2020年11月09日

ミッションをばらす その20 −− クラッチ部と歯車あれこれ

 一連の解説の最後となる(予定の)今回は、クラッチ部のチャンファと、ミッションで使われている歯車の構成について説明します。


■ 各速ギヤのチャンファの形状

 シフト動作やシンクロ機構のところであまり触れなかった点について、最後にちょっと書いておきます。各段ギヤのクラッチ部のチャンファについてです。
 チャンファ(chamfer)は前にも触れた通り、面取りという意味で、部品の角の部分を落とすという加工です。ここまで説明してきたチャンファは、クラッチスリーブとシンクロナイザーリング、ギヤのクラッチのスプライン噛み合い部分で、スプラインの位相がずれていてもこれらが滑らかに噛み合えるように、スプラインの端を山形に加工した部分です。これは、噛み合う両方の要素に対して行われます。つまりスリーブとリング、スリーブとギヤのクラッチというように、接触して噛み合う両方の部分がチャンファ加工されています。
 クラッチスリーブ、シンクロナイザーリングのチャンファは左右対称な山形(直角二等辺三角形)になっていて、位相がずれた状態でスリーブとリングが接触しても、この山形どうしが当たり、どちらかがずれて位相を揃えるように動きます。スリーブとギヤのクラッチ部のチャンファも同じ働きをするのですが、チャンファ加工の形状がほかの部分と異なっているギヤがあります。具体的には、2速、3速、4速のチャンファ部の形状が変わっています。これら以外のギヤは、後退も含めて、チャンファ部はスリーブやリングと同様に、対称な山形になっています。

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 対称な三角形のギヤ側チャンファ。

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 非対称なギヤ側チャンファ

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 5速と6速は、対称なチャンファ(スリーブを外した状態で撮影)。

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 3速と4速は、非対称チャンファ。右側が4速、左側が3速。

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 1速は対称、2速は非対称なチャンファ。右側が2速、左側が1速。


 なぜ一部のギヤのチャンファの形状が異なるのかはわかりません。
 特許関連の文書に、シフトフィールの改善といった記述もあるようなのですが、詳細はわかりませんでした。考えられるとしたら、スリーブが噛み合う際の何らかのメリットでしょうか。2速から4速はシフトアップ/ダウンとも頻度が高いので、噛み合いやすさという面でにメリットがあるのかもしれません。
 もう1つ考えられることは、スリーブと噛み合っている状態で、スリーブとギヤ側のスプラインの接触面積の違いです。非対称チャンファのスプラインは、スプラインの両側の側面の接触部の長さが違います。写真で見ると、上側の接触部より、下側の接触部のほうが長くなっています。そのためスリーブとの接触に関して、下側の接触面のほうが広くなります。ミッション内のギヤの回転方向からすると、加速時(ギヤ側からメインシャフト側にトルクがかかる)には接触面積が少なく、減速時(トルクは逆向き)には面積が増えることになります。(写真では、ハブ、ギヤ側とも、撮影面で下から上に向けて回転します)


■ チャンファによるギヤ抜け防止

 アクセルを踏み込んでの加速や、アクセルを戻してのエンジンブレーキにより、クラッチ部に大きなトルクがかかります。このトルクがスリーブとギヤのスプライン接触部にかかることで、スリーブをずらす力が発生することがあります。これは接触部の摩耗やトルクによるわずかな変形などが原因となります。スリーブが実際に動いてしまうとクラッチの噛み合いがはずれ、ギヤ抜けとなります。
 前に説明したシフトロッドのディテント(クリック感)は、ギヤ抜けを防ぐ効果があります。このクリック感を上回る力にならない限り、スリーブは動かないからです。
 それとは別に、ギヤ抜けを防ぐ工夫があります。それがスリーブ、ギヤ側クラッチのスプラインの接触面のチャンファ加工です。ここまでこれらのチャンファ加工は、スリーブとギヤが噛み合う際の誘導役として説明してきました。スプラインの位相がずれていても、チャンファの山形が当たることで位置が揃い、噛み合いに進めるというものです。
 ここまで挙げてきたチャンファ部分の写真をよく見ると、先端部のとがりとは別に、クラッチ噛み合い時の接触部にもちょっと加工が施されているのがわります。接触する部分に、わずかな傾きがあるのです。

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 スリーブの噛み合い部も少し斜めに加工されている。


 噛み合うスプラインの接触面は、基本的に軸方向に対して平行です。そのため理屈の上では、トルクがかかってもスプライン接触面でスライドするような力は発生しません。しかし実際にはスライドするような力が発生することがあります。例えばギヤやスリーブに前後方向にガタがあれば、その動きはスライドさせる力を発生させます。はすば歯車は駆動トルクによってスラスト荷重が発生するので、このような前後動が起こります。また酷使や長年の使用により接触面が摩耗すると、接触面が軸に平行ではなく斜めになり、より抜けやすくなることもあるでしょう。
 このようなスライドする力でギヤ抜けしにくいように、スプライン接触面は図のような形状に加工されています。

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 スプラインのチャンファ部の形状の加工。


 接触面は、あえて軸に平行ではなく斜めに加工してあります。これによりトルクがかかった時にスリーブがずれるような力が発生します。この力は噛み合いが進む向きなので、ギヤ抜けは起こりません。逆にスリーブが強くギヤ側に引っ張られる形になり、ギヤ抜けを防ぐことができます。またギヤをニュートラルにする時は、この接触部にトルクがかからないようにする必要があります。つまりクラッチを切るといった操作です。
 この部分が摩耗し、この斜面が逆向になってしまうと、トルクがかかるとスリーブが抜ける方向の力が発生し、ギヤ抜けが起こります。

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 接触面が摩耗するとギヤ抜けが起きやすくなる。


■ 歯車についてのまとめ

 最後にこのミッションの仕様の一部、具体的には歯車の情報をまとめておきます。歯車の仕様というと歯数が思い浮かびますが、実はミッションのような構造だと、いろいろ考えなければいけない要素もあります。ここでは歯車の基本的なパラメータの1つであるモジュールについて説明し、そして歯車機構の設計の自由度を高める転位歯車について簡単に紹介します。


■ 歯車の歯の大きさ

 分解した各速の歯車を見ると、歯数と直径が異なるだけでなく、歯の大きさに違いがあるのがわかります。1速、2速、後退などの低速ギヤは歯が大きく、中速や高速のギヤは歯が小さくなっています。これは歯に加わる力の大きさを考慮したものです。低速ギヤほど歯面にかかる力が大きくなるので、強度の高い歯車になっています。

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 歯車の歯の大きさの違い


 歯車の強度を決める要素として、歯車の厚さもあります。当然、厚みのあるほうが強度が高くなります。このミッションでは極端な歯車の厚みの差はなく、どれも20mm弱程度です。


■ PCDとモジュール

 2個の歯車が噛み合っている時、互いの歯が相手側の歯と歯の間にはまります。そのため、歯車の外周で測った半径値を加えたものと、2個の歯車の軸間距離は一致しません。ピッチ円直径(PCD、Pitch Circle Diameter)は噛み合った状態の歯車の実質的な直径値です。従ってPCDを半分にした半径値どうしを加えれば、軸間距離に一致します。また歯車の変速比は、PCDの比率に一致します(後で説明しますが例外もあります)。一般に歯車機構の軸配置設計は、PCDに基づいて考えます。
 歯車の歯の大きさはモジュールという値で示されます。モジュールはPCDを歯数で割った値です。当然ですが、PCDの大きさと歯数は比例関係が成立します。
 PCDに円周率πを掛けるとピッチ円の円周の長さが得られ、それを歯数で割ると、円周上での歯の間隔の距離(歯ピッチ)が得られます。つまりモジュールの値にπを掛けると歯ピッチが得られます。したがってモジュールが大きいほど、歯の間隔が広く、大きい歯ということになります。

 ピッチ円の円周長 = PCD × π
 モジュール = PCD / 歯数
 歯ピッチ = 円周長 / 歯数 = モジュール × π


 2つの歯車は、歯ピッチが揃っていなければうまく噛み合いません。つまりモジュール値が等しいことが求められます。
 歯車の製作方法として、円盤状の金属材料の周囲を、歯の形になるように整形された刃物で切削するというものがあります。これはある程度以上の大きさの金属歯車では一般的な製法です。多くの歯車の歯の形は、インボリュート曲線で構成されるので、この形になるように刃物の形状を決めるのです。このやり方では、歯の大きさ、つまりモジュール値ごとに異なる断面の刃物が必要になります(さらに加工方法によっては、歯数によっても多少切削形状が変わります)。
 刃物の種類を増やすにはコストがかかるため、任意のモジュール値で歯車を作るのではなく、あらかじめ用意されているモジュール値から選んで歯車を作るというのが一般的です(もちろん大量生産するのであれば、半端なものでも作れます)。


■ 歯数、モジュール、PCD、軸間距離の関係

 トランスミッションの設計では、各段を選択した時の減速比を決めます。この減速比は、メインドライブギヤによる減速と、各段のギヤごとの減速の比をかけたものとなります(直結ギヤのみ、歯車は関係なく、減速比は1になります)。メインドライブギヤの減速比は各段で共通なので、段ごとの減速比の違いは、各段のギヤの減速比で決まります。
 歯車の歯数はある程度以上の値の整数であり、噛み合っている2つの歯車の歯数の比が減速比になります。例えば駆動する側が20歯、駆動される側が40歯なら、歯数の比率は20:40、減速比は40/20で2になります。減速比は小数点以下まである有理数ですが、歯数比の:の左右は必ず整数になります。
 歯車は増速も可能であり、この場合は減速比は1未満になります。例えば倍速にするのであれば減速比は0.5となります。直結段の上にオーバードライブ段がある場合は、それらの減速比は1未満になります。NDのこのミッションは最上段の6速が直結なので、すべての段は減速比が1以上になります。

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 歯車のモジュール、歯数、PCD、軸間距離の例。


 2つの歯車の間で減速比を決め、それに必要な歯数を求めることを考えてみます。PCDは歯数に比例しますから、2個の歯車の歯数比とPCD比は同じになります。つまり20歯と40歯の歯車なら、PCDの比率も20:40になります。2個の歯車の軸間距離は、それぞれの歯車のPCDの半分(歯車の半径)を加えたものとなります。そして前に触れたモジュールにより、歯ピッチが決まります。
 減速比を決める場合、2個の歯車の歯数比になるので、目的の比率に近くなるように2つの歯数(整数)を決めます。例えば15歯と30歯で減速比2とします。この場合のPCD比は1:2となり、軸間距離が90mmなら、15歯のPCDは60mm(半径30mm)、30歯は120mm(半径60mm)でうまく噛み合います。PCDと歯数が決まればモジュール(M)が決まり、60/15あるいは120/30でモジュールは4となります。歯ピッチはこれに円周率をかけたものなので、約12.6mmになります。
 すべてを自由に決められるのであれば、このようにして各種のパラメータを好きな順序で決めることができます(減速比だけは整数比による近似となります)。しかし現実の設計ではいくつかの制約が発生します。
 マニュアルトランスミッションの場合、カウンターシャフトとメインシャフトという平行する2本のシャフトの間に、歯数比の異なるいくつかのギヤセットを置きます。このような構成から、これらのギヤセットはすべて同じ軸間距離(カウンターシャフトのメインシャフトの軸間距離)になります。
 軸間距離が決まっている状態で、希望する減速比を得るための歯数比つまり半径比を決めなければなりません。モジュールも考える必要があります。前に触れたように、大トルクのかかる低速ギヤはモジュール値、つまり歯ピッチも大きくなるので、歯数の選択範囲が狭くなります。さらに加工の都合で選択できるモジュール値が決まっている場合は、希望する減速比(歯数比)にできない、あるいはその軸間距離では構成不能という可能性もあります。
 例えば前述の例、軸間距離90mm、モジュール4で減速比3を考えてみます。減速比からPCDの比率が1:3となり、小さい歯車のPCDは45mm、大きい方は135mmになります。これではモジュールが4だと歯数が11.25と33.75になってしまい、実現不可能です。モジュールが3なら15歯と45歯でうまく実現できますが、強度的に許されないかもしれません。またモジュール値は強度だけでなく、いくつかの選択肢から選ぶことを求められる可能性があります。
 同じモジュールのまま歯数を整数にしたらどうなるでしょうか? 前の例で11歯と33歯にするとPCDが44mmと132mmとなり、軸間距離が88mmになってしまい、隙間が2mmあいてしまいます。つまりモジュール、歯数比、軸間距離がすべて条件を満たすというのは、なかなか難しいのです。もちろん、うまくいく組み合わせもあり、例えばモジュール4で構成する場合、軸間距離が120mmだと、1:1、1:2、1:3、1:4などでうまく歯数が決められます。それぞれ、30:30、20:40、15:45、12:48になります。


■ 転位歯車

 このように歯車の歯数が整数であるという点から、歯数、軸間距離、モジュールの関係に制限が発生することになります。トランスミッションのように、一定の軸間距離の間にいくつものギアセットを置く場合、これはちょっとしたパズルです。低速ギヤは大きなモジュール値で大きな減速比、高速ギヤは少し小さなモジュールも許され、小さな減速比を実現しなければなりません。
 この問題を緩和してくれるのが、転位歯車という考え方です。歯の形状を標準的な状態よりちょっと深めに、あるいは浅めに加工することで、同じ歯数のまま、実質的なPCDを多少増減させることができるのです。わずかな差でPCDがうまく合わないといった状況では、歯を転移させることで、ほぼ正常な噛み合わせ状態を実現できます。
 転位歯車は、歯数の少ない歯車の加工にも使われます。歯数が少ない小さなギヤでは、回転に伴って歯がつっかえることがあります。これを避けるために、支障する部分を大きく削り取ったような形に成型するのですが、これも転位歯車です。
 転位歯車の歯形の変位は、転位係数という値で示されます。正の転位係数では歯の切込みが浅くなり、歯は尖ったような形に近づきます。負の転位係数では歯の切込みが深くなり、歯の付け根の部分が細くえぐれるような形になります。

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 歯車を転位した時の歯形の変化。


 極端な転位は歯車の特性を悪化させる可能性がありますが、僅かな転位であれば問題はありません。軸間距離が決まっている状況では、僅かなPCDの差を転位により調整することがしばしば行われます。
 転位歯車の理屈は、歯面の数学的な表現をさらに変形させたものとなるので、詳細は文献などを調べてください(自分も正確にはわかってません)。


■ 各ギヤの写真

 各ギヤの写真を示しておきます。
 マニュアルミッションではクラッチとつながるメインドライブシャフト、カウンターシャフト、プロペラシャフトにつながるメインシャフトに大きく分離することができます。各シャフトのギヤは、その役割によって軸に固定されていたり(メインドライブシャフトとカウンターシャフト)、自由に回転する(メインシャフト)ことができます。
 メインシャフトに取り付けられるギヤは、穴径がそれぞれ異なっています。ニードルローラーベアリングやスリーブをはめるギヤ、それらを使わないギヤがあり、また組み立ての都合から、メインシャフトが段付きシャフトになっており、各部の太さが違っているためです。

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 メインドライブシャフト。

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 カウンターシャフトと一体成型されたカウンターギヤ。右からメインドライブ(被駆動側)、5速、2速、1速。

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 取りはずしできるカウンターギヤ。右から4速、3速、後退。

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 1速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部よりギヤのほうが大きい。

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 1速ギヤ(非クラッチ側)。

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 2速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部とギヤは同じくらいの大きさ。

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 2速ギヤ(非クラッチ側)。

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 3速ギヤ。

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 4速ギヤ。

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 5速ギヤ。

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 後退ギヤ(右)とアイドラーギヤ(左)。


■ ギヤの仕様

 このミッションの各歯車の歯数、モジュール、PCD(ピッチ円直径)、歯車の厚さ、減速比などを以下にまとめておきます。なおモジュール値は、歯ピッチを実測して求めたものなので、近似値というか大雑把な値です。


 メインドライブギヤ

 歯数  厚さ モジュール減速比
ドライブギヤ1922.52
ドリブンギヤ4021.222.105263158



 1速から6速

 歯数  厚さ モジュール 減速比 総減速比
1速カウンターギヤ12203
1速ギヤ291632.4166666675.087719298
2速カウンターギヤ1917.52.7
2速ギヤ27162.71.4210526322.991689751
3速カウンターギヤ30182
3速ギヤ291820.9666666672.035087719
4速カウンターギヤ3317.22
4速ギヤ251720.7575757581.594896332
5速カウンターギヤ3619.82
5速ギヤ222120.6111111111.286549708
6速(直結)11



 後退

歯数厚さモジュール 減速比 総減速比
後退カウンターギヤ1323.62.7
後退アイドラーギヤ1819.72.7
後退ギヤ2919.72.72.2307692314.696356275

posted by masa at 12:13| 自動車整備