2020年11月28日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その2

 今回はエンジン始動時の電流の流れについて説明しますが、その前に、チャージランプについて説明しておきます。

■ チャージランプ

 現在の市販車両にはほとんど電流計が装備されていませんが、チャージランプは備えられています(Chargeは充電という意味です)。バッテリーのシンボルが描かれたランプで、On位置にすると点灯し、エンジンが始動すると消灯します。通常の運転時は消灯したままですが、エンストしたり、エンスト寸前までエンジン回転数が低下すると点灯します。
 このランプが何を意味しているかというと、オルタネーターに対して制御電源が与えられている状態で、発電されていないことを示します。オルタネーターは、電磁石を回転させて発電するので、最初に電磁石に電力を供給しなければなりません。また内蔵された電圧調整回路にも電源が必要です。これらのために、On状態になるとオルタネーターに電源が供給されます(B端子と別に、制御用電源の端子があります)。この電源が供給された状態で、ある程度以上の速度で回転することで、オルタネーターは発電します。
 この電源が与えられている状態で発電していない時に、チャージランプが点灯します。それがエンジン始動前やエンストした時です。以降の説明では、このチャージランプの状態についても説明します。

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 チャージランプの構成。

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 On状態でエンジンが停止していると、チャージランプが点灯する。

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 エンジンが始動し、オルタネーターが発電を開始するとチャージランプが消灯する。


■ スターターモーター

 基本的に電流計はバッテリーの充放電電流を示すのですが、例外的な要素もあります。それがスターターモーターです。エンジン始動のためのスターターモーターへの電力供給は、オルタネーターの動作開始前なのでバッテリーから行われます。ここまでの説明の通りなら、スターターモーターへの電流は電流計を通って、バッテリーの放電を示すべきです。しかし実際のスターターモーターへの配線はバッテリーの+端子に直接つながっており、バッテリーからスターターへの電流は電流計の指示に表れないのです。標準で電流計を備えた車でも、一般的な乗用車ではたいていはこのような配線になっています(車両の種類によっては、スターターの電流も測れるようになっているものがあるかもしれません)。

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 スターターを含めた回路(ヒューズは省略)。


 なぜこのような接続になっているかというと、流れる電流が大きいからです。スターターモーターは、エンジンのサイズにもよりますが、小型車以上なら100Aから150A程度は流れます。そのためスターターモーターには専用の太い配線を使い、抵抗を少しでも小さくするためにバッテリーの+端子に直結されています。オン/オフする接点もモーターの側面に取り付けられており、大電流が流れる配線が長くならないようにしています(この接点を動かすソレノイドは、スターターのピニオンギヤを動かすのと共用されます)。バッテリーにつながる車両全体のプラス母線は直径6mmから10mm程度ですが、スターターモーター配線は10mmから15mm程度あります。バッテリーのプラス端子には太い電線がつながっていますが、実はこれはスターターに行く線で、車両側につながるプラス母線は、この太い線といっしょに固定されている少し細いほうの線です。
 このような接続になっているため、バッテリーからスターターモーターに流れる電流は、電流計を通りません。またもし通すとすると、電流計の表示のスケールをこのスターター電流に対応したものとせねばならず、数アンペアといった僅かな電流の計測が難しくなります。ただこのような変則的な配線により、電流計の指示値の解釈は、ちょっと頭を使う必要があります。このような点も含めて、以降の節でエンジン始動時の電流の流れについて説明します。


■ エンジン始動時の電圧と電流

 電力の供給という観点で、エンジンの始動操作をくわしく見てみます。スターターモーターの結線が例外的な構成といったこともあるので、電流の流れと電流計の指示の食い違いなどについても説明します。
 前の解説とちょっと重なるところもありますが、以下に、始動前の状態からどのように変化していくかを示します。なおスイッチの操作は、昔ながらのキー式を前提にしています。ボタン式の場合は、AccやOn状態にするための手順が異なります。


0. Off位置

 キーがOff位置の時は、ルームランプやライト類などを明示的にオンにしていない限り、電力はほとんど使っていません。制御系やオーディオ系などのデータのバックアップ、リモコンキー受信機やイモビライザーなどの待機電力程度です。もちろんこれは、バッテリーから供給されています。これらは僅かな電流なので(せいぜい10ミリアンペア程度)、フルスケールが数十アンペア以上の電流計では測定限界以下で、電流計の放電電流の指示値は0Aとなります。
 バッテリー電圧は端子開放電圧となり、12Vから13V弱程度です。13V近く示すのは、エンジンを止めてさほど時間が経っていない状態です。また寒冷時にはさらに電圧が低くなることもあります。ここではこの状態での電圧を12.5Vとします。
 ルームランプ、ハザードなど、オフ時でも使用可能な負荷を使っている場合は、それらが消費する電流が、放電電流として電流計に表示されます(図中の電流値、電圧値は例としてあげたものです)。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Off状態で電気負荷を明示的に使っていない状態では、ごく僅かな電流しか流れない。そのため電流計は0A、電圧計は12.5Vを示している。


1. Acc位置

 キーをAcc位置にすると、オーディオやナビ、シガーソケットやUSB電源コネクタなどに通電します。マニュアルエアコンだとファンモーターが回転するものもあります。負荷や機器の構成にもよりますが、だいたい数アンペアから10A程度の電流の放電となります。これくらい流れると、電流計の針が0より放電側(マイナス側)に触れているのがわかります。ここでは5A流れるものとします。
 この程度の電流だと、バッテリーの電圧降下はほとんどなく、オフ時と同じくほぼ端子開放電圧のままで、電圧計は12.5Vのままです。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Acc状態ではオーディオ、ナビなどが動作する。電流計は5A、電圧計は12.5Vを示している。


2. On位置(エンジン始動前)

 キーをOn位置にすると、各種の電動の補機類、燃料ポンプ、点火系、エンジンやミッション、ブレーキなどの制御系や、安全装備などの電子回路類にも電力が供給されます。また一部の機器は初期化や自己診断を開始し、管理するモーターやソレノイドを動かすこともあります。オルタネーターに制御電源が供給されますが、回転していないため発電はされず、警告のためにチャージランプが点灯します。
 車両の構成にもよりますが、10Aから数十アンペアの電流がバッテリーから放電されます。まだオルタネーターによる発電は行われていないので、これらの消費電流は、電流計上で放電電流として観測することができます。
 これだけの電流が流れると、バッテリー電圧は多少低下します。低下の度合いは放電電流、バッテリーの容量や状態次第です。容量が大きいものほど電圧降下は小さく、また劣化が進むと電圧降下が大きくなります。通常の状態であれば、この時点での電圧降下は0.5V程度で、電圧計の指示値は12Vちょいから12V弱の間くらいになります。

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 On状態(エンジンは未始動)ではAcc系に加え、自動車の制御系ほぼすべてに電力が供給される。電流計は20A、電圧計は12.0Vを示している。


3. スタート位置

 On位置からスタート位置に回すと、スターターモーターのソレノイドが動作し、バッテリーからモーターに電流が流れます。前に説明したように、モーター駆動電流はバッテリーからモーターに直接流れ、電流計は通りません。そのため電流計の指示値は、バッテリーの放電電流であるにも関わらず、スターターモーターの消費電流を含みません。
 エンジン始動時はバッテリーからの放電電流が桁違いに大きくなるため、少しでも節約するためにAcc系は一時的にオフになります。
 電流計の指示値は、スターターの回転開始に伴い、Acc分が減っているにも関わらず、多少値が増加します。エンジンが回転することで、点火コイルや燃料噴射インジェクターなどの消費電力が増えるためです。
 スターターでエンジンが回ることで、オルタネーターも回転しますが、この段階では回転速度が低すぎ、発電を開始できません。そのためチャージランプは点灯したままです。
 スターターモーター回転時は、電圧計が大きく動きます。バッテリーはスターターと合わせて100A以上の放電を行うため、バッテリーの内部抵抗により端子電圧が降下するのです。これもバッテリーの容量や状態によりますが、10Vから11V程度に下がります。9V以下に落ちるようだと、バッテリーがくたびれていると思って良いでしょう。具体的には満充電状態ではない、古くなって劣化したり容量が低下している、そもそも容量不足といった原因が考えられます。もちろん、スターターモーターやエンジンに不具合があり、過大な電流が流れている可能性もあります。
 スターターでのエンジンの回転はアイドル回転数よりかなり低いので、この段階ではまだオルタネーターの発電は開始していません。

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 ST状態(エンジン始動中)ではAcc系はオフ、その他の制御系ほぼすべてに電力が供給される。さらにスターターソレノイドに給電されることでモーター回路がオンになり、バッテリーから直接モーターに電流が流れる。電流計の指示値は増えているが、スターターの分は含まれていない。


4. エンジン始動

 エンジンが自力で回転を始め、キーをOn位置に戻すとスターターモーターは停止します。エンジンが回り始め、オルタネーターが発電を開始するのでチャージランプは消灯します。オルタネーターは、エンジンが定格のアイドル回転数以上で回転していれば、発電して電流を供給します。オルタネーターが正常に発電していれば、電圧計はだいたい14V以上を示します。ただしバッテリーの充電中や、ライトやエアコンなど、大量の電装品を稼働させていると、13V台まで落ちることがあります。
 オルタネーターが発電を開始すると、自動車が使用する電力はすべてオルタネーターから供給されるようになります。同時に余剰電力がバッテリーに充電されるので、電流計には充電電流(プラス側)が示されます。充電電流の大きさは、オルタネーターの出力、自動車の消費電力、バッテリーの放電状態などにより変化します。スターターの使用で持ち出された電力を補うために、一般にエンジン始動直後は数十アンペアの充電電流が流れ、充電が進むにつれて充電電流は徐々に減り、数分で数アンペア程度の充電電流に落ち着きます。
 例えば始動前に30Aが数秒流れ、スターターモーターに100Aの電流が数秒流れたとすると、これだけで数百アンペア秒の容量の放電が行われたことになります。例えば500アンペア秒の放電量だったとしたら、50Aの充電電流で10秒間充電が必要ということになります。

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 On状態(エンジンは始動)ではオルタネーターが発電している。車両側の消費電流は始動直前と大きく変わらないが(Acc分は増える)、オルタネーターから供給されるので、電流計には表れない。オルタネーターからの電流でバッテリーを充電する。電流計は充電電流の+50A、電圧計はオルタネーター出力の14.0Vをを示している。


5. 充電完了

 数分間エンジンが回れば、1回の始動手順でのバッテリーからの持ち出し電力はほぼ充電されます。エンジンを何度も始動、停止したり、長期間エンジンをかけず、バッテリーの放電が進んでいれば、より長い時間がかかりますが、それでもある程度の時間で完了します。ただし、充電電流は最初大きく、徐々に減っていくため、最初の1分くらいでエンジン始動に使用した電力の2/3程度は充電されますが、残りの分を完全に充電するには、より長い時間が必要になります。一般にバッテリーの劣化が進むと、満充電に要する時間も長くなるようです。
 最悪の条件は、バッテリーあがり状態からエンジンをかけた場合でしょう。バッテリーが上がる寸前でエンジンをかけたり、あるいはほかの車やバッテリーを使ってエンジンをかけ、完全放電状態のバッテリーを充電するには、かなりの時間がかかります。一般に、最初は大きな充電電流が流れますが、それが徐々に減って満充電となります。バッテリーが完全に上がってしまうと、オルタネーターによる満充電には数時間程度かかります。電流計があれば充電電流を見ることで、充電がほぼ終わっている、あるいはまだまだ充電しているといったことがわかりますが、電流計がないとどうにもわかりません。場合によっては充電が足らず、1度エンジンを止めたら再始動できないといったことも考えられます。

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 放電した分の充電がいっぱいになると、充電電流はごく僅かになる(ここでは3A)。充電分の電力消費がなくなった分、オルタネーターの出力電圧はちょっと上昇し、14V以上を示す。


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 以下の動画は、この一連の動作に伴う電圧計と電流計の動きを示したものです。これらのメーターは動作に電源を必要とするので、横の小さなスイッチにより、Off時に電源供給できるようになっています。



 次回は、ウインチのような特殊な大電力負荷を車両の電装系に接続する場合について説明します。


posted by masa at 16:43| 自動車