この状態はミッションがほぼ裸になった状態となります。
インターメディエイトハウジングを取り外す。
ここで、最初に説明したマニュアルミッションの基本構造を、実際のミッションの上で見てみます。
■ インターメディエイトハウジングの分離
シフトロッドエンド、後退ギヤを取り外せば、インターメディエイトハウジングを外すことができます。このハウジングの抜き取りは、クラッチ側を下にしてミッションを立てて行うとやりやすいので、前側のミッションケースを取り付けた状態で行うといいでしょう。
ミッションケースを仮ばめすると分解しやすい(ボルトが刺さっているのは気にしない)。
メインシャフトとカウンターシャフトのベアリングは、ハウジング側はしっくり嵌めなので、まっすぐに引っ張れば抜き取ることができます。インターメディエイトハウジングとベアリングハウジングはシール材で貼り付いているので、ケースの突起部をプラハンマーで軽打し、貼り付きを剥がします。ハウジングは位置決めピンも差し込まれているので、少しずつ叩いて真っ直ぐに抜き取ります。ハウジングを後ろに抜くと、各ギヤやシフトロッドが本体側に残った状態で露出します。
このハウジングの中には、3-4速ギヤが収められています。
このハウジングは、メインシャフトとカウンターシャフトのベアリングを保持しています。それに加えて、4本のシフトロッドの後ろ側のサポートの役割を持ちます。
取り外したインターメディエイトハウジングを後ろ側から見たところ。ベアリングとロッド用の穴が空いている。後退ギヤに給油するオイルガイドが見える。
前側から見る。オイルガイドは、ハウジング内で飛散しているオイルを集める。
シフトロッド用のスライド穴。内部にブッシュがはめられている。上側のネジ穴はドレーンボルト取り付け穴。
インターメディエイトハウジングを取り外した状態。
■ すべてのハウジングの取り外し
前側のミッションケース、後側のエクステンションハウジング、中間のインターメディエイトハウジングをすべて外すと、中央部の薄いベアリングハウジングで、ギヤを取り付けた2本のシャフト(正確にはメインドライブまで含めて3本)が支えられた状態になります。
後退ギヤは取り外し済ですが、前進ギヤとシフトフォーク類はすべて組み込まれたままです。これをさらに詳しく見ていきます。
ハウジングをすべて外した状態。右がクラッチ側、左がプロペラシャフト側。
ギヤ部分。左がプロペラシャフト側。カウンターシャフトに後退ギヤが付いている。ボール盤バイスでベアリングハウジングを挟むと安定して置ける。
斜め前上方から。すでに後退用ロッドは抜き取っってある。
メインドライブシャフト側。こちらには3-4速ロッドはこないので、シフトロッドは2本しかない。
せっかくなので後退ギヤとシフトフォークもはめてみた。ハウジングがないのでアイドラーギヤはない。
後退ギヤ部のアップ。本来はアイドラーを介するので、この2個のギヤは噛み合っていない。
カウンターシャフトの後退ギヤはセレーション嵌合。
せっかくなのでクラッチディスクもはめてみる。
■ ギヤトレーンの構成
シャフト類の分解を始める前に、全体の構成を見ていきます。何度か触れたように、クラッチとつながるメインドライブシャフトとプロペラシャフトにつながるメインシャフトは同心で並んでおり、接続部にはベアリングが組み込まれています。またこの接続部には、直結6速のためのクラッチのスプラインもあります。
これらのシャフトと並行して、下側にカウンターシャフトがあります。最前部の歯車がメインドライブギヤで駆動されるので、カウンターシャフトは入力軸より減速されて回転します。その後ろに並ぶ歯車は各シフト段の歯車で、対になるメインシャフト上の歯車と噛み合っています。各ギヤセットは異なる減速比で、この減速比とメインドライブギヤ部の減速比をかけ合わせた値が、その段の減速比となります。各ギアセットは減速比が異なるので、それぞれが異なる速度で回転します。
・メインドライブシャフト
メインドライブシャフトはクラッチディスクにより回転し、メインドライブギヤによりカウンターシャフトを減速回転させます。また直結段ではメインシャフトと接続されます。このシャフトはミッションケース前側のベアリングと、メインシャフトとの接続部のニードルローラーベアリングで支えられます。エンジンと結合している時は、先端部がクランクシャフト中央に埋め込まれたパイロットベアリングで支えられます。
メインドライブシャフトはクラッチにつながる。
5-6速部。6速はメインドライブシャフトとメインシャフトが直結になる。
・メインシャフト
メインシャフトはミッションの出力軸です。この軸上で複数のギヤが異なる速度で回転しており、その中の1つと、あるいはメインドライブシャフトと結合することで、出力軸が回転します。
このシャフトはベアリングハウジングとエクステンションハウジングのベアリングで支えられます。前側はメインドライブシャフトともつながっていますが、これはメインドライブシャフトを支えるという形になります。ミッションにプロペラシャフトを差し込んだ状態では、ジョイント部がエクステンションハウジングのプレーンベアリングで支えられるので、結果としてここでメインシャフト後端も支えられることになります。
メインシャフトはプロペラシャフトにつながる。
右からメインドライブギヤ、5-6速クラッチ部、5速ギヤ、2速ギヤ、1-2速クラッチ部、1速ギヤ。
3-4速ギヤ部。これはベアリングハウジングより後ろに位置する。右側から4速ギヤ、3-4速クラッチ部、3速ギヤ。
・カウンターシャフト
カウンターシャフトはメインドライブギヤで駆動され、そしてこの軸上の複数の歯数の異なる歯車により、メインシャフト上の各速ギヤを異なる速度で回転させます。このシャフトはミッションケース、ベアリングハウジング、エクステンションハウジングの3箇所のベアリングで支えられます。
カウンターシャフト。
■ ハウジングの組付け
歯車で駆動力を伝える場合、トルク伝達と共に歯車が離れる方向の力も発生します。そのため長いシャフトを両端だけで支えると、中央部の変位が大きくなります。中央部にもベアリングを配置し、3個以上で支えるようにすれば変位を小さくすることができますが、その代わり、組み立て精度の向上が求められます。もし複数のベアリングの中心位置が揃っていないと軸が曲がることになり、大きな抵抗となりますし、部品の劣化も早まります。
ミッションを構成する各ベアリングは異なるハウジング部品に取り付けられているので、個々のハウジング部品の精度に加え、取り付け精度も高める必要があります。各ハウジングはボルトで共締めされますが、ボルトと穴ではとてもその精度は出せません。そのため接合部には位置決めピンが用意されています。ピンの位置、直径、これがはまる相手側の穴位置と径は精密に作られており、これにより各ハウジングの位置が揃い、ベアリングが正しく配置されます。
ハウジング接合面には位置決めピンがあり、相互のハウジングが正確な位置関係を維持できる。
■ メインシャフト
メインシャフト上には、前進用6速のために、3セットのクラッチハブがあり、そこにクラッチスリーブがはまっています。それぞれのクラッチハブはセレーションによってメインシャフトに固定されています。クラッチスリーブを動かすために3個のシフトフォークと、それを動かす3本のシフトロッドがあります。
各クラッチハブの前後に、スリーブが移動して噛み合うスプラインがあります。6速はメインドライブシャフトのスプラインですが、ほかの5速はカウンターギヤで駆動される歯車の側面にあるスプラインです。それぞれの歯車はメインシャフト上で自由に回転できます。クラッチスリーブによってクラッチハブと結合することで、その歯車によってメインシャフトが回転させられることになります。
クラッチハブと各段の歯車(あるいは6速の直結部)の間には、シフト操作を円滑に行うためのシンクロメッシュ機構が組み込まれています。シンクロメッシュ機構により、シフト操作の開始でハブと歯車の速度の同期が行われ、そして同期が完了するまでスリーブが移動しないようにしています。シンクロメッシュ機構については、シャフトを分解した後で説明します。
■ 歯車のベアリング
各段の歯車はメインシャフト上で自由に回転できます。この回転のためにニードルローラーベアリングを使っているギヤと、直接軸に触れて回転するギヤがあります。
各ギヤは、選択されて動力を伝達している時は軸と同じ速度で回転し、伝達していない時は空転します。つまり歯車の軸受は、回転時に大きな摩擦力を受けることはありません(大きな力がかかっている時は、軸に対して静止しています)。つまりここにニードルローラーベアリングを使うというのは、ミッション全体の回転抵抗を低減するという意味合いになります。
これから分解していきますが、歯車のうち、ニードルローラーベアリングが使われているのは1速ギヤと後退ギヤ、後退用アイドラーギヤだけです。ほかのものは直接シャフトあるいはスリーブと接触しています。ベアリングが使われている1速と後退のギヤは、軸に対する空転速度が高く、そして直径が大きく重たいギヤです。後退ギヤは、前進時には常にシャフトと逆回転しているため、軸から見た回転速度差が一番大きいギヤです。1速ギヤは同じ方向に回転しますが、変速段が高くなるほど、相対的に回転速度差が大きくなります。ほかのギヤも速度差が発生しますが、1速ギヤよりは小さくなります。これは想像ですが、通常の運転時に速度差が大きくなる重いギヤにのみ、ベアリングを使っているのではないかと思います。
またギヤとはちょっと違いますが、メインドライブシャフトとメインシャフトの接続部もニードルローラーベアリングが組み込まれています。この部分も直結の6速の時以外は回転しています。ただすぐ近くにあるメインドライブギヤによるカウンターシャフトの駆動が行われているので、ほかの空転中のギヤと異なり、回転中のベアリングには相応のラジアル荷重がかかっていると思われます。
また4速ギヤに、後退のアイドラギヤに使われていたのと同じようなフリクションダンパーが組み込まれています。これは軸と接触しているゴム部品で、回転の抵抗となるものです。意図は正確にはわかりませんが、回転速度変動時の歯当たり音の低減などでしょうか?
各ギヤやベアリングの詳細については、分解の過程で示していきます。
■ クラッチハブ
クラッチハブは一番前が5-6速用、中央部が1-2速用、後部が3-4速用です。ハブに取り付けられているクラッチスリーブを前側に動かすと高速側のギヤ、後ろ側が低速側のギヤとなります。後退用は前に説明したように、前進用とは構成が異なります。これらのスリーブのうち、1つだけがギヤと噛み合い、ほかのスリーブは中立位置となります。ニュートラル状態ではすべてのスリーブが中立位置になります。
クラッチハブ周辺を詳しく見てみます。クラッチハブとスリーブはほぼ同じ厚みで、中立位置ではハブはスリーブに完全に隠れます。そして各段のギヤあるいは直結6速のクラッチ部との間に、真鍮色の部品があります。これがシンクロメッシュ機構のシンクロナイザーリングで、ハブと共に回転します。スリーブの内歯のスプライン、シンクロナイザーリングのスリーブ側、ギヤのクラッチのスリーブ側のスプラインは、末端がすべて斜めに削り落とす形状に加工されています。これによりスプラインの位相が合っていなくても、押し込むことで相手がずれて位相が揃い、スリーブが先に進んで噛み合うことができます。このような加工をチャンファといいます。
中立位置のクラッチスリーブ(写真は5-6速用)。ハブは見えない。相手側のクラッチスプラインとの間に真鍮色のシンクロナイザーリングが見える。
スリーブを動かすと、スリーブはまずシンクロナイザーリングと噛み合い、そして相手側のクラッチ部のスリーブと噛み合います。スリーブが一方に移動することで、下に隠れていたクラッチハブを見る事ができます。ハブの外周はスリーブと噛み合うスプラインになっていますが、周上に3箇所、多少前後に動く部品がはまっています。これがシンクロナイザーキーです。
スリーブを6速側にスライドさせると、まずシンクロナイザーリングと噛み合う。スリーブが動いた部分の下に、クラッチハブが見える。
さらにスライドさせると、相手側のクラッチスプラインと噛み合う。完全に移動すると、クラッチハブの半分が見える。この写真からハブ、シンクロ、ギヤ側クラッチのスプラインの位置関係がわかる。
シンクロメッシュ機構の詳細については、シャフトをすべて分解した後に説明します。
■ 各ギヤの噛み合い
前後のハウジングを外しただけでは、シャフト類は分離できません。この状態でベアリングハウジングを支えると、軸を回して各ギヤの回転の様子を見ることができます。後退ギヤについては前に示しました。後退ギヤについてはエクステンションハウジングの取り外し前に分解しており、アイドラーギヤ軸がこのハウジングに取り付けられているので、現在の状態では後退ギヤの動作は見ることができません。
ベアリングハウジングの下部を、万力で挟んで固定します。ハウジングはアルミ合金材なので、傷が付かないようにアルミ板を介して挟みます。また万力にギヤが当たらないようにします。このようにすることで、軸を手で回してミッションの動きを見ることができます。
各ギヤを選択した時の様子。入力軸と出力軸の速度が変わっているのがわかる。
・ニュートラル
どのスリーブも噛み合っていない時は、メインシャフトはメインドライブシャフト、カウンターシャフトに対して自由に回転します。つまりメインドライブシャフトが回転していても(ニュートラルでクラッチがつながった状態)メインシャフトは回転しません。またメインシャフトの回転はメインドライブシャフトの回転に影響しません(走行中にニュートラルにした状態)。
実際にはベアリングの抵抗などがあるので、メインドライブシャフトを回すと、引きずられてメインシャフトも回転します。これは手で押さえれば止められる程度のものです。
・1速と2速
1速と2速は、中央のクラッチ機構で選択されます。1速と2速のシンクロは強力なので、オイルが十分に行き渡っていないと、ちょっと貼り付きが残ることがあります。
・3速と4速
3速と4速は、後ろ側のクラッチ機構で選択されます。
・5速と6速
5速と6速は、前側のクラッチ機構で選択されます。6速はメインドライブシャフトと直結になります。
・後退
この状態での動きではありませんが、前に説明した時の動画を再掲しておきます。前進時は、後退ギヤはメインシャフトに対して逆回転しています。これに噛み合わせると、メインシャフトは逆回転し、車が後退します。
後退と前進のギヤの動き。
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次回はシフトロッドの位置決めとインターロックについて説明します。