そして回転速度差方向に発生するトルクはわずかなので、スリーブが進行し、チャンファによってスプラインの位相が揃い、スリーブはギヤ側のスプラインに完全に噛み合います。

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 スリーブのスプラインがギヤ側のスプライン部に進む。スリーブとギヤ側スプラインのチャンファにより、スプラインの位相が揃い、スリーブがギヤ側と噛み合う。

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 スリーブが端まで移動し、6速のクラッチ部と噛み合った状態。

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 もっとも基本となるシングルコーンシンクロはこのように動作し、円滑なシフト動作を実現します。


■ 摩擦とトルク

 リングとギヤのコーン部の接触による摩擦力でギヤ側の速度がリングの速度に近づくこと、そしてギヤとシンクロナイザーリングに速度差があると、リングがギヤ側に引きずられてずれ、スリーブが進めないというのは、感覚的にはわかりますが、もう少し詳しく説明します。
 ギヤとリングのコーン部の接触による摩擦力は、接触面の滑り方向に発生します。接触面は円錐状のコーンの回転なので、この力は、リングから見ればギヤを回転させる力、すなわちトルク(回転運動において力に相当するもの)となります。通常の走行中に速度差を調整している間は、ギヤ側がリングの速度に近づくように加減速されることになります。
 それなりの質量のあるミッション入力系(メインドライブシャフト、カウンターシャフト、各段のギヤ)の慣性モーメント(回転運動における重さのようなもの、回りにくさ)に対し、このトルクが作用すると、回転速度を変化させる角加速度(回転速度の変化の割合)が発生します。角加速度はトルクに比例し、慣性モーメントに反比例します。そして角加速度が大きいほど、角速度(回転速度)の変化が短時間で進みます。
 慣性モーメントは一定なので、このトルクが大きいほど、つまりコーン部の摩擦力が大きいほど角加速度が大きくなり、速度変化が速くなるため、速度の同期が短時間で完了します。
 一方、作用と反作用により、このリングがギヤを加減速するトルクは、ギヤから見ればリングを回転させようとするトルクとなります。つまりギヤ側を加減速するトルクと同じトルク(回転方向は逆)で、リングをハブの中立位置からずらずように作用します。スリーブがリングを押す圧力が強まれば、このずらすように働くトルクも大きくなるため、スリーブによるリングを中立位置戻す力に対抗し、スリーブの進行を抑止します。そのためシフトレバーに強い力を加えると、結果的にその力はリングを強くギヤに押し付ける圧力となり、同期作用を早めるために作用します。

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 リングがギヤを駆動するトルクと、その反作用のトルク。


 リングとギヤの速度が等しくなれば、ギヤの速度変化はなくなります。角速度の変化がないというのは、角加速度がゼロということです。これはギヤとリングの間に作用するトルクもないということになります。つまりリングをずらす力がなくなり、これによりスリーブが進行できるのです。
 速度差がありリングとスリーブのチャンファ部が接触している場合、トルクが大きいのでスリーブは進むことができませんが、あくまでも斜面の接触なので、とても大きな力を加えれば進めることは可能です。この時、コーンとギヤの摩擦も大きくなるので、速度の同期も速やかに行われます。そのため、ギヤがは入りにくい状態でも、強い力で押せばシフトできるのです。
 さらに大きな力を短時間で加えた場合は、速度が同期する前に、リングの位相を無理やり揃えてスリーブが進むことも不可能ではありません。この場合はギヤ鳴りが発生したり、それによる反発を強い力で押さえ込み、無理やり噛み合いに進むことになります。このような操作を行うと、シンクロナイザーリング、スリーブやギヤ側のチャンファ、その他の部品の損耗が急激に進んだり、破損に至ります。そこまで極端でなくても、強い力でのシフトを多用すると、これらの部品の損耗が早くなります。
 シンクロナイザーリングの摩耗などが進むと、力づくののシフトに近い状況が起こりえます。古くなったミッションのシフトが渋いとかギヤ鳴りがするといった症状は、おもにシンクロの能力の低下によるものです。リングとギヤは材質が異なるので、摩耗はおもにリング側で発生します。コーン部が摩耗すると、油切れが悪くなる、圧力がかかりにくくなるなどの理由で摩擦力が低下したり、あるいは摩擦力が発生するまでのタイムラグが増えるなどの問題が起こります。また摩耗の度合いによっては、スリーブの進行の抑止に支障をきたす場合もあります。
 またシンクロが劣化し、ギヤシフトに支障が発生することで、ギヤやスリーブのチャンファの変形などを引き起こし、さらにミッションが劣化していきます。


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 以上がシフト時のシングルコーンシンクロによる同期作用です。内部では摩擦力によって重い入力系の速度調節が行われるので、速度差の大きいシフトダウンでは、シフトに時間がかかったり、強い力が必要になります。次回 はそういった問題を改善するための、シンクロの同期能力の向上について説明します。シングルコーンタイプとは異なるダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプなどを使うことで、シンクロの能力を高めることができます。

posted by masa at 10:04| 自動車整備