2020年11月28日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その2

 今回はエンジン始動時の電流の流れについて説明しますが、その前に、チャージランプについて説明しておきます。

■ チャージランプ

 現在の市販車両にはほとんど電流計が装備されていませんが、チャージランプは備えられています(Chargeは充電という意味です)。バッテリーのシンボルが描かれたランプで、On位置にすると点灯し、エンジンが始動すると消灯します。通常の運転時は消灯したままですが、エンストしたり、エンスト寸前までエンジン回転数が低下すると点灯します。
 このランプが何を意味しているかというと、オルタネーターに対して制御電源が与えられている状態で、発電されていないことを示します。オルタネーターは、電磁石を回転させて発電するので、最初に電磁石に電力を供給しなければなりません。また内蔵された電圧調整回路にも電源が必要です。これらのために、On状態になるとオルタネーターに電源が供給されます(B端子と別に、制御用電源の端子があります)。この電源が供給された状態で、ある程度以上の速度で回転することで、オルタネーターは発電します。
 この電源が与えられている状態で発電していない時に、チャージランプが点灯します。それがエンジン始動前やエンストした時です。以降の説明では、このチャージランプの状態についても説明します。

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 チャージランプの構成。

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 On状態でエンジンが停止していると、チャージランプが点灯する。

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 エンジンが始動し、オルタネーターが発電を開始するとチャージランプが消灯する。


■ スターターモーター

 基本的に電流計はバッテリーの充放電電流を示すのですが、例外的な要素もあります。それがスターターモーターです。エンジン始動のためのスターターモーターへの電力供給は、オルタネーターの動作開始前なのでバッテリーから行われます。ここまでの説明の通りなら、スターターモーターへの電流は電流計を通って、バッテリーの放電を示すべきです。しかし実際のスターターモーターへの配線はバッテリーの+端子に直接つながっており、バッテリーからスターターへの電流は電流計の指示に表れないのです。標準で電流計を備えた車でも、一般的な乗用車ではたいていはこのような配線になっています(車両の種類によっては、スターターの電流も測れるようになっているものがあるかもしれません)。

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 スターターを含めた回路(ヒューズは省略)。


 なぜこのような接続になっているかというと、流れる電流が大きいからです。スターターモーターは、エンジンのサイズにもよりますが、小型車以上なら100Aから150A程度は流れます。そのためスターターモーターには専用の太い配線を使い、抵抗を少しでも小さくするためにバッテリーの+端子に直結されています。オン/オフする接点もモーターの側面に取り付けられており、大電流が流れる配線が長くならないようにしています(この接点を動かすソレノイドは、スターターのピニオンギヤを動かすのと共用されます)。バッテリーにつながる車両全体のプラス母線は直径6mmから10mm程度ですが、スターターモーター配線は10mmから15mm程度あります。バッテリーのプラス端子には太い電線がつながっていますが、実はこれはスターターに行く線で、車両側につながるプラス母線は、この太い線といっしょに固定されている少し細いほうの線です。
 このような接続になっているため、バッテリーからスターターモーターに流れる電流は、電流計を通りません。またもし通すとすると、電流計の表示のスケールをこのスターター電流に対応したものとせねばならず、数アンペアといった僅かな電流の計測が難しくなります。ただこのような変則的な配線により、電流計の指示値の解釈は、ちょっと頭を使う必要があります。このような点も含めて、以降の節でエンジン始動時の電流の流れについて説明します。


■ エンジン始動時の電圧と電流

 電力の供給という観点で、エンジンの始動操作をくわしく見てみます。スターターモーターの結線が例外的な構成といったこともあるので、電流の流れと電流計の指示の食い違いなどについても説明します。
 前の解説とちょっと重なるところもありますが、以下に、始動前の状態からどのように変化していくかを示します。なおスイッチの操作は、昔ながらのキー式を前提にしています。ボタン式の場合は、AccやOn状態にするための手順が異なります。


0. Off位置

 キーがOff位置の時は、ルームランプやライト類などを明示的にオンにしていない限り、電力はほとんど使っていません。制御系やオーディオ系などのデータのバックアップ、リモコンキー受信機やイモビライザーなどの待機電力程度です。もちろんこれは、バッテリーから供給されています。これらは僅かな電流なので(せいぜい10ミリアンペア程度)、フルスケールが数十アンペア以上の電流計では測定限界以下で、電流計の放電電流の指示値は0Aとなります。
 バッテリー電圧は端子開放電圧となり、12Vから13V弱程度です。13V近く示すのは、エンジンを止めてさほど時間が経っていない状態です。また寒冷時にはさらに電圧が低くなることもあります。ここではこの状態での電圧を12.5Vとします。
 ルームランプ、ハザードなど、オフ時でも使用可能な負荷を使っている場合は、それらが消費する電流が、放電電流として電流計に表示されます(図中の電流値、電圧値は例としてあげたものです)。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Off状態で電気負荷を明示的に使っていない状態では、ごく僅かな電流しか流れない。そのため電流計は0A、電圧計は12.5Vを示している。


1. Acc位置

 キーをAcc位置にすると、オーディオやナビ、シガーソケットやUSB電源コネクタなどに通電します。マニュアルエアコンだとファンモーターが回転するものもあります。負荷や機器の構成にもよりますが、だいたい数アンペアから10A程度の電流の放電となります。これくらい流れると、電流計の針が0より放電側(マイナス側)に触れているのがわかります。ここでは5A流れるものとします。
 この程度の電流だと、バッテリーの電圧降下はほとんどなく、オフ時と同じくほぼ端子開放電圧のままで、電圧計は12.5Vのままです。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Acc状態ではオーディオ、ナビなどが動作する。電流計は5A、電圧計は12.5Vを示している。


2. On位置(エンジン始動前)

 キーをOn位置にすると、各種の電動の補機類、燃料ポンプ、点火系、エンジンやミッション、ブレーキなどの制御系や、安全装備などの電子回路類にも電力が供給されます。また一部の機器は初期化や自己診断を開始し、管理するモーターやソレノイドを動かすこともあります。オルタネーターに制御電源が供給されますが、回転していないため発電はされず、警告のためにチャージランプが点灯します。
 車両の構成にもよりますが、10Aから数十アンペアの電流がバッテリーから放電されます。まだオルタネーターによる発電は行われていないので、これらの消費電流は、電流計上で放電電流として観測することができます。
 これだけの電流が流れると、バッテリー電圧は多少低下します。低下の度合いは放電電流、バッテリーの容量や状態次第です。容量が大きいものほど電圧降下は小さく、また劣化が進むと電圧降下が大きくなります。通常の状態であれば、この時点での電圧降下は0.5V程度で、電圧計の指示値は12Vちょいから12V弱の間くらいになります。

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 On状態(エンジンは未始動)ではAcc系に加え、自動車の制御系ほぼすべてに電力が供給される。電流計は20A、電圧計は12.0Vを示している。


3. スタート位置

 On位置からスタート位置に回すと、スターターモーターのソレノイドが動作し、バッテリーからモーターに電流が流れます。前に説明したように、モーター駆動電流はバッテリーからモーターに直接流れ、電流計は通りません。そのため電流計の指示値は、バッテリーの放電電流であるにも関わらず、スターターモーターの消費電流を含みません。
 エンジン始動時はバッテリーからの放電電流が桁違いに大きくなるため、少しでも節約するためにAcc系は一時的にオフになります。
 電流計の指示値は、スターターの回転開始に伴い、Acc分が減っているにも関わらず、多少値が増加します。エンジンが回転することで、点火コイルや燃料噴射インジェクターなどの消費電力が増えるためです。
 スターターでエンジンが回ることで、オルタネーターも回転しますが、この段階では回転速度が低すぎ、発電を開始できません。そのためチャージランプは点灯したままです。
 スターターモーター回転時は、電圧計が大きく動きます。バッテリーはスターターと合わせて100A以上の放電を行うため、バッテリーの内部抵抗により端子電圧が降下するのです。これもバッテリーの容量や状態によりますが、10Vから11V程度に下がります。9V以下に落ちるようだと、バッテリーがくたびれていると思って良いでしょう。具体的には満充電状態ではない、古くなって劣化したり容量が低下している、そもそも容量不足といった原因が考えられます。もちろん、スターターモーターやエンジンに不具合があり、過大な電流が流れている可能性もあります。
 スターターでのエンジンの回転はアイドル回転数よりかなり低いので、この段階ではまだオルタネーターの発電は開始していません。

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 ST状態(エンジン始動中)ではAcc系はオフ、その他の制御系ほぼすべてに電力が供給される。さらにスターターソレノイドに給電されることでモーター回路がオンになり、バッテリーから直接モーターに電流が流れる。電流計の指示値は増えているが、スターターの分は含まれていない。


4. エンジン始動

 エンジンが自力で回転を始め、キーをOn位置に戻すとスターターモーターは停止します。エンジンが回り始め、オルタネーターが発電を開始するのでチャージランプは消灯します。オルタネーターは、エンジンが定格のアイドル回転数以上で回転していれば、発電して電流を供給します。オルタネーターが正常に発電していれば、電圧計はだいたい14V以上を示します。ただしバッテリーの充電中や、ライトやエアコンなど、大量の電装品を稼働させていると、13V台まで落ちることがあります。
 オルタネーターが発電を開始すると、自動車が使用する電力はすべてオルタネーターから供給されるようになります。同時に余剰電力がバッテリーに充電されるので、電流計には充電電流(プラス側)が示されます。充電電流の大きさは、オルタネーターの出力、自動車の消費電力、バッテリーの放電状態などにより変化します。スターターの使用で持ち出された電力を補うために、一般にエンジン始動直後は数十アンペアの充電電流が流れ、充電が進むにつれて充電電流は徐々に減り、数分で数アンペア程度の充電電流に落ち着きます。
 例えば始動前に30Aが数秒流れ、スターターモーターに100Aの電流が数秒流れたとすると、これだけで数百アンペア秒の容量の放電が行われたことになります。例えば500アンペア秒の放電量だったとしたら、50Aの充電電流で10秒間充電が必要ということになります。

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 On状態(エンジンは始動)ではオルタネーターが発電している。車両側の消費電流は始動直前と大きく変わらないが(Acc分は増える)、オルタネーターから供給されるので、電流計には表れない。オルタネーターからの電流でバッテリーを充電する。電流計は充電電流の+50A、電圧計はオルタネーター出力の14.0Vをを示している。


5. 充電完了

 数分間エンジンが回れば、1回の始動手順でのバッテリーからの持ち出し電力はほぼ充電されます。エンジンを何度も始動、停止したり、長期間エンジンをかけず、バッテリーの放電が進んでいれば、より長い時間がかかりますが、それでもある程度の時間で完了します。ただし、充電電流は最初大きく、徐々に減っていくため、最初の1分くらいでエンジン始動に使用した電力の2/3程度は充電されますが、残りの分を完全に充電するには、より長い時間が必要になります。一般にバッテリーの劣化が進むと、満充電に要する時間も長くなるようです。
 最悪の条件は、バッテリーあがり状態からエンジンをかけた場合でしょう。バッテリーが上がる寸前でエンジンをかけたり、あるいはほかの車やバッテリーを使ってエンジンをかけ、完全放電状態のバッテリーを充電するには、かなりの時間がかかります。一般に、最初は大きな充電電流が流れますが、それが徐々に減って満充電となります。バッテリーが完全に上がってしまうと、オルタネーターによる満充電には数時間程度かかります。電流計があれば充電電流を見ることで、充電がほぼ終わっている、あるいはまだまだ充電しているといったことがわかりますが、電流計がないとどうにもわかりません。場合によっては充電が足らず、1度エンジンを止めたら再始動できないといったことも考えられます。

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 放電した分の充電がいっぱいになると、充電電流はごく僅かになる(ここでは3A)。充電分の電力消費がなくなった分、オルタネーターの出力電圧はちょっと上昇し、14V以上を示す。


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 以下の動画は、この一連の動作に伴う電圧計と電流計の動きを示したものです。これらのメーターは動作に電源を必要とするので、横の小さなスイッチにより、Off時に電源供給できるようになっています。



 次回は、ウインチのような特殊な大電力負荷を車両の電装系に接続する場合について説明します。


posted by masa at 16:43| 自動車

2020年11月25日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その1

 車のバッテリーについては、よく自動車関連メディアで話題になります。例えば雨の日の夜の渋滞は車の電力消費が増えるのでバッテリーに負担がかかるなんて話はよく聞きます。でもなぜ渋滞だと負担がかかるのか? そもそも本当に負担がかかってるんでしょうか?
 今回は、車の電力事情についていろいろ考えてみます。ただし取り上げるのは昔ながらの構成のもので、ハイブリッド車には触れません。充電制御やアイドリングストップについては、最後にちょっと触れるかもしれません。


■ 車と電力

 今の電子制御バリバリの車は、電力がなければ走ることはできません。しかし昔の車やバイクはそうでもありませんでした。電気と縁の薄いものについて、以下に簡単にまとめておきます。


・ディーゼルエンジン車

 ガソリンエンジンは点火プラグにスパークを飛ばすのに電力が必要ですが、ディーゼルエンジンは空気の断熱圧縮の熱で燃料に点火するので、点火プラグはありません。昔ながらの機械式燃料噴射なら、クランクシャフトの回転を動力として燃料を噴射するので、始動さえしてしまえばエンジンの回転の持続に電力は必要ありませんでした。
 ただし、寒冷時の始動を容易にするため、燃焼室の温度を高める電気ヒーター(グロープラグ)を使うものもあります。もちろん、始動のためのスターターは外部電力を必要とします。
 現在のディーゼルエンジンは燃料噴射の制御が電子化されているので、電力なしでは運転できません。


・小型ガソリンエンジン

 小排気量のバイクや船舶エンジン、発電機や農機具用の汎用エンジンの多くは、プラグの点火のために外部電力を必要としません。フライホイールに組み込んだマグネットによりコイルに電流を発生させ、プラグにスパークを飛ばします。そのため外部のオルタネーターやバッテリーを必要とせず、エンジン単体で運転を続けることができます。
 航空機用ガソリンエンジンも、信頼性の点からこのような点火機構を使ったものが多くあります。
 最近は排ガス規制がきびしくなり、小型のバイクや産業用機器のエンジンも電子制御が導入されつつあります。


・普通の(旧式な)ガソリンエンジン

 電子制御が導入されていない自動車用エンジンなどは、点火系のみに外部電力を必要とし、それ以外には必要ないものが多くありました。キャブでガソリンを供給し、燃料ポンプが機械式(エンジンの回転でポンプを駆動するもの)なら、点火系以外の電力は必要ありませんでした。このようなエンジンは、1980年代まで使われていたので、さほど古くない旧車でもこのようなものがあります。


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 今日の車は、プラグの点火だけでなく、ディーゼルエンジンも含めてさまざまな制御が電子回路により行われているので、電力なしにエンジンを運転することはできません。
 またオートマチックトランスミッションの制御、ライト類やワイパー、ABSのなどの安全装備、ウィンドウやドアなどの電動化、エアコンやオーディオなどの快適装備のために多くの電力が必要です。


■ 電力源

 車の電力源は2つあります。1つはバッテリー、もう1つはエンジンで駆動される発電機です。この発電機は内部では交流発電しているので、オルタネーターと呼ばれます。発生した交流は内部で整流されるので、出力端子に出ているのは直流です。

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 自動車用鉛バッテリー(135D31L)。

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 オルタネーター(Y61サファリのもの)。


 オルタネーターの内部構造については、このあたりでも解説しています。未完ですが。
 エンジンが動いている間の電力は、基本的にオルタネーターによって供給されます。オルタネーターには通常の電力使用量以上の発電能力があります。装備のシンプルな軽トラなどでも12V50A程度、一般的な乗用車なら12V 100A以上の出力が可能です。オルタネーターはエンジンで駆動されるので、当然、エンジンが動いているときしか電力を生み出しません。そのためエンジン停止時の電力負荷やエンジン始動時には、バッテリーを使用します。
 バッテリーは鉛タイプ(リチウムタイプなどもあるみたいです)で、鉛化合物の電極と硫酸の電解液の組み合わせで働く充電式電池です。鉛バッテリーは内部抵抗が小さく、大電流を放電できる(大電流を放電しても電圧降下や発熱が少ない)という特徴があります。
 バッテリーの主要な用途は、エンジンが停止している時の電力供給です。エンジン停止時はオルタネーターが機能していないので、電力源はバッテリーしかありません。まず思い浮かぶのはエンジン始動用のスターターモーターやエンジン始動前から稼働していなければならない点火系統や制御回路類への電力供給です。またオーディオや照明類など、エンジン停止時にも使用できる電力負荷があります。
 それ以外にも、エンジン停止時にさまざまな用途のための電力供給を担っています。各種の制御系回路は、内部データのバックアップの電源を必要とし、またエンジンの停止時に動作しているセキュリティ系システムがあります。正当な鍵を使わないとエンジンを始動できないイモビライザー、リモコンドアロックの受信機や動作回路などです。またハザードやライト系統、ブレーキランプ、クラクションなどは、キーやエンジンスイッチのポジションに関わらず動作します。これらはすべてバッテリーを電力源としています。もちろんエンジン始動後は、オルタネーターからの電力を使います。
 またエンジン運転中でも、何らかの理由によりオルタネーターの発電量が不足した時には、バッテリーからも電力が供給されます。
 鉛バッテリーは充電式電池で、エンジン停止時に放電した分の電力は、エンジン始動後にオルタネーターが発電した電力で充電されます。一般的な使用形態であれば、エンジンを始動して数分で、それまでに放電した電力をほぼ充電できます。

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 停止時とエンジン運転時の電力の供給。


■ 車の電源系統

 まず車の電源系統を簡単に説明します。ここで説明するのはハイブリッドや充電制御などに対応していない、昔ながらの構成のものです。電装電圧は12Vでバッテリーは1個とします。

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 車の基本的な電力系統。On、Accなどの系統は簡略化してある。


 車の12V系プラス母線にバッテリーの+端子とオルタネーターのB端子がつながっています。赤い線はすべてこの母線か、母線に接続している配線です。マイナス側はボディアースです。
 車の電装系は、常時給電(キーやスイッチのポジションに関係なく給電)、Acc系給電(Acc位置とON位置で給電)、ON系給電(ON位置とスタート位置で給電)があります。ON系はIGNやIGとして示されることもあります。この表記はエンジンのイグニッション(点火)系、つまりエンジンを運転するために必要な電源という意味です。現在では点火系以外にも多くの機器がエンジン運転のために必要です。キーのST(始動)位置はON系がオンでスターターを回転させる位置ですが、この位置ではAcc系がオフになる車種もあります。また図には示していませんが、On系でもST位置ではオフになる系統が別れているものもあります。ワイパーやエアコンなど、運転中に使うが、始動時には必要ないものがこの系統に接続されます。
 これらの電力の用途に応じた系統ごとに、過電流保護用のヒューズやヒュージブルリンクを介して、母線から分岐します。それぞれの系統は、さらにヒューズやスイッチを介して目的の電気負荷につながります。大電流を必要とするスターターモーターや4WD車のウインチなどは、バッテリーの+端子から直接モーターにつながっており、ヒューズなどは入っていません。
 オルタネーターのB端子は、発電電力を出力する端子です。稼働していない時は電圧は発生していません。この時、この端子に電圧を掛けても電流は流れないので、リレーなどを介することなく、バッテリーの+端子に直接つながっています。エンジンが始動し、オルタネーターが回転すると、この端子に発電した電圧が出力されます。バッテリーの端子電圧は定格で約12V、満充電で13V程度ですが、オルタネーターの出力電圧は14.4V程度になります。
 オルタネーターが発電を開始し、母線電圧が14V以上になり、バッテリーの電圧を超えると、前の図に示したようにオルタネーターからの電力はバッテリーに流入し、バッテリーを充電します。運転開始直後は、スターターによる放電、止まっていた間の放電分を充電します。
 満充電状態でない鉛バッテリーは、端子にかかっている電圧がバッテリー自身の電圧よりちょっとでも高いと、端子から電流が流入し、充電が行われます。乗用車クラスの容量のものなら、開放電圧が12V程度で、これに14Vかければ最大で50Aから100Aの充電電流が流れます。満充電に近づくと徐々に流れる電流が小さくなり、完全に充電されると数アンペア以下まで充電電流が減ります。
 鉛バッテリーは複雑な充電制御は必要ありません。単にプラス母線につないでおくだけで、放電と充電ができます。


■ 大電力負荷時の挙動

 オルタネーターの発電能力は回転数によりある程度変動します。アイドル時の回転数では、定格電流を出力することはできませんが、回転数をちょっと上げれば(一般的な乗用車なら2000 RPM程度)、オルタネーターは最大出力電流を発生することができます。車の通常の運転状態では、アイドル時も含めて、車で消費する電力をオルタネーターで供給することができます。では通常状態を超える大負荷の場合はどうなるのでしょうか?
 オルタネーター出力電圧は、エンジンのアイドル回転数以上なら無負荷で14V以上で、バッテリー充電や大負荷がなければ、14.4Vくらいになります。出力電流が増えるほど電圧は低下しますが、定格の範囲内で、ある程度の回転数であれば12V以上の出力が可能です。この電圧はバッテリー電圧より高いので、バッテリーが放電することはありません。負荷が増え、定格電流以上の電流が求められる場合は、オルタネーターの出力電流は増えず、出力電圧がさらに低下します。この電圧がバッテリー端子の開放電圧より下がるとバッテリーの放電が始まり、以後バッテリーが放電可能な間は、母線電圧はバッテリー電圧となります。この状態では、オルタネーターの最大出力電流とバッテリーの放電電流が母線に供給されます。それでも負荷電流が賄えない場合は、母線電圧がさらに低下します。もちろん、バッテリーが上がってしまっても、電圧は低下します。

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 大負荷時の電流の流れ。オルタネーターとバッテリーの両方から電流が供給される。


■ 電圧と電流を観測する

 バッテリーやオルタネーター、電力負荷の状況を見るために、電圧計と電流計を使うことができます。現在の車では、運転計器として電圧計や電流計を備えているものは殆どありませんが、エンジン制御コンピュータは、電圧や電流の値をセンサーで取得しているものがあります。
 以下の図は、電圧計と電流計を接続する位置を示しています。スターターモーターの接続は省略してあります。

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 バッテリー、オルタネーター、電力負荷と電圧計/電流計の位置。


 電圧計は、バッテリー母線電圧を観測します。できればエンジンの運転やキースイッチの状態に関わらず、母線の電圧がわかるということが求められます。
 母線電圧を測定することで、エンジン停止時のバッテリー電圧、エンジン運転時のオルタネーター出力電圧がわかります。例えば停止時に電圧が11V以下だったら、バッテリーが相当弱っていると判断できます。運転を終えた後に12Vあっても、翌日見たら電圧が下がってるといった場合、バッテリーの劣化がかなり進んでいると判断できるでしょう(極寒状況でも電圧が下がります)。あるいはエンジン運転時に、電圧が14Vに満たないとなったら、車で多くの電力負荷が使われている、あるいはオルタネーターの出力が低下しているか、もしかするとどこかに異常があって過負荷で大電流が流れている可能性があります。
 電圧計で母線電圧を観測することで、このようにバッテリー劣化やオルタネーター故障を早い段階で検知することができます。
 電流計は、オルタネーターとバッテリーの間に入れます。この位置の電流値が何を示すかと言うと、バッテリーの充電と放電です。そのため電流計は、プラスとマイナスの両方を示せるセンターゼロタイプを使います。電流の向きは、プラス指示がバッテリーに充電、つまりオルタネーターからバッテリーに電流が流れている状態です。マイナス指示はバッテリーの放電で、バッテリーから車両側に電流が流れている状態を示します。電流の測定上限は、余裕を持ってオルタネーターの最大発電電流程度とし、だいたい50Aから200Aくらいになります。

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 電流計の指示値と電流の向き。


 電流計の指示値の解釈は、車の電装系の構成を理解していれば難しいことはありませんが、以下に簡単にまとめておきます。


・エンジン停止時

 エンジン停止時はオルタネーターが動作していないので、すべての電力はバッテリーから供給されます。したがって電流計はバッテリーから自動車の負荷回路への放電電流を示します。オルタネーターが動いていないので、充電を示すプラス側に振れることはありません。
 エンジン停止中にオーディオなどのアクセサリやライト類を使っていれば、その消費電流が電流計に示されます。

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 エンジン停止時の電流の流れ。


・エンジン運転時

 エンジンが動き、オルタネーターが発電している状態では、車の電力負荷への供給は基本的にオルタネーターからなされます。エンジン始動直後は、バッテリーがある程度放電しているので、オルタネーターの余剰電力でバッテリーが充電されます。この時、電流計はプラス側に振れて、充電電流値を示します。充電電流は最初大きく、その後徐々に小さくなり、満充電になればほぼゼロになります。したがって通常の運転時は、始動直後を除いて、電流計はほぼゼロ表示ということになります。
 エンジン運転時にマイナス側に振れた場合、バッテリーが放電していることを示します。この場合、オルタネーターの電力供給量が不足しており、バッテリーからも供給されていることを示します。この時電圧計も見れば、通常時の約14Vよりも低下し、12V程度かそれ以下になっているはずです。普通の使用状況では、このようになることはほとんどありません。どちらかというと、オルタネーターの機能が著しく低下している可能性があります。

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 エンジン運転中の電流の流れ。


 通常の運転状態では、一時的にわずかに放電することはありますが、放電状態がずっと続くというのは異常です。オルタネーター故障か、異常な電気機器の過負荷でこの状態になり、バッテリーがあがるとエンジンは止まってしまいます。電気機器側に問題がある場合は、異常な発熱や発火に至る可能性もあります。
 自動車関連の記事で、バッテリーの負担についてよく言われるのがこの状態のことです。雨の日の夜の渋滞というのがこのパターンです。ライト類が点灯し、エアコンがオン、オーディオなども使い、そして渋滞なのでアイドルの時間が多く、オルタネーター出力が低下するため、バッテリーからの持ち出しが増えるという理屈です。実際にその状態でバッテリーからの持ち出しになっているのかどうかは、電流計を見れば一目瞭然です。


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 以下の写真は、自分のY61サファリに取り付けた電圧計と電流計です。エンジン始動直後の状態なので、電圧はオルタネーター出力電圧で、バッテリーに充電している電流値が示されています。

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 Y61サファリに後付した電圧計と電流計。

  次回は、エンジン停止から始動、定常運転状態に至るまで、電流の流れを細かく説明していきます。

posted by masa at 09:22| 自動車

2020年11月09日

ミッションをばらす その20 −− クラッチ部と歯車あれこれ

 一連の解説の最後となる(予定の)今回は、クラッチ部のチャンファと、ミッションで使われている歯車の構成について説明します。


■ 各速ギヤのチャンファの形状

 シフト動作やシンクロ機構のところであまり触れなかった点について、最後にちょっと書いておきます。各段ギヤのクラッチ部のチャンファについてです。
 チャンファ(chamfer)は前にも触れた通り、面取りという意味で、部品の角の部分を落とすという加工です。ここまで説明してきたチャンファは、クラッチスリーブとシンクロナイザーリング、ギヤのクラッチのスプライン噛み合い部分で、スプラインの位相がずれていてもこれらが滑らかに噛み合えるように、スプラインの端を山形に加工した部分です。これは、噛み合う両方の要素に対して行われます。つまりスリーブとリング、スリーブとギヤのクラッチというように、接触して噛み合う両方の部分がチャンファ加工されています。
 クラッチスリーブ、シンクロナイザーリングのチャンファは左右対称な山形(直角二等辺三角形)になっていて、位相がずれた状態でスリーブとリングが接触しても、この山形どうしが当たり、どちらかがずれて位相を揃えるように動きます。スリーブとギヤのクラッチ部のチャンファも同じ働きをするのですが、チャンファ加工の形状がほかの部分と異なっているギヤがあります。具体的には、2速、3速、4速のチャンファ部の形状が変わっています。これら以外のギヤは、後退も含めて、チャンファ部はスリーブやリングと同様に、対称な山形になっています。

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 対称な三角形のギヤ側チャンファ。

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 非対称なギヤ側チャンファ

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 5速と6速は、対称なチャンファ(スリーブを外した状態で撮影)。

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 3速と4速は、非対称チャンファ。右側が4速、左側が3速。

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 1速は対称、2速は非対称なチャンファ。右側が2速、左側が1速。


 なぜ一部のギヤのチャンファの形状が異なるのかはわかりません。
 特許関連の文書に、シフトフィールの改善といった記述もあるようなのですが、詳細はわかりませんでした。考えられるとしたら、スリーブが噛み合う際の何らかのメリットでしょうか。2速から4速はシフトアップ/ダウンとも頻度が高いので、噛み合いやすさという面でにメリットがあるのかもしれません。
 もう1つ考えられることは、スリーブと噛み合っている状態で、スリーブとギヤ側のスプラインの接触面積の違いです。非対称チャンファのスプラインは、スプラインの両側の側面の接触部の長さが違います。写真で見ると、上側の接触部より、下側の接触部のほうが長くなっています。そのためスリーブとの接触に関して、下側の接触面のほうが広くなります。ミッション内のギヤの回転方向からすると、加速時(ギヤ側からメインシャフト側にトルクがかかる)には接触面積が少なく、減速時(トルクは逆向き)には面積が増えることになります。(写真では、ハブ、ギヤ側とも、撮影面で下から上に向けて回転します)


■ チャンファによるギヤ抜け防止

 アクセルを踏み込んでの加速や、アクセルを戻してのエンジンブレーキにより、クラッチ部に大きなトルクがかかります。このトルクがスリーブとギヤのスプライン接触部にかかることで、スリーブをずらす力が発生することがあります。これは接触部の摩耗やトルクによるわずかな変形などが原因となります。スリーブが実際に動いてしまうとクラッチの噛み合いがはずれ、ギヤ抜けとなります。
 前に説明したシフトロッドのディテント(クリック感)は、ギヤ抜けを防ぐ効果があります。このクリック感を上回る力にならない限り、スリーブは動かないからです。
 それとは別に、ギヤ抜けを防ぐ工夫があります。それがスリーブ、ギヤ側クラッチのスプラインの接触面のチャンファ加工です。ここまでこれらのチャンファ加工は、スリーブとギヤが噛み合う際の誘導役として説明してきました。スプラインの位相がずれていても、チャンファの山形が当たることで位置が揃い、噛み合いに進めるというものです。
 ここまで挙げてきたチャンファ部分の写真をよく見ると、先端部のとがりとは別に、クラッチ噛み合い時の接触部にもちょっと加工が施されているのがわります。接触する部分に、わずかな傾きがあるのです。

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 スリーブの噛み合い部も少し斜めに加工されている。


 噛み合うスプラインの接触面は、基本的に軸方向に対して平行です。そのため理屈の上では、トルクがかかってもスプライン接触面でスライドするような力は発生しません。しかし実際にはスライドするような力が発生することがあります。例えばギヤやスリーブに前後方向にガタがあれば、その動きはスライドさせる力を発生させます。はすば歯車は駆動トルクによってスラスト荷重が発生するので、このような前後動が起こります。また酷使や長年の使用により接触面が摩耗すると、接触面が軸に平行ではなく斜めになり、より抜けやすくなることもあるでしょう。
 このようなスライドする力でギヤ抜けしにくいように、スプライン接触面は図のような形状に加工されています。

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 スプラインのチャンファ部の形状の加工。


 接触面は、あえて軸に平行ではなく斜めに加工してあります。これによりトルクがかかった時にスリーブがずれるような力が発生します。この力は噛み合いが進む向きなので、ギヤ抜けは起こりません。逆にスリーブが強くギヤ側に引っ張られる形になり、ギヤ抜けを防ぐことができます。またギヤをニュートラルにする時は、この接触部にトルクがかからないようにする必要があります。つまりクラッチを切るといった操作です。
 この部分が摩耗し、この斜面が逆向になってしまうと、トルクがかかるとスリーブが抜ける方向の力が発生し、ギヤ抜けが起こります。

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 接触面が摩耗するとギヤ抜けが起きやすくなる。


■ 歯車についてのまとめ

 最後にこのミッションの仕様の一部、具体的には歯車の情報をまとめておきます。歯車の仕様というと歯数が思い浮かびますが、実はミッションのような構造だと、いろいろ考えなければいけない要素もあります。ここでは歯車の基本的なパラメータの1つであるモジュールについて説明し、そして歯車機構の設計の自由度を高める転位歯車について簡単に紹介します。


■ 歯車の歯の大きさ

 分解した各速の歯車を見ると、歯数と直径が異なるだけでなく、歯の大きさに違いがあるのがわかります。1速、2速、後退などの低速ギヤは歯が大きく、中速や高速のギヤは歯が小さくなっています。これは歯に加わる力の大きさを考慮したものです。低速ギヤほど歯面にかかる力が大きくなるので、強度の高い歯車になっています。

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 歯車の歯の大きさの違い


 歯車の強度を決める要素として、歯車の厚さもあります。当然、厚みのあるほうが強度が高くなります。このミッションでは極端な歯車の厚みの差はなく、どれも20mm弱程度です。


■ PCDとモジュール

 2個の歯車が噛み合っている時、互いの歯が相手側の歯と歯の間にはまります。そのため、歯車の外周で測った半径値を加えたものと、2個の歯車の軸間距離は一致しません。ピッチ円直径(PCD、Pitch Circle Diameter)は噛み合った状態の歯車の実質的な直径値です。従ってPCDを半分にした半径値どうしを加えれば、軸間距離に一致します。また歯車の変速比は、PCDの比率に一致します(後で説明しますが例外もあります)。一般に歯車機構の軸配置設計は、PCDに基づいて考えます。
 歯車の歯の大きさはモジュールという値で示されます。モジュールはPCDを歯数で割った値です。当然ですが、PCDの大きさと歯数は比例関係が成立します。
 PCDに円周率πを掛けるとピッチ円の円周の長さが得られ、それを歯数で割ると、円周上での歯の間隔の距離(歯ピッチ)が得られます。つまりモジュールの値にπを掛けると歯ピッチが得られます。したがってモジュールが大きいほど、歯の間隔が広く、大きい歯ということになります。

 ピッチ円の円周長 = PCD × π
 モジュール = PCD / 歯数
 歯ピッチ = 円周長 / 歯数 = モジュール × π


 2つの歯車は、歯ピッチが揃っていなければうまく噛み合いません。つまりモジュール値が等しいことが求められます。
 歯車の製作方法として、円盤状の金属材料の周囲を、歯の形になるように整形された刃物で切削するというものがあります。これはある程度以上の大きさの金属歯車では一般的な製法です。多くの歯車の歯の形は、インボリュート曲線で構成されるので、この形になるように刃物の形状を決めるのです。このやり方では、歯の大きさ、つまりモジュール値ごとに異なる断面の刃物が必要になります(さらに加工方法によっては、歯数によっても多少切削形状が変わります)。
 刃物の種類を増やすにはコストがかかるため、任意のモジュール値で歯車を作るのではなく、あらかじめ用意されているモジュール値から選んで歯車を作るというのが一般的です(もちろん大量生産するのであれば、半端なものでも作れます)。


■ 歯数、モジュール、PCD、軸間距離の関係

 トランスミッションの設計では、各段を選択した時の減速比を決めます。この減速比は、メインドライブギヤによる減速と、各段のギヤごとの減速の比をかけたものとなります(直結ギヤのみ、歯車は関係なく、減速比は1になります)。メインドライブギヤの減速比は各段で共通なので、段ごとの減速比の違いは、各段のギヤの減速比で決まります。
 歯車の歯数はある程度以上の値の整数であり、噛み合っている2つの歯車の歯数の比が減速比になります。例えば駆動する側が20歯、駆動される側が40歯なら、歯数の比率は20:40、減速比は40/20で2になります。減速比は小数点以下まである有理数ですが、歯数比の:の左右は必ず整数になります。
 歯車は増速も可能であり、この場合は減速比は1未満になります。例えば倍速にするのであれば減速比は0.5となります。直結段の上にオーバードライブ段がある場合は、それらの減速比は1未満になります。NDのこのミッションは最上段の6速が直結なので、すべての段は減速比が1以上になります。

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 歯車のモジュール、歯数、PCD、軸間距離の例。


 2つの歯車の間で減速比を決め、それに必要な歯数を求めることを考えてみます。PCDは歯数に比例しますから、2個の歯車の歯数比とPCD比は同じになります。つまり20歯と40歯の歯車なら、PCDの比率も20:40になります。2個の歯車の軸間距離は、それぞれの歯車のPCDの半分(歯車の半径)を加えたものとなります。そして前に触れたモジュールにより、歯ピッチが決まります。
 減速比を決める場合、2個の歯車の歯数比になるので、目的の比率に近くなるように2つの歯数(整数)を決めます。例えば15歯と30歯で減速比2とします。この場合のPCD比は1:2となり、軸間距離が90mmなら、15歯のPCDは60mm(半径30mm)、30歯は120mm(半径60mm)でうまく噛み合います。PCDと歯数が決まればモジュール(M)が決まり、60/15あるいは120/30でモジュールは4となります。歯ピッチはこれに円周率をかけたものなので、約12.6mmになります。
 すべてを自由に決められるのであれば、このようにして各種のパラメータを好きな順序で決めることができます(減速比だけは整数比による近似となります)。しかし現実の設計ではいくつかの制約が発生します。
 マニュアルトランスミッションの場合、カウンターシャフトとメインシャフトという平行する2本のシャフトの間に、歯数比の異なるいくつかのギヤセットを置きます。このような構成から、これらのギヤセットはすべて同じ軸間距離(カウンターシャフトのメインシャフトの軸間距離)になります。
 軸間距離が決まっている状態で、希望する減速比を得るための歯数比つまり半径比を決めなければなりません。モジュールも考える必要があります。前に触れたように、大トルクのかかる低速ギヤはモジュール値、つまり歯ピッチも大きくなるので、歯数の選択範囲が狭くなります。さらに加工の都合で選択できるモジュール値が決まっている場合は、希望する減速比(歯数比)にできない、あるいはその軸間距離では構成不能という可能性もあります。
 例えば前述の例、軸間距離90mm、モジュール4で減速比3を考えてみます。減速比からPCDの比率が1:3となり、小さい歯車のPCDは45mm、大きい方は135mmになります。これではモジュールが4だと歯数が11.25と33.75になってしまい、実現不可能です。モジュールが3なら15歯と45歯でうまく実現できますが、強度的に許されないかもしれません。またモジュール値は強度だけでなく、いくつかの選択肢から選ぶことを求められる可能性があります。
 同じモジュールのまま歯数を整数にしたらどうなるでしょうか? 前の例で11歯と33歯にするとPCDが44mmと132mmとなり、軸間距離が88mmになってしまい、隙間が2mmあいてしまいます。つまりモジュール、歯数比、軸間距離がすべて条件を満たすというのは、なかなか難しいのです。もちろん、うまくいく組み合わせもあり、例えばモジュール4で構成する場合、軸間距離が120mmだと、1:1、1:2、1:3、1:4などでうまく歯数が決められます。それぞれ、30:30、20:40、15:45、12:48になります。


■ 転位歯車

 このように歯車の歯数が整数であるという点から、歯数、軸間距離、モジュールの関係に制限が発生することになります。トランスミッションのように、一定の軸間距離の間にいくつものギアセットを置く場合、これはちょっとしたパズルです。低速ギヤは大きなモジュール値で大きな減速比、高速ギヤは少し小さなモジュールも許され、小さな減速比を実現しなければなりません。
 この問題を緩和してくれるのが、転位歯車という考え方です。歯の形状を標準的な状態よりちょっと深めに、あるいは浅めに加工することで、同じ歯数のまま、実質的なPCDを多少増減させることができるのです。わずかな差でPCDがうまく合わないといった状況では、歯を転移させることで、ほぼ正常な噛み合わせ状態を実現できます。
 転位歯車は、歯数の少ない歯車の加工にも使われます。歯数が少ない小さなギヤでは、回転に伴って歯がつっかえることがあります。これを避けるために、支障する部分を大きく削り取ったような形に成型するのですが、これも転位歯車です。
 転位歯車の歯形の変位は、転位係数という値で示されます。正の転位係数では歯の切込みが浅くなり、歯は尖ったような形に近づきます。負の転位係数では歯の切込みが深くなり、歯の付け根の部分が細くえぐれるような形になります。

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 歯車を転位した時の歯形の変化。


 極端な転位は歯車の特性を悪化させる可能性がありますが、僅かな転位であれば問題はありません。軸間距離が決まっている状況では、僅かなPCDの差を転位により調整することがしばしば行われます。
 転位歯車の理屈は、歯面の数学的な表現をさらに変形させたものとなるので、詳細は文献などを調べてください(自分も正確にはわかってません)。


■ 各ギヤの写真

 各ギヤの写真を示しておきます。
 マニュアルミッションではクラッチとつながるメインドライブシャフト、カウンターシャフト、プロペラシャフトにつながるメインシャフトに大きく分離することができます。各シャフトのギヤは、その役割によって軸に固定されていたり(メインドライブシャフトとカウンターシャフト)、自由に回転する(メインシャフト)ことができます。
 メインシャフトに取り付けられるギヤは、穴径がそれぞれ異なっています。ニードルローラーベアリングやスリーブをはめるギヤ、それらを使わないギヤがあり、また組み立ての都合から、メインシャフトが段付きシャフトになっており、各部の太さが違っているためです。

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 メインドライブシャフト。

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 カウンターシャフトと一体成型されたカウンターギヤ。右からメインドライブ(被駆動側)、5速、2速、1速。

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 取りはずしできるカウンターギヤ。右から4速、3速、後退。

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 1速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部よりギヤのほうが大きい。

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 1速ギヤ(非クラッチ側)。

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 2速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部とギヤは同じくらいの大きさ。

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 2速ギヤ(非クラッチ側)。

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 3速ギヤ。

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 4速ギヤ。

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 5速ギヤ。

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 後退ギヤ(右)とアイドラーギヤ(左)。


■ ギヤの仕様

 このミッションの各歯車の歯数、モジュール、PCD(ピッチ円直径)、歯車の厚さ、減速比などを以下にまとめておきます。なおモジュール値は、歯ピッチを実測して求めたものなので、近似値というか大雑把な値です。


 メインドライブギヤ

 歯数  厚さ モジュール減速比
ドライブギヤ1922.52
ドリブンギヤ4021.222.105263158



 1速から6速

 歯数  厚さ モジュール 減速比 総減速比
1速カウンターギヤ12203
1速ギヤ291632.4166666675.087719298
2速カウンターギヤ1917.52.7
2速ギヤ27162.71.4210526322.991689751
3速カウンターギヤ30182
3速ギヤ291820.9666666672.035087719
4速カウンターギヤ3317.22
4速ギヤ251720.7575757581.594896332
5速カウンターギヤ3619.82
5速ギヤ222120.6111111111.286549708
6速(直結)11



 後退

歯数厚さモジュール 減速比 総減速比
後退カウンターギヤ1323.62.7
後退アイドラーギヤ1819.72.7
後退ギヤ2919.72.72.2307692314.696356275

posted by masa at 12:13| 自動車整備