■ 後退ギヤ
1速から6速までの前進ギヤは、クラッチにつながるメインドライブシャフトと直結(6速)、あるいはメインドライブギヤ、カウンターギヤ、各速ギヤと伝達されます。そのため入力側のメインドライブシャフトと出力側のメインシャフトは同じ方向に回転します。しかし後退は逆回転しなければならないので、伝達経路上に歯車を1個追加します。カウンターシャフトとメインシャフトの後退ギヤの間に置かれるアイドラーギヤにより、出力は逆回転となります。
後退にはアイドラーギヤが使われる。
このミッションの後退ギヤはギヤトレーンの最後部にあります。インターメディエイトハウジング後端にある2個のベアリングは、メインシャフトの中間部とカウンターシャフト後端を支えています。カウンターシャフトはこのベアリングからちょっと飛び出していて、そこに後退用ギヤが取り付けられています。これはセレーションではめ込んだ後、ロックナットで固定されています。
カウンターシャフトの後退ギヤはアイドラーギヤと噛み合う。ロックナットはカシメてある。
それと噛み合う形でアイドラーギヤがあります。アイドラーギヤ軸は、短いシャフトがインターメディエイトハウジングに差し込まれており、付け根の部分がハウジング外部からねじ込まれるボルトで固定されています。エクステンションハウジング側にも軸穴(写真の赤丸)があり、ハウジングを組み合わせると、アイドラーシャフト先端がこの穴に差し込まれます。つまりこのシャフトは両端がハウジングで支えられる形になります。
アイドラーギヤの軸(写真はハウジング分解後)。
エクステンションハウジング側に、アイドラー軸がはまる穴がある。
アイドラーギヤはニードルローラーベアリングを使っています。さらにフリクションダンパーという、軸に接触するゴム部品がギヤに組み込まれています。これはギヤの回転に対して摩擦抵抗になります。この用途はよくわかりません。速度変動時の歯当たり音を低減させるものでしょうか?
アイドラーギヤ、ニードルローラーベアリング、スラストワッシャー。
アイドラーギヤの軸穴にゴム製のフリクションダンパーが取り付けられている。写真のものはゴムが破損している。
このアイドラーギヤにカウンターシャフトとメインシャフトの後退ギヤが噛み合います。アイドラーギヤを1個挟んでいるので、メインシャフトは前進ギヤとは逆回転になります。ミッションのギヤははすば歯車を使っているので、噛み合う歯車どうしは、歯の傾きが互いに逆になります。メインシャフトの後退ギヤは前進ギヤと比べて噛み合い部分が1箇所増えるため、前進ギヤと歯の傾きが反対になっています。
メインシャフト上の後退ギヤは、クラッチスリーブを介してメインシャフトに固定されたクラッチハブと噛み合います。ここにもシンクロナイザーが組み込まれており、シフト時にギヤ鳴きが発生しないようになっています。つまりこのミッションは後退ギヤも、前進ギヤと同じように常時噛合式です。ただし前進用ギヤは、クラッチハブが隣接する2速を選択的に断切するのに対し、後退は後退1速の断切のみとなります。また後退は走行中に入れることは考慮されていないので、シンクロは大容量のものではなく、簡略化されたシングルコーンタイプです。
以下の写真は、一番下にアイドラーギヤと噛み合う後退ギヤがあり、その上にクラッチスリーブとシフトフォーク、シンクロナイザーを挟んでクラッチハブがあります。
後退ギヤ。クラッチスリーブは後退ギヤのスプライン部にはまっている。これがスライドしてメインシャフトのクラッチハブに噛み合う。
この後退段は、ほかの前進段とクラッチ周りの構造がかなり変わっています。前進段は、メインシャフトに固定されたクラッチハブ上をスリーブがあり、それが前か後ろに移動して、各段のギヤと噛み合います。つまりクラッチスリーブは、常にクラッチハブ(すなわちメインシャフト)と共に回転します。それに対して後退ギヤでは、スリーブは後退ギヤ側のスプライン上にあり、それが移動してメインシャフトに固定されたクラッチハブに噛み合います。そのため後退用のクラッチスリーブは、常に後退ギヤと共に回転することになります。そしてクラッチハブ側には、機構部品は何も取り付けられていません。
後退ギヤとクラッチスリーブ。
クラッチスリーブは後退ギヤにはまる。
シンクロナイザーリングをはさんで、クラッチハブと組み合わされる。
クラッチスリーブはシフトフォークで前後に動かされます。シフトレバー操作の動きは、コントロールロッドの回転と前後の動きとなり、エクステンションハウジング内で4本のシフトロッドエンドと個別に噛み合い、1本だけを動かします。この4本のうちの1本が後退用のものです。ほかの前進用ロッドは、このエンド部品とシフトフォークの位置が離れており、動きはロッドで伝えられます。しかし後退用シフトフォークは噛合部とフォークが非常に近い位置にあるため、シフトロッドエンド部とシフトフォークが一体化されています。シフトロッドの役割はシフトフォークが動くためのガイドとなります。後退用シフトロッドはほかのロッドと同様にインターメディエイトハウジング、中央のベアリングハウジングを貫通しており、ここに組み込まれたインターロック機構の制御化にあります。後退位置を検出するスイッチがインターメディエイトハウジングにありますが、このスイッチを動かすための刻みがロッドの中間部にあります。
後退用のシフトフォークとシフトロッド。フォークのそばの刻みは後退スイッチ用。末端の刻みはディテント用(後述)。
後退ギヤの動作(再掲)。
後退ギヤの噛み合いとシンクロナイザーについては、前進ギヤのシンクロナイザーについて説明した後で取り上げることにします。
後退ギヤの上部には、オイルガイドがあります。プロペラシャフト用のメタルベアリングにオイルを送ったのと同じようなもので、ケース内部でオイルが勢いよくかき回されている部分で跳ね上げられたオイルが、この雨樋状の部品で流れてきて、後退ギヤとクラッチハブが接触する近辺に滴下します。後退ギヤのカウンターシャフト近辺はオイルに浸っているので、ギヤ周辺はそれで潤滑されるはずですが、それでは不足するのでしょうか? 後退ギヤは逆回転であり、ほかの前進ギヤよりシンクロナイザーリングの接触面の摺動負担が大きいからかもしれません。
オイルガイドからのオイルは、後退ギヤのスリーブやシンクロの周辺に垂れる。シフトフォーク、ロッドエンドは外してある。
■ 余談 −− 選択摺動式の後退ギヤ
現在の乗用車用マニュアルミッションの多くは、ここで示したように後退ギヤも常時噛合式が一般的ですが、以前は選択摺動式の後退ギヤが広く使われていいました。選択摺動式というのは、ギヤそのものをスライドさせて、目的のギヤ構成になるように噛み合わせるというものです。
選択摺動式は、ギヤの歯の噛み合いそのものがクラッチとして働くので、動いている状態で噛み合わせるのはかなり難しくなります。双方の歯の速度が合っていないと弾きあってしまい、ギヤ鳴きが起こり、うまく噛み合いません。後退ギヤの場合は、ギヤを入れるのは停止時であり、走行中のシフト操作はないので、選択摺動式でも問題なかったのです。それでも停止直前に後退に入れるなどすると、ガリガリという音がします。
選択摺動式の場合は、歯車そのものがスライドする構造なので、はすば歯車は使えません。はすば歯車は歯面が斜めにあたるため、軸方向へのスラスト力が発生します。それによりギヤ抜けが起きたり、あるいはギヤを抜くのに大きな力が必要になります。そのため選択摺動式ではスラストの発生しない平歯車を使います。
ほかのギヤについて、スラストが発生するのにはすば歯車が使われるのは、歯当たりの位置が回転に伴って連続的に移動するため、回転が滑らかで騒音が少ないためです。平歯車は歯当たり音が大きく、速度を上げるとウィーンという唸り音が発生します。昔の乗用車が、バックの時だけ唸り音を上げていたのは、後退用の平歯車が原因です。
以下の図は三菱Jeepの選択摺動式の後退ギヤです。
Jeepのミッションの後退ギヤ。左側の図は噛み合い状態、右側は非噛み合い状態。アイドラーギヤは軸の背後に隠れている。
余談ですが、Jeepのトランスファーの副変速機は、高速ギヤははすば歯車を使っていましたが、低速ギヤは選択摺動式の平歯車でした。そのためJeepは、低速で走行する際、前進でも唸り音が聞こえます。
■ シフトロッドエンドの取り外し
ミッションの分解を進めていきます。インターメディエイトハウジングを取り外すには、後退ギヤセットを外す必要があります。このギヤを抜き取ろうと思うと、一部の前進用のシフトロッドエンド部品が干渉しそうです。どっちにしろロッドエンド部品も、ハウジング取り外しの支障になるので、まずロッドエンド部品を取り外します。
並んだロッドエンドの一部が後退ギヤの抜き取りの支障になる。
これらの部品は、シフトロッドにスプリングピンで固定されています。コントロールロッドのシフトレバー側のエンド部品も同じようにスプリングピンで固定されていました。ここも同じようにピンポンチを使い、ハンマーで叩いてスプリングピンを抜き取ります。これで前進用の3個のロッドエンドを抜き取れます。しかし後退用は、シフトフォークとロッドエンドが一体になっているので、ピンを抜いてもスリーブとの噛合があるので、外すことはできません。これは後でギヤ類といっしょに取り外します。
シフトロッドエンドもスプリングピンで固定されている。
ピンポンチで抜き取る。
取り外したロッドエンド(後退用をはずせるのはギヤの分解後)。
以後の写真では、後退用シフトフォークと共に後退用シフトロッドを抜き取ってありますが、ロッドの抜き取りについては、ほかのシフトロッドの抜き取りのところでまとめて説明します。
■ スプラインとセレーション
これからギヤ類の分解が増えていきますが、その前にスプラインとセレーションについて触れておきます。この記事ではスプラインとセレーションという用語を、その働きによって使い分けています。
どちらも軸と軸穴の加工形状のことです。軸表面と歯車などの軸穴内面に溝と山の形状の加工を行い、軸が軸穴の中で噛み合って回転せず、トルクを伝達できるようにするものです。また加工形状や隙間の大きさによっては、軸と軸穴は滑るように軸方向に移動することができます。隙間が小さければ固くはまります。
ここでは、プロペラシャフト取付部やクラッチハブとスリーブなど、スライドできる部分をスプライン、クラッチハブやギヤと軸の固定部のように、使用中に移動しないもの(固くはまっている状態)のものをセレーションと呼んでいます。
セレーションは三角の山で、軸とハブなどが噛み合う。隙間はほとんどなく、圧力をかけて固定すると、簡単に抜けないことが多い。
スプラインは四角(台形)の山で、軸とハブなどが噛み合う。刻みのピッチはセレーションより大きい。多少の隙間があり、軸に対してハブ類はスライド可能。
■ プーラーあれこれ
MTを分解する際は、ベアリングやギヤを抜き取るためにプーラーを多用します。今回の分解では、以下のようなプーラーを使用しました。
・ベアリングセパレーター
左右から挟み込み、ネジで締め込みます。中央の穴の周囲はクサビになっており、それが内部に入り込むことで、ベアリング類の隙間を広げます。また、適当な状態でベアリング類にあて、ネジを使って引っ張ることで、プーラーとして利用できます。ネジ式プーラーとセパレーターは、延長ボルトを使って接続します。
ベアリングセパレーターを使うプーラーセット。2個のセパレーター、ネジ式のプーラー部、延長ボルトから構成される。
・アマチュアベアリングプーラー
おもに軸に圧入されたベアリング類を抜くために使用します。先端の爪をベアリングのアウターレースに引っ掛け、はずれないように固定ネジなどで押さえます。そしてレンチやハンドルでネジを締めることで爪が動き、ベアリングを抜き取ります。アマチュアベアリングは、モーターの電機子(回転子)を支えるベアリングのことです。もちろんモーター類だけでなく、軸に圧入されたベアリングの抜き取り全般に使用できます。今回は、カウンターシャフトベアリングの抜き取りにに使用しました。
一般的なアマチュアベアリングプーラー。
3 爪をネジで止めるタイプのアマチュアベアリングプーラー。寸切りボルトで延長できる。
・ギヤプーラー
軸に圧入されたギヤやプーリーを抜き取るためのもので、ベアリングプーラーより大きな爪を備えています。今回は3本爪タイプのものを使って、ギヤの抜き取りを行いました。
3爪タイプのギヤプーラー。ベアリングプーラーより爪が大きい。
ミッションの分解を行う場合、一般的なプーラーはだけでは十分ではありません。ミッションのシャフト、特にプロペラシャフト側は長いため、プーラーの爪をセットしたギヤやベアリングと、ネジを当てるシャフト端がかなり離れているのです。そのため、爪までの距離を大きく取れるプーラーが必要になります。専用工具もありますが、ここでは長い寸切りボルトを使い、通常より大きく延長した形で、汎用プーラーを使いました。
延長に使った寸切りボルト。
部位によってはプレスの使用が求められますが、今回の分解では使用していません。組み立て時のベアリングの圧入がどうなるかはまだわかりません。
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次回は、後退ギヤを分解します。