■ シフトロッド
まずはシフト機構に付いてみていきます。
このミッションの変速パターンは左からR、1-2、3-4、5-6と4列あり、ニュートラル時はシフトレバーは3-4列に位置します。3-4列に位置するのは、前に説明したようにシフトレバーとコントロールロッドの接続部のスプリングで位置決めされるからです。
シフトレバーで操作されるコントロールロッドは、これらのシフトロッドの列の中から1つを選び、前後に(Rは後ろ側のみ)動かします。シフトロッドにはシフトフォークが取り付けられており、フォーク部分がクラッチスリーブの外周部の溝にはまっています。これによりシフトロッドの動きでスリーブが前後動します。それぞれのスリーブにシフトフォークがあるので、シフトロッドは全部で4本必要になります。
1本のコントロールロッドの回転と前後の動きで、4本のシフトロッドのうちの1本だけが前後し、目的のギヤを選択する仕組みは、エクステンションハウジングの分解のところで説明したとおりです。ここでは、実際にシフトフォークを動かすシフトロッドを見ていきます。現時点では後退用のシフトフォークとロッドエンドが一体になったもの、そして前進用の3個のロッドエンドは外されています(写真では後退用シフトロッドも抜かれているものがあります)。
シフトロッドは、単にシフトフォークを動かすための棒のように思えますが、実際にはさまざまな工夫があります。
クラッチスリーブを動かすシフトフォークとシフトロッド。後退用ロッドは抜き取り済み。
■ ディテント機構
シフトロッドは、ある程度動きを規制しなければなりません。クラッチスリーブがギヤと噛み合う位置にない時は、中立位置になければなりません。もしずれたりすると、コントロールロッドの回転動の支障となり、操作できなくなります。またシフト操作を行い、適当なギヤを選択した時は、手を離してもそのギヤが維持されます。実際のミッションではトルクの変動や振動などがあるので、ロッドの動きをある程度規制しておかないと、シフトフォークがずれてギヤが抜ける可能性があります(ギヤ抜けの防止には、ほかにもクラッチ噛み合い部の形状の工夫などもあります)。
これらの要求から、人間の操作では動くものの、位置が定まった後は外乱で動かない程度に押さえる機構が、ロッドまわりに組み込まれています。このような機能をディテント(detent、戻り止めや回転止めという意味)と言うようです。
ディテント機能は、シフトロッドの途中に刻みを入れ、そこに横方向からスプリングの力で金属ボールを押し付けるという方法で実現します。ボールが凹部にはまっている状態から動かすには、スプリングの力に打ち勝ってボールを押し出す必要があります。このような仕組みにより、外乱によるシフトフォークの動きを防ぎ、またシフト操作の際に適度なクリック感が得られます。
この機構は、ベアリングハウジングのシフトロッド軸受部分に組み込まれています。側面から貫通している穴にボールとスプリングを収め、ボルトで塞ぐ構造になっています。シフトロッド上の凹部はこのボルト部分に位置します。
ベアリングハウジングの側面3箇所と、上側1箇所に、このディテント用のボルトがあります(赤枠で囲った部分)。側面の3箇所は、1-2、3-4、5-6のシフトロッド用のもの、上側のものは後退のロッド用です。後退用だけ違う位置にあるのは、この穴を利用して後述するインターロック用のピンを出し入れするためです。
シフトロッドとディテント用ボルトの位置関係。後退用のみ、側面からボルトを締め込んでいる。
ベアリングハウジングのデテント用ボルトを拡大してみる。側面のものが後退用。3個並んでいるのは、左から1-2列、3-4列、5-6列用。
これらのボルトをはずすと、ボールやスプリングを取りはずすことができます。3個並んだほうは、ボルト、スプリング、スプリングシート、ボールから構成されます。後退用のほうは、ボルト内部にスプリングが組み込まれており、部品としてはボルトとボールだけです。ボールは4個とも同じ大きさです。
前進ロッド用のディテント部品。ボルトを締め込むことで、ボールにスプリングの圧力がかかる。ボールがロッドの刻みにはまることで位置決めし、動かす時にクリック感が発生する。
後退用のディテント部品は、ボルトのネジ部にスプリングが組み込まれている。
1つのシフトフォークで2速の断接を行うもの(1-2、3-4、5-6用)については、ロッドに3箇所の刻みがあります。前後のギヤと中立位置のためのものです。後退用は中間と後退位置しかないので、刻みは2箇所です。
前進用シフトロッドは、3箇所の刻みで3ポジションの位置決めをする。後退用は2箇所。側面の凹部は後述するインターロックのためのもの。
スプリングが劣化したり、ボールがあたるシフトロッドの凹部が摩耗したりするとディテント効果が弱くなり、ギヤ抜けが起こったり、クリック感の低下、シフトの引っかかりの原因になります。
ディテントとは別に、後退用ロッドには、バック用スイッチを作動させるための刻みもあります。ロッドのバック位置を検出することで、バックランプの点灯などの制御を行います。またコントロールロッドの途中にも同等の仕組みがあり、ニュートラル位置の検知に使われます。
■ インターロック機構
スリーブによるギヤの結合は、全部で7箇所あるクラッチ部分のうち、1箇所のみ行われます。4本のロッドがありますが、この中で中立位置から動くのは1本のみということです。もし複数のロッドが動いて2箇所以上が同時に噛み合ってしまうと、ミッションはロックし、まったく動かなくなります。シフトレバーの操作ではこのような動きは起こらないはずですが、衝撃などで動いてしまう可能性もあるので、シフト機構にはこのような多重噛み合いを防ぐためのインターロック機構が組み込まれてます。これは以下のように機能します。
・全ロッドが中立位置(どのギヤも噛み合っていない)の時、任意の1本のロッドを動かす事ができる。
・全ロッドが中立状態の時、2本以上同時に動かすことはできない。
・1本のロッドが中立位置から離れている時(完全な噛み合いに至っていない状態も含む)は、ほかのロッドは中立位置から動かない。
このような仕組みが実現できれば、いかなる時もどれか1つのクラッチしかかみあっていない、あるいは中立状態であることを保証できます。これをインターロック機構といいます。ちょっと考えると複雑そうな仕組みですが、これは意外と単純なメカニズムで実現できます。
マニュアルミッションのインターロック機構は、ロッドの側面の貫通穴と凹部、いくつかのピンから構成されます。このミッションのはインターロック機構は、前述のディテント機構とともに、ベアリングハウジングの中に組み込まれています。
インターロックのためのロッドの加工と制御用のピン。貫通穴のあるものとないものがある。太いピンはロッド間用、細いピンはロッド貫通用。
■ 2本のロッドのインターロック
基本的な仕組みを説明します。インターロック機構は、ロッドがスライドするハウジング(灰色)内に組み込まれます。そしてロッドのスライドするそれぞれの穴の間を結ぶ穴が開けられています。
まず一番基本的な制御として、2本のロッドのインターロックについて説明します。
2本のロッド(赤色)は、内側に凹部があります。ロッドが中立位置の時、ロッドの凹部とロッド間の穴の位置が揃います。
このロッドの間を結ぶ穴の中に、自由に動けるピン(緑色)があります。このピンをここではロッド間ピンと呼びます。このピンの両端は丸く加工されており、各ロッドの凹部にはまります。ロッドの凹部とピンの端は、ロッドが動くとピンを押し出せるような形状になっています。ピンがロッドの凹部はまっていて、ピンが動ける状態なら、ロッドはピンを押し出してスライドできます。ピンが動かない状態では、ロッドはスライドできません。もちろん、最初からピンがはまっていない場合もロッドはスライドできます。
ここでピンの長さを、ロッド間の距離と凹部の深さ1つ分とします。ピンが置かれている部分の長さは、ロッド間の距離と深さ2つ分なので、この長さのピンは、凹部の深さ1つ分だけスライドできます。この長さと移動量の関係により、ピンはどちらか一方のロッドの凹部にはまる形になります。
2本のロッドのインターロック機構。
両方のロッドが中立位置なら、ピンは凹部の深さ分だけ左右に動けます。ここでどちらかのロッドを動かすと、ピンが凹部から押し出され(あるいは最初からはまっておらず)、ロッドはスライドできます。ロッドが移動するとそのロッドの凹部が穴位置からずれるので、ピンが動ける隙間がなくなり、ピンは固定されます。すると他方のロッドの凹部にピンが動けない状態ではまり込むので、このロッドはスライドさせることはできません。スライドしていたロッドが中立位置に戻れば、どちらのロッドも動かせるようになります。
また2本同時に動かそうとすると、2本のロッドがちょっとだけスライドした段階で、ピンがつっかえて動かなくなり、結果としてどちらのロッドもちょっとだけずれるだけで、大きくスライドすることはできません。
この動きは、2本のロッドのインターロックとして十分な働きです。
■ 3本以上のロッドのインターロック
ロッドを3本に増やしてみましょう。前の2本のロッドの間に1本追加し、中央のロッドは両側に凹部を持ちます。これで前に説明した仕組みで、中央と端のロッドの間でインターロック機能が働きます。しかしこれだけでは不十分です。中央のロッドが中立位置で、両端のロッドが2本ともスライド可能になるからです。
問題のある3本のロッドのインターロック機構。
そこで2本のロッド間ピンの動きを連携させるために、中央のロッドに貫通穴を開け、そこにピンを置いて左右のロッド間ピンの動きを連携させます。このロッド貫通ピン(青色)の長さは、ロッドの太さよりロッドの凹部1つ分だけ短くします。このようにすることで、一方のロッド間ピンが中央ロッドの凹部にはまった時、貫通ピンが押され、他方のロッド間ピンを凹部から押し出します。これにより、ロッド間ピンが2本とも中央ロッドにはまるという状態がなくなります。また両側のロッド間ピンが中央ロッドの凹部にはまっていない時、貫通ピンはロッド径より短いため、ロッドがスライドする支障にはなりません。
適切に動作する3本のロッドのインターロック機構。
ロッド間、ロッド貫通のピンの長さの合計は、両端のロッドの凹部の間の間隔よりも凹部1個分だけ短くなっており、この差の分だけ、各ピンは穴の中で動くことができます。またこの各ピンが動けるマージンにより、1本のロッドだけが凹部にピンがはまっていない、つまりスライドできるという状態が実現されます。どれか1本のロッドがスライドすることで、ロッド間ピンが動けるマージンがなくなり、ほかのロッドの凹部にはピンがはまり、スライドできなくなります。
NDの6速ミッションは4本のシフトロッドがありますが、ロッドが3本以上の構成であれば、中間の貫通穴のあるロッドとピンの数を増やしていけば、何本になってもこのような動作を実現できます。
NDの4本のロッドのインターロック機構。並んだ4本のロッドのうち、中央の2本には貫通穴が開いていおり、両側が凹部になっている。両側に位置する2本は、貫通穴はなく、内側に凹部がある。
まとめると次のようになります。
・両端のロッドは、凹部にロッド間ピンがはまっていないか、あるいははまっていても動ける状態であれば、スライドできる。
・中間の2本のロッドは、両側の凹部にロッド間ピンがはまっていないか、あるいははまっていても動ける状態であれば、ロッドがスライドできる。貫通ピンにより、両側の凹部のうち、ロッド間ピンがはまることができるのは一方のみとなる。
・どのロッドも、はまっているロッド間ピンが動かない場合は、スライドできない。
・各ピンが動ける状態は、全ロッドが中立位置にあるときだけである。
・2本以上のロッドを同時にスライドさせると、少しだけ動いたところでロッド間ピンがつかえて動かなくなり、十分なスライド量は得られない。
図を見るとわかりますが、ピンが動ける状態は、全ロッドが中立位置の時だけであることがわかります。この時は、いずれのロッドも、はまっているロッド間ピンを押し出してスライドすることができます。そしてロッドがどれか1本でも中立位置から動いている状態では、すべてのロッド間ピンがほかのロッドの動きを妨げており、しかもそのピンは動くことができません。結果として、どれか1本のロッドが中立位置でない場合は、ほかのロッドは中立位置から動くことができません。スライドしているロッドが中立位置に戻ると、ロッド間ピンはまた動けるようになるので、任意のロッドを動かすことができます。
逆に、この何本かのピンで構成されるインターロック機構を無効にしたり、シフトフォークを外した状態なら、2箇所以上で同時に噛み合わせ、ミッションをロックすることができます。シャフトのナットを締めたり緩めたりする際の回り止めのために、この二重噛合を利用します。
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次回は、シフトロッドを抜き取り、シフトフォークを取り外します。