2020年11月09日

ミッションをばらす その20 −− クラッチ部と歯車あれこれ

 一連の解説の最後となる(予定の)今回は、クラッチ部のチャンファと、ミッションで使われている歯車の構成について説明します。


■ 各速ギヤのチャンファの形状

 シフト動作やシンクロ機構のところであまり触れなかった点について、最後にちょっと書いておきます。各段ギヤのクラッチ部のチャンファについてです。
 チャンファ(chamfer)は前にも触れた通り、面取りという意味で、部品の角の部分を落とすという加工です。ここまで説明してきたチャンファは、クラッチスリーブとシンクロナイザーリング、ギヤのクラッチのスプライン噛み合い部分で、スプラインの位相がずれていてもこれらが滑らかに噛み合えるように、スプラインの端を山形に加工した部分です。これは、噛み合う両方の要素に対して行われます。つまりスリーブとリング、スリーブとギヤのクラッチというように、接触して噛み合う両方の部分がチャンファ加工されています。
 クラッチスリーブ、シンクロナイザーリングのチャンファは左右対称な山形(直角二等辺三角形)になっていて、位相がずれた状態でスリーブとリングが接触しても、この山形どうしが当たり、どちらかがずれて位相を揃えるように動きます。スリーブとギヤのクラッチ部のチャンファも同じ働きをするのですが、チャンファ加工の形状がほかの部分と異なっているギヤがあります。具体的には、2速、3速、4速のチャンファ部の形状が変わっています。これら以外のギヤは、後退も含めて、チャンファ部はスリーブやリングと同様に、対称な山形になっています。

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 対称な三角形のギヤ側チャンファ。

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 非対称なギヤ側チャンファ

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 5速と6速は、対称なチャンファ(スリーブを外した状態で撮影)。

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 3速と4速は、非対称チャンファ。右側が4速、左側が3速。

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 1速は対称、2速は非対称なチャンファ。右側が2速、左側が1速。


 なぜ一部のギヤのチャンファの形状が異なるのかはわかりません。
 特許関連の文書に、シフトフィールの改善といった記述もあるようなのですが、詳細はわかりませんでした。考えられるとしたら、スリーブが噛み合う際の何らかのメリットでしょうか。2速から4速はシフトアップ/ダウンとも頻度が高いので、噛み合いやすさという面でにメリットがあるのかもしれません。
 もう1つ考えられることは、スリーブと噛み合っている状態で、スリーブとギヤ側のスプラインの接触面積の違いです。非対称チャンファのスプラインは、スプラインの両側の側面の接触部の長さが違います。写真で見ると、上側の接触部より、下側の接触部のほうが長くなっています。そのためスリーブとの接触に関して、下側の接触面のほうが広くなります。ミッション内のギヤの回転方向からすると、加速時(ギヤ側からメインシャフト側にトルクがかかる)には接触面積が少なく、減速時(トルクは逆向き)には面積が増えることになります。(写真では、ハブ、ギヤ側とも、撮影面で下から上に向けて回転します)


■ チャンファによるギヤ抜け防止

 アクセルを踏み込んでの加速や、アクセルを戻してのエンジンブレーキにより、クラッチ部に大きなトルクがかかります。このトルクがスリーブとギヤのスプライン接触部にかかることで、スリーブをずらす力が発生することがあります。これは接触部の摩耗やトルクによるわずかな変形などが原因となります。スリーブが実際に動いてしまうとクラッチの噛み合いがはずれ、ギヤ抜けとなります。
 前に説明したシフトロッドのディテント(クリック感)は、ギヤ抜けを防ぐ効果があります。このクリック感を上回る力にならない限り、スリーブは動かないからです。
 それとは別に、ギヤ抜けを防ぐ工夫があります。それがスリーブ、ギヤ側クラッチのスプラインの接触面のチャンファ加工です。ここまでこれらのチャンファ加工は、スリーブとギヤが噛み合う際の誘導役として説明してきました。スプラインの位相がずれていても、チャンファの山形が当たることで位置が揃い、噛み合いに進めるというものです。
 ここまで挙げてきたチャンファ部分の写真をよく見ると、先端部のとがりとは別に、クラッチ噛み合い時の接触部にもちょっと加工が施されているのがわります。接触する部分に、わずかな傾きがあるのです。

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 スリーブの噛み合い部も少し斜めに加工されている。


 噛み合うスプラインの接触面は、基本的に軸方向に対して平行です。そのため理屈の上では、トルクがかかってもスプライン接触面でスライドするような力は発生しません。しかし実際にはスライドするような力が発生することがあります。例えばギヤやスリーブに前後方向にガタがあれば、その動きはスライドさせる力を発生させます。はすば歯車は駆動トルクによってスラスト荷重が発生するので、このような前後動が起こります。また酷使や長年の使用により接触面が摩耗すると、接触面が軸に平行ではなく斜めになり、より抜けやすくなることもあるでしょう。
 このようなスライドする力でギヤ抜けしにくいように、スプライン接触面は図のような形状に加工されています。

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 スプラインのチャンファ部の形状の加工。


 接触面は、あえて軸に平行ではなく斜めに加工してあります。これによりトルクがかかった時にスリーブがずれるような力が発生します。この力は噛み合いが進む向きなので、ギヤ抜けは起こりません。逆にスリーブが強くギヤ側に引っ張られる形になり、ギヤ抜けを防ぐことができます。またギヤをニュートラルにする時は、この接触部にトルクがかからないようにする必要があります。つまりクラッチを切るといった操作です。
 この部分が摩耗し、この斜面が逆向になってしまうと、トルクがかかるとスリーブが抜ける方向の力が発生し、ギヤ抜けが起こります。

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 接触面が摩耗するとギヤ抜けが起きやすくなる。


■ 歯車についてのまとめ

 最後にこのミッションの仕様の一部、具体的には歯車の情報をまとめておきます。歯車の仕様というと歯数が思い浮かびますが、実はミッションのような構造だと、いろいろ考えなければいけない要素もあります。ここでは歯車の基本的なパラメータの1つであるモジュールについて説明し、そして歯車機構の設計の自由度を高める転位歯車について簡単に紹介します。


■ 歯車の歯の大きさ

 分解した各速の歯車を見ると、歯数と直径が異なるだけでなく、歯の大きさに違いがあるのがわかります。1速、2速、後退などの低速ギヤは歯が大きく、中速や高速のギヤは歯が小さくなっています。これは歯に加わる力の大きさを考慮したものです。低速ギヤほど歯面にかかる力が大きくなるので、強度の高い歯車になっています。

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 歯車の歯の大きさの違い


 歯車の強度を決める要素として、歯車の厚さもあります。当然、厚みのあるほうが強度が高くなります。このミッションでは極端な歯車の厚みの差はなく、どれも20mm弱程度です。


■ PCDとモジュール

 2個の歯車が噛み合っている時、互いの歯が相手側の歯と歯の間にはまります。そのため、歯車の外周で測った半径値を加えたものと、2個の歯車の軸間距離は一致しません。ピッチ円直径(PCD、Pitch Circle Diameter)は噛み合った状態の歯車の実質的な直径値です。従ってPCDを半分にした半径値どうしを加えれば、軸間距離に一致します。また歯車の変速比は、PCDの比率に一致します(後で説明しますが例外もあります)。一般に歯車機構の軸配置設計は、PCDに基づいて考えます。
 歯車の歯の大きさはモジュールという値で示されます。モジュールはPCDを歯数で割った値です。当然ですが、PCDの大きさと歯数は比例関係が成立します。
 PCDに円周率πを掛けるとピッチ円の円周の長さが得られ、それを歯数で割ると、円周上での歯の間隔の距離(歯ピッチ)が得られます。つまりモジュールの値にπを掛けると歯ピッチが得られます。したがってモジュールが大きいほど、歯の間隔が広く、大きい歯ということになります。

 ピッチ円の円周長 = PCD × π
 モジュール = PCD / 歯数
 歯ピッチ = 円周長 / 歯数 = モジュール × π


 2つの歯車は、歯ピッチが揃っていなければうまく噛み合いません。つまりモジュール値が等しいことが求められます。
 歯車の製作方法として、円盤状の金属材料の周囲を、歯の形になるように整形された刃物で切削するというものがあります。これはある程度以上の大きさの金属歯車では一般的な製法です。多くの歯車の歯の形は、インボリュート曲線で構成されるので、この形になるように刃物の形状を決めるのです。このやり方では、歯の大きさ、つまりモジュール値ごとに異なる断面の刃物が必要になります(さらに加工方法によっては、歯数によっても多少切削形状が変わります)。
 刃物の種類を増やすにはコストがかかるため、任意のモジュール値で歯車を作るのではなく、あらかじめ用意されているモジュール値から選んで歯車を作るというのが一般的です(もちろん大量生産するのであれば、半端なものでも作れます)。


■ 歯数、モジュール、PCD、軸間距離の関係

 トランスミッションの設計では、各段を選択した時の減速比を決めます。この減速比は、メインドライブギヤによる減速と、各段のギヤごとの減速の比をかけたものとなります(直結ギヤのみ、歯車は関係なく、減速比は1になります)。メインドライブギヤの減速比は各段で共通なので、段ごとの減速比の違いは、各段のギヤの減速比で決まります。
 歯車の歯数はある程度以上の値の整数であり、噛み合っている2つの歯車の歯数の比が減速比になります。例えば駆動する側が20歯、駆動される側が40歯なら、歯数の比率は20:40、減速比は40/20で2になります。減速比は小数点以下まである有理数ですが、歯数比の:の左右は必ず整数になります。
 歯車は増速も可能であり、この場合は減速比は1未満になります。例えば倍速にするのであれば減速比は0.5となります。直結段の上にオーバードライブ段がある場合は、それらの減速比は1未満になります。NDのこのミッションは最上段の6速が直結なので、すべての段は減速比が1以上になります。

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 歯車のモジュール、歯数、PCD、軸間距離の例。


 2つの歯車の間で減速比を決め、それに必要な歯数を求めることを考えてみます。PCDは歯数に比例しますから、2個の歯車の歯数比とPCD比は同じになります。つまり20歯と40歯の歯車なら、PCDの比率も20:40になります。2個の歯車の軸間距離は、それぞれの歯車のPCDの半分(歯車の半径)を加えたものとなります。そして前に触れたモジュールにより、歯ピッチが決まります。
 減速比を決める場合、2個の歯車の歯数比になるので、目的の比率に近くなるように2つの歯数(整数)を決めます。例えば15歯と30歯で減速比2とします。この場合のPCD比は1:2となり、軸間距離が90mmなら、15歯のPCDは60mm(半径30mm)、30歯は120mm(半径60mm)でうまく噛み合います。PCDと歯数が決まればモジュール(M)が決まり、60/15あるいは120/30でモジュールは4となります。歯ピッチはこれに円周率をかけたものなので、約12.6mmになります。
 すべてを自由に決められるのであれば、このようにして各種のパラメータを好きな順序で決めることができます(減速比だけは整数比による近似となります)。しかし現実の設計ではいくつかの制約が発生します。
 マニュアルトランスミッションの場合、カウンターシャフトとメインシャフトという平行する2本のシャフトの間に、歯数比の異なるいくつかのギヤセットを置きます。このような構成から、これらのギヤセットはすべて同じ軸間距離(カウンターシャフトのメインシャフトの軸間距離)になります。
 軸間距離が決まっている状態で、希望する減速比を得るための歯数比つまり半径比を決めなければなりません。モジュールも考える必要があります。前に触れたように、大トルクのかかる低速ギヤはモジュール値、つまり歯ピッチも大きくなるので、歯数の選択範囲が狭くなります。さらに加工の都合で選択できるモジュール値が決まっている場合は、希望する減速比(歯数比)にできない、あるいはその軸間距離では構成不能という可能性もあります。
 例えば前述の例、軸間距離90mm、モジュール4で減速比3を考えてみます。減速比からPCDの比率が1:3となり、小さい歯車のPCDは45mm、大きい方は135mmになります。これではモジュールが4だと歯数が11.25と33.75になってしまい、実現不可能です。モジュールが3なら15歯と45歯でうまく実現できますが、強度的に許されないかもしれません。またモジュール値は強度だけでなく、いくつかの選択肢から選ぶことを求められる可能性があります。
 同じモジュールのまま歯数を整数にしたらどうなるでしょうか? 前の例で11歯と33歯にするとPCDが44mmと132mmとなり、軸間距離が88mmになってしまい、隙間が2mmあいてしまいます。つまりモジュール、歯数比、軸間距離がすべて条件を満たすというのは、なかなか難しいのです。もちろん、うまくいく組み合わせもあり、例えばモジュール4で構成する場合、軸間距離が120mmだと、1:1、1:2、1:3、1:4などでうまく歯数が決められます。それぞれ、30:30、20:40、15:45、12:48になります。


■ 転位歯車

 このように歯車の歯数が整数であるという点から、歯数、軸間距離、モジュールの関係に制限が発生することになります。トランスミッションのように、一定の軸間距離の間にいくつものギアセットを置く場合、これはちょっとしたパズルです。低速ギヤは大きなモジュール値で大きな減速比、高速ギヤは少し小さなモジュールも許され、小さな減速比を実現しなければなりません。
 この問題を緩和してくれるのが、転位歯車という考え方です。歯の形状を標準的な状態よりちょっと深めに、あるいは浅めに加工することで、同じ歯数のまま、実質的なPCDを多少増減させることができるのです。わずかな差でPCDがうまく合わないといった状況では、歯を転移させることで、ほぼ正常な噛み合わせ状態を実現できます。
 転位歯車は、歯数の少ない歯車の加工にも使われます。歯数が少ない小さなギヤでは、回転に伴って歯がつっかえることがあります。これを避けるために、支障する部分を大きく削り取ったような形に成型するのですが、これも転位歯車です。
 転位歯車の歯形の変位は、転位係数という値で示されます。正の転位係数では歯の切込みが浅くなり、歯は尖ったような形に近づきます。負の転位係数では歯の切込みが深くなり、歯の付け根の部分が細くえぐれるような形になります。

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 歯車を転位した時の歯形の変化。


 極端な転位は歯車の特性を悪化させる可能性がありますが、僅かな転位であれば問題はありません。軸間距離が決まっている状況では、僅かなPCDの差を転位により調整することがしばしば行われます。
 転位歯車の理屈は、歯面の数学的な表現をさらに変形させたものとなるので、詳細は文献などを調べてください(自分も正確にはわかってません)。


■ 各ギヤの写真

 各ギヤの写真を示しておきます。
 マニュアルミッションではクラッチとつながるメインドライブシャフト、カウンターシャフト、プロペラシャフトにつながるメインシャフトに大きく分離することができます。各シャフトのギヤは、その役割によって軸に固定されていたり(メインドライブシャフトとカウンターシャフト)、自由に回転する(メインシャフト)ことができます。
 メインシャフトに取り付けられるギヤは、穴径がそれぞれ異なっています。ニードルローラーベアリングやスリーブをはめるギヤ、それらを使わないギヤがあり、また組み立ての都合から、メインシャフトが段付きシャフトになっており、各部の太さが違っているためです。

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 メインドライブシャフト。

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 カウンターシャフトと一体成型されたカウンターギヤ。右からメインドライブ(被駆動側)、5速、2速、1速。

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 取りはずしできるカウンターギヤ。右から4速、3速、後退。

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 1速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部よりギヤのほうが大きい。

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 1速ギヤ(非クラッチ側)。

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 2速ギヤ(クラッチ側)。クラッチ部とギヤは同じくらいの大きさ。

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 2速ギヤ(非クラッチ側)。

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 3速ギヤ。

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 4速ギヤ。

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 5速ギヤ。

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 後退ギヤ(右)とアイドラーギヤ(左)。


■ ギヤの仕様

 このミッションの各歯車の歯数、モジュール、PCD(ピッチ円直径)、歯車の厚さ、減速比などを以下にまとめておきます。なおモジュール値は、歯ピッチを実測して求めたものなので、近似値というか大雑把な値です。


 メインドライブギヤ

 歯数  厚さ モジュール減速比
ドライブギヤ1922.52
ドリブンギヤ4021.222.105263158



 1速から6速

 歯数  厚さ モジュール 減速比 総減速比
1速カウンターギヤ12203
1速ギヤ291632.4166666675.087719298
2速カウンターギヤ1917.52.7
2速ギヤ27162.71.4210526322.991689751
3速カウンターギヤ30182
3速ギヤ291820.9666666672.035087719
4速カウンターギヤ3317.22
4速ギヤ251720.7575757581.594896332
5速カウンターギヤ3619.82
5速ギヤ222120.6111111111.286549708
6速(直結)11



 後退

歯数厚さモジュール 減速比 総減速比
後退カウンターギヤ1323.62.7
後退アイドラーギヤ1819.72.7
後退ギヤ2919.72.72.2307692314.696356275

posted by masa at 12:13| 自動車整備

2020年10月25日

ミッションをばらす その19 −− 後退ギヤのシンクロ

 NDロードスターのマニュアルミッションは、後退ギヤにもシンクロメッシュ機構が組み込まれています。今回はこの部分について説明します。


■ 後退ギヤ

 5速ミッションの場合、後退はたいてい5速と同じ列になり、共通のシフトロッドが関与するため、前進用ギヤと構造上の関係を持つことになります。しかし6速ミッションの場合は後退は専用の列となり、前進用ギヤとはまったく異なる構成にできます。一連の記事の最初の頃の後退ギヤの分解のところでもちょっと触れましたが、このミッションの後退ギヤは、構造の面でも前進用とかなり異なっています。
 このミッションは後退ギヤも常時噛合式で、クラッチハブとギヤのスプラインがスライドするスリーブで噛み合う構造です。ただ前進用ギヤは1組のクラッチハブとスリーブが、その前後の2セットのギヤのどちらかと噛み合うのに対し、後退は1速しかないので、スリーブは一方向への動きだけとなります。そして前進用との大きな違いは、クラッチスリーブがクラッチハブ側ではなく、後退ギヤ側に取り付けられている点です。そのためクラッチスリーブがスライドするためのスプラインは、ハブ側ではなく後退ギヤ側にあります。クラッチハブには、スリーブと噛み合うためのクラッチ部しかありません。このような構造により、後退に入れた時は、ギヤ側からメインシャフトのクラッチハブ側にスリーブがスライドし、噛み合います。

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 分解前の後退ギヤ。

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 後退ギヤに関連する部品を組み合わせた状態。後退は、スリーブとシンクロナイザーがギヤ側に組み込まれている。ハブ側のスプラインが一部落とされているのは、部品脱着の都合か?


 後退ギヤの噛み合いの様子。


■ 後退ギヤの構成

 このミッションは後退ギヤも常時噛合式で、ハブとギヤの間にはシンクロメッシュ機構が組み込まれています。後退ギヤは1速しかないのでシフトアップ/ダウンはありません。また普通は走行中に後退に入れることはありません。ただ完全に停止する前に入れるといったことはあるでしょう。あるいは止まっている状態であっても、クラッチを切ってすぐ入れようとすると、まだ内部のギヤが惰性でまわっているかもしれません。シンクロがないと、このような時にギヤ鳴りしてしまいます。
 前進用ギヤは、運転状況に応じてかなりの回転速度差をすばやく同期させることが求められますが、それに対して後退ギヤのシンクロは、前述のようなごくわずかな速度差を吸収できれば十分です。どちらかといえばギヤ鳴り防止のため、回転速度差がある時のシフト操作の抑止のほうが主目的となります。そのためダブルコーンやトリプルコーンが奢られている前進用に比べ、後退用のシンクロはかなりシンプルで簡略化されたものになっています。またスリーブがギヤからハブ側に移動して噛み合うという構造により、シンクロの構成も前進用とは変わっています。
 以下に後退ギヤの構成部品を示します(アイドラギヤなどについては、こちらを参照してください)。

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 後退用のクラッチハブ。メインシャフトに固定される。クラッチのスプラインとコーンしかない。

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 後退ギヤ。ニードルローラーベアリングを介してメインシャフト上で回転できる。ギヤの横に厚みのあるスプラインがあり、ここにスリーブがはまる。スプライン部の3ヶ所の切り欠きは、シンクロナイザーリングが噛み合う部分。

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 後退用シンクロナイザーリング。シンクロナイザーキーを使わないので、前進用リングとは形状が異なる。外周部の3ヶ所の突起でギヤ側と噛み合う。

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 スリーブは一方後にしかスライドしないので、噛み合いのためのチャンファは片側(写真の上側)にしかない。その点を除けば前進用とあまり差はないように見えるが、実は細かいところに差異がある。


■ 後退ギヤ用のシンクロ

 後退用のスリーブがギヤ側にあり、シンクロナイザーリングはスリーブで押されるという構造上、リングはクラッチハブ側ではなく、後退ギヤ側に取り付けられ、後退ギヤと共に回転します。このシンクロはさほど大きな同期容量は求められないので、シングルコーンタイプです。つまりリングの内側のコーン部が相手側のクラッチハブのコーン部に直接接触します。カーボンコートもありません。
 もう1つの特徴は、シンクロナイザーキーがないことです。前に説明したように、シンクロナイザーキーは、リングがクラッチハブと共に回転するための位置決め(そして多少のずれを許容)と、シフト操作の最初の段階でリングを押すという働きがあります。
 後退ギヤにはシンクロナイザーキーはなく、代わりにギヤとリングが凹凸で噛み合うような形状に加工されています。リング側の突起とギヤ側の刻みの幅の違いにより、前進用のハブとリングと同様に、回転方向にスプライン半歯分回転できるようになっています。これによりキーの働きのうち、ずれを許容しながら回転を伝えるという機能は代替できます。

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 ギヤ側スリーブとシンクロナイザーリングを組み合わせた状態。

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 ギヤ側とリングの噛み合い部分。


 シンクロナイザーキーのもう1つの働きは、スリーブがリングのスプライン部に進む前に、リングのコーン部を相手側に押し付けることです。これにより、回転速度差がある時に、リングのスプラインの位相が半歯ずれ、スリーブとリングのチャンファが当たるようになります。そして回転速度差がなくなるまで、スリーブはリングを押しつつ、相手のクラッチ部への進行が抑止されます。
 後退ギヤの場合も、スリーブの移動でまずリングを相手側のクラッチハブのコーンに押し付けなければなりません。この時、キーの代わりになるのが、シンクロナイザーキースプリングという輪っか状の部品です。キーを使う場合も同じ名称のスプリングを使いますが、ここで使うものは形状や働きが異なります。
 これはバネ材の針金を丸い輪の形にしたものです(前に説明したキースプリングは輪が閉じておらず、Cの字の形状でした)。この形状は一般には「リング」と呼ばれますが、ここでは「リング」はシンクロナイザーリングのことを示してきたので、このスプリングに関しては「輪っか」と表記します。
 前進用のシンクロナイザーキースプリングは、シンクロナイザーキーを外側に押し出すためのものでしたが、後退用のものは働きが異なります。

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 輪っか状のシンクロナイザーキースプリング。


 この輪っか状のスプリングは、スリーブとシンクロナイザーリングの間にはまります。
 シンクロナイザーリングの外周部には、ギヤとの間で回転を伝達するために3箇所の突起があります。この突起部分に乗っかるようにキースプリングをはめ込むと、3箇所の突起部以外では、リング状のスプリングは内側方向に隙間ができます。

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 スプリングをシンクロナイザーリングにはめる。


 スリーブとギヤ側のスプラインの形状にも工夫があります。このスプラインは1周のうちの3箇所だけ、形状が異なっています。具体的にはスリーブのスプラインの山が高く、ギヤ側の谷が深くなっています。そのためギヤとスリーブは、この3箇所の位置を揃えないとはめ込むことができません。

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 スプラインの形状が異なる部分(ギヤ側)。


 スリーブ側の山が高いスプラインは、さらに肩の部分が斜めに落とされています(チャンファ加工)。この理由は後で説明します。

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 スプラインの形状が異なる部分(スリーブ側)。山が高く、肩が斜めに落とされている。


 スリーブがシンクロナイザーリングまで進んでチャンファが接触した後、スプラインが噛み合いますが、この背の高いスプラインが当たる部分は、リングの側も谷が深くなっていて、リングと正しく噛み合えるようになっています。

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 リング側の谷が深い部分。


 スリーブの3ヶ所の背の高い山の部分の直径(内径)は、輪っか状のシンクロナイザーキースプリングの直径よりわずかに小さくなっています。そのためスリーブの内側にスプリングをはめると、すこし変形して、この3ヶ所の山だけがスプリングに接触します。

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 スリーブ内側にスプリングをはめた状態。赤丸の3ヶ所でのみ接触している。


 スプラインの位置を合わせてスリーブとリングを組み合わせる時、スプリングは以下のような状態になります。最初、スプリングはリングにはめておきます。

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 スリーブ、リング、スプリングの状態。


 シンクロナイザーリングの突起部の外形、スプリングの線材の直径、スリーブのスプラインの高い山の内径は微妙な関係になっており、スプリングはリングやスリーブにはまっている状態では真円ではなく、ちょっとおにぎり形になります。リングにはまっている時は、リングの突起部を(ゆるい)頂点とするおにぎり型で、スリーブにはまっている時は、頂点と頂点の間を押し込む形でおにぎり型になります。この2つのおにぎりの形は微妙に異なり、スリーブ内の時のほうが、わずかに頂点がとんがる形になります。その結果、リングに接していた頂点部分は外側に広がるため、リングとの接触が弱くなります。リングにスプリングをはめた状態でスリーブの中に押し込むと、スプリングはスリーブの高い山で支えられ、リングを外した時、スプリングはリングからはずれ、スリーブに残ります。つまりこのスプリングは、スリーブやリングの動きに応じて、多少前後動するということです。


■ シンクロの動作

 この輪っか状態のシンクロナイザーキースプリングによるシンクロ機構の動きを見ていきます。


0. スリーブが中立位置

 ミッションがニュートラル、あるいは前進ギヤの状態では、スリーブは後退ギヤのスプライン上で中立位置にあり、リングとスリーブは接触していません。スプリングはリングの3ヶ所の突起の上に乗った状態です。この位置では、ギヤ側のスプライン部とスリーブはほぼ重なり、リング取り付け側ではほぼ面一状態になります。

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 ギヤとスリーブが中立位置で噛み合った状態。ほぼ面一になる。

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 スプリングのはまったリングはこのように位置する。スプリングはリング側の突起の上にある。

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 中立状態。


1. シンクロナイザーリングを押す。

 スリーブの背の高い山に対応する位置は、リングの谷が深くなっています。リングにはめられたスプリングの外径は、この部分では谷底よりも外側になります。スプリングの外径は、谷が深くない部分では谷の底とほぼ同じですが、深い谷の部分だけは、スプリングがちょっと谷底から飛び出す状態になります。

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 クラッチハブ側から見ると、深い谷の部分だけスプリングが見えている。


 スリーブが進むと、背の高いスプラインの山の肩部分が、リングの深い谷の底でスプリングに接触します。これによりスプリングを取り付けたリングが押され、リングがクラッチハブのコーンに接触します。

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 スリーブのスプラインの肩部分がスプリングを押している状態。これでリングとクラッチハブのコーンが接触する。


2. スリーブとリングのチャンファが接触

 スリーブの高い山の位置は、リング側の突起のちょうど中間なので、この部分はスプリングが宙に浮いています。スプラインの山の肩の部分は斜めになっているので、スリーブをさらに進めると、この高い山はスプリングを押し下げ、スプリングの上に乗り上がります。

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 スプラインの背の高い山の肩は斜めに落とされている(チャンファ加工)。


 これによりスリーブはさらに進み、リングのチャンファに接触する位置に達します。

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 スリーブのスプラインがスプリングを押し下げて(赤丸の部分)さらに進み、リングとスリーブのチャンファが接触する。


3. スリーブがクラッチハブに進み、噛み合う

 以後の動きは前進用のシンクロと同じです。ギヤとクラッチハブの速度が揃ったら、スリーブはリングを中立位置にずらして進み、クラッチハブ側のスプラインと噛み合います。

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 スリーブの高い山のスプラインが、スプリングの上に乗り上がっている。

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 スリーブがリングと噛み合い、さらに進む。

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 スリーブが最後まで進んで、クラッチハブと噛み合う。

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 一連の動き。


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 この一連の動きは、前進用のシンクロナイザーキーとスプリング、シンクロナイザーリング、スリーブの関係と同等であることがわかります。チャンファが接触する前にリングのコーンを接触させてスプラインの位相をずらし、その後、スリーブとリングのチャンファ部が接触して同期操作を行います。そしてチャンファ部で位相を揃えてスリーブがさらに進み、相手側のクラッチと噛み合います。
 シンクロナイザーキーがなくても、スリーブのスプラインの高い山とリング側の深い谷、スプリングの直径の関係により、前進用のシンクロメッシュ機構と同じように機能することがわかります。ではなぜ、前進用のシンクロはこの単純な構造を採用しないのでしょうか? これは想像ですが、前進時の過酷なシンクロ動作では、この機構は不十分なのでしょう。キーの押し付けとチャンファの接触という手順を適切に行えないと、スリーブのスライドの抑止が適切に行えず、ギヤ鳴りが発生します。後退用のシンクロは、過酷なシフトに耐えないのかもしれません。


■ スプリングの位置

 最後にひとつ、後退ギヤから中立に戻る時のスプリングの位置について書いておきます。前に触れましたが、リングにスプリングがはまっている状態でスリーブがスライドすると、スプリングはリングの高い山で支えられ、リングから浮きます。そしてスリーブが中立位置に戻る時にリング上からスプリングを持って行ってしまうと、再度後退に入れようとした時に、スリーブの高い山の肩でスプリングを押すという工程が行えません。スリーブが中立位置にある時は、スプリングは常にリング側にはまり、スリーブにははまっていないということが求められます。
 このスプリングをリング側に残すという作業は、スリーブが中立位置に戻る時にうまく行われます。中立状態の時、ギヤ側のスプライン部とスリーブはほぼ面一の状態になります。リングの回転を連携させる突起部分(スプリングはここに乗っかります)は、スプラインの内側にはまり込んでいます。このような構造により、スリーブ内側にスプリングがはまっている状態でスリーブが中立位置に戻ると、スプリングはギヤ側スプラインに当たり、スリーブから押し出されます。押し出された先にはシンクロナイザーリングがあり、リングの突起部分の上にはまることになるのです。
 つまりこのスプリングは、つねにギヤ側スプラインとリングのスプラインの間の突起上に位置し、スリーブがないときはリングにはまり、スリーブが移動してくるとスリーブにはまるという形になります。ギヤ、スリーブ、リング、ハブの中立状態の断面図を見ると、スプリング(紫の丸)が、この位置から動きようがないことがわかります。
 ただの1本の輪っか状のスプリングですが、なかなか細かい動きをしているのです。


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 次回は、クラッチ部のチャンファのこと、ギヤの仕様などをまとめます。

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2020年10月21日

ミッションをばらす その18 −− 同期能力の向上

 前回は、シンクロの基本的な動作を解説しました。今回はシンクロの能力を高める、つまり大きな速度差があっても軽い力でシフトできるようにするための工夫について説明します。


■ シンクロの能力の強化

 シンクロ機構は、シフト操作においてハブとギヤの回転速度を、噛み合う直前に摩擦力で一致させるのです。
そのためにシンクロナイザーリングとギヤ側のコーン接触部で、大きな摩擦力が発生することが求められます。摩擦力が大きければ回転速度の同期が短時間で終わり、またスリーブを押す力も小さく済みます。つまりシフト操作を軽い力で速やかに行えるようになります。
 現在のマニュアルミッションでは、大きな同期能力が必要とされる低速ギヤで、ダブルコーンやトリプルコーンというシンクロ機構が使われています。これは摩擦接触部分を増やし、小さな圧力で大きな摩擦力を得て、素早い速度同期を実現するものです。ダブルコーンやトリプルコーンに対し、前回説明したようなコーン接触部が1箇所だけのものをシングルコーンタイプといいます。
 シンクロナイザーリングとギヤの間の摩擦を大きくする方法として、摩擦係数を高める、圧力を大きくするという方法と、摩擦が発生する部位を増やすという方法が考えられます。注意しなければならないのは、単純に接触面積だけ増やしても摩擦力は増大しないという点です。接触面積が増えると単位面積あたりの圧力が低下するため、全体での摩擦力は大きくなりません(ただし摩耗や温度上昇に関しては有利になります)。
 圧力を大きくする方法としては、コーン部のテーパーの角度を小さくするという方法があります。しかし小さくしすぎると、圧力を抜いた後、はずれにくいという問題が起こる可能性があります。力を抜いた後、すぐにフリーで回転しないと、ミッションとしては問題です。
 摩擦が発生する部位を増やすというのは、コーンの数を増やすという方法です。これは単純に接触面積を広げるのではなく、あるコーンへの圧力が次のコーンへの圧力になるというように、直列に並べることにより、全体での摩擦力の増加が実現されます。ダブルコーンシンクロナイザーは、接触するコーン部が2箇所、トリプルコーンは3箇所になります(前に見たように、シングルコーンでは1ヶ所です)。このように複数のコーンに直列に圧力を加える場合、各コーンに同等の圧力がかかり、数が増えたらからと単位面積当たりの圧力が小さくなることはありません。その状態で摩擦が発生する部分が増えるので、摩擦力が増大するのです。
 2冊の本を背表紙を外側にして向かい合わせに置き、1ページずつ交互に重ねて行くと、引っ張っても外れなくなります。ページ1枚ごとの摩擦力は僅かなのですが、このように構成することで、全体では大きな摩擦力になります。これと同じような考え方です。

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 接触面を多層化すると、全体の摩擦力が大きくなる。


 複数のコーン接触面で同期能力を高めるためには、各接触面でリング側の回転とギヤ側の回転が交互に接する必要があります。そのため、リング側として回転するコーン面、ギヤ側として回転するコーン面がそれぞれ複数必要になります。ダブルコーンであればリング側、ギヤ側にそれぞれ2つの接触面、トリプルコーンであれば3つずつの接触面が必要となり、シングルコーンに比べると、複雑な構造になることが想像できます。以降の節で、これらの構造を解説していきます。
 NDの6速マニュアルミッションは、1速から4速がトリプルコーンシンクロ、5速がダブルコーン、6速(直結)と後退がシングルコーンとなっています。これらのうち1速、2速、6速はカーボンコーンとなっています。


■ トリプルコーンシンクロ

 ダブルコーンタイプよりトリプルコーンタイプのほうが接触面が多いので、構造も複雑そうですが、個人的にはダブルコーンよりトリプルコーンのほうがわかりやすいと思うので、先にトリプルコーンシンクロについて説明します。

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 トリプルコーンシンクロナイザーリングのギヤ側。

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 ギヤ側にはめられたトリプルコーンシンクロナイザーリング。


 トリプルコーンシンクロは、シンクロナイザーに3ヶ所のコーン接触部分が含まれます。これを実現するために、シンクロナイザーリングが複数の部品から構成されています。外側から順に以下のように部品が並びます。


・シンクロナイザーリング

 この部分は普通のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリングとほぼ同じ構造で、シンクロナイザーキーによりハブといっしょに回転します。外周部はスプラインとチャンファがあり、内側は摩擦を発生させるコーン部です。シングルコーンタイプではここでギヤ側のコーン部と接触しますが、トリプルコーンの場合は、ダブルコーンという部品と接触します。
 また内側に置かれるのインナーコーンと噛み合う構造になっており、そのための突起がハブ側に付いています。

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 最外周のリング(ギヤ側から見たところ)。シングルコーン用とほぼ同じだが、インナーコーンと噛み合うための突起がある。

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 最外周のリング(ハブ側から見たところ)。


・ダブルコーン

 内側と外側がコーンになっています。外側はシンクロナイザーリングと接触し、内側はインナーコーンと接触します。ダブルコーンはギヤ側に突起があり、これがギヤの側面の穴にはまることで、ギヤといっしょに回転します。ギヤとダブルコーンの突起の噛み合いは、回転方向にはほとんどガタはありませんが、回転軸方向には拘束はなく、軸上を多少前後に移動することができます。

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 ダブルコーン(ギヤ側から見たところ)。突起部分がギヤの穴にはまって噛み合う。


・インナーコーン

 インナーコーンも内側と外側がコーンになっています。これはシンクロナイザーリングといっしょに回転し、外側がダブルコーン内面に、内側がギヤのコーン部に接触します。

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 インナーコーン(ハブ側から見たところ)。突起部分がリングの突起と噛み合い、いっしょに回転する。


・ギヤ

 一番内側に、ギヤのコーン部があります。このコーンはインナーコーンの内側と接触します。またギヤ側面にはダブルコーンと噛み合うための穴があいています。トリプルコーンのシンクロナイザーリング全体は、3層構造で幅があるため、ギヤのコーン部の直径はシングルコーンタイプに比べ、少し小さくなっています。

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 ギヤ側のコーン。ダブルコーンの突起部分がはまる穴があいている。コーン部品が多いため、シングルコーンよりコーン直径が小さい。

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 トリプルコーンシンクロは、ハブと一緒にシンクロナイザーリングとインナーコーンが回転します。そしてダブルコーンは、最内周のコーンを持つギヤと一緒に回転します。つまりシンクロナイザーの部品とギヤは、1層おきにハブ側といっしょに回転、ギヤ側といっしょに回転という形で並ぶことになります。これにより、リング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側ととインナーコーン外側、インナーコーン内側とギヤのコーンと、3箇所のコーン接触部が存在します。
 以下にこれらの部品の組付けの様子を示します。

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 リングを構成する3個の部品。

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 ギヤのコーン部。

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 インナーコーンをはめる。インナーコーン内側とギヤのコーンが接触する。

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 ダブルコーンをはめる。ダブルコーン内側とインナーコーン外側が接触する。

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 リングをはめる。リングとインナーコーンが噛み合い、リング内側とダブルコーン外側が接触する。


 シンクロを構成するリング、ダブルコーン、インナーコーンは、すべて前後方向(軸方向)にある程度動くようになっています。ダブルコーンはギヤと結合していますが、これはコーンの突起がギヤの穴にはまるだけなので、前後に動けます。インナーコーンはリングと一緒に回りますが、これも突起が噛み合うだけなので、リングに対して前後に動けます。もちろんシンクロナイザーリングも前後に動くことができます。
 結果として、リングを押す圧力はコーン接触部を介してダブルコーン、インナーコーン、ギヤと順に伝わり、それぞれの接触面に同等の圧力がかかることになります。この圧力は直列に伝わるため、接触部分が増えたからといって、単位面積あたりの圧力が減ることはありません。また圧力がなくなれば、隙間が広がってオイルが流れ込むので、相互に自由に回転できます。

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 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


 シンクロナイザーリングとダブルコーンの接触部は、リングがハブ側、ダブルコーンがギヤ側に結合しているので、圧力によりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。ダブルコーンとインナーコーンについても、ダブルコーンがギヤ側、インナーコーンがリング側と結合しているので、やはりハブとギヤの間で摩擦力が発生します。さらにリングと結合したインナーコーンとギヤの間でも摩擦力が発生します。
 つまり3箇所すべてのコーンの接触部は、ハブとギヤの間で摩擦力を発生させるということです。この摩擦力はハブとギヤの速度を一致させるように働きます。単純に考えれば、リングに同じ圧力をかけた時に、シングルコーンシンクロの3倍近い同期能力があることになります。実際に発生する同期のためのトルクは、コーン部の直径にも関係するので、内側に行くに従って、トルクは少しずつ小さくなります。

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 リングとインナーコーンは一体に回転する。

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 ギヤとダブルコーンは一体に回転する。


 トリプルコーンシンクロの構成と動作。


■ ダブルコーンシンクロ

 トリプルコーンシンクロが3箇所のコーン接触面を持つのに対し、ダブルコーンは2箇所のコーン接触面を持ちます。そのため同期能力は、シングルコーンシンクロよりは強力ですが、トリプルコーンには劣ります。
 部品の構成はトリプルコーンに似ており、シンクロナイザーリング、ダブルコーン、インナーコーンから構成されます。ただしトリプルコーンタイプと異なり、ギヤ側にはコーン部はなく、そのためインナーコーンの内側もコーン接触面ではありません。結果としてコーン接触部分がリング内側とダブルコーン外側、ダブルコーン内側とインナーコーン外側の2箇所になるので、ダブルコーンシンクロと呼ばれます。
 ダブルコーンシンクロはギヤ側にコーンがないことで、インナーコーンとギヤの接触部の形状が、トリプルコーンシンクロと異なっています。
 トリプルコーンシンクロでは、一番外周のシンクロナイザーリングがクラッチスリーブで押され、その圧力がダブルコーンに加わります。さらにダブルコーンへの圧力がシンクロナイザーリングと一緒に回転するインナーコーンに加わり、そしてインナーコーンへの圧力がギヤのコーンに伝わります。
 それに対してダブルコーンシンクロでは、インナーコーンとギヤのコーン部の接触がありません。そのためダブルコーンからの圧力を受けたインナーコーンは、ギヤと接触している平面部でその圧力を受けます。この平面接触部はコーンではなく、オイルもあるため、摩擦力の発生にはほとんど寄与しません。

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 ダブルコーン用のインナーコーン。内側がコーンではなく、またギヤ側と平面接触するため、形状がトリプルタイプと変わっている。

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 ギヤにはコーン部がなく、ダブルコーン用の穴だけがある。インナーコーン接触部は平面に仕上げられている。

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 インナーコーンを置く。コーンがないため、この段階では位置決めされない。

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 ダブルコーンを置く。ギヤにトルクを伝えるのはダブルコーンだけである。

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 リングをはめる。リングはインナーコーンと噛み合う。


 ダブルコーンシンクロはギヤのコーンがないため、ギヤ側に摩擦力でトルクを伝えるのはダブルコーンの噛合部だけです。そのダブルコーンの外面にシンクロナイザーリング、そして内側にインナーコーンが接触し、クラッチハブとギヤの間で摩擦力を発生させます。ギヤ側にコーン部がないため、シングルコーン、トリプルコーンタイプとは、ギヤの見た目がかなり違います。

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 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


 ダブルコーンシンクロの構成と動作。


■ カーボンシンクロ

 1速と2速のトリプルコーンシンクロと、6速のシングルコーンシンクロは、より同期能力を高めるために、カーボンが使用されています。シンクロナイザーの構成部品のうち、真鍮系の材料が使われているシンクロナイザーリング、インナーコーンの摩擦接触面に、カーボンのコーティング(あるいはカーボン材の貼り付け?)が施されています。
 いろいろな解説などで、カーボンを使用するほうが高性能になるという記述は見るのですが、その技術的背景はよくわかりませんでした。カーボンを使うことで耐久性は向上するようなのですが、摩擦係数がどうなるのかといった詳細は不明です。
 このミッションは、1速と2速がカーボントリプルコーン、3速と4速が非カーボントリプルコーンになっており、同じトリプルコーン構成でカーボンタイプと非カーボンタイプになっています。6速はシングルコーンですがカーボンタイプです。ここでは、カーボンタイプと非カーボンタイプの表面形状を示しておきます。

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 内周がカーボンコートされたシンクロナイザーリング(トリプルコーン用)。

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 外周のみがカーボンコートされたインナーコーン。


 話はちょっと変わりますが、NDロードスターの低速ギヤのシフト操作が渋いという話題があります。特に話題になるのが2速で、まともにシフトダウンできないといった事例があるようです。自分の場合は冬場に購入したのですが、低温時は1速と2速へのシフトダウンは、ダブルクラッチで回転を合わせないと入りませんでした。オイルが暖まるとだいぶましになりますが、それでも馴染むまでにかなり時間がかかりました。数千キロ走行し、ミッションオイルを1回交換したあたりで調子がよくなり、2速には普通にシフトダウンでき、1速もまぁ許容範囲というところです。
 このあたりは、もしかするとカーボンシンクロが馴染むといったことが関係しているのかもしれません。

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 今回で、前進ギヤに関するシンクロの解説は終わりです。次回は後退ギヤ用のシンクロについて説明します。



posted by masa at 14:00| 自動車整備

2020年10月19日

ミッションをばらす その17 −− シンクロの動作

 前回はシンクロ機構の基本的な部品の動作を説明しました。今回は実際のシフト時に、シンクロメッシュ機構がどのように機能し、円滑なシフトが行われるかを説明します。


■ シンクロの動作

 実際のギヤシフト操作の際に、ミッション内部の要素がどのように動き、何が起こるかを順に見ていきます。前回、スリーブの移動でシンクロナイザーキーとリングがどのように動くかという説明をしましたが、あれがシングルコーンシンクロメッシュ機構の要となる部分です。説明が重なる部分もありますが、実際のシフト操作における各部の動きを順に見ていきます。
 走行中にクラッチを切った状態でシフトレバーを操作してギヤチェンジを行います。これは適当なギヤからニュートラルにする操作、そしてニュートラルから目的のギヤに入れる操作となります。クラッチを切っていれば、ギヤをニュートラルにするのは簡単です。スリーブやクラッチ部に力はかかっていないので、スリーブは簡単に動きます。
 シンクロ機構が必要になるのは、ニュートラルから目的のギヤに入れる時です。ロッドを介してシフトフォークが動き、そしてクラッチハブ上のクラッチスリーブが目的のギヤ側に移動し始めると、シンクロ機構は次のように働きます。クラッチハブは前後に2種類の変速ギヤがありますが、図版は片側のみ示しています。説明はシングルコーンタイプについてのものなので、実機では6速ギヤの動作となります。つまりギヤと噛み合うといってもメインドライブシャフトとの直結です。


0. 力がかかっていない状態(ニュートラル)

 スリーブに力がかからず、中立位置にある状態では、シンクロナイザーキーも中央の位置にあり、スリーブ内側の凹部にはまっています。この位置で、キーはシンクロナイザーリングの切り欠き部にかかっており、ハブの回転をリングに伝えますが、リングをギヤ側に押し付ける力はかかっていません。リングの取り付けは前後方向の隙間があるため、リングはギヤに押し付けられておらず、コーン部は接触しているかもしれませんが、ギヤとの間で摩擦力は発生していません。そのため、ハブ側とギヤ側は、異なる速度で抵抗なく回転しています。

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 スリーブが中立位置。リングには圧力はかかっておらず、ギヤとリング/スリーブは異なる速度で、摩擦なく回転している。

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 実際の5-6速の中立位置。


1. スリーブを動かす

 スリーブ外周部に刻まれた溝にはまったシフトフォークが動くことで、スリーブが目的のギヤ側に移動します。スリーブの内側の凹部がシンクロナイザーキーの凸部と噛み合っているので、スリーブの動きに応じてキーもギヤ側に移動します。これによりキー先端がシンクロナイザーリングの切り欠き部に接触し、リングを押します。結果的に、スリーブを動かす力はキーを介してシンクロナイザーリングにも伝わります。


2. シンクロナイザーリングがギヤ側コーンに接触

 シンクロナイザーリングがキーで押されると、リングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触します。これにより、リングとキーはこれ以上、ギヤ側に動けなくなります。またキーによりリングに圧力がかかっているので、リングとギヤの間のコーン部で摩擦力が発生します。シンクロナイザーリングはハブに対してスプラインの半歯分だけずれるように回転できるので、ハブとギヤの速度差に応じてリングがどちらかの方向に引きずられ、位置がずれます。
 この時点で、ギヤとリングの間で摩擦力が発生していますが、まださほど大きな力ではありません。しかしこの小さな摩擦力により、ギヤ側の速度がハブ側の速度に近づき始めます。

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 キーによりリングがギヤ側コーンに接触。リングがギヤに引きずられ、スプラインの位相がずれる。


3. スリーブをさらに動かし、キーがはずれる

 さらにスリーブをギヤ側にスライドさせます。キーを介してリングにかかる力が増えますが、キーはこれ以上動けません。スリーブを動かす力がシンクロナイザーキースプリングによる圧力を超えると、キーの突起とスリーブ内側の噛み合いがはずれ、キーが内側に押し込まれ、スリーブだけがさらにギヤ側に移動します。


4. シンクロナイザーリングとスリーブが接触

 シンクロナイザーリングは速度差のあるギヤに接触しているので、位置が速度差方向にずれています。そのためリングのスプラインの位相もハブ側とはずれてます。スリーブがリングに接触する位置まで動いてきても、スプラインがずれているため、リングのスプラインと噛み合うことができません。代わりにスリーブ内側のスプラインのチャンファ部とリングのチャンファ部が接触します。そのためスリーブを押す力は接触したチャンファ部を介してリングに伝わります。この力はチャンファ接触部の斜面により、リングをより強い力でギヤ側のコーンに押し付けるという力と、リングのズレを元に戻すという方向に作用します。

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 スリーブとキーの噛み合いがはずれ、リングとスリーブのチャンファが接触する。スリーブを押す力は接触しているチャンファ部の斜面により、リングを押す力とずらす力となる。

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 スリーブの移動の様子。リングがスリーブの下に隠れるが、内部ではまだ噛み合っていない。もちろん6速のクラッチ部にスリーブは達していない。


5. 回転が同期

 通常の運転では、この操作はクラッチが切れている状態で行われるので、車速に応じて回転しているハブ側と、クラッチが切れ、自由に回転できるギヤ側との間でこの摩擦力が発生します。
 速度差が大きい時は、ギヤとの摩擦によりリングをずらす力も大きいため、常識的な力で操作している限り、スリーブがリングの位相ズレを戻してギヤ側スプラインとの噛み合いに進むことはできません。そのためスリーブを押す圧力は、おもにリングをギヤ側に押し付ける圧力を高めることになり、ギヤとの摩擦力がさらに増えます。これによりギヤの回転速度は、ハブの回転と等しくなるようにすみやかに増速あるいは減速し、回転速度差が小さくなっていきます。


6. スリーブとシンクロナイザーリングの噛み合い

 速度調整が進み、リングとギヤの速度差がほとんどなくなると、シンクロナイザーリングをずらすように働く力も小さくなります。これによりスリーブを押す力でスリーブのチャンファ部がシンクロナイザーリングのチャンファ部を押してずらし、切り欠き部のキーが中央位置に戻ります。そしてスリーブとシンクロナイザーリングのスプラインの位相が揃い、スリーブが進んでリングのスプラインと噛み合います。

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 ギヤとリングの速度差がなくなると、リングをずらすトルクがなくなり、スリーブのスプラインがリングのスプライン部にまで進む。


7. スリーブとギヤ側スプラインの噛み合い

 スリーブのチャンファ部は次にギヤ側のスプラインのチャンファ部に当たります。この時点ではギヤとハブの回転速度はほぼ揃っており、ギヤ鳴りすることなく、スリーブとギヤ側のチャンファ部が接触します。そして回転速度差方向に発生するトルクはわずかなので、スリーブが進行し、チャンファによってスプラインの位相が揃い、スリーブはギヤ側のスプラインに完全に噛み合います。

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 スリーブのスプラインがギヤ側のスプライン部に進む。スリーブとギヤ側スプラインのチャンファにより、スプラインの位相が揃い、スリーブがギヤ側と噛み合う。

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 スリーブが端まで移動し、6速のクラッチ部と噛み合った状態。

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 もっとも基本となるシングルコーンシンクロはこのように動作し、円滑なシフト動作を実現します。


■ 摩擦とトルク

 リングとギヤのコーン部の接触による摩擦力でギヤ側の速度がリングの速度に近づくこと、そしてギヤとシンクロナイザーリングに速度差があると、リングがギヤ側に引きずられてずれ、スリーブが進めないというのは、感覚的にはわかりますが、もう少し詳しく説明します。
 ギヤとリングのコーン部の接触による摩擦力は、接触面の滑り方向に発生します。接触面は円錐状のコーンの回転なので、この力は、リングから見ればギヤを回転させる力、すなわちトルク(回転運動において力に相当するもの)となります。通常の走行中に速度差を調整している間は、ギヤ側がリングの速度に近づくように加減速されることになります。
 それなりの質量のあるミッション入力系(メインドライブシャフト、カウンターシャフト、各段のギヤ)の慣性モーメント(回転運動における重さのようなもの、回りにくさ)に対し、このトルクが作用すると、回転速度を変化させる角加速度(回転速度の変化の割合)が発生します。角加速度はトルクに比例し、慣性モーメントに反比例します。そして角加速度が大きいほど、角速度(回転速度)の変化が短時間で進みます。
 慣性モーメントは一定なので、このトルクが大きいほど、つまりコーン部の摩擦力が大きいほど角加速度が大きくなり、速度変化が速くなるため、速度の同期が短時間で完了します。
 一方、作用と反作用により、このリングがギヤを加減速するトルクは、ギヤから見ればリングを回転させようとするトルクとなります。つまりギヤ側を加減速するトルクと同じトルク(回転方向は逆)で、リングをハブの中立位置からずらずように作用します。スリーブがリングを押す圧力が強まれば、このずらすように働くトルクも大きくなるため、スリーブによるリングを中立位置戻す力に対抗し、スリーブの進行を抑止します。そのためシフトレバーに強い力を加えると、結果的にその力はリングを強くギヤに押し付ける圧力となり、同期作用を早めるために作用します。

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 リングがギヤを駆動するトルクと、その反作用のトルク。


 リングとギヤの速度が等しくなれば、ギヤの速度変化はなくなります。角速度の変化がないというのは、角加速度がゼロということです。これはギヤとリングの間に作用するトルクもないということになります。つまりリングをずらす力がなくなり、これによりスリーブが進行できるのです。
 速度差がありリングとスリーブのチャンファ部が接触している場合、トルクが大きいのでスリーブは進むことができませんが、あくまでも斜面の接触なので、とても大きな力を加えれば進めることは可能です。この時、コーンとギヤの摩擦も大きくなるので、速度の同期も速やかに行われます。そのため、ギヤがは入りにくい状態でも、強い力で押せばシフトできるのです。
 さらに大きな力を短時間で加えた場合は、速度が同期する前に、リングの位相を無理やり揃えてスリーブが進むことも不可能ではありません。この場合はギヤ鳴りが発生したり、それによる反発を強い力で押さえ込み、無理やり噛み合いに進むことになります。このような操作を行うと、シンクロナイザーリング、スリーブやギヤ側のチャンファ、その他の部品の損耗が急激に進んだり、破損に至ります。そこまで極端でなくても、強い力でのシフトを多用すると、これらの部品の損耗が早くなります。
 シンクロナイザーリングの摩耗などが進むと、力づくののシフトに近い状況が起こりえます。古くなったミッションのシフトが渋いとかギヤ鳴りがするといった症状は、おもにシンクロの能力の低下によるものです。リングとギヤは材質が異なるので、摩耗はおもにリング側で発生します。コーン部が摩耗すると、油切れが悪くなる、圧力がかかりにくくなるなどの理由で摩擦力が低下したり、あるいは摩擦力が発生するまでのタイムラグが増えるなどの問題が起こります。また摩耗の度合いによっては、スリーブの進行の抑止に支障をきたす場合もあります。
 またシンクロが劣化し、ギヤシフトに支障が発生することで、ギヤやスリーブのチャンファの変形などを引き起こし、さらにミッションが劣化していきます。


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 以上がシフト時のシングルコーンシンクロによる同期作用です。内部では摩擦力によって重い入力系の速度調節が行われるので、速度差の大きいシフトダウンでは、シフトに時間がかかったり、強い力が必要になります。次回 はそういった問題を改善するための、シンクロの同期能力の向上について説明します。シングルコーンタイプとは異なるダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプなどを使うことで、シンクロの能力を高めることができます。

posted by masa at 10:04| 自動車整備

2020年10月18日

ミッションをばらす その16 −− シンクロの構成部品

 前回は、シンクロメッシュ機構の重要な要素であるコーンによる摩擦接触について説明しました。今回は、シンクロメッシュ機構の構成と、シフトチェンジ時にこれらのシンクロメッシュ機構の要素が、具体的にどうのように速度の同期を実現するかを説明します。


■ クラッチハブ、スリーブ、リング、キー

 実際にシンクロ機構の構造の詳細を見ていきましょう。シンクロナイザーリングをギヤ側のコーン部に押し付けることで摩擦力が発生する訳ですが、この押し付け圧力を発生させる仕組みはクラッチハブとスリーブに組み込まれています。
 まずはクラッチハブです。ハブはメインシャフトに固定されており、外周部に取り付けられたスリーブを介して、各速のギヤのクラッチ部と噛み合い、回転を伝達します。
 ハブ外周部はスリーブと噛み合うスプラインになっていますが、3箇所は溝になっており、ここにシンクロナイザーキーという部品がはめ込まれます。
 キーというのは機械要素の1つで、一般に回転軸に歯車やプーリーなどを取り付ける際に、回転がスリップしないように使われるものです。軸と歯車類の軸穴に溝を加工し、取り付け時にこの溝部分にキーという金属部品をはめます。キーは軸と歯車などの両方に噛み合うため、軸と歯車などが滑らずに回転します。キーは、1列だけのスプラインのようなものとも言えます。基本的にキーは回転するのを防ぐもので、部品を固定する機能は持ちません。用途によっては、軸上を歯車などがスライドできる構造にする場合もあります。固定するのであれば、別途ナットなどを使います。

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 機械要素としてのキー。


 シンクロナイザーリングはクラッチハブと共に回転しますが、この連携はシンクロナイザーキーというちょっと特殊なキー部品で行われます。シンクロナイザーキーは、ハブとリングの両方に噛み合うことで、これらの間で回転を伝えます。それに加えていくつかの働きがあります。
 ハブの内側に切れた輪っかのような形のシンクロナイザーキースプリングがセットされています。これはハブに取り付けられた状態では、外側に膨らむ形の力が発生します。このスプリングはハブのキー溝部分でシンクロナイザーキーと接触し、キーに外側に向けた圧力をかけます。キーはハブ表面からちょっと飛び出していますが、これはスプリングによって支えられているので、力をかければ押し込むことができます。またハブのキー溝周辺にはキーの前後方向への動きを拘束する要素はなく、キーは前後にスライドすることができます(もちろん、動きはある程度の範囲に制限されます)。

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 ハブの溝部。

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 シンクロナイザーキー。

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 溝部にはめられたシンクロナイザーキー。

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 ハブとシンクロナイザーキースプリング。

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 ハブの内側のシンクロナイザーキースプリング。


 クラッチハブの外側に、スプラインによって前後に移動できるクラッチスリーブが取り付けられます。シンクロナイザーキーはハブとスリーブの間に挟まれる形になります。
 キーの外側には突起があり、スリーブ内面にはそれがはまる凹みがあります。そのためハブにスリーブをはめる時は、キーの位置にこの凹みの部分を合わせます。キーはスプリングで外側に押されているので、キー外側の突起はスリーブ内面の凹みにはまります。これにより、スリーブが前後するとキーも一緒に前後します。ただし突起の部分は縁が斜めになっているので、キーが動けない状態でさらにスリーブを動かすと、キースプリングの力に打ち勝ってキーが押し込まれて突起が外れ、スリーブだけ移動できます。

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 スリーブ内面の凹部。

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 シンクロナイザーキーはスリーブ内側でこのように凹部にはまる。

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 凹部とのはめ込みが外れた状態。突起の噛み合いが外れているので、ちょっと浮いている。

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 ハブにキーをはめる。

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 スプリングがキー裏側の段差部分に引っかかっている。

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 スリーブとキーの噛み合いが外れた状態では、キーの内側面がスプリングを押している。


 クラッチハブとギヤの間にシンクロナイザーリングが挟まれるように置かれます。シンクロナイザーリングの外周には、ハブやギヤのクラッチ部と同じように、クラッチスリーブに噛み合うスプラインがあります。スリーブに向く側は斜め45度の山形になっています。またスリーブのスプラインの末端も同じように45度に整形されています。このような面取り部分をチャンファといいます。

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 スリーブのチャンファ加工。

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 シンクロナイザーリングのチャンファ加工。四角い切り欠き部にキーがはまる。


 シンクロナイザーリングのハブにはまる部分には3ヶ所の切り欠きがあります。ハブに取り付けられたシンクロナイザーキーの内側部分は、ハブ内側にちょっと飛び出しており、この部分がリングの切り欠き部にはまります。これによりシンクロナイザーリングは回転に関してハブに拘束され、ハブと一緒に回転します。一方、ギヤのコーン部との間には特に拘束する要素はなく、互いにコーン面で接触するだけです。摩擦が発生するのはシフト操作によりリングをギヤ側に押し付けた時だけで、それ以外の時は隙間があります。この状態では、オイルで潤滑されていることもあり摩擦力はほとんど発生せず、そのためギヤはハブに対してほぼ無抵抗で回転できます。
 リングはキーによりハブと連携して回転しますが、ここにちょっと工夫があります。リングの切り欠き部分の幅は、キーの幅はより少し広くなっています。この差の分だけ、リングはハブに対してちょっとずれるように回転することができます。この回転量は図に示すように、スプラインの歯の半分ほどになります。

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 キーとリングの噛合部。ハブ側の切り欠き部はキーの幅より広い。

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 リングの切り欠き部とキーの幅の関係。


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 実際のリングのズレとスプラインの位相の関係。


 リングはハブに対してわずかに回転でき、それによりハブとリングのスプラインの位相が変化します。リングが移動範囲の中心にある時、ハブとリングのスプラインの位置が揃います。この時クラッチスリーブは、リングのスプライン部に進み、噛み合うことができます(図の左側)。リングが中央からずれている時は、スリーブとリングのチャンファ部が接触します(図の右側)。リングが自由に動ける状態なら、チャンファの斜面によりリングが中央位置までずれ、スリーブがさらに進んで噛み合うことができます。もしリングがずれた位置から動けない場合、スリーブはリングの位置まで進むことはできず、スリーブを押す力がチャンファを介してリングに伝わります。

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 スリーブの移動とチャンファの位置関係。


■ スリーブの移動

 シンクロナイザーは、クラッチスリーブの動きにより、効果を発揮します。具体的にはスリーブがシンクロナイザーリングを押すという動きです。それを見ていきます。
 クラッチスリーブがハブ上の中立位置にある時、リングには何も力はかかっていません。キーとスリーブは凹凸部がはまっており、キーも中立位置にあります。リングはキーによりハブと共に回転し、そしてギヤ側は異なる速度で回転しています。コーン部は接触しているかもしれませんが、圧力はかかっていないので摩擦力を発生しません。
 シフト操作によりスリーブがギヤ側に移動すると、キーもいっしょに移動します。するとキーの先端がリングをギヤ側に押します。これによりリングとギヤのコーン部は、軽い圧力で接触します。リングとギヤのコーン部が接触し、リングがそれ以上進めなくなると、キーの突起とスリーブの凹部の噛み合いがはずれ、スリーブだけが移動します。

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 スリーブの移動と、キー、リングの位置関係。


 さらに進んだスリーブはシンクロナイザーリングのチャンファ部に接触します。繰り返しになりますが、チャンファの斜面が接触すると、リングに力が何もかかっていなければ、リングがちょっとずれて、スリーブとリングのスプラインが噛み合い、スリーブはさらに進むことができます。リングがずれない場合は、斜めに接触したチャンファ部分を介して、スリーブを押す力がリングに加わります。
 ギヤ側(6速はメインドライブシャフト)のスプラインも見てみます。ハブ側と同じ直径とピッチのスプラインが、スリーブと噛み合うことで、ギヤとハブの間で力が伝達されます。このスプラインのスリーブ側は、シンクロのスリーブと同じように、先端が斜めに整形(チャンファ)されています。これにより、スリーブと噛み合う時に位相がずれていても、この斜めの部分に誘導され、噛み合い部分が奥まで進むことができます。ただしこのチャンファ部の形状は対象な山形ではなく、ギヤごとに形状が異なります。
 シングルコーンタイプのギヤ(ここでは6速)では、クラッチのスプラインのちょっと内側に、シンクロナイザーリングと接触するコーン部があります。

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 6速スプライン部。


 スリーブがスライドし、シンクロナイザーリングのスプライン部まで進むと、次はスリーブのチャンファ部がギヤ側(6速なので直結)のスプラインまで進みます。ここもチャンファになっているので、相手が自由に動ける状態であれば、位相がずれていてもチャンファ部が位置のずれを直し、スリーブがギヤ側に噛み合うことができます。
 ただしこれがうまく噛み合うためには、スリーブとギヤ側に速度差がほとんどないことが求められます。速度差があると、チャンファがちょっと当たった時点でスリーブ側が弾かれてしまい、噛合位置まで進めることができません。

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 今回はシンクロメッシュ機構を構成するシンクロナイザーのハブ、スリーブ、リング、キーの働きと動きについて説明しました。次回はいよいよシンクロナイザーの実際の動作を説明します。


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2020年10月17日

ミッションをばらす その15 −− シンクロの基礎知識


 前回は、シフトアップ/シフトダウンの操作における、ミッション内部の要素の速度の関係を説明しました。そして特にシフトダウンの際の、回転速度を合わせるための明示的な操作の必要性を示しました。こういった複雑な操作を行わず、簡単にシフトできるように、現在のトランスミッションにはシンクロメッシュ機構が組み込まれています。シンクロはシフト操作時に、摩擦力を利用してスリーブとギヤ側の回転速度を合わせ、噛み合い操作を円滑化します。また回転が一致するまでスリーブの移動を抑止し、ギヤ鳴りを防ぎます。
 今回は、こういった機能を実現するためのシンクロメッシュ機構の構造を解説します。


■ シンクロメッシュ機構

 通常の運転操作でのミッションの変速は、出力側のメインシャフトと、入力側の各速のギヤの速度が異なる状態で行われます。古いトランスミッションでは、この噛み合わせを円滑に行うために、タイミングをあわせたりダブルクラッチ操作が必要でした。しかし現代のトランスミッションは、このような操作の必要性を大幅に減らしています。
 どのようにすれば噛合操作を滑らかに行えるのでしょうか?
 スリーブが移動してハブとギヤが円滑に結合するためには、前に説明したように、この2つの回転速度が揃っている必要があります。速度の差が大きいとと、スリーブを動かしてもギヤ側のスプラインの歯に弾かれてしまい、噛み合いません。この問題を解決するために、マニュアルミッションには、シフト操作時にギヤとハブの回転速度を合わせるための機構が組み込まれています。これがシンクロメッシュ機構、略してシンクロと呼ばれるものです。
 一般的な乗用車では、キー式シンクロメッシュ機構が使われています。これはボルグワーナー式とも呼ばれます。
 シンクロの基本的な働きは、シフトレバーの操作でスリーブをスライドさせる際に、その移動の力を使ってハブとギヤの間で摩擦を発生させ、その摩擦力で速度を合わせるというものです。ギヤチェンジの際はクラッチが切れているはずなので、ギヤ側はフリーで回転あるいは停止しています。そのため比較的小さな力で加減速し、回転速度を調整することができます。速度を合わせれば、スリーブとギヤのスプラインが弾かれることなく、噛み合わせることができます。
 ネットの解説記事などでも、ここまでのことは書いてあります。しかしこれに付随する、シンクロのもう1つの重要な点は、あまり触れられていません。それは速度が同期するまでギヤがはいらない、つまりスリーブがギヤ側に移動しないようにするということです。
 前に触れたように、速度が合わない状態で噛み合わせようとすると互いに弾き合い、ギヤ鳴りというガリガリ音が発生し、ミッションを痛めます。速度が同期してから噛み合うことで、ギヤ鳴りを起こさず、滑らかに結合することができます。シンクロは、同期する前に噛み合い操作に進まないようにすることで、ギヤ鳴りを防いでいます。
 おもにシフトダウンの際に、シフトレバーを押してもギヤが入らず、さらに力を入れると、あるいはちょっと待っているとギヤがはいるという状況があります。このような経験は、MT車を運転したことのある人なら誰でもあるでしょう。これはスリーブとギヤの速度が合っていない間、シンクロ機構がスリーブの移動を押さえ、噛み合い状態に進むことを抑止しているのです。そして力を入れるなり時間が経つなりしてギヤとの速度が揃うと、スリーブが移動できるようになり、ギヤが噛み合います。運転者から見ると、ギヤ位置に入らなかったシフトレバーが、ある時点でスコッとはいるという状態です。
 ギヤとハブの速度を合わせるということと、速度が合うまで噛み合わせないということは、同じことを言っているように思えますが、シンクロの働きという面で見ると、異なる要素であることがわかります。


■ シンクロメッシュ機構の種類

 実際のシンクロ機構について説明します。
 キー式シンクロには、シングルコーンタイプ、ダブルコーンタイプ、トリプルコーンタイプといった構造の違いがあります。NDのミッションでは、6速と後退がシングルコーンタイプ、5速がダブルコーンタイプ、1速から4速がトリプルコーンタイプです。また摩擦発生部が金属のままのものとカーボンコートされたものがあり、1速、2速、6速がカーボンコートタイプ、残りは金属接触タイプです。

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 使用されているシンクロのタイプ。


 シンクロメッシュ機構の構造としては、シングルコーンタイプがもっとも基本的なもので、ダブルコーン、トリプルコーンタイプは速度同期の能力を強化したものとなります。
 シンクロの基本構造については、まず基本的なシングルコーンタイプで説明します。NDでは6速と後退がシングルコーンですが、後退はちょっと特殊な構造になっているので後回しにし、ここでは6速ギヤで解説します。6速は直結段なので、ほかの段と異なり、その速度のためのギヤはなく、メインドライブシャフトと直接噛み合うという形になります。


■ シンクロナイザーリングとギヤ

 シンクロの主要な働きは、メインシャフトと共に回転するスリーブ/ハブと、クラッチディスクからの入力系であるギヤのクラッチ部の間で摩擦力を作用させ、回転速度差を無くすことです。
 クラッチハブ側には、ギヤ側(6速の場合はメインドライブシャフト)との間で摩擦を発生させるシンクロナイザーリングという部品が取り付けられています。シンクロナイザーリングは、ハブといっしょに回転します。そしてこのリングを異なる速度で回転するギヤあるいはメインドライブシャフトのクラッチ部に押し付け、摩擦接触させます。この接触面はテーパー状(コーン型)になっており、斜面の働きにより、押し付けられた力に対し、より大きな力で相互が接触するようになっています。この摩擦力により、異なる速度で回転(あるいは停止)しているギヤとハブの回転速度が近づきます。このシンクロナイザーリングの働きがシンクロ機構の中核要素です。

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 ギヤ側のコーンとシンクロナイザーリングの接触。

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 実際の6速ギヤ(直結なのでギヤはない)側のコーン部と、シンクロナイザーリング側のコーン部。

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 組み合わさった状態。


 自動車の走行中にギヤを切り替える際は、メインシャフトに取り付けられたクラッチハブは、車両の走行速度に応じた回転速度です。一方、メインドライブシャフトからカウンターシャフト、各段のギヤなどの入力側は、ニュートラルでクラッチが切られてる間は自由に回転できる状態です。したがってシンクロ機構は、車速に応じたハブの速度に、目的の段のギヤの速度を合わせる、つまりギヤの回転速度を上げるか下げるかという形で働きます。前回説明したようにシフトアップの際は、出力側の速度と自然に一致する方向に入力側の速度が低下するので、シンクロによる速度調整はごく僅かな速度差に対して行われます。一方シフトダウンでは、放っておくと低下してしまう入力側の速度を大幅に高めるという操作になります。
 ハブと共に回転するシンクロナイザーリングのコーン部がギヤ側のコーン部に接触することで、この部分の摩擦力に引きずられる形で、ギヤの速度がハブの速度に近づくように加減速されます。
 摩擦力を発生するのはギやとシンクロナイザーリングで、ギヤは強度、硬度の高い鋼鉄製です。それに対してシンクロナイザーリングは真鍮やリン青銅などの合金で、鉄よりは柔らかい材料です。ミッションを長期間使うと、摩擦により、おもにシンクロナイザーリングが摩耗していきます。摩耗が進むと部品のガタが大きくなり、また摩擦効果も低下していくので、徐々にシンクロの能力が低下し、ギヤが入りにくい、ギヤ鳴りといった症状が発生します。調子の悪くなったミッションのオーバーホールにおいて、シンクロナイザーリングの交換はほぼお約束の作業です。
 シンクロの能力を高めるために、リングの摩擦接触面をカーボンコートするという方法もあります。6速用リングの内側が黒くなっているのは、このカーボンコートによるものです。

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 6速(左側、カーボンコート)と後退(右側、コートなし)のシングルコーンタイプのシンクロナイザーリング。コーン側から見たところと、ハブ側から見たところ。

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 シングルコーンタイプのメインドライブシャフト側のクラッチスプライン部。6速はメインドライブシャフト直結なので、ギヤ部はない(背後のギヤはメインドライブギヤ)。

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 クラッチハブ(左)とクラッチスリーブ(中央)、シンクロナイザーリング(右)。

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 ギヤ側のコーン部にシンクロナイザーリングが接触する。

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 スリーブでハブと6速が結合した状態。この状態では、リングはスリーブの中に完全に隠れる。スリーブの反対側に、5速用の部品やシンクロナイザーキーが見える。


■ コーンの接触による摩擦力

 2つの物体の間の摩擦力は、押し付ける力と2つの物体の間の摩擦係数に比例します。したがってこれら2つのパラメータを大きくすることで、摩擦力を大きくでくます。
 シンクロの接触面は平面や円筒面ではなく、円錐形の一部を切り出したような形です。このような形状をテーパーやコーンと呼びます。これは基本的には、斜面を利用したもので、その働きはクサビに近いものです。

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 斜面による圧力の増大。


 図で示したように2つの物体が斜面で接触している場合、一方の物体を他方に押し付ける向きで力をかけると、接触している斜面に、押している力以上の力をかけることができます。このような増力効果は、斜面の角度が小さいほど大きくなり、具体的な倍率おおよそ斜面の角度の正接(tan)の逆数となります。例えば斜面の角度が15度なら、接触面の間に発生する直交方向の圧力は約4倍になります。
 シンクロナイザーとギヤは回転体なので、この斜面は円錐面、つまりコーン状の形になります。ギヤ側は円錐の外側の面、リングは円錐の内側の面が接触する形になります。接触面をコーン状にすることで、ギヤのコーン部とシンクロナイザーリングの間の押し付け圧力を、レバー操作の力よりも高めることができます。
 摩擦力は、接触面にかかる力と摩擦係数をかけた値で決まり、コーン形状は力を大きくするものです。もうひとつの要素である摩擦係数も大きくする必要があります。ところで摩擦と言っても、ミッション内部はギヤオイルで潤滑されており、ギヤのコーン部もシンクロナイザーリングも金属です。こんな状況で、ちゃんと摩擦力が発生するのでしょうか?
 シンクロナイザーリングのコーン接触面は、金属のままのものと、カーボン材を使ったものがあります。金属のものの接触面を見ると、円周状に細かい溝が刻まれており、そしてところどころで溝が切れているのがわかります。このような形状により、接触面に圧力がかかった時、接触部分に溜まったオイルが速やかに排出され、油切れがよくなるのです。カーボンのものも、形状は異なりますが、油切れを考慮しています。カーボン材料を使うのは、耐久性が優れていることなどがあるようです。
 分解したミッションを実際に手で動かしてみるとわかりますが、油がついたシンクロであっても、手で押さえるとおどろくほどの摩擦力が発生することがわかります。

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 金属の接触面(後退用シングルコーンシンクロナイザーリング)。

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 カーボンコートされた接触面(6速用シングルコーンシンクロナイザーリング)。



 コーンを手で押さえることで、摩擦力の変化がわかる。


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 今回はコーンの接触による摩擦の話で終わってしまいました。次回は実際のシンクロ機構の構造を解説します。

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2020年09月26日

ミッションをばらす その14 −− シフトアップとシフトダウン

 マニュアルミッションの仕組みについて、一番わかりにくいところはシンクロメッシュ機構でしょう。シンクロメッシュ機構、略してシンクロは滑らかなギアシフトに欠かせない要素です。ネットや雑誌の記事でもしばしば取り上げられていますが、その仕組をきちんと解説したものは、あまり見たことがありません。ここでは雑誌記事などより詳しく説明してみようと思います。
 今回はシンクロの機構の前に理解しておくべきこと、つまりシフトアップ/ダウン時のギヤやシャフトの速度の関係を説明します。


■ 車両の速度/メインシャフトの回転速度と各段ギヤの回転速度など

 常時噛合式の変速機は、メインシャフト上で異なる速度で回転するの各段のギヤのうち、1つを選んでメインシャフトに結合することで、使用するギヤ段を選びます(直結段は、メインドライブシャフトとメインシャフトを結合します)。
 このような構造のミッション内部の要素を、軸の回転の連携という観点で見てみると、メインシャフトと、メインドライブシャフト/カウンターシャフト/各段のギヤ(長いので、以後、単に入力側と呼びます)の組み合わせに分けることができます。メインシャフトはプロペラシャフトを介して車輪とつながっているので、常に車両の走行速度に応じた速度で回転します(こちらを出力側と呼びます)。それに対して入力側は、いくつかの要素が関連します。

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 エンジン、クラッチ、入力側、メインシャフトの関係。


 ミッションの出力側、入力側、エンジンの回転数の関係を以下にまとめます。どの状態であっても、メインシャフトの速度は、車両の走行速度に応じたものとなることに注意してください。

・ニュートラル、クラッチ切
 ニュートラル状態のメインシャフトは、どのギヤとも結合していないので、入力側の回転に関与しません。この状態でクラッチが切れていれば、入力側は(ほかの回転に引きずられることはあるものの)抵抗なく自由に回転できる状態です。

・ニュートラル、クラッチ接
 ニュートラルでクラッチが繋がっていれば、入力側はエンジン回転数に応じて速度で回転します。走行中であればミッション内で入力側、出力側とも回転していますが、それらの間に関連性はありません。

・何らかのギヤにはいっている、クラッチ切
 ギヤがニュートラルでない場合、入力側は、出力側と結合しているギヤの減速比に応じて、車両速度に比例した速度で回転します。クラッチが切れているので、エンジン回転速度と車両速度は無関係です。

・何らかのギヤにはいっている、クラッチ接
 ギヤがニュートラルでなく、クラッチが繋がっている状態では、ミッション入力側はギヤと車両速度に応じた速度で回転し、エンジンもミッション入力側と同じ速度で回転しています(ここではエンジンのパワーオン/オフは関係ありません)。


■ シフト操作

 実際の自動車の走行中のシフト操作を考えてみます。走行中にクラッチを切ると駆動力の伝達は断たれますが、自動車は惰性でほぼそのままの速度で走り続けます。ミッションの中では、出力側のメインシャフトの回転速度は変化しないということです。そしてギヤがニュートラルでないので、入力側も連携して回転しています。
 クラッチを切るとエンジンからの動力が伝わらなくなるので、メインドライブシャフトや各段のギヤにはエンジンの駆動あるいは制動トルクはかかりません。噛み合っているクラッチハブと各段のギヤにもほとんどトルクはかかっていないので、軽い力でスリーブを動かし、ニュートラルにすることができます(トルクがかかっているとスリーブ、ハブ、ギヤのスプライン接触面で摩擦力が発生するため、軽い力ではスライドしません)。ニュートラルにすると、クラッチからメインドライブシャフト、カウンターシャフト、そして各段のギヤまでの入力側の駆動系は、駆動源が一切なくなるため、オイルの抵抗などで回転速度が低下していきます。
 走行中、つまり出力側のメインシャフトが回転している時に、ニュートラルからいずれかのギヤに入れる場合はどうなるでしょうか?
 スリーブが移動してハブとギヤが結合しやすいように、スリーブとギヤ側のクラッチのスプラインの接触部分は、先端を斜めに落とすチャンファ加工をしてあります。これにより、ギヤとスリーブのスプラインの谷と山がずれていても、先端の斜面によってうまく噛み合うようになっています。具体的には、車両速度で回転しているメインシャフト側のスプラインが、ニュートラルで自由に回転する各段のギヤのクラッチスプラインをずらし、スリーブが進入していく形になります。これにより、スリーブとギヤのスプラインが噛み合います。

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 スプライン噛合部のチャンファ。

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 クラッチスリーブのスプラインのチャンファ加工。

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 ギヤ側スリーブのチャンファの形状は、ギヤによって異なっている。


 ただし実際に回転しながらこのような噛合動作をするためには、スリーブとギヤのクラッチ部の回転速度が等しいか極めて近い必要があります。速度差が大きいとと、スリーブを動かしてもチャンファがちょっと接触した時点で弾かれてしまい、噛合状態に至りません。この時、弾かれる際に金属の打音が発生します。スリーブに力がかかっているとこの打音が連続的に発生します。このガガガガという音がギヤ鳴り、あるいはギヤ鳴きで、チャンファ部の摩耗や変形、破損につながります。


■ 余談 −− クラッチを切らないギヤチェンジ

 クラッチを切ることで、ミッション内の各部にはエンジンによる駆動/制動のトルクがかからなくなります。クラッチハブ、スリーブ、各段のギヤのクラッチ部にも力がかからないので、軽い力でスリーブを動かし、断切が可能になります。エンジンのトルクがかかっている時はこれらの摺動部に大きな力がかかっており、接触面の摩擦によりスライドさせるのに大きな力が必要です。そのため、シフト操作の際にはクラッチを切るのです。
 しかし、アクセルをうまく調整して走行速度とエンジン速度を一致させれば、ミッションにかかる駆動トルクを小さくすることができます。この状態であれば、クラッチを切らなくてもスリーブを軽くスライドさせることができます。ギヤをニュートラルにするのは簡単で、シフトレバーにニュートラル方向の力を加えながら、アクセルをゆっくり調整すればスコッと抜けるタイミングがあります。
 ニュートラルにするより難しいですが、ニュートラルからギヤを入れることもできます。後で説明するダブルクラッチと同じ考え方で、エンジン回転数を調整し、入力側と出力側の速度をぴったりと一致させれば、クラッチを切らずにギヤを入れることができます。
 これらの操作はちょっと練習すればできるようになりますが、僅かな回転速度差でもシンクロやチャンファに大きな負担がかかり、ミスするとシンクロ、ギヤやスリーブののスプラインが破損します。まぁやらないほうが身のためです。
 今のMT車はクラッチを切らないとエンジンがかけられなくなりましたが、それ以前の車であれば、このような制限はありませんでした。そのため停止して1速ギヤを入れた状態でエンジンを始動して走行開始、以後クラッチを切らずにギヤチェンジ、停止時にはエンジンを止めることで、まったくクラッチを使わずに走行することも不可能ではありませんでした。


■ シフトアップとシフトダウン

 走行中にシフトアップ、シフトダウンすると、ミッションに関連するこれらの要素の速度がどのように変化するかを考えます。以下の図は話を簡単にするために3速ミッションとしています。1速から3速のギヤはそれぞれギヤ比が異なるので、異なる速度で回転します。各ギヤは入力側の回転数に比例して速度が変化しますが、それぞれのギヤの速度の比率は変化しません。例えば1速のギヤ比が3、2速が2、3速が1なら、エンジン回転が1000RPMなら1速は333RPM、2速は500RPM、3速は1000RPM、エンジン回転が3000RPMなら1速は1000RPM、2速は1500RPM、3速は3000RPMとなります。
 ここで2速から3速へのシフトアップと2速から1速へのシフトダウンを考えます。
 まずシフトアップです。シフトアップの場合は、車両速度が同じなら、エンジンの回転数は以前より低くなります。これをもっと詳しく見てみます。

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 2速から3速へシフトアップ。


1. 2速で走行中、メインシャフトと2速ギヤの回転速度(ギヤとスリーブの噛合部の速度)が一致しています。

2. クラッチを切り、ギヤをニュートラルにします。これにより入力側の速度が低下していきます。車両は定速走行しているので、メインシャフトの回転速度は変化しません。

3. 3つの各段のギヤの速度は比例関係を維持したまま低下していきます。3速ギヤの速度は2速よりも高かったのですが、これも低下していきます。

4. 速度低下の過程で、3速ギヤの速度が、メインシャフトの速度に一致するタイミングがあります。このタイミングではスリーブとギヤの速度が一致するので、弾かれることなく、ギヤをつなぐことができます。

−−−−

 シフトアップ操作は楽です。この図で示したように、自然に速度低下していく上の段のギヤが、メインシャフトの速度にほぼ一致する瞬間があり、そのタイミングに合わせてやればうまくギヤを噛み合わせることができます。ぴったり合わなかったとしても、近い速度域での噛み合いなら、チャンファによりうまく噛み合い、自由回転している入力側の速度をメインシャフトの速度に一致させることができます。
 つまりシフトアップはクラッチを踏み、シフトレバーを2速から3速に切り替え、クラッチをつなぐという形になり、日頃やっている操作と同じです。
 しかしシフトダウンは簡単ではありません。2速から1速へのシフトダウンで考えます。
 シフトアップの図を見ると、クラッチを切ってニュートラルにした後の速度低下で、1速ギヤの速度が自然にメインシャフトの速度に一致することはありません。速度差が大きくなっていくだけです。そのため車両が走行している限り、メインシャフトと1速ギヤをつなぐことはできません。1速ギヤとメインシャフトをつなぐためには、どうにかして入力側の速度を上げ、1速ギヤの速度を1速用のスリーブの速度に近づける必要があります。この手順を以下に示します。

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 2速から1速へシフトダウン。


1. 2速で走行中、メインシャフトと2速ギヤの回転速度は一致しています。

2. クラッチを切り、ギヤをニュートラルにします。これにより入力側の速度が低下していきます。車両は定速走行しているので、メインシャフトの回転速度は変化しません。

3. ニュートラルのままクラッチをつなぎ、エンジン回転速度をあげます。これにより入力側の各ギヤの回転速度も高くなります。ここで1速ギヤの速度を、メインシャフトと噛み合い可能な速度以上にします。

4. クラッチを切ると入力側の速度が再び下がり始めます。この段階では、1速ギヤがメインシャフトの速度と一致するタイミングがあります。その時にギヤを1速に入れれば、1速ギヤはメインシャフトと噛み合える速度になっているので、弾かれることなく切り替えることができます。

5. クラッチをつなぎます。この時、エンジン回転数を高めておくと、クラッチをつないだ時のショックを防ぐことができます。

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 以上のような手順により、シフトダウンを滑らかに行うことができます。この手順では1回のシフトダウン操作で2回クラッチペダルを踏むことになるので、ダブルクラッチと呼ばれます。
 ギヤ比の離れ方などによっては、シフトダウンだけでなく、シフトアップでもダブルクラッチを使用したほうがギヤが入れやすい場合もあります。
 現在のマニュアルミッションでは、ダブルクラッチのような操作を行わなくても、滑らかに変速を行うための仕組みが用意されています。各段のギヤとメインシャフトの間で速度差があっても、円滑に任意のギヤの噛合操作を行えるようにするための仕組みが、シンクロメッシュ機構です。


■ 余談 −− ダブルクラッチ、ブリッピング、ヒール&トゥー

 マニュアルミッション車の運転テクニックとして、ヒール&トゥーやブリッピングという用語をよく聞きます。またこれらに関連してダブルクラッチに言及されることもあります。これについて簡単に説明します。


・ブリッピング

 走行中にシフトダウンすると、同じ車速でもエンジン回転数が高くなります。シフトダウンを行い、エンジン回転数が低い状態で単純にクラッチをつなぐと、大きな変速ショックが発生したり、強いエンジンブレーキがかかります。これを避けるために、シフトダウンしてクラッチをつなぐ際に、あらかじめアクセルを踏んでエンジン回転数を車速相応に上げておきます。このようにすることで、クラッチを繋いだ時のショックを緩和できます。もしエンジンブレーキをかけるなら、クラッチを繋いだ後にアクセルを戻します。
 このようにクラッチをつなぐ際に、アクセルを踏んでエンジン回転数を上げる方向に調整することをブリッピングといいます。


・ヒール&トゥー

 コーナーの通過などで、ブレーキを踏んで車両速度を下げつつ、コーナー脱出に向けてシフトダウンすることがあります。シフトダウン後のクラッチ接続で大きなショックが発生しないように、ブレーキを踏んだままブリッピングを行うことを行うことをヒール&トゥーといいます。つま先(トゥー)でブレーキペダルを踏みながら、足首をひねってかかと(ヒール)でアクセルを踏みます。ペダル配置によっては、両方をつま先で踏む場合もあります。

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 ヒール&トゥーもブリッピングもシフトダウンに関連して行われますが、ヒール&トゥーはアクセルとブレーキの同時操作、ブリッピングはアクセル操作のことです。
 さらにこれに関連してダブルクラッチがあります。前に説明したように、ダブルクラッチはシフトダウンを円滑に行うための操作で、回転速度を合わせるためにニュートラルでクラッチをつないだ時と2度めのクラッチ接続の際にブリッピングを行います。ヒール&トゥーはシフトダウンを伴う操作なので、ダブルクラッチ操作を同時に行うことがあります。この場合、右足のつま先でブレーキを踏みながらかかとでアクセルを2回、あるいは連続的にふかし、左足でクラッチペダルを2回踏むことになるので、かなり忙しい操作となります。
 これらの区別がわからないといった質問をよく見かけますが、実際の操作が何を行っているのか、どのような目的で行っているのかを理解すれば、難しい要素はなにもありません。
 最近のマニュアルミッションは、次回から説明するシンクロメッシュ機構により、ダブルクラッチを踏まなくても容易にシフトダウンできるようになっています。また一部のMT車では、ミッションの状態を検知し、シフト時にエンジンの回転数を自動的に制御することも行われています。つまりアクセル操作で明示的にブリッピングを行わなくても、エンジン制御コンピューターが自動的にやってくれるのです。まぁこういった支援機能がおもしろいかどうかは意見の分かれるところでしょうが。


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 次回からは、シフト時に回転速度を合わせる操作をやってくれるシンクロメッシュ機構について解説します。



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2020年09月19日

ミッションをばらす その13 −− シャフトの前半分の分解

 前回、メインシャフトとカウンターシャフトをベアリングハウジングから抜き取りました。これでこれらのシャフトは、メインドライブシャフト、メインシャフト、カウンターシャフトに分離することができます。
 これらのうち、分解する要素が残っているのはメインシャフトだけです。

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 取りはずしたシャフト。これらのシャフトはもうつながっていない。


■ カウンターシャフト

 カウンターシャフトは、前側のベアリングを除いて、これ以上は分解できません。カウンターシャフトの前側にあるカウンターシャフトのメインドライブ減速ギヤ、5速、2速、1速の4個のギヤは、シャフトと一体化されており、個々のギヤを分離することはできません。

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 取りはずしたカウンターシャフト。

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 前側の4個の歯車は一体化されている。

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 最前部にベアリングが圧入されている。


 シャフト中央部にベアリングを取り付け、その後ろ側には4速、3速のカウンターギヤが、間にスペーサーを置いてはまります。これらのギヤはセレーション嵌合です。その後ろにはインターメディエイトハウジング用のベアリングが圧入され、そして後退用のカウンターギヤをセレーションではめ込み、最後にロックナットで締め込みます。これらのギヤ、スペーサー、ベアリングは、ベアリングの圧入とロックナットにより固定される形になります。

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 後ろ半分のギヤも取り付けてみた(ベアリングはない)。


■ メインドライブシャフト

 カウンターシャフトを分離すると、メインドライブシャフトの6速クラッチ部に干渉するカウンターシャフトの歯車がなくなるので、メインドライブシャフトとメインシャフトを分離することができます。

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 メインドライブシャフトとメインシャフトが組み合わさった状態。

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 クラッチハブより前側(左側)がメインドライブシャフト。

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 メインシャフトからはずしたメインドライブシャフト。

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 シャフトの左側のスプラインにクラッチがはまり、先端部はクランクシャフトのパイロットベアリングに差し込まれる。

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 真横から見る。右側から6速のシンクロ用コーン、クラッチスプライン、そして中央にあるのがメインドライブギヤ。

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 メインドライブシャフトがメインシャフト、カウンターシャフトと噛み合っている状態。メインシャフトとの結合部は前後方向への位置決め機能はないので、写真では歯車の噛合位置がちょっとずれている。


 メインドライブシャフトは、ギヤの前側に残っているベアリングを除き、これ以上分解はできません。シャフトとメインドライブギヤ、直結6速用のクラッチ部は一体化されています。カウンターシャフトとメインドライブギヤが、1つの金属部品から切削されているのか、あるいは摩擦溶接などで複数の部品を組み合わせているのかはわかりません。
 メインドライブシャフトとメインシャフトは同心で別々に回転できますが、この接続部分は、メインシャフト側の細い軸がメインドライブシャフトの穴にはまる形になります。ここにはニードルローラーベアリングが組み込まれています。メインシャフト上の1速、後退以外のギヤは転がりベアリングを使っていませんが、これはギヤがさほど重くないこと、空転時の速度差があまり大きくなく、そして大きなラジアル荷重がかからないためです。メインドライブシャフトは、メインドライブギヤの噛合により反力が発生するため、ラジアル荷重を受けられる構造になっています。

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 メインシャフトとの差し込み用の穴があいている。

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 メインシャフトとメインドライブシャフトはニードルローラーベアリングを介してつながっている。


 メインドライブシャフトは、一番前側がエンジンのクランクシャフトに取り付けられたパイロットベアリングに差し込まれます。その後ろのスプライン部はクラッチディスクが摺動する部分です。その後ろはフロントケースのレリーズカラーが摺動するパイプ部分に収まり、そしてミッションケースで支えられるベアリング、その後ろにカウンターシャフトを駆動するメインドライブギヤがあります。そして最後部は、直結の6速用のクラッチになっています。つまりこのシャフトは、組み立てられた状態では、先端のパイロットベアリング、中央部のミッションケースベアリング、そしてメインシャフトと結合する部分のニードルローラーベアリングの3個のベアリングで支えられていることになります。


■ メインシャフト前側の分解

 ベアリングハウジングから取り外し、さらにメインドライブシャフトを分離した状態のメインシャフトには、まだいくつか部品が付いています。1-2速のギヤとクラッチハブ、5速ギヤと5-6速用のクラッチハブが残っています。


1. 6速用シンクロナイザーリング、5-6速クラッチスリーブ

 メインドライブシャフトを外せば、クラッチハブに付いている6速用のシンクロナイザーリングを外すことができます。これはカーボンコートのシングルコーンタイプです。またメインドライブシャフト用のニードルローラーベアリングが残っていれば、これも外しておきます。

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 メインシャフトの最前部

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 メインシャフト先端にニードルローラーベアリングがある。その後ろのクラッチハブに、6速用シンクロナイザーリングがはまっている。


 クラッチスリーブを前側にスライドして外します。スリーブを外すと、3個のシンクロナイザーキーも外れます。

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 取りはずしたクラッチスリーブ、シンクロナイザーキー、シンクロナイザーリング、ニードルローラーベアリング。シンクロナイザーリングはカーボンコートなので、内周面が黒くなっている。


2. 1速ギヤ

 メインシャフトに残っている部品のうち、最後部にあたる1速ギヤとシンクロナイザーリング、クラッチスリーブなどを取り外します。

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 右側が1速ギヤ。(写真はまだメインドライブシャフトを分離する前のもの)


 1速ギヤはメインシャフトに対して自由に回転します。ここはニードルローラーベアリングが使われており、内側にスリーブ、ベアリングハウジング側にスラストワッシャーがあります。ベアリングが圧入されている状態では、ワッシャーとスリーブはベアリングにより押さえられ、固定されていますが、今は外されているので、これらも手で抜き取ることができます。1-2速関連部品は、すべてシャフトの後ろ側に抜き取ります。
 この段階では、スラストワッシャー、1速ギヤ、ニードルローラーベアリング、スリーブを抜き取ります。そして1-2速クラッチスリーブとシンクロナイザーキーを後ろ側に抜き取ります。シンクロナイザーリングはカーボントリプルコーンタイプです。

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 1速ギヤ用のニードルローラーベアリング、スリーブ、スラストワッシャー。


 クラッチスリーブを後ろ側にスライドし、スリーブとシンクロナイザーキーを取り外します。シンクロナイザーキーも回収しておきます。

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 1速ギヤ、ベアリング類、トリプルコーンシンクロ、クラッチスリーブ、シンクロナイザーキー。

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 1速ギヤのベアリングハウジング側。

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 1速ギヤとシンクロナイザーリングを組み合わせた状態。

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 トリプルコーンシンクロは3個の部品から構成される。左からインナーコーン、ダブルコーン、シンクロナイザーリング。インナーコーンの外周とシンクロナイザーリングの内周がカーボンコートになっている。


3. 1-2速クラッチハブ

 1-2速用のクラッチハブは、セレーション嵌合でメインシャフトに取り付けられています。

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 1-2速クラッチハブは、特に固定部品はない。


 この段階では、ハブを固定するナットやスナップリングはないので、引っ張れば取り外すことができます。ちょっと硬かったので、2速ギヤにベアリングプーラーをかけて抜き取りました。

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 延長したプーラーでハブを抜き取る。


 クラッチハブと一緒に2速用シンクロナイザーリングも取り外します。これは1速用と同じカーボントリプルコーンタイプです。

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 ハブをはずすと、2速用シンクロ、2速ギヤもはずれる。

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 1-2速用クラッチハブ。


 クラッチハブを外せば、2速ギヤはそのまま後ろに抜き取れます。2速ギヤはニードルローラーベアリングなどは使っておらず、メインシャフト表面に直接接して回ります。そのためシャフト表面には油溝があります。

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 2速ギヤ(ハブ側)。ギヤ径とクラッチ径がほぼ等しい。

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 2速ギヤ(前側)。


 2速ギヤの前側のスラストを受けるために、メインシャフトそのものにツバ状の加工が施されています。これがあるため、ここより後ろの部品はシャフトの後ろ側に抜き、前側の5-6速部品は前側に抜き取ります。

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 1-2速関連部品を外したメインシャフト。5速ギヤの右側にスラストを受ける部分が見える。中央のちょっと色が違うところは、ベアリングが圧入されていた部分。


4. 5-6速クラッチハブ

 1-2速まわりはシャフトの後方に抜き取りますが、5-6速まわりの部品は前方に抜き取ります。現時点で一番前にある5-6速クラッチハブをはずします。まず軸にはまっているスナップリングを外し、その後、クラッチハブを取り外します。

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 メインシャフト最前部。先端にニードルローラーベアリングがはまる。

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 スナップリングをはずす。

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 ハブを抜き取る。シンクロナイザーリングがギヤ側に残っている。

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 1-2速クラッチハブ。


5. 5速ギヤ

 ハブを取りはずした状態では、5速ギヤに5速用のシンクロナイザーリングが付いています。これはダブルコーンタイプが使用されています。

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 5速ギヤとシンクロナイザーリング。

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 ダブルコーンシンクロ(ギヤ側)。

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 ダブルコーンシンクロ(ハブ側)。インナーコーンの内周面はコーンではないので、形状がトリプルコーンと異なっている。


 シンクロナイザーリングを取りはずすと5速ギヤが現れます。5速はダブルコーンシンクロなので、シンクロナイザーリングとの接触部分の形状が変わっています。ギヤ側にコーン部はなく、ダブルコーンが噛み合う穴だけがあります。穴をつなぐように光っている部分は、インナーコーンが接触する部分です。ここは接触しますが、大きな摩擦力は発生しません。

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 5速ギヤのシンクロ側。このギヤはダブルコーンシンクロを使っているので、ほかのギヤと形状がかなり変わっている。


 5速ギヤを取り外します。これは2速ギヤと同様に、メインシャフトに直接接して回転するもので、シャフト上に油溝があります。スラストワッシャーなどはありません。

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 取りはずした5速ギヤ。ギヤ比が小さいので、クラッチに比べ径がかなり小さい。

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 軸からすべて取り外した状態。シャフト上のツバ状の部分の形状がよくわかる。


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 これらをすべてはずせば、メインシャフトは1本の軸のみとなります。シャフトを見てみると、それぞれの部品を取り付けるために、場所ごとに直径や表面の加工が異なっているのがわかります。また部品の取り付け/取り外しを順に行うために、徐々に軸径が変わっているのがわかります。

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 すべての部品を外したメインシャフト。各部の形状、太さが違うのがわかる。

 軸の形状としては、摺動するクラッチディスクやプロペラシャフトを取り付けるためのスプライン、回転しないクラッチハブを固定するためのセレーション、ロックナットのための雄ネジ、ベアリングなしでギヤが回転する部分のための油溝、ワッシャー類をはめるための溝やボール穴などの加工があります。またベアリングを圧入する部分などは、固定位置とその前後で、直径が僅かに変わっている部分などがあります。

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 次回は、シンクロメッシュの解説の前知識として、シフトアップ/シフトダウン時の挙動について説明します。

posted by masa at 18:25| 自動車整備

2020年09月18日

ミッションをばらす その12 −− さらにシャフトを分解

 今回はメインシャフトの分解の続きで、3-4速クラッチハブの取りはずしから始めます。

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 ここまで分解済。


■ シャフトの後ろ部分の分解を続ける

 前回、3速ギヤとシンクロ、クラッチスリーブまではずしました。次はクラッチハブを外します。


7. メインシャフトの3-4速クラッチハブ

 3-4速クラッチハブはメインシャフトに38mmのロックナットで締め付けられています。これはカウンターシャフトのロックナットと同様に、軸のキー溝のような部分に、ナットの一部を食い込ませることで、緩みを防止しています。緩める前に、この食い込み部分をマイナスドライバーやバールを使って起こしておきます。

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 ハブを固定しているロックナット。


 カウンターシャフトは軸端のナットだったのでインパクトレンチで緩めることができましたが、このハブのナットは軸の中央部にあり、ソケットレンチは使えません。またハブは外周部に対して内側がへこんでおり、ナットはその部分にあるので、モンキーレンチのようなフラットなツールは使えません。整備書では専用ツールの使用が指示されていますが、ここはオフセットメガネレンチか角度のついたコンビネーションレンチを使ってみます。
 ハンドツールでナットを外すとなると、ナットがはまっている軸の固定が必要です。まず回転を押さえる必要があります。これは前側にある5-6速、1-2速のクラッチを利用します。前側のスリーブをスライドさせ5速に噛み合せます。この状態でもう一方の1-2速スリーブを動かし、1速か2速に噛み合せます。これで二重噛合状態になり、軸は回転しなくなります。ミッションの二重噛合を防ぐインターロック機構はシフトロッドに作用するので、今の状態なら手でスリーブを動かして二重噛合にできるのです。

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 スリーブを5速と2速に噛み合わせ、シャフトの回転のロックする。


 ナットを緩めるには、軸の回転の固定に加え、全体の固定も必要です。ナットは200Nm以上のトルクで締められているはずなので、約500mmの長さのツールであっても、40kg以上の力をかけねばならず、それに耐える状態で固定しなければなりません。今回は、角材をハブ部分に枕のように置き、紐で何重にも縛りました。

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 使用した38mmコンビレンチ

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 ミッション軸を角材に紐でしばりつけて固定する

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 このようにレンチをかけてみたのだけれど。


 ここまで準備したのですが、コンビレンチによる方法は失敗に終わりました。このロックナットは径の割には薄くてレンチとのかかりが浅く、力をかけると外れてしまうのでした。レンチをかけてハンマーで叩くなど、いろいろな方法を試してみたのですが、緩む前にレンチが外れ、しかも外れたときに角をなめて、ますます外れやすくなるという状態になり、結局、ハンドツールの使用は諦めました。
 このロックナットは変形させる部分があるので再使用不可部品です。なので破壊しても構いません。そこで、タガネとハンマーで外すことにしました。タガネは鉄の棒の先を平らな刃にした道具です。この刃をナットの外周部に斜めに当て、それをハンマーで叩きます。刃がナット外周部に食い込み、ハンマーの衝撃はナットを回転させる力になります。タガネの刃をハブや軸に当てないように気をつけながら、ハンマーで(割と力を入れて)叩くことで、ナットが少しずつ回り、緩めることができます。

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 タガネとハンマーでナットを回して外した。

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 ナットの外周部にタガネの食い込んだ傷が見える。


 ロックナットを外せばハブは抜けるのですが、強く締め付けられていたこともあり、この部分のセレーション嵌合はかなり固く、手では取り外せませんでした。そのためプーラーを使うのですが、ハブ、シンクロナイザーリング、4速ギヤの間の隙間は狭いため、プーラーは4速ギヤに掛けます。この嵌合はベアリングの圧入ほどの硬さではないので、薄爪タイプのアマチュアベアリングプーラーを寸切りボルトで延長して抜き取りました。爪の外れ止めには、木工用クランプを使っています。これは前にベアリングの抜き取りに失敗した構成です。

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 アマチュアベアリングプーラーを寸切りボルトで延長して使う。

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 プーラーの爪は4速ギヤのクラッチ部にかける。


 嵌合が外れれば、クラッチハブとシンクロナイザーを取り外すことができます。シンクロナイザーは3速用と同じ構成です。

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 ギヤ、ハブなどがまとめて抜ける。

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 ギヤとハブの間に、トリプルコーンシンクロがはさまっている。


 クラッチハブの外周のスプライン部の内側には、シンクロナイザーキーを外側に押し出すためのシンクロナイザーキースプリングが取り付けられています。これはハブの前後に2本組み込まれています。

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 シンクロナイザーキースプリング。先端の曲がった部分がハブの内側の穴にはまっているのがわかる。


8. メインシャフトの4速ギヤ

 クラッチハブを外せば、4速ギヤは抜き取るだけです。

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 4速ギヤ、トリプルコーンシンクロ、クラッチハブの表と裏。


 4速ギヤもニードルローラーベアリングは使われていません。しかしメインシャフトに直接接するのではなく、スリーブを介しています。このスリーブはクラッチハブと共にロックナットで締め付けられており、セレーション嵌合ではありませんが、実質的にメインシャフトに固定されています。そのため4速ギヤは、このスリーブに対して回転することになるので、スリーブ表面には油溝があります。またスリーブの前側(ベアリングハウジング側)には、後退アイドラーギヤと同じようなフリクションダンパーが取り付けられています。これは内周部の金属部品が爪でスリーブに噛合、外周部のゴム部品が4速ギヤに接触しており、ギヤの回転に対して抵抗となります。
 分解時には、スリーブ、フリクションダンパー、4速ギヤをまとめてメインシャフトから外します。

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 スリーブ、フリクションダンパー、スラストワッシャー。

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 フリクションダンパーとスリーブを組み合わせた状態。


9. カウンターシャフトの4速カウンターギヤ

 メインシャフトの3速のギヤ、クラッチハブ、4速ギヤを外せば、4速カウンターギヤを抜き取れます。このギヤはセレーション嵌合ですが、軽く抜けました。

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 4速カウンターギヤをカウンターシャフトからずらして抜き取る。

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 取りはずした4速カウンターギヤ

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 ここまでギヤやベアリングを取り外せば、ベアリングハウジングより後ろ側の要素がなくなり、メインとカウンターの2本のシャフトをベアリングハウジングから取りはずすことができます。


■ シャフトの抜き取り

 メインシャフトとカウンターシャフトで、ベアリングハウジングより後ろの要素をすべて取りはずしたら、この2本のシャフトをベアリングハウジングから抜き取ることができます。

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 ベアリングハウジングより後ろ側の部品をすべてはずした。


 整備書では、プレス台にベアリングハウジングを置き、メインシャフト後端をプレスで押し、少し動いたら、カウンターシャフトのギヤが干渉しないようにカウンターシャフトをプラハンマーで叩いて押し出し、2本のシャフトを並行して抜き取るように指示されています。このとき、2本のシャフトがバラけないように、紐で縛っておきます。

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 2本のシャフトの歯車類が相互に干渉するので、2本を同時に抜き取る必要がある。


 我が家にはプレスがないので、別の方法を考えます。ベアリングハウジングには、前後のハウジングを取り付けるボルトのための貫通穴や、オイルを流すための開口部があります。ここに寸切りボルトを通してナットで止め、メインシャフト後端にプーラーを取り付け、ハウジングに対してシャフトを押すという方法を試してみます。ハウジングにボルトを取り付けるナットは、ハウジングとの接触面を傷つけないように、ワッシャーをかまします。

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 ベアリングハウジングに寸切りボルトをセットし、メインシャフトにプーラーをセットして引く。


 メインシャフトとカウンターシャフトの両方を少しずつ抜かないといけないので、カウンターシャフト用にも2本の寸切りボルトを取り付け、1つのプーラーを入れ替えながら作業を行いました。1回に数ミリずつしか押し出せないので、手間と時間のかかる作業でした。プーラーが2個あれば楽だったのですが。

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 カウンターシャフトも、同じように2本の寸切りボルトをセットして引く。


 本来であれば、2本のボルトとシャフトはまっすぐに並んでいなければならないのですが、既存の穴を使うため、ちょっとずれています。そのためプーラーのボルトを強く締め込んでいくと、プーラーが傾き、ボルトが曲がることがあります。そのへんに気をつけながら、そして前のベアリング抜き取りの時と同じようにシャフトを回しながら、慎重に、しかしそれなりの力を加えてベアリングからシャフトを抜いていきます。メインシャフトのベアリングは、シャフトの径がかなり太いということもあり、圧入はかなり固いものでしたが、力を掛けたり抜いたり、曲がったボルトを修正したりしながら、どうにか抜きました。カウンターシャフトのほうはさほど大きなベアリングではなかったので、簡単に抜けました。

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 2本ともベアリングから抜き取った。

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 抜き取った2本のシャフト。


■ ベアリングハウジング

 シャフトを抜き取った後、ベアリングハウジングには2個のベアリングが残されています。これはリテーナーの板で押さえられており、ボルトを抜いてリテーナーを外せば、ベアリングを外すことができます。

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 シャフトを抜いた後のベアリングハウジング(前側)。

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 ベアリングハウジング(後ろ側)。

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 リテーナーをはずせば、ベアリングを(プレスなどで)抜き取れる。この取り付けボルトは、ネジ部に液体ガスケットが塗布されていた。


 ミッションケース、エクステンションハウジングのベアリングはしっくり嵌めでしたが、この部分は圧入になっています。つまりこの部分のベアリングは、インナーレースもアウターレースも圧入ということです。ベアリングはハウジング後面と面一になるようにセットしなければならないので、リテーナーのない側に位置調整用のシムをセットして取り付けることになっています。
 現時点ではこのベアリングは抜き取っていませんが、組み立ての際にはベアリングを交換することになるかもしれません。整備書によれば、このベアリングの抜き取りと挿入はプレスを使うことになっています。

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 次回は、シャフトの前半分の分解を行います。


posted by masa at 08:44| 自動車整備

2020年09月17日

ミッションをばらす その11 −− シャフトの分解を始める

 シフトフォークを外し、支障物がすべてなくなったので、今回はベアリングハウジングより後ろ側の歯車類を取り外していきます。

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 このあたりを分解していく。カウンターシャフトのベアリングは抜きかけ。


■ メインシャフトとカウンターシャフト

 メインシャフトとカウンターシャフトは、中央部のベアリングに対して前側に抜く形になるので、そのためにまず後ろ側に位置する歯車やハブを外さなければなりません。これらのシャフト上には、いろいろな直径の歯車やハブが相互に食い込むように並んでいるため、それぞれのシャフトから適切な順序で部品を外していく必要があります。
 メインシャフトにはベアリング、クラッチハブ、各段のギヤなどが取り付けられています。軸に固定されたハブと回転できるギヤ、さらにその間のシンクロメッシュ機構やスリーブなども関与するので、メインシャフトはかなり複雑な構造です。
 カウンターシャフトは、中央部のベアリングハウジングの前と後ろで構成が違います。シャフトを抜き取れるように、中央のベアリングより後ろの歯車ははずせるようになっていますが、前側の歯車、つまり最前部のドライブギヤ、5速、2速、1速ギヤはシャフトと一体成型されており、分離できません。カウンターシャフトの歯車はすべてシャフトに固定されており、シャフトといっしょにまわります。そのため取外し可能な後ろ側の歯車類はすべてセレーション嵌合になっています。分解の際、固くはまっていたらプーラーで抜き取る必要があります。
 カウンターシャフト後端に取り付けられた後退ギヤは、カシメて止めるロックナットで固定されています。このギヤはベアリングの直径より小さいため、抜き取らなくてもインターメディエイトハウジングをはずことができます。しかし後退ギヤを止めているナットは、ハウジングがある状態のほうが外しやすいので、前に説明したように、あらかじめインパクトレンチで緩めておきました。


■ シャフトの後ろ半分の分解

 これから2本のシャフトを後ろ側から分解していきます。メインシャフトとカウンターシャフトの後ろ側から適宜ベアリング、歯車などを外していくのですが、これらの歯車やクラッチハブは互いに干渉するので、適切な順序で行います。単に部品の配置を考えるだけでなく、プーラーがうまくセットできるかなども考えなければなりません。SSTがすべて揃っていれば整備書に記載された手順でいいのですが、ツールが違う場合は多少の工夫が必要な場合もあります。以下の手順は、筆者が行った方法を示しています。


1. カウンターシャフトの後退ギヤ

 後退ギヤのロックナットは、前に緩めました。後退ギヤはセレーション嵌合で、軽くは抜けず、ちょっと力をかけて引かなければ抜けませんでした。この部分は後ろに伸びる軸が短いので、爪の薄いパイロットベアリングプーラーで抜き取りました。

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 カウンターシャフトの後退ギヤは、後退ギヤ全体の分解時に取りはずした。写真は後退ギヤを取りはずす前のもの。


2. カウンターシャフトのベアリング

 カウンターシャフト後端のベアリングは圧入で、ほかの歯車はセレーション嵌合です。ここのベアリングは軸の飛び出し量が大きくないので、汎用のプーラーで抜き取れます。このベアリングは、普通のアマチュアベアリングプーラーで抜き取ることができるのですが、抜き取りではなるべくアウターレースに力を掛けたくないので、3速カウンターギヤにギヤプーラーをかけて抜きました。ギヤごと抜くとベアリングのインナーレースに力がかかるので、ボール部に余計なスラスト荷重を掛けずに済みます。
 ただしギヤのほうは、メインシャフトのベアリングに干渉するので最後までは抜けません。そのためギヤがベアリングに当たりそうになったら、ギヤにかけていたギヤプーラーを外し、アマチュアベアリングプーラーをベアリングのアウターレースにかけ、ベアリングだけ外します。この段階ではかなり抜けているので、あとは軽い力で抜け、ベアリングに大きな負担はかかりません。

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 カウンターシャフトに取り付けられた4速、3速ギヤとベアリング。2個の歯車の間にスペーサーが挟まれている。

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 3速カウンターギヤにギヤプーラーをかけ、ベアリングと共に抜き取る。

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 ちょっと抜き取ると、歯車がメインシャフトのベアリングにあたる。

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 最後はベアリングだけをアマチュアベアリングプーラーで抜き取る。


3. メインシャフトのベアリング

 後退ギヤセットはインターメディエイトハウジングをはずす前に取りはずしているので、現時点でメインシャフト最後端にあるのは、インターメディエイトハウジング用のベアリングです。これは圧入されているので、プーラーで抜き取ります。
 プーラーのネジをメインシャフト後端にかけるのですが、このシャフトは長いので、プーラーを延長する必要があります。ベアリングのすぐ前に3速ギヤがあり、隙間が狭いので、まず薄爪タイプのアマチュアプーラーで抜くことを考えました。股下の足りない分はステンレス寸切りボルトで延長しました。爪がベアリングから外れないように、爪でベアリングを挟むようにして木工用クランプで固定しました。

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 アマチュアベアリングプーラーの爪をかけ、クランプで押さえる。

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 寸切りボルトで延長して引っ張ってみる。


 これで抜けるかと思ったのですが意外と手強く、ネジをまわすラチェットにかなりの力を込めても動きません。寸切りボルトがたわみ、破断しそうだったので諦めました。ここで使った寸切りボルトは、プーラー爪のネジ穴の関係で6mmだったのが不幸でした。もう少し太ければ抜けたと思うのですが。
 次に考えたのはセパレートタイプのベアリングリムーバーをプーラーで引く方法です。股下が足りないので、付属の延長ボルトではなく、3/8インチの寸切りボルトを適当な長さに切って使いました。
 このプーラーのセットでは、ベアリングにピッタリのサイズのセパレーターは、3速ギヤにボルトが干渉してセットできません。1つ上のサイズだと干渉せずにセットできるのですが、今度はボルトがカウンターギヤに当たるため、ベアリング中央からちょっとずれた位置になってしまいます。斜めに力をかけて抜くと軸やインナーレースに無理がかかるので、ちょっと考えます(これがあるので、最初の方法を試したのでした)。
 通常このような作業は、ギヤを二重噛合にして軸が回らないようにセットして作業するのですが、あえてロックせず回転するようにします。これでプーラーのボルトを回すと、シャフトも一緒に回ります。抜くのはベアリングなので、回転しても問題ありません。このようにすることで、ベアリングにかかる力はちょっと斜めになってしまうものの、軸上で力のかかる向きが回転に伴い徐々にずれていくので、トータルではさほど無理はかからないと考えました。
 ベアリングはこのやり方でどうにか抜けました。ただしそれまでのいろいろな試行錯誤や斜めに力をかけたことのせいか、ベアリングにガタが出てしまいました。組み立て時には交換しなければなりません。

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 セパレータータイプのプーラーをセット。部品の干渉によりちょっとセンターがずれている。

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 寸切りボルトで延長してプーラーをシャフト後端にセットする。プーラーのネジのシャフト側への飛び出しが多くなると、そこでプーラーが傾くので、なるべく写真のような位置で圧力をかける。ちょっと動いたら、寸切りネジのナットの位置を調整し、飛び出し量が過大にならないようにする。


4. カウンターシャフトの3速カウンターギヤとスペーサー

 メインシャフトのベアリングをはずすと、それが支障していた3速カウンターギヤを抜き取ることができます。
 このギヤのセレーション嵌合はさほどきつくなく、しかも最初のベアリング取りはずしの段階で位置をずらしているので、あっさりと抜けます。3速ギヤと4速ギヤの間のスペーサーもこの段階で抜き取れます。4速ギヤはメインシャフト上のギヤ類と干渉するので、まだはずせません。

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 メインシャフトのベアリングが抜けると、カウンターシャフトの3速ギヤ、スペーサーを抜き取れる。

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 3速ギヤとスペーサーを取りはずしたカウンターシャフト。

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 取りはずした2個のベアリングとカウンターシャフトの3速ギヤ、スペーサー。


5. メインシャフトの3速ギヤのワッシャー

 次にメインシャフトの3速ギヤをはずします。3速ギヤの後ろ側にCワッシャーがはまっているので、取り外します。これはかなり厚手のもので、スナップリングプライヤーで外すにはちょっと硬すぎます。整備書ではこれはマイナスドライバー2本を当てて同時に叩くという方法が指示されています。

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 ベアリングを取りはずした状態。Cワッシャーが見える。

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 Cワッシャーに2本のドライバーを当て、ハンマーで叩いて抜き取る。ベアリングや軸になるべく衝撃を与えないように、軸に木材の枕を当てている。


 筆者もドライバー2本を使って外しました。強力なスナップリングなので、外れると勢いよく飛んでいきます。再使用不可部品なので、紛失しても組み立ては困らないのですが、あらぬところに入り込むとそれはそれで問題です。うまくウエスをかますなどして、旅立たないように工夫します。筆者はこれを怠ったため、捜索にかなりの時間を費やすことになりました。


 こんな感じで抜き取る。

 このスナップリングを外すと、3速ギヤ側にあるワッシャーを外せます。これは位置決めのために、厚さを選択できる部品です。

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 スラストワッシャーの内側に半円形の切り込みがあり、そこにボールがはまっている。


 このワッシャーは、その前にある3速ギヤを位置決めするためのものです。機能としてはスラストワッシャー(軸上でスラスト力を受けるワッシャー)となり、そのためギヤとの接触面には油溝があります。このワッシャーは動力伝達には関与しませんが、メインシャフト上で回転しないように取り付けられています。この廻り止めはほかのハブや歯車類とは異なり、セレーション嵌合ではなく、位置決めボールが使われています。軸上のワッシャーの位置に半球の穴があり、ここに金属ボールがはまっています。軸表面から飛び出す半球部にちょうど噛み合うように、ワッシャーの軸穴に半円の刻みがあり、ここがはまることで、ワッシャーは軸に対して回転しません。ワッシャーを外した後で、このボールも外しておきます。ボールはオイルで張り付いているので、マグネットで持ち上げるといいでしょう。これを外さないと、それより前にある3速ギヤを抜き取れません。

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 ワッシャーをはずすと、軸にはめ込まれたボールが見える。

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 取りはずしたCリング、スラストワッシャー、金属ボール。スラストワッシャーの歯車との接触面には油溝がある。


6. メインシャフトの3速ギヤ、シンクロ、スリーブ

 ここまではずせば、メインシャフトの3速ギヤを抜き取ることができます。後退ギヤはニードルローラーベアリングを使っていましたが、このギヤにはころがりベアリング部品はなく、メインシャフトに対して直接触れて回転します。そのため軸側に、潤滑のための油溝があります。

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 取りはずした3速ギヤ。写真はクラッチハブ側。円環状の突起は、外周部にシンクロナイザーのインナーコーンが接触する。並んだ丸穴にはダブルコーンの突起が噛み合う。


 3速ギヤとクラッチハブの間に、シンクロナイザーリングがあります。3速用はトリプルコーンシンクロとなっており、リングは3つのリング状の部品から構成されており、ハブから外すと3つに分離できます。一番内側の真鍮色の部品がインナーコーンで、ギヤのコーン部と摩擦接触します。2個の真鍮色のリングに挟まれた鉄色の部品がダブルコーンで、これは突起部分がギヤの穴と噛み合い、ギヤと共に回転します。
 シンクロの働きについては、後でまとめて解説します。

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 クラッチハブの外周にはクラッチスリーブがあり、ハブと3速ギヤの間ににシンクロナイザーがはまっている。そのためこの写真では、クラッチハブは中心部しか見えない。

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 取りはずしたシンクロナイザーリング。

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 シンクロをはずすと、クラッチハブとクラッチスリーブの関係がよくわかる。3箇所にシンクロナイザーキーがはまっている。


 シンクロナイザーリングを外すと、クラッチスリーブを後ろ側にスライドして抜き取ることができます。スリーブの内面にはシンクロナイザーキーがはまっていますが、力を入れて動かすとはずすことができます。スリーブをはずすと、ハブ側に取り付けられていた3個のキーもはずれるので、なくさないように回収しておきます。スリーブには向きがあるので、事前に確認しておきます(ポンチマークがあるほうが後ろ側になります)

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 クラッチスリーブを取りはずす。ハブ外周の3ヶ所の溝の部分にシンクロナイザーキーが収まる。

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 シンクロナイザーキー。

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 シンクロナイザーリングは3速ギヤにこのようにはまる


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 長くなったので今回はここまでにします。現状、ここまで分解できました。

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 ベアリングハウジングより後ろ側には何も残っていない。


 次回はクラッチハブの取りはずしから行います。

posted by masa at 10:25| 自動車整備