実際の作業は夏休み前から行っており、そして夏中に自由研究をまとめ終えられるかはわかりませんが、しばらくこのネタを続けていこうと思います。
このミッションはオークションで安く仕入れたもので、これを分解して中を見てみます。
まずこのミッションの概要とマニュアルミッションの仕組みについて解説します。
実車と記念撮影
横から見るとだいたいこの辺にある。広角レンズなので、大きさの比率としては、ミッションはもう少し小さい。
■ M601 / M66M-D 6速マニュアルトランスミッション
このトランスミッション(以後MTかミッション)は、マツダのSkyactiveテクノロジーの一環で、Skyactive MTとなっています。このミッションは、ND専用のものです。そもそも今のマツダ車は横置きFFかFFベースの4WDが中心であり、このクラスの縦置きFR車がほかにないため、ミッションも専用になってしまうのです。形式は、整備資料の中ではM66M-D、本体の刻印やパーツ番号ではM601となっています。
ミッションの全体像(右側)
ミッションの全体像(左側)
メーカーによる資料としては、こんなものがあります。
このミッションの特徴として、6速が直結でオーバードライブ段がないという点があります。一般的なマニュアルミッションでは、6速MTなら5速、5速MTなら4速が直結で、それより上のギヤは入力軸より出力軸が高速回転するオーバードライブというのが一般的ですが、このミッションは最速段の6速が直結(減速比1)で、それより下のギヤはすべて減速という構成です。一般にオーバードライブは、高速巡航時にエンジン回転数を低下させ、燃費を向上させるという役割が大きいのですが、NDの場合はファイナルのギヤ比を小さくすることで、ミッション側からオーバードライブ段をなくしています。ミッションは、動力伝達にギヤを経由しない直結が一番効率がよいわけで、この構成は理にかなっています。
ミッションの各段のギヤ比と次段との比率は以下のようになっています。モータースポーツをやっている人からは、2速と3速がちょっと離れているという感想を聞いたことがあります。
1速 5.087 0.5880
2速 2.991 0.6804
3速 2.035 0.7833
4速 1.594 0.8068
5速 1.286 0.7776
6速 1.000
後退 4.696
メーカー資料によると、軽量化に加えて、ショートストローク、ダイレクト感など、シフトフィールに留意して開発したということです。横置きレイアウトだとシフトレバーとミッションのシフト機構はワイヤー伝達になるため、どうしても操作感にダルさがでます。それに対して縦置きFRは、ミッション後部にシフトレバーを配置できるので、ワイヤー類を介さず、ロッドで直接シフト機構を動かすことができ、本当のダイレクト感が味わえます。例えばシフトスリーブが同期してシンクロまで進んだ、さらに進んでギヤと噛み合ったなどの感触がわかります。
シフト操作時のストロークを小さくすることで、よりクイックにシフトを行えるわけですが、これにはひとつ問題があります。一般にミッション内部のシフト機構の動作量は、モデルに関わらず、そんなに違いはありません。そのためレバーのストロークを短くするには、レバー支点と操作部の間の長さを小さく、つまりレバーを短くしなければなりません。するとテコの原理により、操作に要する力は大きくなります。
シフト操作において、レバーによってシフト機構に加えられる力は、おもにシンクロメッシュ機構のために使われます。シンクロ機構を強く押すことで回転同期が行われ、シフトが可能になるのです。長いレバーを大きく動かすのであれば、軽い力でシンクロに大きな圧力をかけられますが、ショートストロークにすると、より大きな力でレバーを操作しないと、シンクロに十分な圧力をかけられません。そのためショートストローク設計にするためには、シンクロの効きをより強化する必要があります。シンクロがよく効けば、小さな力で同期が実現でき、結果としてショートストロークで快適な操作を実現できます。
このミッションでは、カーボントリプルコーンシンクロなどを使うことで、シンクロの能力を強化しています。
メーカー資料によると、メインドライブギヤの減速比、つまりメインドライブシャフトとカウンターシャフトの減速比も大きくしているようで、これによりカウンターシャフトの回転速度が低下しています。これはカウンターギヤによるミッションオイルの撹拌の抵抗を小さくすることが目的とのことです。
■ ミッションオイル
ミッション内のギヤやベアリング類はギヤオイルで潤滑されます。このモデルには油圧ポンプはなく、歯車による撹拌やはねかけにより各部を潤滑します。NDのミッションは専用のオイル(純正ロングライフギヤオイルIS)が指定されており、これ以外のものを使うと、寒冷時の操作が渋くなることがあるとされています。純正オイル以外の場合は、SAE 75W-90 GL-4が指定されています。
実際、純正オイルであっても、自分の車では新車の時(冬だったこともあり)、1速、2速のシフトがかなり渋く、冷間時はダブルクラッチを多用していました。この渋さは数千キロの走行と1回のオイル交換でほぼ改善しました。
ミッションケースの下部にはオイルを抜くドレーンボルトがあり、側面には注入のためのフィラーボルトがあります。オイルは車載状態で、このフィラーボルトの高さまで注入します(約2リットル)。これはおおよそ、カウンターシャフトがオイルに沈むくらいの深さで、ギヤの噛み合い部やメインシャフトは空中に露出しており、カウンターシャフトのギヤの回転により撒き上げられたされたオイルで潤滑されます。
またケース内の上部にはオイルガイドという雨樋のような部品があり、跳ね上げられたオイルの一部がここを流れ、ギヤから離れた部分にもオイルが回るようになっています。
ギヤケース部分とは別に、シフトレバーのマウント部にも同じオイルを注入するようになっています。この部分にはドレーンやフィラーはなく、シフトレバーを外して上から注入し、シリンジを使って抜くことになります。ギヤほどの負担はないので、ミッションのオーバーホールやシフトレバー修理の時に交換する程度でしょう。
プロペラシャフトをはずす際は注意が必要です。プロペラシャフトは伸縮できなければならないので、ミッションのアウトプットシャフトにスプライン嵌合しており、ジョイント軸の外周部がミッション側のオイルシールで密封されています。ジョイント部は固定されておらず、引っ張れば抜けてしまいます。そのためミッション単体の場合は、プロペラシャフト結合部は内部のシャフトがむき出しで、そのまわりに隙間があります。この部分はミッションオイルの油面より上ですが、傾けたりするとオイルが漏れるので、ミッションを車体から取り外す際には、オイルを抜くか、キャップを付けておく必要があります。
プロペラシャフト部のキャップ
■ 常時噛合式ミッションの基本的な構造
このミッションの内部の詳細に触れる前に、マニュアルトランスミッションの基本的な構造を示しておきます。素人向けの解説の模式図などでは、ギヤがスライドしていくつかの組み合わせの中から1つを選ぶという構造が示されていることがあります。確かにこのような構造なら、ギヤ比を変える変速機とすることができますが、実際の自動車では、このタイプのものはほとんど使われていません。
歯車をスライドさせて適宜噛み合わせるという構造のものは、選択摺動式と言います。それに対し小型自動車のマニュアルミッションに使われているものは、すべての歯車が常に噛み合った状態で回転しており、常時噛合式といいます。
ミッションの内部。右側がクラッチ側、後退ギヤは取り外し済。
常時噛合式の基本的な考え方は、出力軸(メインシャフト)上で異なる速度、つまり異なる減速比で回転する複数の中から1つを選び、それをメインシャフトに結合させるというものです。これにより、メインシャフトは結合した歯車と同じ速度で回転します。別の歯車と結合させることで、メインシャフトはさまざまな減速比で回転することになります。
構造を簡単に説明します。以下の図は直結4速タイプの常時嵌合式変速機の模式図です。後退とシンクロ機構は省略しています。図中の赤いニードルローラーベアリングを介している歯車は軸に対して自由に回転することができ、それ以外の歯車、クラッチハブは、軸に固定されています。クラッチスリーブはクラッチハブといっしょに回転しますが、前後方向にスライドすることができます。
マニュアルミッションの基本的な構造
クラッチハブとギヤの結合
エンジン(クラッチ)からの回転は、メインドライブシャフトを回転させます。メインドライブシャフトの下側に、平行にカウンターギヤシャフトがあります。メインドライブシャフトに付いているメインドライブギヤは、カウンターギヤシャフトの最前部のギヤに噛み合っていて、メインドライブシャフトによりカウンターギヤシャフトが適度な減速比で回転します。
カウンターギヤシャフトは、最前部の駆動ギヤとは別に、各変速段のための歯車が並んでいます。6速+R構成であれば、最前部の減速ギヤと後退ギヤを除き、5個の歯車が取り付けられています(6個でないのは、直結段は歯車を必要としないためです)。図は簡略化した4速MTなので、各段用のギヤセットは3組です。
メインドライブシャフトの延長上に、メインシャフトが置かれています。これは変速機の出力軸であり、後ろ側にプロペラシャフトが付きます。メインドライブシャフトはメインドライブシャフトと同心ですが独立して回転でき、接続部にはベアリングが組み込まれています(図では省略)。
カウンターシャフトの各段のギヤは、メインシャフト上に配置された歯車と噛み合います。各段のカウンターギヤ、メインシャフトの歯車のペアの歯数の比率はすべて異なるので、各ギアセットの減速比はそれぞれ異なります。メインシャフト側の歯車はメインシャフトには固定されておらず、ベアリング(図の赤いローラー)を介しており、メインシャフトとは異なる速度で回ることができます。結果として、メインシャフト上の各段の歯車は、シャフトに対してすべて異なる速度で回転することになります。
後退ギヤについては、カウンターギヤとメインシャフトのギヤが直接噛み合うのではなく、間に1個のアイドラーギヤを置き、ほかのギヤとは逆回転するようになっています(図では省略)。
後退用のギヤ
ここまでギヤを用意すれば、あとはこの中のどれかのギヤとメインシャフトを結合させれば、変速機として機能します。これは、メインシャフトと各ギヤの間にクラッチ機構を置いて実現します。ただしエンジンの回転の断切に使われるような摩擦クラッチではなく、溝と突起が噛み合うという構造のものです。具体的には以下のものから構成されます。
・クラッチハブ
、メインシャフトに固定された部品で、外周部にはスプライン(溝)が刻まれており、クラッチスリーブがスライドしながら回転を伝達できるようになっています。
クラッチハブ
・各段の歯車
歯車の横には、クラッチハブと同じ形状のスプラインが刻まれています。
クラッチ部を持つギヤ(1速)
・クラッチスリーブ
クラッチハブの外側に置かれた筒状の部品で、内側にクラッチハブ、各ギヤのスプラインと噛み合うスプラインがあります。スリーブはクラッチハブと一緒に回転しながら、前後に移動できます。
クラッチスリーブ
・シフトフォーク
クラッチスリーブを前後に移動させる部品です(図では省略)。スリーブの外側にある溝にはまり、回転しているスリーブを前後に動かします。
・シンクロメッシュ機構
滑らかに変速するための機構で、これについては別に説明します(図にはありません)。
シンクロナイザーリング(1速用トリプルコーンタイプ)
クラッチスリーブはクラッチハブとほぼ同じ厚みで、中立状態ではハブに重なった位置にあります。スリーブをスライドさせると、ハブに隣接したギヤのスプライン部に噛み合います。これによりメインシャフトとそのギヤが結合され、同じ速度で回転します。これが、その段のギヤが選択された状態です。
スライドしていな状態では何も拘束されないので、シャフトとギヤは異なる速度で回転できます。以下の写真はわかりやすくするために、シンクロ機構を取り除いてあります。
噛み合っていない状態。
噛み合っている状態。
一般的なミッションでは、1組のハブとスリーブの両側(前側と後側)にギヤを配置し、スリーブを前後にスライドさせることで、2組のギヤのどちらかと結合できる構造になっています。もちろん、どちらとも噛み合っていない中立状態もあります。クラッチスリーブの外周には溝が刻まれていて、ここにシフトフォークがはまります。シフトフォークはシフトロッドにより前後に移動し、それによりスリーブが前後に動きます。
クラッチスリーブとシフトフォーク
ギヤのセットが変速機の総段数より1つ少ないのは、メインドライブシャフトとメインシャフトを直結するという段があるからです。メインドライブシャフトの後端部にもスリーブと噛み合うクラッチ部があり、これがクラッチハブと噛み合うことで、メインドライブシャフトとメインシャフトが直結します。この時、駆動力はカウンターシャフトや歯車を経由しません。
このように、各段のギヤが常時噛み合って異なる速度で回転しており、その中から1つ(直結も含む)を選んでメインシャフトと結合させるというのが、常時噛合式トランスミッションです。
各ギヤとクラッチスリーブのスプライン部は、回転しながら噛み合うため、端部の角を斜めに落とし、はまりやすい形状になっています。この部分をチャンファと言います。チャンファ(chamfer)という言葉は、面取りや角を落とすという意味です。
スリーブのチャンファ加工。
クラッチ部のチャンファ加工。
この噛み合いを運転中に滑らかに行うために、クラッチハブとギヤのチャンファ部の間にシンクロメッシュ機構が置かれています。シンクロの働きはわかりにくいので、後で現物を示しながら説明します。
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次回はクラッチの構造と関連部品の取り外しを行います。