2020年10月21日

ミッションをばらす その18 −− 同期能力の向上

 前回は、シンクロの基本的な動作を解説しました。今回はシンクロの能力を高める、つまり大きな速度差があっても軽い力でシフトできるようにするための工夫について説明します。


■ シンクロの能力の強化

 シンクロ機構は、シフト操作においてハブとギヤの回転速度を、噛み合う直前に摩擦力で一致させるのです。
そのためにシンクロナイザーリングとギヤ側のコーン接触部で、大きな摩擦力が発生することが求められます。摩擦力が大きければ回転速度の同期が短時間で終わり、またスリーブを押す力も小さく済みます。つまりシフト操作を軽い力で速やかに行えるようになります。
 現在のマニュアルミッションでは、大きな同期能力が必要とされる低速ギヤで、ダブルコーンやトリプルコーンというシンクロ機構が使われています。これは摩擦接触部分を増やし、小さな圧力で大きな摩擦力を得て、素早い速度同期を実現するものです。ダブルコーンやトリプルコーンに対し、前回説明したようなコーン接触部が1箇所だけのものをシングルコーンタイプといいます。
 シンクロナイザーリングとギヤの間の摩擦を大きくする方法として、摩擦係数を高める、圧力を大きくするという方法と、摩擦が発生する部位を増やすという方法が考えられます。注意しなければならないのは、単純に接触面積だけ増やしても摩擦力は増大しないという点です。接触面積が増えると単位面積あたりの圧力が低下するため、全体での摩擦力は大きくなりません(ただし摩耗や温度上昇に関しては有利になります)。
 圧力を大きくする方法としては、コーン部のテーパーの角度を小さくするという方法があります。しかし小さくしすぎると、圧力を抜いた後、はずれにくいという問題が起こる可能性があります。力を抜いた後、すぐにフリーで回転しないと、ミッションとしては問題です。
 摩擦が発生する部位を増やすというのは、コーンの数を増やすという方法です。これは単純に接触面積を広げるのではなく、あるコーンへの圧力が次のコーンへの圧力になるというように、直列に並べることにより、全体での摩擦力の増加が実現されます。ダブルコーンシンクロナイザーは、接触するコーン部が2箇所、トリプルコーンは3箇所になります(前に見たように、シングルコーンでは1ヶ所です)。このように複数のコーンに直列に圧力を加える場合、各コーンに同等の圧力がかかり、数が増えたらからと単位面積当たりの圧力が小さくなることはありません。その状態で摩擦が発生する部分が増えるので、摩擦力が増大するのです。
 2冊の本を背表紙を外側にして向かい合わせに置き、1ページずつ交互に重ねて行くと、引っ張っても外れなくなります。ページ1枚ごとの摩擦力は僅かなのですが、このように構成することで、全体では大きな摩擦力になります。これと同じような考え方です。

18-010.JPG
 接触面を多層化すると、全体の摩擦力が大きくなる。


 複数のコーン接触面で同期能力を高めるためには、各接触面でリング側の回転とギヤ側の回転が交互に接する必要があります。そのため、リング側として回転するコーン面、ギヤ側として回転するコーン面がそれぞれ複数必要になります。ダブルコーンであればリング側、ギヤ側にそれぞれ2つの接触面、トリプルコーンであれば3つずつの接触面が必要となり、シングルコーンに比べると、複雑な構造になることが想像できます。以降の節で、これらの構造を解説していきます。
 NDの6速マニュアルミッションは、1速から4速がトリプルコーンシンクロ、5速がダブルコーン、6速(直結)と後退がシングルコーンとなっています。これらのうち1速、2速、6速はカーボンコーンとなっています。


■ トリプルコーンシンクロ

 ダブルコーンタイプよりトリプルコーンタイプのほうが接触面が多いので、構造も複雑そうですが、個人的にはダブルコーンよりトリプルコーンのほうがわかりやすいと思うので、先にトリプルコーンシンクロについて説明します。

18-020-tri-1.JPG
 トリプルコーンシンクロナイザーリングのギヤ側。

18-030-tri-2.JPG
 ギヤ側にはめられたトリプルコーンシンクロナイザーリング。


 トリプルコーンシンクロは、シンクロナイザーに3ヶ所のコーン接触部分が含まれます。これを実現するために、シンクロナイザーリングが複数の部品から構成されています。外側から順に以下のように部品が並びます。


・シンクロナイザーリング

 この部分は普通のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリングとほぼ同じ構造で、シンクロナイザーキーによりハブといっしょに回転します。外周部はスプラインとチャンファがあり、内側は摩擦を発生させるコーン部です。シングルコーンタイプではここでギヤ側のコーン部と接触しますが、トリプルコーンの場合は、ダブルコーンという部品と接触します。
 また内側に置かれるのインナーコーンと噛み合う構造になっており、そのための突起がハブ側に付いています。

18-040-tri-3.JPG
 最外周のリング(ギヤ側から見たところ)。シングルコーン用とほぼ同じだが、インナーコーンと噛み合うための突起がある。

18-050-tri-4.JPG
 最外周のリング(ハブ側から見たところ)。


・ダブルコーン

 内側と外側がコーンになっています。外側はシンクロナイザーリングと接触し、内側はインナーコーンと接触します。ダブルコーンはギヤ側に突起があり、これがギヤの側面の穴にはまることで、ギヤといっしょに回転します。ギヤとダブルコーンの突起の噛み合いは、回転方向にはほとんどガタはありませんが、回転軸方向には拘束はなく、軸上を多少前後に移動することができます。

18-060-tri-5.JPG
 ダブルコーン(ギヤ側から見たところ)。突起部分がギヤの穴にはまって噛み合う。


・インナーコーン

 インナーコーンも内側と外側がコーンになっています。これはシンクロナイザーリングといっしょに回転し、外側がダブルコーン内面に、内側がギヤのコーン部に接触します。

18-070-tri-6.JPG
 インナーコーン(ハブ側から見たところ)。突起部分がリングの突起と噛み合い、いっしょに回転する。


・ギヤ

 一番内側に、ギヤのコーン部があります。このコーンはインナーコーンの内側と接触します。またギヤ側面にはダブルコーンと噛み合うための穴があいています。トリプルコーンのシンクロナイザーリング全体は、3層構造で幅があるため、ギヤのコーン部の直径はシングルコーンタイプに比べ、少し小さくなっています。

18-080-tri-7.JPG
 ギヤ側のコーン。ダブルコーンの突起部分がはまる穴があいている。コーン部品が多いため、シングルコーンよりコーン直径が小さい。

−−−−

 トリプルコーンシンクロは、ハブと一緒にシンクロナイザーリングとインナーコーンが回転します。そしてダブルコーンは、最内周のコーンを持つギヤと一緒に回転します。つまりシンクロナイザーの部品とギヤは、1層おきにハブ側といっしょに回転、ギヤ側といっしょに回転という形で並ぶことになります。これにより、リング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側ととインナーコーン外側、インナーコーン内側とギヤのコーンと、3箇所のコーン接触部が存在します。
 以下にこれらの部品の組付けの様子を示します。

18-090-tri-8.JPG
 リングを構成する3個の部品。

18-080-tri-7.JPG
 ギヤのコーン部。

18-100-tri-9.JPG
 インナーコーンをはめる。インナーコーン内側とギヤのコーンが接触する。

18-110-tri-10.JPG
 ダブルコーンをはめる。ダブルコーン内側とインナーコーン外側が接触する。

18-030-tri-2.JPG
 リングをはめる。リングとインナーコーンが噛み合い、リング内側とダブルコーン外側が接触する。


 シンクロを構成するリング、ダブルコーン、インナーコーンは、すべて前後方向(軸方向)にある程度動くようになっています。ダブルコーンはギヤと結合していますが、これはコーンの突起がギヤの穴にはまるだけなので、前後に動けます。インナーコーンはリングと一緒に回りますが、これも突起が噛み合うだけなので、リングに対して前後に動けます。もちろんシンクロナイザーリングも前後に動くことができます。
 結果として、リングを押す圧力はコーン接触部を介してダブルコーン、インナーコーン、ギヤと順に伝わり、それぞれの接触面に同等の圧力がかかることになります。この圧力は直列に伝わるため、接触部分が増えたからといって、単位面積あたりの圧力が減ることはありません。また圧力がなくなれば、隙間が広がってオイルが流れ込むので、相互に自由に回転できます。

18-120-tri-11.JPG
 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


 シンクロナイザーリングとダブルコーンの接触部は、リングがハブ側、ダブルコーンがギヤ側に結合しているので、圧力によりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。ダブルコーンとインナーコーンについても、ダブルコーンがギヤ側、インナーコーンがリング側と結合しているので、やはりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。さらにリングと結合したインナーコーンとギヤの間でも摩擦力が発生します。
 つまり3箇所すべてのコーンの接触部は、ハブとギヤの間で摩擦力を発生させるということです。この摩擦力はハブとギヤの速度を一致させるように働きます。単純に考えれば、リングに同じ圧力をかけた時に、シングルコーンシンクロの3倍近い同期能力があることになります。実際に発生する同期のためのトルクは、コーン部の直径にも関係するので、内側に行くに従って、トルクは少しずつ小さくなります。

18-130-tri-12.JPG

18-140-tri-13.JPG
 リングとインナーコーンは一体に回転する。

18-150-tri-14.JPG
 ギヤとダブルコーンは一体に回転する。


 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


■ ダブルコーンシンクロ

 トリプルコーンシンクロが3箇所のコーン接触面を持つのに対し、ダブルコーンは2箇所のコーン接触面を持ちます。そのため同期能力は、シングルコーンシンクロよりは強力ですが、トリプルコーンには劣ります。
 部品の構成はトリプルコーンに似ており、シンクロナイザーリング、ダブルコーン、インナーコーンから構成されます。ただしトリプルコーンタイプと異なり、ギヤ側にはコーン部はなく、そのためインナーコーンの内側もコーン接触面ではありません。結果としてコーン接触部分がリング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側とインナーコーン外側の2箇所になるので、ダブルコーンシンクロと呼ばれます。
 ダブルコーンシンクロはギヤ側にコーンがないことで、インナーコーンとギヤの接触部の形状が、トリプルコーンシンクロと異なっています。
 トリプルコーンシンクロでは、一番外周のシンクロナイザーリングがクラッチスリーブで押され、その圧力がダブルコーンに加わります。さらにダブルコーンへの圧力がシンクロナイザーリングと一緒に回転するインナーコーンに加わり、そしてインナーコーンへの圧力がギヤのコーンに伝わります。
 それに対してダブルコーンシンクロでは、インナーコーンとギヤのコーン部の接触がありません。そのためダブルコーンからの圧力を受けたインナーコーンは、ギヤと接触している平面部でその圧力を受けます。この平面接触部はコーンではなく、オイルもあるため、摩擦力の発生にはほとんど寄与しません。

18-160-dbl-1.JPG
 ダブルコーン用のインナーコーン。内側がコーンではなく、またギヤ側と平面接触するため、形状がトリプルタイプと変わっている。

18-170-dbl-2.JPG
 ギヤにはコーン部がなく、ダブルコーン用の穴だけがある。インナーコーン接触部は平面に仕上げられている。

18-180-dbl-3.JPG
 インナーコーンを置く。コーンがないため、この段階では位置決めされない。

18-190-dbl-4.JPG
 ダブルコーンを置く。ギヤにトルクを伝えるのはダブルコーンだけである。

18-200-dbl-5.JPG
 リングをはめる。リングはインナーコーンと噛み合う。


 ダブルコーンシンクロはギヤのコーンがないため、ギヤ側に摩擦力でトルクを伝えるのはダブルコーンの噛合部だけです。そのダブルコーンの外面にシンクロナイザーリング、そして内側にインナーコーンが接触し、クラッチハブとギヤの間で摩擦力を発生させます。ギヤ側にコーン部がないため、シングルコーン、トリプルコーンタイプとは、ギヤの見た目がかなり違います。

18-210-dbl-6.JPG
 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


■ カーボンシンクロ

 1速と2速のトリプルコーンシンクロと、6速のシングルコーンシンクロは、より同期能力を高めるために、カーボンが使用されています。シンクロナイザーの構成部品のうち、真鍮系の材料が使われているシンクロナイザーリング、インナーコーンの摩擦接触面に、カーボンのコーティング(あるいはカーボン材の貼り付け?)が施されています。
 いろいろな解説などで、カーボンを使用するほうが高性能になるという記述は見るのですが、その技術的背景はよくわかりませんでした。カーボンを使うことで耐久性は向上するようなのですが、摩擦係数がどうなるのかといった詳細は不明です。
 このミッションは、1速と2速がカーボントリプルコーン、3速と4速が非カーボントリプルコーンになっており、同じトリプルコーン構成でカーボンタイプと非カーボンタイプになっています。6速はシングルコーンですがカーボンタイプです。ここでは、カーボンタイプと非カーボンタイプの表面形状を示しておきます。

18-220-car-1.JPG
 内周がカーボンコートされたシンクロナイザーリング(トリプルコーン用)。

18-230-car-2.JPG
 外周のみがカーボンコートされたインナーコーン。


 話はちょっと変わりますが、NDロードスターの低速ギヤのシフト操作が渋いという話題があります。特に話題になるのが2速で、まともにシフトダウンできないといった事例があるようです。自分の場合は冬場に購入したのですが、低温時は1速と2速へのシフトダウンは、ダブルクラッチで回転を合わせないと入りませんでした。オイルが暖まるとだいぶましになりますが、それでも馴染むまでにかなり時間がかかりました。数千キロ走行し、ミッションオイルを1回交換したあたりで調子がよくなり、2速には普通にシフトダウンでき、1速もまぁ許容範囲というところです。
 このあたりは、もしかするとカーボンシンクロが馴染むといったことが関係しているのかもしれません。

−−−−


 今回で、前進ギヤに関するシンクロの解説は終わりです。次回は後退ギヤ用のシンクロについて説明します。



posted by masa at 14:00| 自動車整備