2021年03月13日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その4

 前回まで、オルタネーターとバッテリーの周辺での電流の流れについて説明しました。今回は自動車に電圧計と電流計を装備する上での具体的な説明をします。


■ 電流計の今昔

 車の発電能力の低かった時代は、バッテリーの状態を知るために電流計はかなり重要なメーターであり、多くの車が搭載していました。昔はオルタネーター(交流発電機)ではなくダイナモ(直流発電機)を使っており、エンジンが低速の時は発電能力が低かったのです。今の車は、エンジンを始動して数分も運転すればほぼ満充電になり、以後はほぼその状態が維持されます。しかし発電能力が低かった時代は、雨や夜などで消費電力が大きいと、車が停止してアイドリング状態の時にはバッテリーから持ち出しになり、渋滞などでバッテリーが放電状態になることが多かったのです。
 電流計を見れば、現在バッテリーに充電しているのか、放電しているのか、あるいは充電が完了して満充電といったことがわかります。放電が続いた後は、ある程度充電しておかないと、次のエンジン始動時に容量不足になっている可能性もあります。そういう意味で、電流計は重要なメーターだったのです。
 今は普通に使っている限り、オルタネーターの発電電力で不足することはないため、電流計で細かに観測する必要性はほとんどありません。そのためわざわざ備えている車は、特殊車両でもない限りありませんし、その意味を知っている人も減りました。
 しかしウインチを装着した4WDとか、作業機を頻繁に使うといった用途では、電圧計と電流計があればバッテリーの状態がよくわかり、適切に使用することができます。全く無用の長物というわけではありません。
 こういった今昔の事情とは別に、現在はまったく異なる理由で、電流測定をしている車が数多くあります。これは充電制御やアイドリングストップといった機能のためです。これらについては、また後で触れるかもしれません。


■ 余談 −− 追加電力負荷用の配線の接続位置

 車をいろいろいじる際に、電力負荷を追加することがあります。
 電気を使う機器を組み込む場合は、常時系、Acc系、On系、ライト系などを必要に応じて接続しなければなりません。例えばオーディオを同等品と入れ替えるといった場合なら、既存のオーディオ用電力配線を利用できます。あるいはちょっとした室内用ランプなど、わずかな電流しか使わないものなら、既設の配線を分岐して利用する事ができます。
 しかし大電流を必要とする機器を追加する場合は、新規に電源配線を用意しなければなりません。既設の配線から取ると、その系統の電流上限を超え、ヒューズが飛ぶなどの問題が起こります。
 車に備えられたヒューズボックスには、運が良ければ未使用の回路があります。オプション装備用の回路、最初から予備として用意されている回路などです。一般にこれらは、アクセサリ系やIGN系などで、10A程度のヒューズを組み込んで使うことができます。必要な用途での電流量が足りるのであれば、これらの予備系を使えば簡単です。
 電流や回路数が足りない場合は、より大元のプラス母線から分岐させる必要があります。よくあるのが、大光量の補助灯(今ではLED化が進み、だいぶ電力は小さく済むようになりました)やハイパワーオーディオなどです(4WDの電動ウインチなどは、前に触れたようにまた別の扱いになります)。こういった機器の説明書を見ると、しばしば、バッテリーのプラス端子に接続しろと書かれています。なるべく電源の大本につなぐことで、無駄な電圧降下や既存配線の過負荷を防ごうという意図だと思われますが、実はこれは正しいとは言えません。
 大電力ではあるものの、エンジン運転時のオルタネーター出力でまかなえる程度の負荷の場合は、一番好ましいのはオルタネーターのB端子からの配線を引き込んでいるメインのヒューズボックス(たいていエンジンルーム内にある)内で、適当なヒューズを介した部分から取り出すことです。ここはオルタネーターが発電した電力が車両全体に分岐する部分であり、スターターなど一部の例外を除き、車両の電源回路の一番の付け根となるからです。ここからヒューズを介して負荷に給電することで、車両のほかの電装系と同等の接続形態となります。
 ただこの場所はメインヒューズボックス内部であり、配線を簡単に接続できるとは限りません。その場合はオルタネーターのB端子から配線を引き出し、ヒューズを介して負荷に送ることができます。
 通常の車では、バッテリーのプラス端子とオルタネーターのB端子は直結されています。なのでバッテリーのプラス端子につないでもオルタネーターにつないでも電気的には同じです。しかし電流計を備えた車であれば話は変わります。もし拡張用の配線をバッテリー側に接続すると、前回説明した作業機用モーターなどと同じ構成になります。つまり追加した負荷に流れる電流は、電流計の上で充電電流として示されてしまうのです。またエンジン停止時に使った際に、バッテリーの放電電流として示されません。これでは、電流計の意味がなくなってしまいます。
 負荷をメインヒューズボックスかオルタネーターのB端子に接続すれば、オルタネーターから負荷に流れる電流は電流計を通らず、車両側のその他の電気負荷と同じ扱いになり、電流計の働きを損ないません。

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 追加回路と電流計の関係


■ 自動車用の電圧計と電流計

 今乗っているY61サファリには、電圧計と電流計を後付で備えました。ちなみに、前に乗っていたY60サファリにも付けていました。その前のJeep J58は標準で電流計を備えており、さらに別途電圧計を取り付けていたので、自分の車で電圧/電流計がないのは、NDロードスターだけということになります。
 まずは昔ながらの電気計器としての電圧計と電流計について説明します。
 単純なアナログ式の電圧計や電流計は受動的に動作します。つまり測定対象の電気回路からエネルギーを取得し、それで針を動かすのです。この場合、メーターを機能させるために外部の電源は必要ありません。自動車のような規模の電力の場合、メーターのために使われる電力はごく僅かなので、負荷回路に対する影響はほとんどありません。


・電圧計

 一般に可動コイル型電流計に倍率抵抗を直列にいれて実現します。これに電圧をかけると、電流計の内部抵抗と倍率抵抗の合成抵抗に対して、加えた電圧に比例した電流が流れるので、電流計の針の動きにより電圧を知ることができます。電流計は、磁石で作られた磁界中に回転できるコイルを置き、それにスプリングを取り付けます。コイルに電流を流すと磁界が発生し、これと磁石の磁界によりコイルが回転するモーメントが発生します。コイルにはスプリングが取り付けられているので、電流によるモーメントとスプリングの力がバランスしたところで回転が止まり、電流に比例した角度位置となります。このコイルに指針をつけることで、目盛板上で電流値を読み取ることができます。電圧計として使う場合は、倍率抵抗などを使って電圧に換算した値を目盛板上に記すことで、電圧値を読み取ることができます。
 電圧を測る間、この回路に電流が流れますが、これはせいぜい数ミリアンペアなので、自動車のバッテリーであれば常時接続したままでまったく問題ありません。かつて自分のJeep、Y60に取り付けた電圧計はこのタイプのものでした。

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 アナログ式の可動コイル型電圧計

4-030.JPG 電流計を使って電圧を測定


・電流計

 自動車用の直流電流計には、電流を直接測るタイプと、シャント抵抗を使って分流するタイプ、電線周辺の磁界を測定するタイプなどがあります。電圧計に使われるような可動コイル型電流計は微小電流用なので、自動車の回路のように何十アンペアも流れる回路には直接使用できません。そのため異なる構造のメーターを使ったり、回路を工夫して測定します。
 直接測るタイプは、測定対象の電流がすべて電流計を通過するように接続します。かつてJeepに搭載されていた電流計は、このような直接測定型でした。
 内部構造の詳細は正確には覚えていませんが、自動車の車載用のものはさほどの精度は求められず、なおかつ数アンペア以上の大電流測定用ということで、かなり簡略化された構造のものでした。電流が流れる太い導線部のそばに、磁界の大きさによって回転するように、指針が取り付けられた金属片が置かれていました。電流の正負で逆に振れなければいけないので、これは磁石片だったのでないかと思います。
 このような構造だと、正確に何アンペアといった測定には不向きですが、自動車用の場合、充電か放電か、電流が大きいか小さいか程度がわかれば十分なので、この程度でよかったのでしょう。
 シャント抵抗型は、測定位置で配線を切断し、抵抗器を挿入します。これをシャント(分流抵抗)といいます。ここに電流が流れると、抵抗の両端に電流に比例した電圧が発生します。回路全体の動作に影響しないようにシャント抵抗は極めて小さい抵抗値で、発生する電圧はわずかです。この微小電圧を可動コイル型電流計に流すことで、回路に流れる電流を計測できます。つまり回路に流れる大電流を、シャント抵抗と微小電流用電流計に分けて流すこと(分流)で大電流を測定するのです。
 Y60に取り付けた電流計はこのタイプのものでした。

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 シャント抵抗を使う電流計


■ 外部電源を必要とする電圧計と電流計

 Y61サファリに付けた電圧計と電流計はここまで説明したメーターとはちょっと異なり、作動させるのに外部電源を必要とするタイプです。
 電圧計は、測定対象電圧を内部で測定し、広角メーターを動かしています。動作電源と測定端子は共通なので、接続する配線は2本だけ(それとは別に照明電源が必要)ですが、単純な可動コイル型メーターよりも消費電流が多くなっています。
 電流計は前述したシャント抵抗タイプですが、シャントの電圧を測定する2本の電線とは別に、メーター電源が別途必要です。また放電電流がある程度以上大きくなると赤色LEDを点灯させる回路が組み込まれています。この電流値は、裏側にある半固定抵抗で設定できます。電源オフの時、電流計指針はマイナス側に振り切った状態で、電源を入れると、中央のゼロ位置からプラスマイナスに振れるようになります。
 これらのメーターは広角指示でかっこいいのですが、外部電源が必要という条件は、実は電圧計と電流計に関してはとても不便なのです。


■ 電圧計の問題

 外部電源を必要とする電圧計と言っても接続は単純で、測定したい電圧の配線にメーターを接続するだけです。メーターはこの配線の電圧を示します。つまり配線は以前の受動的な電圧計と一緒です。ただ、内部に電子回路がある分、消費電流が大きくなっており、車両のプラス母線に常時接続で使うにはちょっと不安があります。
 ではAcc電源(アクセサリ位置、On位置で供給される)に接続すればいいかというと、それでは不十分です。まず、車が全く電気を使っていない時(キーOff位置)のバッテリー電圧を測れません。これはバッテリー状態を知りたい時、結構重要な情報です。エンジンをかけないままAccにすれば電圧はわかりますが、この状態ではナビやオーディオなどの電力消費が発生しており、無負荷状態とはいえません(無負荷にするために装備のスイッチを切るのも面倒です)。
 しかし最大の問題は、ST位置です。エンジン始動のためにスターターを回す際は、大電流を供給するために必要ない部分の電源を切るようになっている車が多くあります。実際、うちの車ではAcc系がオフになってしまうのです。これがどういうことかというと、スターターモーターが回転している時の、バッテリーの電圧降下を調べられないのです。電圧計の電源をOn系にすればスターター時の電圧を測定できますが、今度はOff時、Acc時の電圧は測れません。
 つまり消費電流の多い電圧計を使う場合、単純な接続では、Off、Acc、On、STすべての状態で電圧を測る方法がないのです。


■ 電流計の問題

 電流計のほうは、動作用の12V電源と、オルタネーターとバッテリーの間の母線に挿入したシャント抵抗の電圧を測る2本の線から構成されます。12V電源が供給されなければ、当然、指針は動きません。つまり電源供給と測定に関して、電圧計と同じ問題があるのです。Off時は普通は(測定可能なレベルの)電流は流れていませんが、ライト類を使っていれば放電電流が流れます。Acc、On、STに関しても、電圧計と同じ問題があります。前に触れたように、どのスイッチ位置であっても、電流計の指示値を知りたいのです。
 電流計にはもう1つ問題があります。シャント式の場合は、シャント抵抗の両端からの配線をメーター部まで引き込みます。よく考えると、この配線はバッテリーのプラス端子直結です。この配線がショートすると、バッテリーからの大電流が流れ、溶断、発火の可能性があります。そのため、ヒューズなどによる保護を考える必要があります。


■ メーター用電源をどうにか用意する

 メーターの消費電力の都合上、メーター電源を常時供給するわけにはいきません。そのため、Offの状態では、後付したスイッチを押している間だけ、メーターに電源を供給するようにします。またキーがAcc、On、STのすべての状態でメーターを動かすためには、AccかOnのどちらか(あるいは両方)の電源が来ている時に、メーターに電源を供給するようにします。
 要するに、手動スイッチ、Acc、Onで供給される12VをOR接続すればいいのです。ただし、これらの配線を単純につないでもだめです。例えば後付したスイッチをOnにしたら、Acc系、IGN系すべてに通電されるなどといったことは許されません。AccとOnも同様です。それぞれの系統の他の部分に影響することなく、メーター電源のみ、これらの電源供給のORで動くようにしなければなりません。
 これは、ダイオードOR回路を利用しました。それぞれの系統からの電流を、ダイオードを通してから接続することにより他系統に影響することなく、OR的に電力を供給することができます。

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 ダイオードを使ったOR回路

 ダイオードを使うことで、ある系統に12Vが加わった時、ダイオードに順方向の電流が流れます。関係ない系統については、ダイオードが逆方向となるため、電流は逆流しません。これでほかに影響するすることなく、スイッチ、Acc、Onのいずれか(複数可)に12Vがかかると、回路に電流が流れます。ここには12Vで動作するリレーをいれ、その接点を介してメーター類にプラス母線から12Vが加わるようにします。
 リレーを置かず、ダイオードからの電流を直接メーターに送ってもいいのですが、ダイオードによる電圧降下があるので、電圧計の指示値がその分下がってしまいます。シリコンダイオードだとこの電圧降下は約0.6Vから0.7Vになります。これを避けるために、リレーを入れているのです。リレーは機械接点なので、電圧降下はありません。
 このような回路から電源を供給することで、Offの時はスイッチ操作で、それ以外の時は常時メーターが稼働するようになりました。
 この電源供給回路も含めて、Y61サファリに取り付けた電流計と電圧計の回路を示します(照明系統は省略してあります)。

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 実際のメーター周辺回路(イルミネーション系は省略)


■ 今どきの電流と電圧の測定

 最近は配線のすぐそばに磁気センサーを置くタイプが広く使われているようです。電線に電流が流れると、線を中心として周辺に磁界が発生するので、それを磁気センサーで測定すれば電流量がわかります。電圧はエンジン制御コンピュータが電源電圧を測定することで把握しています。これらの情報は、充電制御やマイルドハイブリッド、アイドリングストップなどの制御に使われます。


posted by masa at 13:14| 自動車

2020年12月17日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その3

 前回、通常の自動車の始動時のバッテリー、オルタネーターの動作と電流の流れについて説明し、その中で電圧計と電流計がどのような指示をするのかを説明しました。今回は、ウインチのような例外的な大負荷を取り付けた場合について説明します。


■ さらにチャージランプについて

 前に説明したように、オルタネーターに制御電源が供給されている状態で発電されていないと、警告灯のチャージランプが点灯します。エンジン始動前やエンストした時はこのような状態になるのでランプが点灯します。
 普通に運転しているにも関わらず、このランプが点灯した場合は、オルタネーターが発電していないということです。オルタネーターの故障、ファンベルトのスリップや切断などでこの状態になります。オルタネーターが発電していない場合、運転に必要な電力はバッテリーから供給され、しばらくは運転を続けることができますが、バッテリーが上がったらエンジンは止まり、車は動けなくなります。一般ドライバーの多くは、チャージランプに意味を理解していないと思われるため、オルタネーター故障は、たいていこの段階で発覚します。
 車に電圧計/電流計が備えられている場合、走行中にチャージランプが点灯すると、電圧計は12V程度まで指示値が下がります。母線電圧がオルタネーター出力電圧からバッテリー端子電圧になるためです。電流計のほうはほぼ0だった表示が、各種機器への電力供給のため、10から数十アンペアの放電になるでしょう。エンジン始動時に各種負荷にバッテリーが電力供給していた時と同じです。
 オルタネーターが機能停止することで、母線電圧が約14Vから12V程度まで低下するので、夜間であればライト類が暗くなるといった症状があらわれますが、これは気づかないかもしれません。チャージランプの点灯に気づかなければ(あるいは無視していると)、バッテリーが上がってエンストし、初めて異常を認識することになります。チャージランプに加え、電圧計や電流計が備えられていれば、電圧の低下、放電電流の増大という形で、バッテリーがあがる前にオルタネーターの障害に気づけます(メーターを見ていればですが)。
 運転中にこの状態になったら、極力電力消費を抑え、安全なところまで走行するしかありません。
 オルタネーター故障でもなく、エンジンが回転しているのに発電していないという状況があります。以下は筆者が経験した事例です。


・始動後のエンジン回転数が低すぎた
 現在の電子制御エンジンでは、冷間時に自動的にアイドルアップしますが、キャブ車にはこのような制御はありません(チョークを使えば回転が上がりますが)。そのためエンジンを始動し、規定アイドル回転数以下という状況が起こりえます。
 オルタネーターは回転数が低すぎると、出力電圧が十分に高まりません。発電電圧がバッテリー電圧より低い場合は、オルタネーターから母線に電流が流れません。ある程度回転数を上げると電圧が上昇するので、出力電流が流れるようになります。十分に出力電圧が高くなる回転数はアイドル回転数より低いので通常は問題ないのですが、冷間時などで極端に回転が低い場合、これに達しないことがあるのです。この場合、出力電圧が低すぎるため、エンジンが回転しているのにチャージランプが消えないという状態になることがあります。
 似たような事例として、エンスト寸前という状況があります。エンストには至らなかったものの、回転数が極端に下がったときに、一時的にチャージランプが点灯することがあります。

・ベルトのスリップ
 オルタネーターはファンベルトによって駆動されますが、このベルトの張り調整がゆるいと、大負荷時や水で濡れた時にスリップすることがあります。以前Jeepで煌々と前照灯を照らして林道を走っていた時(オルタネーターはほぼ最大出力)、水たまりで跳ね上げた水でベルトがスリップし、水分が飛ぶまでオルタネーターが止まり、ライト類が薄暗くなったことがありました。また洗車で下回りに水をかけた後のエンジン始動で、スリップが発生したことがあります。


■ 大電力を必要とする負荷 −− 作業機用モーターなど

 4WDや小型クレーンの電動ウインチ、軽トラのダンプやパワーゲートの電動油圧ポンプなど、通常の自動車用の電気負荷と比べ、桁違いに大電流を消費する負荷があります(ここでは、スターターモーターよりも大電力を消費するもの、あるいはそこまで電流が流れなくても、比較的長い時間使用するものなどを考えます)。これらの負荷が消費する電力は、オルタネーターが発電できる最大電力よりも大きい場合があります。
 自動車の電装系の消費電力が増えると、それに応じてオルタネーターの出力電流も増加し、14V近辺の電圧を維持します。これはオルタネーターに内蔵されたレギュレーター(電圧調整回路)の働きです。これについては、以前の記事でも少し解説しました。そしてオルタネーターが出力可能な最大電流に達すると、以後電流は増加せず、出力電圧が低下していきます。
 オルタネーター出力電圧がバッテリー端子の開放電圧まで下がると、バッテリーに充電する電流がなくなり、逆にバッテリーの放電が始まります。以後はオルタネーターの発電した電流と、バッテリーの放電による電流が電気負荷に流れます。この場合の出力電圧は、おおよそバッテリーの端子電圧になります。例えば負荷電流が250A(そのうち50Aが自動車走行のための負荷、200Aがウインチ負荷)で、オルタネーターが150A発電できるなら、バッテリーは100A放電します。そしてこの時のプラス母線電圧は、おおよそバッテリーが100A放電している状態の端子電圧となり、11V程度になるでしょう。

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 バッテリー端子に大負荷を接続した時の電流の流れ(エンジン運転時)。


 100A以上流れるような負荷をつなぐ場合は、スターターモーターと同様に、バッテリーのプラス端子に直接接続することが多くなります。なぜこのような接続にするのかを考えてみます。
 バッテリーのプラス端子につながる車両側プラス母線の配線は、大電流を必要とするスターター専用配線は別になっているので、エンジン停止時の放電電流、スターターを除くエンジン始動時の放電電流と、始動後の充電電流が流れます。充電電流はオルタネーターの最大出力電流を超えることはなく、それ以外の放電電流も、通常はオルタネーター出力でまかなえるはずです。そのためオルタネーターとバッテリーの間の配線は、最大で100A程度流せれば十分で、通常の運転中であれば連続的に数十アンペア以上流れることはありません。
 ここにオルタネーターだけではまかないきれない大電力負荷を接続する場合、オルタネーターの下流に接続すると、バッテリー、オルタネーターと負荷の間の配線が過電流状態になる可能性があります。負荷にはバッテリーからも大量に電流が流れ、この最大値はバッテリーの容量にもよりますが、最大で数百アンペアにまで達するからです。
 以下の図は、500A必要とするウインチがオルタネーター下流に接続されている状態です。この場合、バッテリーとオルタネーターの間に400A、オルタネーターとウインチの間に550Aも流れることになります。この部分の配線が100A程度しか想定していないものであれば、発熱して溶け落ちたり火が出ることになります。

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 負荷接続位置による不具合。


 こういった状況で配線を保護するために、大負荷はバッテリーのプラス端子に直接つなぐのです。このように接続することで、大負荷への電流は負荷につながる専用配線のみを流れ、残りの回路上で過電流になる配線はなくなります。バッテリーとオルタネーターの間の配線も、最大でもオルタネーターの出力電流以下です。
 もちろん、既存の配線をすべて太いものに取り替えれば、オルタネーターの下流に接続することもできます。しかし自動車の設計段階から想定しているならともかく、後付機器の場合はあまり現実的ではありません。


■ 大負荷と電流計

 大電力負荷をこのようにバッテリー側に接続した場合の難点は、スターターと同じように、これらの作業機負荷に流れるバッテリーからの放電電流が、電流計の充放電の電流値として指示に反映されないことです。ただ、エンジン始動時のスターターの消費電流が電流計にまったく反映されなかったのと異なり、これらの作業機に流れる電流は、別の形で電流計に表れます。違いは、スターターモーターの電流がエンジン停止時(オルタネーター非発電時)に流れるのに対し、作業機などの負荷はオルタネーター発電中に使われる点です(パワーゲートなどはエンジン停止状態で使うことが多いようです。この場合はスターターと同じ関係になります)。
 エンジンが動いている時、オルタネーターの最大発電量が150Aで、車両本体で50A、作業機のモーターが200A消費する場合、電流はオルタネーターからバッテリーに接続された負荷に流れます。電圧計と電流計が備えられていれば、これらの値をある程度知ることができます。
 まず車両が使用する電流はオルタネーターから車両側に流れます。これでオルタネーター容量150Aのうち、50Aが使われます。作業機は200Aなので、オルタネーターの残り容量100Aは電流計とバッテリーのプラス端子を経由し、作業機のモーターに流れます。このモーターはさらに100A必要なので、バッテリーからも100A放電することになります。
 この時、電流計の指示値はどうなるでしょうか? オルタネーターからの100Aがここを通り、バッテリー側に流れているので、100Aの充電電流が流れているという指示になります。もちろんこの100Aは、実際にはバッテリー充電ではなく、作業機のモーターに使われています。

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 バッテリー直結の大負荷時の電流計の指示。


 このように電流計指示値は、オルタネーターから作業機を含むバッテリー側に、どれだけの電流が流れるかを示すことになります。実際の作業機に流れている総電流は、この位置に置かれた電流計では知ることはできません。
 また作業機を止めた後、バッテリーは相応の放電をしたことになるので、エンジンが動いていれば、オルタネーターからの電流で充電が始まります。この充電電流値は、当然のことですが、電流計に指示されます。そのため作業機を止めても、電流計は充電側に触れ続け、バッテリーがいっぱいになるにつれて、電流値が減っていくでしょう。
 このように、大電力負荷をバッテリー端子につないだ場合、電流計は負荷電流を測るという面ではあまり役に立ちませんが、バッテリーの状態監視には便利に使えます。というか、現在の自動車で電流計を備える最大の理由は、このような用途です。


■ 電流計のあるべき形

 このように、バッテリーに直接つないだスターターやウインチなどの電流については、電流計は正確な充放電電流の測定ができません。電流計をセットする位置がオルタネーターとバッテリーの間であり、これらの大負荷がバッテリー側につながっているためです。配線を強化、あるいはバッテリープラス端子に電流検出センサーを置き、その直後に大負荷への配線をつなぐなどして、これらの負荷を電流計より車両側につなげば、理屈通りの測定ができます。ただこの場合、電流計を流れる最大電流は数百アンペアとなるため、これを測定可能なアナログメーターを使うと、こんどはわずかな電流の時の値を示すことができません。例えばフルスケールで500Aなら、10A流れても針が触れているかどうかわからないでしょう。そうすると、普段の使用時の充放電などの観測に支障をきたします。
 可能性としては、測定範囲が広く高分解能のセンサーを使い、デジタル表示することでしょうか。3桁のデジタル表示で0Aから999Aまで正確に示すことができれば、日常の僅かな電流から最大電流まで表示可能でしょう。


■ 大電流を測るには

 電流計がついていても、スターターや作業機モーターにどれだけ電流が流れているかはわかりません。しかし負荷の見積もりや故障診断などで、これらの電流を測りたいことがあります。あるいは電流計のないクルマで、バッテリーの充放電や車両負荷電流などを調べたい場合があるでしょう。
 このような時は、直流対応のクランプメーターが便利です。クランプメーターは測定器の一種で、電線のまわりにループ状のセンサー部を挟むように置くことで、その電線に流れている電流を調べられるという便利な測定器です。一般に電流を測るためには、配線を切断し、そこに電流計をかますという形になりますが、クランプメーターは、配線を切ることなく測定することができます。かつてはループコイルに発生した誘導電流により交流電流を測るものでしたが、その後、磁気センサーを組み込むことで、直流電流も測定可能になりました。ただし微小電流の測定は苦手で、測定可能なのは数アンペア以上です。上限はかなり大きく、数百から数千アンペアまで測定できます。

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 クランプメーターでウインチに流れる電流を測定しているところ。


 注意しなければならないのは、挟む線の数です。基本的には1本の線を挟みます。電流が往復する2本以上の線を挟むと、向きによって磁界が相殺されるため、個々の線の電流は測れません。測定値は、流れる向きに正負の極性を付け、それを加算した値になります。例えば同じ電流量が逆向に流れている場合は測定値は0になり、同じ向きであれば合計電流となります。

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 クランプメーターと電流の向き

 クランプメーターをスターターに行く配線にセットすれば、スターターモーターの消費電流を測定できます。オルタネーターとバッテリーの間にセットすれば、充放電電流を調べられます。オルタネーターのB端子配線を調べれば、オルタネーターの出力電流がわかります。


■ バッテリーの容量とアンペアアワー

 実際に電動ウインチなどを使用すると、かなり大きなバッテリーを搭載していも、連続使用したらすぐに放電しきってしまします。ここでちょっとバッテリーの容量について見てみます。
 バッテリーの容量を示す目安として、Ah(アンペアアワー)で示される値があります。これは、流れる電流と流れる時間をかけ合わせた値で、例えば10Aの電流を10時間流した場合、100Ahとなります。バッテリーが放電しきるまでのアンペアアワー値は、バッテリー容量を示すひとつの目安になります。
 ただし放電電流と放電時間の関係はきっちりとしたものではありません。10Aを10時間放電できるバッテリーが100Aを1時間放電できるわけではありません。同じ容量であっても、一般に放電電流が大きくなるほど、電流×時間で示されるアンペアアワー値は小さくなります。特に電流が大きくなると、この容量値は極端に小さくなることがあります。例えば100Ahであっても、100Aの放電は10分くらいしか続かないといったことになります。ただしちょっと間をあけると回復し、また放電できるといったこともありますが。
 そのためバッテリー容量をアンペアアワーで示す場合は、何時間かけて放電したかという条件を示す必要があります。JIS規格では5時間率で示す事が多いようです。つまり100Ahなら、20Aを5時間放電することになります。


■ 自動車用バッテリー

 鉛バッテリーには、その用途により、容量をまるまる放電するような使い方を意図したものと、大電流を短時間放電する用途に向けたものがあります。前者はディープサイクルバッテリーといって、例えばキャンピングカーの電源、バッテリーカー、ウインチなどを使う場合に向いています。後者はスターターバッテリーといい、エンジン始動時にスターターを回し、それ以外の時はあまり放電しないという、普通の自動車用のバッテリーに向いたもので、総容量よりも短時間の大電流放電の特性を向上させています。

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 コンパクトカークラスのバッテリー。


 後者のように、一時的に大電流を流すという用途のバッテリーでは、容量を示すためにCCAという単位がしばしば使われます。これはCold Clanking Ampare(寒冷時のクランキング電流)の略で、氷点下18度で30秒間放電し、単電圧が7.2Vになるという条件での電流値を示します。例えば-18度で500Aの放電を行い、30秒後の端子電圧が7.2Vに低下した時、このバッテリのCCA値は500となります。
 現在の自動車用バッテリーは、アイドリングストップや充電制御への対応/非対応などでいくつかの種類があります。そのうち、アイドリングストップなどを行わない昔ながらの一般的なバッテリー、つまり通常の運転中はほとんど放電を行わないという用途のものは、日本では115D31Rといった形式で示されます。最初の数字(115)が性能ランク、D31などはバッテリーの大きさ、最後のRかLは端子の位置を示します。
 性能ランクは、おおよそそのバッテリーの容量を示し、数字が大きいものほど放電できる容量が大きく、そしてスターターなどのために大きな電流を取り出せます。小さな自動車なら40程度から、比較的大きな乗用車などでは100以上のバッテリーを搭載しています。性能ランクはJISで制定されているもので、CCA値と、25A放電を何分間維持できるかという数値から算出した値です。大体5時間放電率のアンペアアワー値より何割か大きな数値になるようです。また性能ランクが同じ値でも、ケースの大きさ(D31など)が変わると容量などはちょっと変化します。例えば115D31Lなら、CCA値は710A、5時間放電率は70Ah、20時間放電率は81Ahとなります。


■ バッテリーテスター

 バッテリーの状態や特性値は、バッテリーテスターを使って測定することができます。車載、あるいは降ろした状態のバッテリー端子に測定クリップをつなぎ、バッテリーの形式を指定すると、現在の充電状態(パーセント値)、CCA値、内部抵抗、健全性などを判定できます。もちろんこれはバッテリーを冷やして大電流を測っている訳ではなく、電圧や内部抵抗などを測定しているものと思われます。
 例えば筆者が使っている145D31というサイズのバッテリーは、このテスターで測ると、新品時で700 CCA以上でした。

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 バッテリーテスター。バッテリーに接続することで、各種情報を示す。必要な電力はバッテリーから得る。

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 CCA値。これはちょっと放置した145D31Lバッテリーを調べたもの。

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 内部抵抗。

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 バッテリーの健全性。

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 放電状態。

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 全体的な状態。状態は悪くないが、充電せよということ。

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 次回は、自動車用の電圧計/電流計の構成や接続について説明します。

posted by masa at 17:28| 自動車

2020年11月28日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その2

 今回はエンジン始動時の電流の流れについて説明しますが、その前に、チャージランプについて説明しておきます。

■ チャージランプ

 現在の市販車両にはほとんど電流計が装備されていませんが、チャージランプは備えられています(Chargeは充電という意味です)。バッテリーのシンボルが描かれたランプで、On位置にすると点灯し、エンジンが始動すると消灯します。通常の運転時は消灯したままですが、エンストしたり、エンスト寸前までエンジン回転数が低下すると点灯します。
 このランプが何を意味しているかというと、オルタネーターに対して制御電源が与えられている状態で、発電されていないことを示します。オルタネーターは、電磁石を回転させて発電するので、最初に電磁石に電力を供給しなければなりません。また内蔵された電圧調整回路にも電源が必要です。これらのために、On状態になるとオルタネーターに電源が供給されます(B端子と別に、制御用電源の端子があります)。この電源が供給された状態で、ある程度以上の速度で回転することで、オルタネーターは発電します。
 この電源が与えられている状態で発電していない時に、チャージランプが点灯します。それがエンジン始動前やエンストした時です。以降の説明では、このチャージランプの状態についても説明します。

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 チャージランプの構成。

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 On状態でエンジンが停止していると、チャージランプが点灯する。

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 エンジンが始動し、オルタネーターが発電を開始するとチャージランプが消灯する。


■ スターターモーター

 基本的に電流計はバッテリーの充放電電流を示すのですが、例外的な要素もあります。それがスターターモーターです。エンジン始動のためのスターターモーターへの電力供給は、オルタネーターの動作開始前なのでバッテリーから行われます。ここまでの説明の通りなら、スターターモーターへの電流は電流計を通って、バッテリーの放電を示すべきです。しかし実際のスターターモーターへの配線はバッテリーの+端子に直接つながっており、バッテリーからスターターへの電流は電流計の指示に表れないのです。標準で電流計を備えた車でも、一般的な乗用車ではたいていはこのような配線になっています(車両の種類によっては、スターターの電流も測れるようになっているものがあるかもしれません)。

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 スターターを含めた回路(ヒューズは省略)。


 なぜこのような接続になっているかというと、流れる電流が大きいからです。スターターモーターは、エンジンのサイズにもよりますが、小型車以上なら100Aから150A程度は流れます。そのためスターターモーターには専用の太い配線を使い、抵抗を少しでも小さくするためにバッテリーの+端子に直結されています。オン/オフする接点もモーターの側面に取り付けられており、大電流が流れる配線が長くならないようにしています(この接点を動かすソレノイドは、スターターのピニオンギヤを動かすのと共用されます)。バッテリーにつながる車両全体のプラス母線は直径6mmから10mm程度ですが、スターターモーター配線は10mmから15mm程度あります。バッテリーのプラス端子には太い電線がつながっていますが、実はこれはスターターに行く線で、車両側につながるプラス母線は、この太い線といっしょに固定されている少し細いほうの線です。
 このような接続になっているため、バッテリーからスターターモーターに流れる電流は、電流計を通りません。またもし通すとすると、電流計の表示のスケールをこのスターター電流に対応したものとせねばならず、数アンペアといった僅かな電流の計測が難しくなります。ただこのような変則的な配線により、電流計の指示値の解釈は、ちょっと頭を使う必要があります。このような点も含めて、以降の節でエンジン始動時の電流の流れについて説明します。


■ エンジン始動時の電圧と電流

 電力の供給という観点で、エンジンの始動操作をくわしく見てみます。スターターモーターの結線が例外的な構成といったこともあるので、電流の流れと電流計の指示の食い違いなどについても説明します。
 前の解説とちょっと重なるところもありますが、以下に、始動前の状態からどのように変化していくかを示します。なおスイッチの操作は、昔ながらのキー式を前提にしています。ボタン式の場合は、AccやOn状態にするための手順が異なります。


0. Off位置

 キーがOff位置の時は、ルームランプやライト類などを明示的にオンにしていない限り、電力はほとんど使っていません。制御系やオーディオ系などのデータのバックアップ、リモコンキー受信機やイモビライザーなどの待機電力程度です。もちろんこれは、バッテリーから供給されています。これらは僅かな電流なので(せいぜい10ミリアンペア程度)、フルスケールが数十アンペア以上の電流計では測定限界以下で、電流計の放電電流の指示値は0Aとなります。
 バッテリー電圧は端子開放電圧となり、12Vから13V弱程度です。13V近く示すのは、エンジンを止めてさほど時間が経っていない状態です。また寒冷時にはさらに電圧が低くなることもあります。ここではこの状態での電圧を12.5Vとします。
 ルームランプ、ハザードなど、オフ時でも使用可能な負荷を使っている場合は、それらが消費する電流が、放電電流として電流計に表示されます(図中の電流値、電圧値は例としてあげたものです)。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Off状態で電気負荷を明示的に使っていない状態では、ごく僅かな電流しか流れない。そのため電流計は0A、電圧計は12.5Vを示している。


1. Acc位置

 キーをAcc位置にすると、オーディオやナビ、シガーソケットやUSB電源コネクタなどに通電します。マニュアルエアコンだとファンモーターが回転するものもあります。負荷や機器の構成にもよりますが、だいたい数アンペアから10A程度の電流の放電となります。これくらい流れると、電流計の針が0より放電側(マイナス側)に触れているのがわかります。ここでは5A流れるものとします。
 この程度の電流だと、バッテリーの電圧降下はほとんどなく、オフ時と同じくほぼ端子開放電圧のままで、電圧計は12.5Vのままです。
 発電系は稼働していないので、チャージランプ警告灯は点灯しません。

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 Acc状態ではオーディオ、ナビなどが動作する。電流計は5A、電圧計は12.5Vを示している。


2. On位置(エンジン始動前)

 キーをOn位置にすると、各種の電動の補機類、燃料ポンプ、点火系、エンジンやミッション、ブレーキなどの制御系や、安全装備などの電子回路類にも電力が供給されます。また一部の機器は初期化や自己診断を開始し、管理するモーターやソレノイドを動かすこともあります。オルタネーターに制御電源が供給されますが、回転していないため発電はされず、警告のためにチャージランプが点灯します。
 車両の構成にもよりますが、10Aから数十アンペアの電流がバッテリーから放電されます。まだオルタネーターによる発電は行われていないので、これらの消費電流は、電流計上で放電電流として観測することができます。
 これだけの電流が流れると、バッテリー電圧は多少低下します。低下の度合いは放電電流、バッテリーの容量や状態次第です。容量が大きいものほど電圧降下は小さく、また劣化が進むと電圧降下が大きくなります。通常の状態であれば、この時点での電圧降下は0.5V程度で、電圧計の指示値は12Vちょいから12V弱の間くらいになります。

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 On状態(エンジンは未始動)ではAcc系に加え、自動車の制御系ほぼすべてに電力が供給される。電流計は20A、電圧計は12.0Vを示している。


3. スタート位置

 On位置からスタート位置に回すと、スターターモーターのソレノイドが動作し、バッテリーからモーターに電流が流れます。前に説明したように、モーター駆動電流はバッテリーからモーターに直接流れ、電流計は通りません。そのため電流計の指示値は、バッテリーの放電電流であるにも関わらず、スターターモーターの消費電流を含みません。
 エンジン始動時はバッテリーからの放電電流が桁違いに大きくなるため、少しでも節約するためにAcc系は一時的にオフになります。
 電流計の指示値は、スターターの回転開始に伴い、Acc分が減っているにも関わらず、多少値が増加します。エンジンが回転することで、点火コイルや燃料噴射インジェクターなどの消費電力が増えるためです。
 スターターでエンジンが回ることで、オルタネーターも回転しますが、この段階では回転速度が低すぎ、発電を開始できません。そのためチャージランプは点灯したままです。
 スターターモーター回転時は、電圧計が大きく動きます。バッテリーはスターターと合わせて100A以上の放電を行うため、バッテリーの内部抵抗により端子電圧が降下するのです。これもバッテリーの容量や状態によりますが、10Vから11V程度に下がります。9V以下に落ちるようだと、バッテリーがくたびれていると思って良いでしょう。具体的には満充電状態ではない、古くなって劣化したり容量が低下している、そもそも容量不足といった原因が考えられます。もちろん、スターターモーターやエンジンに不具合があり、過大な電流が流れている可能性もあります。
 スターターでのエンジンの回転はアイドル回転数よりかなり低いので、この段階ではまだオルタネーターの発電は開始していません。

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 ST状態(エンジン始動中)ではAcc系はオフ、その他の制御系ほぼすべてに電力が供給される。さらにスターターソレノイドに給電されることでモーター回路がオンになり、バッテリーから直接モーターに電流が流れる。電流計の指示値は増えているが、スターターの分は含まれていない。


4. エンジン始動

 エンジンが自力で回転を始め、キーをOn位置に戻すとスターターモーターは停止します。エンジンが回り始め、オルタネーターが発電を開始するのでチャージランプは消灯します。オルタネーターは、エンジンが定格のアイドル回転数以上で回転していれば、発電して電流を供給します。オルタネーターが正常に発電していれば、電圧計はだいたい14V以上を示します。ただしバッテリーの充電中や、ライトやエアコンなど、大量の電装品を稼働させていると、13V台まで落ちることがあります。
 オルタネーターが発電を開始すると、自動車が使用する電力はすべてオルタネーターから供給されるようになります。同時に余剰電力がバッテリーに充電されるので、電流計には充電電流(プラス側)が示されます。充電電流の大きさは、オルタネーターの出力、自動車の消費電力、バッテリーの放電状態などにより変化します。スターターの使用で持ち出された電力を補うために、一般にエンジン始動直後は数十アンペアの充電電流が流れ、充電が進むにつれて充電電流は徐々に減り、数分で数アンペア程度の充電電流に落ち着きます。
 例えば始動前に30Aが数秒流れ、スターターモーターに100Aの電流が数秒流れたとすると、これだけで数百アンペア秒の容量の放電が行われたことになります。例えば500アンペア秒の放電量だったとしたら、50Aの充電電流で10秒間充電が必要ということになります。

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 On状態(エンジンは始動)ではオルタネーターが発電している。車両側の消費電流は始動直前と大きく変わらないが(Acc分は増える)、オルタネーターから供給されるので、電流計には表れない。オルタネーターからの電流でバッテリーを充電する。電流計は充電電流の+50A、電圧計はオルタネーター出力の14.0Vをを示している。


5. 充電完了

 数分間エンジンが回れば、1回の始動手順でのバッテリーからの持ち出し電力はほぼ充電されます。エンジンを何度も始動、停止したり、長期間エンジンをかけず、バッテリーの放電が進んでいれば、より長い時間がかかりますが、それでもある程度の時間で完了します。ただし、充電電流は最初大きく、徐々に減っていくため、最初の1分くらいでエンジン始動に使用した電力の2/3程度は充電されますが、残りの分を完全に充電するには、より長い時間が必要になります。一般にバッテリーの劣化が進むと、満充電に要する時間も長くなるようです。
 最悪の条件は、バッテリーあがり状態からエンジンをかけた場合でしょう。バッテリーが上がる寸前でエンジンをかけたり、あるいはほかの車やバッテリーを使ってエンジンをかけ、完全放電状態のバッテリーを充電するには、かなりの時間がかかります。一般に、最初は大きな充電電流が流れますが、それが徐々に減って満充電となります。バッテリーが完全に上がってしまうと、オルタネーターによる満充電には数時間程度かかります。電流計があれば充電電流を見ることで、充電がほぼ終わっている、あるいはまだまだ充電しているといったことがわかりますが、電流計がないとどうにもわかりません。場合によっては充電が足らず、1度エンジンを止めたら再始動できないといったことも考えられます。

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 放電した分の充電がいっぱいになると、充電電流はごく僅かになる(ここでは3A)。充電分の電力消費がなくなった分、オルタネーターの出力電圧はちょっと上昇し、14V以上を示す。


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 以下の動画は、この一連の動作に伴う電圧計と電流計の動きを示したものです。これらのメーターは動作に電源を必要とするので、横の小さなスイッチにより、Off時に電源供給できるようになっています。



 次回は、ウインチのような特殊な大電力負荷を車両の電装系に接続する場合について説明します。


posted by masa at 16:43| 自動車

2020年11月25日

自動車の発電系とか電圧/電流計とか −− その1

 車のバッテリーについては、よく自動車関連メディアで話題になります。例えば雨の日の夜の渋滞は車の電力消費が増えるのでバッテリーに負担がかかるなんて話はよく聞きます。でもなぜ渋滞だと負担がかかるのか? そもそも本当に負担がかかってるんでしょうか?
 今回は、車の電力事情についていろいろ考えてみます。ただし取り上げるのは昔ながらの構成のもので、ハイブリッド車には触れません。充電制御やアイドリングストップについては、最後にちょっと触れるかもしれません。


■ 車と電力

 今の電子制御バリバリの車は、電力がなければ走ることはできません。しかし昔の車やバイクはそうでもありませんでした。電気と縁の薄いものについて、以下に簡単にまとめておきます。


・ディーゼルエンジン車

 ガソリンエンジンは点火プラグにスパークを飛ばすのに電力が必要ですが、ディーゼルエンジンは空気の断熱圧縮の熱で燃料に点火するので、点火プラグはありません。昔ながらの機械式燃料噴射なら、クランクシャフトの回転を動力として燃料を噴射するので、始動さえしてしまえばエンジンの回転の持続に電力は必要ありませんでした。
 ただし、寒冷時の始動を容易にするため、燃焼室の温度を高める電気ヒーター(グロープラグ)を使うものもあります。もちろん、始動のためのスターターは外部電力を必要とします。
 現在のディーゼルエンジンは燃料噴射の制御が電子化されているので、電力なしでは運転できません。


・小型ガソリンエンジン

 小排気量のバイクや船舶エンジン、発電機や農機具用の汎用エンジンの多くは、プラグの点火のために外部電力を必要としません。フライホイールに組み込んだマグネットによりコイルに電流を発生させ、プラグにスパークを飛ばします。そのため外部のオルタネーターやバッテリーを必要とせず、エンジン単体で運転を続けることができます。
 航空機用ガソリンエンジンも、信頼性の点からこのような点火機構を使ったものが多くあります。
 最近は排ガス規制がきびしくなり、小型のバイクや産業用機器のエンジンも電子制御が導入されつつあります。


・普通の(旧式な)ガソリンエンジン

 電子制御が導入されていない自動車用エンジンなどは、点火系のみに外部電力を必要とし、それ以外には必要ないものが多くありました。キャブでガソリンを供給し、燃料ポンプが機械式(エンジンの回転でポンプを駆動するもの)なら、点火系以外の電力は必要ありませんでした。このようなエンジンは、1980年代まで使われていたので、さほど古くない旧車でもこのようなものがあります。


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 今日の車は、プラグの点火だけでなく、ディーゼルエンジンも含めてさまざまな制御が電子回路により行われているので、電力なしにエンジンを運転することはできません。
 またオートマチックトランスミッションの制御、ライト類やワイパー、ABSのなどの安全装備、ウィンドウやドアなどの電動化、エアコンやオーディオなどの快適装備のために多くの電力が必要です。


■ 電力源

 車の電力源は2つあります。1つはバッテリー、もう1つはエンジンで駆動される発電機です。この発電機は内部では交流発電しているので、オルタネーターと呼ばれます。発生した交流は内部で整流されるので、出力端子に出ているのは直流です。

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 自動車用鉛バッテリー(135D31L)。

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 オルタネーター(Y61サファリのもの)。


 オルタネーターの内部構造については、このあたりでも解説しています。未完ですが。
 エンジンが動いている間の電力は、基本的にオルタネーターによって供給されます。オルタネーターには通常の電力使用量以上の発電能力があります。装備のシンプルな軽トラなどでも12V50A程度、一般的な乗用車なら12V 100A以上の出力が可能です。オルタネーターはエンジンで駆動されるので、当然、エンジンが動いているときしか電力を生み出しません。そのためエンジン停止時の電力負荷やエンジン始動時には、バッテリーを使用します。
 バッテリーは鉛タイプ(リチウムタイプなどもあるみたいです)で、鉛化合物の電極と硫酸の電解液の組み合わせで働く充電式電池です。鉛バッテリーは内部抵抗が小さく、大電流を放電できる(大電流を放電しても電圧降下や発熱が少ない)という特徴があります。
 バッテリーの主要な用途は、エンジンが停止している時の電力供給です。エンジン停止時はオルタネーターが機能していないので、電力源はバッテリーしかありません。まず思い浮かぶのはエンジン始動用のスターターモーターやエンジン始動前から稼働していなければならない点火系統や制御回路類への電力供給です。またオーディオや照明類など、エンジン停止時にも使用できる電力負荷があります。
 それ以外にも、エンジン停止時にさまざまな用途のための電力供給を担っています。各種の制御系回路は、内部データのバックアップの電源を必要とし、またエンジンの停止時に動作しているセキュリティ系システムがあります。正当な鍵を使わないとエンジンを始動できないイモビライザー、リモコンドアロックの受信機や動作回路などです。またハザードやライト系統、ブレーキランプ、クラクションなどは、キーやエンジンスイッチのポジションに関わらず動作します。これらはすべてバッテリーを電力源としています。もちろんエンジン始動後は、オルタネーターからの電力を使います。
 またエンジン運転中でも、何らかの理由によりオルタネーターの発電量が不足した時には、バッテリーからも電力が供給されます。
 鉛バッテリーは充電式電池で、エンジン停止時に放電した分の電力は、エンジン始動後にオルタネーターが発電した電力で充電されます。一般的な使用形態であれば、エンジンを始動して数分で、それまでに放電した電力をほぼ充電できます。

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 停止時とエンジン運転時の電力の供給。


■ 車の電源系統

 まず車の電源系統を簡単に説明します。ここで説明するのはハイブリッドや充電制御などに対応していない、昔ながらの構成のものです。電装電圧は12Vでバッテリーは1個とします。

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 車の基本的な電力系統。On、Accなどの系統は簡略化してある。


 車の12V系プラス母線にバッテリーの+端子とオルタネーターのB端子がつながっています。赤い線はすべてこの母線か、母線に接続している配線です。マイナス側はボディアースです。
 車の電装系は、常時給電(キーやスイッチのポジションに関係なく給電)、Acc系給電(Acc位置とON位置で給電)、ON系給電(ON位置とスタート位置で給電)があります。ON系はIGNやIGとして示されることもあります。この表記はエンジンのイグニッション(点火)系、つまりエンジンを運転するために必要な電源という意味です。現在では点火系以外にも多くの機器がエンジン運転のために必要です。キーのST(始動)位置はON系がオンでスターターを回転させる位置ですが、この位置ではAcc系がオフになる車種もあります。また図には示していませんが、On系でもST位置ではオフになる系統が別れているものもあります。ワイパーやエアコンなど、運転中に使うが、始動時には必要ないものがこの系統に接続されます。
 これらの電力の用途に応じた系統ごとに、過電流保護用のヒューズやヒュージブルリンクを介して、母線から分岐します。それぞれの系統は、さらにヒューズやスイッチを介して目的の電気負荷につながります。大電流を必要とするスターターモーターや4WD車のウインチなどは、バッテリーの+端子から直接モーターにつながっており、ヒューズなどは入っていません。
 オルタネーターのB端子は、発電電力を出力する端子です。稼働していない時は電圧は発生していません。この時、この端子に電圧を掛けても電流は流れないので、リレーなどを介することなく、バッテリーの+端子に直接つながっています。エンジンが始動し、オルタネーターが回転すると、この端子に発電した電圧が出力されます。バッテリーの端子電圧は定格で約12V、満充電で13V程度ですが、オルタネーターの出力電圧は14.4V程度になります。
 オルタネーターが発電を開始し、母線電圧が14V以上になり、バッテリーの電圧を超えると、前の図に示したようにオルタネーターからの電力はバッテリーに流入し、バッテリーを充電します。運転開始直後は、スターターによる放電、止まっていた間の放電分を充電します。
 満充電状態でない鉛バッテリーは、端子にかかっている電圧がバッテリー自身の電圧よりちょっとでも高いと、端子から電流が流入し、充電が行われます。乗用車クラスの容量のものなら、開放電圧が12V程度で、これに14Vかければ最大で50Aから100Aの充電電流が流れます。満充電に近づくと徐々に流れる電流が小さくなり、完全に充電されると数アンペア以下まで充電電流が減ります。
 鉛バッテリーは複雑な充電制御は必要ありません。単にプラス母線につないでおくだけで、放電と充電ができます。


■ 大電力負荷時の挙動

 オルタネーターの発電能力は回転数によりある程度変動します。アイドル時の回転数では、定格電流を出力することはできませんが、回転数をちょっと上げれば(一般的な乗用車なら2000 RPM程度)、オルタネーターは最大出力電流を発生することができます。車の通常の運転状態では、アイドル時も含めて、車で消費する電力をオルタネーターで供給することができます。では通常状態を超える大負荷の場合はどうなるのでしょうか?
 オルタネーター出力電圧は、エンジンのアイドル回転数以上なら無負荷で14V以上で、バッテリー充電や大負荷がなければ、14.4Vくらいになります。出力電流が増えるほど電圧は低下しますが、定格の範囲内で、ある程度の回転数であれば12V以上の出力が可能です。この電圧はバッテリー電圧より高いので、バッテリーが放電することはありません。負荷が増え、定格電流以上の電流が求められる場合は、オルタネーターの出力電流は増えず、出力電圧がさらに低下します。この電圧がバッテリー端子の開放電圧より下がるとバッテリーの放電が始まり、以後バッテリーが放電可能な間は、母線電圧はバッテリー電圧となります。この状態では、オルタネーターの最大出力電流とバッテリーの放電電流が母線に供給されます。それでも負荷電流が賄えない場合は、母線電圧がさらに低下します。もちろん、バッテリーが上がってしまっても、電圧は低下します。

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 大負荷時の電流の流れ。オルタネーターとバッテリーの両方から電流が供給される。


■ 電圧と電流を観測する

 バッテリーやオルタネーター、電力負荷の状況を見るために、電圧計と電流計を使うことができます。現在の車では、運転計器として電圧計や電流計を備えているものは殆どありませんが、エンジン制御コンピュータは、電圧や電流の値をセンサーで取得しているものがあります。
 以下の図は、電圧計と電流計を接続する位置を示しています。スターターモーターの接続は省略してあります。

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 バッテリー、オルタネーター、電力負荷と電圧計/電流計の位置。


 電圧計は、バッテリー母線電圧を観測します。できればエンジンの運転やキースイッチの状態に関わらず、母線の電圧がわかるということが求められます。
 母線電圧を測定することで、エンジン停止時のバッテリー電圧、エンジン運転時のオルタネーター出力電圧がわかります。例えば停止時に電圧が11V以下だったら、バッテリーが相当弱っていると判断できます。運転を終えた後に12Vあっても、翌日見たら電圧が下がってるといった場合、バッテリーの劣化がかなり進んでいると判断できるでしょう(極寒状況でも電圧が下がります)。あるいはエンジン運転時に、電圧が14Vに満たないとなったら、車で多くの電力負荷が使われている、あるいはオルタネーターの出力が低下しているか、もしかするとどこかに異常があって過負荷で大電流が流れている可能性があります。
 電圧計で母線電圧を観測することで、このようにバッテリー劣化やオルタネーター故障を早い段階で検知することができます。
 電流計は、オルタネーターとバッテリーの間に入れます。この位置の電流値が何を示すかと言うと、バッテリーの充電と放電です。そのため電流計は、プラスとマイナスの両方を示せるセンターゼロタイプを使います。電流の向きは、プラス指示がバッテリーに充電、つまりオルタネーターからバッテリーに電流が流れている状態です。マイナス指示はバッテリーの放電で、バッテリーから車両側に電流が流れている状態を示します。電流の測定上限は、余裕を持ってオルタネーターの最大発電電流程度とし、だいたい50Aから200Aくらいになります。

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 電流計の指示値と電流の向き。


 電流計の指示値の解釈は、車の電装系の構成を理解していれば難しいことはありませんが、以下に簡単にまとめておきます。


・エンジン停止時

 エンジン停止時はオルタネーターが動作していないので、すべての電力はバッテリーから供給されます。したがって電流計はバッテリーから自動車の負荷回路への放電電流を示します。オルタネーターが動いていないので、充電を示すプラス側に振れることはありません。
 エンジン停止中にオーディオなどのアクセサリやライト類を使っていれば、その消費電流が電流計に示されます。

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 エンジン停止時の電流の流れ。


・エンジン運転時

 エンジンが動き、オルタネーターが発電している状態では、車の電力負荷への供給は基本的にオルタネーターからなされます。エンジン始動直後は、バッテリーがある程度放電しているので、オルタネーターの余剰電力でバッテリーが充電されます。この時、電流計はプラス側に振れて、充電電流値を示します。充電電流は最初大きく、その後徐々に小さくなり、満充電になればほぼゼロになります。したがって通常の運転時は、始動直後を除いて、電流計はほぼゼロ表示ということになります。
 エンジン運転時にマイナス側に振れた場合、バッテリーが放電していることを示します。この場合、オルタネーターの電力供給量が不足しており、バッテリーからも供給されていることを示します。この時電圧計も見れば、通常時の約14Vよりも低下し、12V程度かそれ以下になっているはずです。普通の使用状況では、このようになることはほとんどありません。どちらかというと、オルタネーターの機能が著しく低下している可能性があります。

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 エンジン運転中の電流の流れ。


 通常の運転状態では、一時的にわずかに放電することはありますが、放電状態がずっと続くというのは異常です。オルタネーター故障か、異常な電気機器の過負荷でこの状態になり、バッテリーがあがるとエンジンは止まってしまいます。電気機器側に問題がある場合は、異常な発熱や発火に至る可能性もあります。
 自動車関連の記事で、バッテリーの負担についてよく言われるのがこの状態のことです。雨の日の夜の渋滞というのがこのパターンです。ライト類が点灯し、エアコンがオン、オーディオなども使い、そして渋滞なのでアイドルの時間が多く、オルタネーター出力が低下するため、バッテリーからの持ち出しが増えるという理屈です。実際にその状態でバッテリーからの持ち出しになっているのかどうかは、電流計を見れば一目瞭然です。


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 以下の写真は、自分のY61サファリに取り付けた電圧計と電流計です。エンジン始動直後の状態なので、電圧はオルタネーター出力電圧で、バッテリーに充電している電流値が示されています。

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 Y61サファリに後付した電圧計と電流計。

  次回は、エンジン停止から始動、定常運転状態に至るまで、電流の流れを細かく説明していきます。

posted by masa at 09:22| 自動車

2020年06月25日

NDの下回りを見る −− 後ろ側

 前回は前側を紹介したので、今回は後ろ側です。


■ リア下部

 エンジンからの排気系統は途中で触媒とサブマフラーを経て、プロペラシャフト、パワープラントフレームと共にフロアトンネルを通り、メインマフラーに至ります。触媒はタコ足状のエキゾーストマニホールドのちょっと後ろ、ミッションの横にあり、そのちょっと後ろにサブマフラーがあります。メインマフラーはリアアクスルより後ろ、車体後端に位置します。排気管はメインマフラーから直接でています。途中にサブマフラーを置くことで排気特性を調整し、トルクカーブを改善しているらしいです。

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  ミッション横に触媒

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  デフより少し前にサブマフラー

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  最後部にメインマフラー

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  メインマフラーの接続部にはスプリングを使用

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  リアバンパー内側のバックライトとセンサー類


■ ファイナルギヤとリアサスペンション

 縦置きFRなので、プロペラシャフトの後端にファイナルギヤボックスが位置します。最終減速はハイポイドギヤで行われます。NDの6速MTは6速が直結でオーバードライブギヤがありません。そのためファイナルのギヤ比は一般的な車よりも小さめになっています。

ファイナルギヤ比(ND3世代目)
MT   2.866
1.5L AT 4.100
2.0L AT 3.583

 ファイナルギヤに組み込まれたデフギヤは、オープンタイプとトルセンLSDタイプがあります。SグレードとAT全車がオープンデフで、その他はトルセンデフ(整備書での呼称はスーパーLSD)です。

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rsus-010  デフギヤケース

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rsus-020  デフケースとドライブシャフト


 トルセンはトルクセンシングという意味で、左右の出力のトルク配分を検出し、トルクの偏りがあると、トルクが小さい方(例えば空転している側)によりトルクを配分するように働きます。これにはいろいろな仕組みがありますが、NDで使われているスーパーLSDはベベルギヤとテーパー摩擦を使うタイプです。機械式LSDのような多板クラッチはありません。
 ベベルギヤ式のディファレンシャルギヤは、デフキャリアに固定されたピンを回転軸とするピニオンギヤと、ドライブシャフトにつながるサイドギヤから構成されます。スーパーLSDは、サイドギヤとデフキャリアの間で摩擦が発生し、差動制限する構造です。
 オープンデフでは、サイドギヤとキャリアの間は平面で、オイルで潤滑されているので、キャリアとギヤの間の摩擦はわずかです。それに対してトルセンデフは、キャリアとギヤの接触部がテーパー(円錐面)になっており、スラスト方向(軸方向)の力がかかると、大きな摩擦が発生します(マニュアルミッションのシンクロと同じような感じです)。キャリア内でピニオンギヤとサイドギヤは噛み合っていますが、左右にトルク差が発生すると、ギヤの噛合反力によりサイドギヤにスラスト方向の圧力がかかり、差動制限が作用します。
 また板状のスプリングが組み込まれており、ピニオンギヤとの噛み合いによるスラストがない状態でも、多少のスラスト力がサイドギヤにかかっています。そのため後輪を両方とも上げた状態で一方のタイヤを回転させると、反対が側のタイヤも同じ向きに回転します(オープンデフだと逆回りします)。

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  スーパーLSDの構造


 このタイプのLSDは、多板クラッチを使う機械式LSDに比べると差動制限効果は小さいとされています。まぁメーカー純正デフなので、そんなに強力なものを入れることはできないし、気合を入れて走る人は、デフなんて交換するものと思っているでしょう。
 デフケースは、リアサスペンションと共にサブフレームに組み込まれます。そのためデフやファイナルの組み換えなどを行うには、サブフレームごとボディから外して行うことになります。
 前に触れたようにデフケースはパワープラントフレームによってミッションと結合しています。このような構造にすることで、ドライブシャフトの駆動の反動でデフ前部が持ち上がるワインドアップが起こらないようになっています。またエンジンからデフまでが剛性構造で前後に渡ることで、ボディ補強の役割も果たしています。
 デフとリアアップライトの間は、両端に等速ジョイントを持つドライブシャフトで接続されます。ジョイントは、デフ側がトリポードジョイント、アップライト側は一般的なボール式のバーフィールドジョイント(ベル型ジョイントと表記されています)を使っています。ドライブシャフトはサスペンションの動きにより、角度が変化するだけでなく、長さの変化も必要ですが、ローラーを3個使うトリポードジョイントは、ジョイントそのものに伸縮性があり、この部分で摺動できます。
 このドライブシャフトはモデルによって太さが異なります。基本的には2LのRFと1.5Lのソフトトップ、ATとMTで異なります。ただしソフトトップでも、NR-Aは太いタイプが使われています。

ドライブシャフトの太さ
ソフトトップ 1.5L NR-A(MT) 34mm
ソフトトップ 1.5L(MT)    31.5mm
ソフトトップ 1.5L(AT)    26mm
RF 2.0L(MT)        34mm
RF 2.0L(AT)        28mm


 後輪は5本のリンクを使ったマルチリンクサスペンションを使っています。アップライトを支える5本のリンク、ドライブシャフト、ショックアブソーバー、リアスタビ(モデルによってはない)が見えます。
 スタビライザーはリアアクスル後方にあり、短いリンクを介してリンクアームの1本の途中に結合しています。

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  リアサス全景

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  ハブとブレーキ

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  後方から見たところ

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  前方上方から見たところ

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 後方から見たところ

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  後方内側から見たところ。各リンクはサブフレームから伸びている

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  内側から見たところ


 アップライトには駆動軸を支えるためのベアリングが組み込まれていますが、NDではこのベアリングの単品交換は不可能で、フロントと同様にハブごと交換します。そのためベアリング交換となると、かなり高くつくことになります。
 リアブレーキはソリッドタイプのディスクブレーキで、片押しキャリパーで動作します。パーキングブレーキはディスクブレーキと一体になっており、パーキングレバーに伸びるワイヤーにより、パッドを機械的に押し付ける構造です。

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  下側から見たリアブレーキキャリパとパーキングブレーキ


■ 燃料タンク

 40Lほどの燃料タンクが、トランクの前と幌収納部の間に収まります。給油口のカバーはドアロックと連動しており、解除時に縁の部分を押すと開きます。オープナーのレバーやスイッチ、鍵穴はありません。故障すると開かなくなりますが、マニュアルに故障時の開け方が示されています。内装の一部を外し、ロック用のソレノイドを手で動かすという方法になります。


■ トランク

 トランクは、この手の車としては大容量なほうなのかもしれません。ただ、荷物の積み下ろしよりもボディ剛性を優先しているようで、開口部は狭く、トランク空間の上が開くだけです。そのため大きな箱などは、収まるサイズであったとしても、入れることができない場合があります。

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  トランクの開口部

 進行方向右側の側面にはフタがあり、これを外すとパンタグラフジャッキを収めるスペースがあります(ジャッキは付属していません)。この空間は配線などがむき出しになっているので、ほかの車載工具類を収納するなら、クッション材で保護したり、紐で固定するなどしたほうがよいでしょう。
 トランクを開くにはキーリモコンか、バンパーのナンバープレートのそばに隠れるようについているボタンを押します。こちらもワイヤー式のオープナーや鍵穴などはありません。
 トランクリッドは蝶番で開くタイプではなく、片側2本のリンクとガススプリングで支えています。これによりトランク空間に蝶番部品が飛び出すことはありませんが、強度はちょっと低いかもしれません。

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  トランクリッドのリンク(全開)

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  トランクリッドのリンク(半開)

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2020年06月24日

NDの下回りを見る −− 前側

 ジャッキアップしたところで、サスペンションまわりや床下を見ていきます。今回はエンジンの下側やフロントサスペンションを見ていきます。


■ フロント下部

 フロントサスペンションはサブフレームに取り付けられており、このサブフレームがボディモノコックに組み合わされます。このサブフレームにはエンジン部のアンダーカバーとなるアルミパネルが取り付けられています。エンジンオイルの下抜き、エレメント交換を行う際には、このパネルを取り外す必要があります。
 これはかなり厚いパネルで、取り付けボルトもしっかりしたものです。単なる整風目的でなく、ボディやフロントサスペンションの剛性強化の役割も果たしています。サブフレーム前縁より前、フロントバンパーまでの部分にもカバーがありますが、これは整風のためのもので、樹脂製のものがクリップで留められています

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  外したパネル


 補強パネルをはずすと、エンジンの下部を見ることができます。

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  前方向から見たエンジン下部。まわりを取り囲む黒い部品がサブフレーム

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  助手席側。オイルパン、ミッション、スターター、クラッチレリーズシリンダー

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  前輪とエンジンの位置関係がわかる

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  運転席側。オイルフィルター、エグゾーストマニホールド下部


■ ミッション周辺

 エンジンの後ろにはトランスミッションがあります。エンジン下部のサブフレームに取り付けられたアルミパネルの後ろにちょっと隙間があり、ここにクラッチハウジングが位置します。海外モデルではこの部分にもカバーがあるという話です。クラッチレリーズシリンダーはこの位置にあります。

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  エンジンとミッションの結合部

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  レリーズシリンダー。その横の配管は燃料とブレーキ


 その後ろ、ミッションの真下にフロアトンネルの左右を結合するメンバーがあります。AT車とMT車ではミッションの大きさが違い、そのためボディのフロアトンネルの大きさも違うようで、この補強材はAT車にはなく、MT車のみ(Sグレードは除く)の装備です。
 このメンバーはボディ補強の役割があります。通常はこの位置のメンバーでミッションを支えるのですが、NDではこの部分はミッションと結合していません。ミッション後部はパワープラントフレームという縦梁部品に固定され、それがデフまで伸びています。駆動ユニット、つまりエンジン−ミッション−パワープラントフレーム、デフが一体に結合されており、これがエンジン部とデフ部のマウント部品でボディに固定されるという形になっています。
 ミッション下のメンバーの少し後ろに、交差した形状のアルミ製補強材があります。ディーラーオプションで、さらにボディ下部を広範囲で結合する補強パーツも販売されています。

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  補強材


 上の写真は後ろ側からみたところで、パワープラントフレームと排気管が見えます。プロペラシャフトはこれらの上を通っており、下からはほとんど見えません。排気系の手前側がサブマフラー、ミッションの横にあるのが触媒です。運転席の左足元の大きな膨らみは、この触媒を収めるためのものです。


■ フロントサスペンション

 前輪はダブルウィッシュボーンサスペンションです。上下のアームはアルミ合金製です。ナックルアームも含めてアップライトもアルミ合金製で、上下がボールジョイントで取り付けられています。

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  前側から見たフロントサスペンション

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  後ろ側から見たフロントサスペンション


 ロアアームのボディ側支点の後ろ側は、後方に大きく伸びています。これは前輪に制動力が掛かったときに、ゴムブッシュの変形によって前輪が後ろにオフセットするのを減らす効果があるのかもしれません。一方、アッパーアームはこのような後ろ側への大きな突っ張りはありません。

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  アッパーアームとスプリング/ショック

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  ロアアーム

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  上から見たアップライト


 スプリング/ショックアブソーバーは一体型で、中央のショックの周りにスプリングが取り付けられた構造です。競技用ベース車のNR-Aは、下側のスプリングシートの位置を変更できるようになっていて、車高を変えることができます。その他の車種は、位置変更はできません。
 スプリング/ショックの下端はロアアームに取り付けられており、その上部はフェンダー内部のボディパネルに固定されます。

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  タイロッドとナックルアーム、ショック取付部


 ステアリング機構は、エンジン前縁のちょっと前、中央部にラックアンドピニオンのギヤボックスがあります。これは電動パワーステアリングになっており、ハンドルにつながるステアリング軸のギヤとは別に、モーターのギヤでラックを左右に動かすようになっています。
 スタビライザーも前側に位置し、短いリンクを介してスタビライザーとロアアームがつながっています。

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  後ろ側から見たショック、スタビリンク取付部


 パワーステアリング機構、スタビライザーの左右をつなぐロッド部分は、アンダーカバーより上側に配置されており、カバー下には出ていません。
 フロントのブレーキはごく普通のベンチレーテッドディスクで、キャリパーはシングルピストンの片押しタイプです。一部車種、グレードでは、ブレンボブレーキを選択できます。これだと対抗4ピストンとなります。

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 フロントブレーキとハブ


 ディスクブレーキのローターには2種類のサイズがあり、モデルやグレードによってサイズが異なります。2.0LのRFと1.5LのRS、NR-Aが15インチの大径タイプ、SSPは14インチの小径ローターとなります。しかしサイズに関わらずバックプレートは共通のようで、小さいローターだとプレートとサイズが合わず、ちょっと悲しいものがあります。
 アップライトにはABSのための回転速度センサーがついており、その配線がアップライトまで伸びています。

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  フロントブレーキ用のABSセンサーの配線


 フロントのハブベアリングは、ハブ(回転する部分)とベアリングが一体化されており、ベアリングだけ交換することはできません。つまりベアリングを交換する場合はハブごと交換することになります。

posted by masa at 07:47| 自動車

2020年06月18日

NDロードスター NR-Aのすすめ

 ロードスターのカタログにちょろっと載っているNR-Aは、モータースポーツ用のベース仕様ですが、普通にナンバーを付けて登録できます。ベース仕様といってもエアコン、パワステ、オーディオは備えられており、それ以上の贅沢系装備が落とされているだけです。これは車として見てお買い得であるだけでなく、いくつかの装備の組み合わせは、非常に有意義なモデルであることがわかります。特に大径ブレーキは最高額モデルのRSとNR-Aのみの装備です。
 基本的にNR-Aは、Sに走行系オプションを付加し、一部の部品を2LのRFのものに置き換え、耐久性を高めているという形になります。

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■ カタログでわかる仕様

 NR-Aは基本的に、一番安価なSグレードに「走行に重きを置いた装備」を最初から取り付けた仕様となります。MTのみでATは選択できません。
 カタログ(主に仕様一覧)に示されている特徴(付いているもの、いないもの)を以下にまとめておきます。ここにまとめた内容は、おもに3世代目(2018年夏のマイチェン後)のものです。

・重量は1010kg
 Sより20kg重く、SSPと同じです。

・マツダコネクトが付かない
 ラジオ、外部入力、USBオーディオのみとなります。オプションのナビも対応せず、またマツコネコンソールで設定できる車のちょっとした動作変更なども行えません。

・マニュアルエアコン
 エアコンは標準で備えられていますが、Sと同様にオートエアコンではありません。

・キー
 アドバンスドキーではなく、Sと同じワイヤレスキーになります。

・内外装のコストダウン
 樹脂部品の塗装やメッキなどが簡略化されています。

・セーフティ系
 助手席側のサイドエアバッグが省略されます。オートクルーズも付きません。一部のセーフティ機能はオプションでも設定がありませんが、衝突被害軽減ブレーキや死角位置のアラートなどは装備されます。

・走行系
 NR-Aにはトルセンデフとリアスタビが装備されます。これはSを除くMT車に装備されるものです。フロント/リア大径ブレーキはRSとNR-Aのみの装備です。車高調整付きビルシュタインダンパーはNR-Aのみです。ビルシュタインダンパーはRSにも装備されますが、車高調整が付きません。
 車高調整は、ショック側のスプリングシートの位置を変えて行います。この位置決めはショック外周部の溝にはめたCリングで行うので、変更する際はジャッキアップし、スプリングコンプレッサーでスプリングを圧縮する必要があります(マニュアルにはディーラーで行うように記載されています)。

・ボディ補強
 フロアトンネルの下部に装備されるトンネルブレースバーは、Sを除くMT車に装備されるものです。フロントサスタワーバーはRSとNR-Aに装備されます。メーカー装着のタワーバーは鉄製のもので、ディーラーオプションのマツダスピードのアルミ製のものとは異なります。

 このように見ると、走行系をあとからちょっと強化するより、最初からNR-Aにしてしまうほうがコスト的にかなり有利であることがわかります。もっとも、さらに強化するのであれば、逆にSかSSPを購入するのが正解でしょう。


■ カタログには詳しく示されていない違い

 NR-Aも含めて、国内のソフトトップモデルは1.5Lエンジンのみですが、NR-Aでは一部の部品が、よりハイパワーな2L用のものに置き換えらています(海外では2Lソフトトップモデルが販売されています)。

・ラジエーター
 NR-Aはラジエーターがちょっと大容量になっています。1.5LのソフトトップMT車は冷却水量が5.8Lですが、NR-Aは2Lモデルと同じ6.2Lになっています。ちなみにATだと、ラジエーターのタンク内にATFクーラーが組み込まれるため、どちらも0.2L少なくなります(NR-AにはATがないので関係ありません)。
 また冷却用の電動ファンのモーター出力も異なります。NR-A以外の1.5Lモデルでは120Wですが、NR-Aは2Lモデルと同じ160Wになります。

・リアアクスル
 NR-Aはリアのファイナルギヤとドライブシャフトの仕様が変更されています。リングギヤ径が169mmから181mmになっていて、2.0Lモデルと同じです(ギヤ比は変わりません)。ドライブシャフト径も31.5mmから2.0L MTモデルと同じ34mmに強化されています。
 ついでに書いておくと、ATモデルはファイナルギヤ比がMTと異なるので、1.5L、2Lモデルとも、リングギヤはこれらとは違うサイズです。AT車のドライブシャフトはMT車より細くて、1.5Lだと26mm、2.0Lで28mmです。ATモデルにはLSDの設定がなく、ドライブシャフトにかかる負担が小さいとみなされているのでしょう。

・ブレーキ
 NDのブレーキのディスクローターは、フロントがベンチレーテッド、リアがソリッドのディスクという違いはありますが、ローター径は前後とも同じです。モデルによって14インチと15インチの2種類があり、2Lモデルはすべて15インチ、1.5LのATモデルは14インチです。1.5LのMTモデルには2種類あって、RSとNR-Aが15インチ、ほかは14インチです。
 なお、2Lモデルにはメーカーオプションでブレンボのブレーキがあります。これはフロントが対向4ピストンキャリパーになりますが、それ以外のメーカー純正ブレーキはフローティングタイプのシングルピストンです。

追記: 2019年のマイナーチェンジで、1.5LソフトトップのRSモデルでも、ブレンボブレーキをオプションで選べるようになりましたが、NR-Aでは選択できません。


■ 未確認なこと

 ネット上の紹介記事などで、以下の違いがあるという記述を見かけましたが、パーツリストを見ていないので未確認です。

・パワープラントフレームが2.0Lモデル用のものを使っている
 ミッションとデフを剛結合するパワープラントフレームが強化されているという話です。

・スプリングのセッティングが異なる
 専用ビルシュタインショックに合わせて、スプリングのレートなどが変えられているという話です。


■ ディーラーオプション

 NR-A用として、おもにレースで使うためのディーラーオプションが用意されています。カタログではNR-Aとなっていますが、おそらくほかのモデルにも装着できると思われます。

・ロールケージ
・バケットシート
・牽引フック

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posted by masa at 02:55| 自動車

2020年05月24日

NDのバルブタイミング制御

 今回はエンジンのバルブタイミング制御の話です。

 今どきのエンジンでは、バルブの開閉のタイミングを制御する可変バルブタイミングは珍しい機能ではありません。一般的な可変バルブタイミング機構は、カムシャフト用スプロケットホイールとカムシャフトの間に、位相をずらす機構を組み込むことで実現されます。NDのP5-VPでは吸気側、排気側の両方を制御しています。

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向かって右側が吸気系、左側が排気系

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エンジンの後ろ側にあるのは、カムシャフト角度のセンサー


 排気バルブタイミング制御はエンジンオイルを使った油圧制御です。ECUで制御されたコントロールバルブによって油路が開閉され、油の出入りによってカムシャフトとスプロケットの間にある油室の容積が変化します。これでスプロケットとカムシャフトの位相が変化し、バルブタイミングが変わります。
 この機構はカムカバー内に収まっているため、写真では存在はほとんどわかりません。

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排気カムシャフト用スプロケットの構造


 排気系にに使われている油圧制御は昔からある技術ですが、吸気系には比較的新しい電動制御になっています。油圧ではなく電動を使っているのは、油圧の低い低回転時にも適切に制御するためらしいです(油圧が低いと十分な圧力がかからず、機構が十分に作動しないため)。
 電動可変バルブタイミング機構のわかりやすい解説として、デンソーの資料があります。NDの電動可変バルブタイミングのための機構は、内部の機構などを見るとデンソーのものに近いですが、減速メカニズムがちょっと変わっています。デンソーの資料のものはサイクロイド減速、マツダのものは特殊な偏心遊星歯車を使っています。
 この電動のバルブタイミング制御はかなり複雑な機構です。
 カムシャフト前部にはクランクシャフトからチェーンで駆動されるスプロケットがあります。排気側と同様にこのスプロケットとカムシャフトの位相を変えることでバルブタイミングを変化させます。この位相差をモーターの回転で生み出すのですが、これがかなり興味深い構造なのです。

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吸気カムシャフト用スプロケットの構造


 スプロケットのすぐ前にモーターがあり、通常はこれがスプロケットと同じ速度で回転します。モーターとスプロケットの間には減速機構が組み込まれていてます。前に示したデンソーのものはサイクロイド減速機構ですが、NDの減速機構はモーターで駆動される偏心軸に取り付けられた歯車とスプロケット、カムシャフトに取り付けられた内歯車が噛み合うというもので、サイクロイド減速機構の変形版のようなものです。これらの減速機構の特徴は、1段で大きな減速比を実現していることで、NDの場合はおそらく数十の減速比になっていると思われます。つまりこの割合でトルクを増加させ、大きな負荷のかかるカムシャフトの位相を変えているのです。
 この減速機構はスプロケットが固定ハウジング側、モーター軸が入力側となります。そして減速出力がカムシャフトにつながっています。モーターとスプロケットが同じ速度で回転している場合は、減速機構のハウジング(スプロケット)に対して入力軸(モーター回転)が回転していないことになります。つまり減速機構は駆動されないので、減速機構の出力軸はスプロケットに対して回転しません。したがって出力がつながっているカムシャフトはスプロケットに対して回転せず、スプロケットと同じ速度で回転し、位相は変化しません。モーターとスプロケットの回転に速度差があると、その回転速度差が減速機構で減速され、カムシャフトがスプロケットに対して回転します。これでカムの位相がずれ、バルブタイミングが変化します。目的の変化量に達した時点でモーターの速度をスプロケットの速度と一致させれば、カムシャフトの位相がずれた状態が維持されます。
 このような機構により、クランクシャフトの回転数に応じたモーターの回転数を制御することで、吸気バルブのタイミングを自由に変えることができます。

  クランクシャフト速度 < モーター速度 → 進角方向に変化
  クランクシャフト速度 = モーター速度 → 位相を維持
  クランクシャフト速度 > モーター速度 → 遅角方向に変化

 ただしこの機構は、常時クランクシャフトと同じような速度でモーターが回転することが求められます。モーターはメンテが必要になるブラシタイプではなく、ブラシレスモーターを使っていますが、機構の寿命が気になるところです。

posted by masa at 18:54| 自動車

2019年10月27日

NDのエンジンルーム

 15年ぶりの新車です。汚れたりくたびれたりする前に、各部の状態を記録に残しておきます。特になかなか見られない足回り、汚れやすいエンジンルームなどを中心に写真を撮りました。今回はエンジンルームの写真です。写真の大半は納車から3ヶ月めないし半年程度の状態です。


■ エンジンルーム

 NDは今の車によくある、樹脂製のエンジン全体を覆うようなカバーがありません。安い車はカバーレスがそこそこあるようですが、NDの場合はコストダウンのためではありません。カバーがないので昔の車のように、見た目を考えてデザインされたカムカバーが見えます。NDにとって、エンジンルーム内は鑑賞対象ということなのでしょう。

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エンジンルームを横から見たところ。ガススプリングではなくステーで支える構造。


 エンジンルームは決して広くはありませんが、1.5Lエンジンを中心にすっきりとまとめられています。補機だらけで手を入れる隙間もないといったエンジンルームではありません。RFだとこれが2Lエンジンになるわけですが、エンジンの全長が伸びる分くらいの隙間は十分にあります。


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前からみたところ。エンジンはかなり後ろにあり、フロントミッドシップになっている。


 タイヤハウス上部には、前輪用のスプリングの取付部があります。スプリングはコイルとショックアブソーバーが一体化したものです。フロントサスはダブルウィッシュボーンなので、スプリングとショック自体にはホイールの位置決め機能はなく、純粋に緩衝と減衰が仕事です。グレードによっては、あるいはディーラーオプションや後付パーツとして、このスプリング取付部とバルクヘッドを結合し、補強するタワーバーがありますが、この車両には装備されていません。


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ウォッシャータンク

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ラジエーターの上にリザーバータンクとエアクリーナーボックス

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エアクリーナーからスロットルバルブ、インテークマニホールド


 車の前側から見ると、向かって左側手前にウォッシャータンク、中央部にはフロントカウルに隠れるようにラジエーター(エアコン用含む)があり、その背後に電動ファンがあります。その上にラジエーターのリザーバータンクがあり、その後ろ側がエアクリーナーボックスになっています。そのため、ラジエーターや電動ファンは上からはほとんど見えません。ラジエーターの放熱は自然通風と電動ファンのみで、エンジンで駆動されるファンはありません。
 エアクリーナーボックスは、ダクトを介してフロントカウル内部から吸気します。エアクリーナーボックスからはエンジンに向かって右側にあるインテーク側に繋がりますが、ディーラーオプションでこの部分の吸気音を車内に伝えるというインダクションサウンドエンハンサーという部品を取り付けることができます。ここに示した写真にはこのオプションはありません。


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バッテリー

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手前(車両前部)からヒューズボックス、ECU、ブレーキ制御ユニット。

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ヒューズボックスの内部。RFでは空いている部分に電動ルーフ用のヒューズやリレーが収まる

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ヒューズボックスのカバーの裏側にはスペアヒューズと取り外し用のクリップ

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ECU

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ABSや横滑り防止のためのブレーキ制御ユニット


 向かって右側のエンジンより前の部分にバッテリーとメインヒューズボックスがあり、その少し後ろ、フロント左のサスペンションマウント部にエンジン制御コンピュータ(ECU)があります。その後ろにはABSその他でブレーキを制御するためのポンプ/バルブユニットがあります。


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クランクプーリー(中央下)とアイドラプーリー、コンプレッサープーリー、オルタネータープーリー

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ウォーターポンプ


 エンジンに取り付けられている補機は、ウォーターポンプ、オルタネーター、エアコンコンプレッサーのみです。オルタネーターとエアコンコンプレッサーは1本のベルトでクランクプーリーから駆動されます。ベルトの途中にはテンション調整用プーリーがあり、エンジンオイルの油圧によりちょうどいいベルト張力になるように調整されます。パワステは電動なので、パワステポンプはありません。
 ウォーターポンプは専用ベルトでクランクプーリーから駆動されます。ウォーターポンプにファンは付いておらず、そのためかエンジン前面の中心部ではなく、側面に配置されており、エンジン全長を短くするのに役立っています。駆動するリブベルトにテンション調整用の機構はなく、ベルト自体が多少の伸縮性を持っているようです。


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バキュームブースター、ブレーキマスターシリンダー、リザーバータンクがあり、その手前側にクラッチマスターシリンダー


 運転席の前の位置には、ブレーキとクラッチのマスターシリンダーがあります。これらのフルードは共通のリザーバータンクから供給されます。ブレーキマスターシリンダー上にリザーバーがあり、そこからクラッチマスターシリンダーに配管が伸びています。
 ブレーキにはバキュームブースターがあり、踏力を軽くしています。バキューム源はエンジンのインマニだけでなく、別途用意された電動バキュームポンプも使われます。このポンプのためのコントローラーが、ECUと対称になる位置、右側のスプリングのアッパーマウント部に取り付けられています。バキュームポンプそのものはフロントカウル内部に位置するようで、エンジンルーム側からは見えません。


■ アクティブボンネット

 アクティブボンネットは、衝突時に歩行者がボンネットに叩きつけられた時、内部のエンジンなどに直接頭をぶつけないように、衝撃検出時にボンネットを持ち上げる機構です。


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ボンネットを持ち上げるアクチュエーター

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ボンネット後端を持ち上げるためのリンクが組み込まれている


 ボンネットの持ち上げ動作は、ヒンジの前にある、火薬で飛び出すロッドにより行われます。バンパー内側のセンサーが衝撃を検知すると、エアバッグやシートベルトの巻取りなどと同じような形でガスが膨張し、ロッドが飛び出し、ボンネットを持ち上げます。ボンネット後端にあるヒンジは、通常の開閉のためのための支点とは別に、力がかかったときに動くリンクがあり、ボンネット後端が持ち上がります。
 アクティブボンネットの動作はある程度破壊的なものであり、これが作動するとピストン類は交換になります。ボンネットやヒンジは、見たところ元の状態に戻せそうな感じですが、実際には交換されるようです。ネコをはねて動作したという事例もあるようなので、要注意です。


■ エンジン本体

 使用しているのはSKYACTIVE-G 1.5という1.5L直列4気筒直噴ガソリンエンジンで、形式はP5-VP(マイルドハイブリッドなしのMT用)になります。
 エンジンの仕様は以下の通りです。これは2018年夏のマイナーチェンジ後のものです。

・DOHC 16バルブ 直噴ガソリンエンジン(ハイオク仕様)
・ボア74.5mm×ストローク85.8mm、排気量1496cc
・96kW(131PS) 7000 RPM
・150Nm(15.3kgfm) 4800 RPM
・鍛造クランクシャフト/軽量フライホイール
 吸気側は電動可変バルブタイミング、排気側は油圧可変バルブタイミング


■ 吸気系

 エアクリーナーを通った吸気は電子制御スロットルバルブ、樹脂製のインテークマニホールドを経てシリンダヘッドに至ります。ガソリンは筒内噴射なので、インジェクタはシリンダヘッドに取り付けられています。この部分は樹脂製のカバーに隠れています。
 このカバーはゴムブッシュ状の部品でエンジンに取り付けられているので、上に持ち上げればはずれます。


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スロットルバルブ

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インテーク部のカバー

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カバーを外したところ。インジェクターはこの下にある。


■ 点火系

 点火プラグはシリンダ頂部にあります。4個の各プラグごとに点火コイルを持つタイプです。カバー類がないので、メンテ性は良好です。


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プラグごとの点火コイル。プラグはかなり深いところにある。


■ 排気系

 P5-VPでは、排気管に4-2-1集合管を使っています。いわゆるタコ足というやつで、それぞれのシリンダーからの排気がほかのシリンダーの排気に悪影響を与えないように、ある程度距離をおいて排気が合流するようになっています。このとき、各排気系の長さを調整するために、排気管をクネクネと曲げているため、タコ足と呼ばれます。
 カスタムパーツに取り替えるような場合は、きれいにメッキされたタコ足を見せるような取り付けになりますが、これは市販車なので、タコ足部分は遮熱板でカバーされており、くねくね部分は見えません。またパイプも普通の金属地肌なので、見た目の派手さは期待できません。


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排気管の遮熱板。

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4-2-1排気管


 この集合管の後に触媒があり、さらに車両中央部のプリマフラーを経由し、トランク下のメインマフラーに至ります。排気口はメインマフラーから直接出ています。

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2019年07月28日

NDロードスターのソフトトップの構造

 NDロードスターのソフトトップの構造について見ていきます。

■ ソフトトップ

 (少なくとも自分にとっては)NDの最大の特徴はソフトトップ、つまり幌車であるということです。
 NDでは以前のモデルに比べ、幌の開閉が格段に容易になりました(らしいです。自分ではNC以前の幌に触ったことがないので)。ロックはセンターに1ヶ所のみ。幌側にロック付きのレバーがあり、それを起こせばフックが外れます。そのままルーフ部を後ろ側に動かし、シート後部の空間に収め、上から押せばロックされます。収納時はルーフ上面がそのまま上に来て、幌骨などはすべて幌の内部に隠れるので、トノカバーで覆うことなく、きれいに収納されます。


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レバーの裏側にロック用のフックがある。


 閉じる時は左右のシートの間にあるリリースレバーを操作すると、畳まれていた幌が15cmほど持ち上がります。それをそのまま引き起こし、ロック用のフックを引っ掛けてロックレバーを戻すだけです。電動開閉などのギミックはありませんが、開閉とも5秒程度で行えるので、はっきりいって電動より便利です。

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 NDロードスターというと、ハードトップのRFの電動開閉ギミックがよく話題に登りますが、手動開閉のソフトトップも十分に興味深い構造になっています。幌についてのマツダの技術解説としては、こんなのがあります。


■ 幌骨

 幌はいくつかの幌骨、ルーフパネル、リンクなどで支えられています。構成する部品はおおよそ以下のものです。なお、各部品の名称は、ルーフパネルとメインリンク以外はここで勝手につけたものです。パーツリストでも見れば正式名称がわかるかもしれませんが。。

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閉じた状態でのリンク類のおおよその配置


・ルーフパネル(屋根前半分) −−図の灰色の部分
 屋根の前半分の部分には、幌生地の下にアルミ材のフレームと板状の屋根材が入っています。前縁フレームの中央にロック機構、両側に位置合わせのための突起があります。ドアガラスの上部前半分はこのルーフパネルの側縁部に接触する形になります。前縁部の水密のためのウェザーストリップは、フロントウィンドウフレーム側に取り付けられています。

・メインリンク(ルーフパネル用幌骨) −−図の緑の部分
 横から見てルーフパネルの中央部付近に、大きく曲がった太い幌骨であるメインリンクが繋がっています。これはドア枠の一部、Bピラー相当の部材となります。そのためメインリンクのドアガラスと接触する部分、つまりドアガラス上側の後ろ側半分と後縁に接触する部分には、水密のためのストリップが取り付けられています。
 メインリンクは左右で独立しています。メインリンクの上端はルーフパネルに、下端はボディ側に、どちらも回転するピンで取り付けられています。メインリンクのボディ側支点にはスプリングが組み込まれていて、重量のバランスを取っています。畳んだ状態でロックを解除すると、このスプリングの働きで幌がちょっと持ち上がり、シートからウインドデフレクター越しに手をかけることができ、閉じるのが容易になっています。


・角度調整リンク(ルーフパネルの角度拘束用) −−図の赤い棒
 正式な名称はわからないので、ここでは角度調整リンクと呼ぶことにします。
 ルーフパネルはメインリンクとピンで接続されていますが、これだけではメインリンクに対してぶらぶらと動いてしまいます。そこでルーフパネルの動きを規制するために、メインリンクとは別に、もう1本のパイプ状のリンク部品でボディ側とルーフパネルをつないでいます。これも左右に2セットあります。上端のピンの位置はルーフパネルの後ろ側です。ボディ側はちょっと複雑になっていて、これについては後で説明します。
 メインリンクの動きとこの調整用リンクの働きにより、ルーフパネルを後ろに畳んでいくと、ルーフパネルは最初の水平状態から前縁を持ち上げた状態になり、さらに畳んでいき、収納部にロックする際には再び水平になります。

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左側がルーフパネル、中央のピンでメインリンクがつながっている。手前側の右に伸びている棒が角度調整リンク

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リンク部分のアップ


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リンク部分の構造図


・幌骨A(ルーフ後端) −−図の黄色い棒
 ルーフパネルより後ろの屋根は幌生地のみとなります。屋根が水平から後ろに傾き始める位置に、パイプを曲げた構造の幌骨A(これもここでの呼び方)があります。この幌骨Aは下側がピンで回転するようになっていて、上側は幌生地の内側(幌の側面上部)に固定されています。幌骨Aはメインリンクと連動して後ろに倒れる構造になっています。


・幌骨B(リアウィンドウ上部) −−図のオレンジ色の棒
 屋根後端の幌骨Aから後ろに下がり、リアウィンドウのとの中間あたりに、もう1本の幌骨Bがあります。この幌骨Bも左右がつながったパイプ構造で、上側は幌生地に取り付けられています。下側の支点のピンはボディではなく、幌骨Aの途中に位置します。また幌骨Bとルーフパネルは幅広のベルト(シートベルトと同等のもの)で繋がれています。これは幌を閉じた状態で位置を正しく定め、幌生地をきちんと張るためのものです。

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メインリンクの後ろ側に幌骨Aがあり、その途中に幌骨Bが取り付けられている。


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幌骨Aはメインリンクに連動して倒れ、幌骨Bは成り行きで倒れていく。


・連動リンク −−図の濃い灰色の棒
 メインリンクと幌骨Aの動きは連動しています。これはメインリンク、幌骨Aのそれぞれの支点からちょっと離れた位置で、連動リンクによって繋がれているためです。これによりメインリンクが後ろに倒れていくと、連動して幌骨Aも倒れていきます。
 連動リンクの中間位置あたりに、角度調整リンクの支点があります。つまり角度調整リンクの支点位置は固定ではなく、メインリンクと幌骨Aの位置に応じて移動していくことになります。

・リアウィンドウ
 リアウィンドウはガラス製で、熱線ヒーターも内蔵されています。このウィンドウは幌生地に取り付けられていて、幌を畳んでいくと、収納部の底の位置に沈んでいきます。ガラス製ウィンドウのありがたさは、ビニールウィンドウの幌車に乗ったことのある人しかわからないでしょう。

・幌
 屋根の前半分は内部に金属製のルーフパネルが入っていますが、そこより後ろと側面は幌生地だけです。上位グレードでは防音などのための内張りがあるらしいですが、S、SSPグレードにはありません。
 幌の裾の部分は、ボディの幌収納部の内側に取り付けられています。ボディと当たる部分にはゴム部品があり、水が侵入しにくい(しないわけではない)構造になっています。

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幌とボディの当たる位置はゴムのストリップが取り付けられている。


■ 幌の畳み込み

 幌を開いて畳むと、シート後ろの収納部に、下からリアウィンドウガラス、ウィンドウガラスとルーフパネルの間の幌生地、ルーフパネルという順に畳み込まれます。左横から見ると幌生地はZ字上に畳まれます。
 幌の開閉の際のリンクの位置や動きを見てみます。興味深いのは、ルーフパネルの角度調整リンクのボディ側支点、幌骨Aの動きの連携です。メインリンクと幌骨Bは、それぞれのボディ側支点の近くで連動リンクでつながっています。つまりメインリンクを畳む方向に動かすと、幌骨Aも連動して収納部側に畳み込まれていきます。また調整リンクのボディ側支点は、この連動リンク上に位置します。つまりメインリンクの位置に応じて調整リンクの支点位置が変化し、そしてルーフパネルの角度は、メインリンクの角度とそれによって決まる調整リンクの支点位置で決まるということです。
 幌の開閉時のそれぞれの状態を見てみます。

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閉じている状態。

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ロックを外して後ろに動かすと、ルーフパネル前縁が持ち上がる。

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さらに動かすと、リアウィンドウが収納されていく。

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ルーフパネルが水平に戻り、すべて収納される。


・閉じた状態
 幌を閉じてロックされた状態では、ルーフパネルがフロントウィンドウフレームに結合し、ほぼ水平な状態です。メインリンクはドアウィンドウ上縁部に接する部分がルーフパネルと滑らかにつながる角度になり、ルーフパネルとメインリンクでドアガラスが接触するボディ側フレームを構成します。角度調整リンクは、ルーフパネルが正しく水平になる位置にあります。
 幌骨Aはメインリンクと繋がっており、また幌内部にも固定されているので、屋根の後縁を形作るちょうどいい位置にあります。幌骨Bは連動機構はありませんが、幌内側に固定されており、またルーフパネル側にベルトで引っ張られているので、幌とベルトがピンっと張る位置にきます。これにより、幌骨AとBで幌の後ろ側部分は正しい形になります。

・開きはじめ
 ロックを外してルーフパネルを後ろ側に動かすと、それに押されてメインリンクが後ろに倒れていきます。ルーフパネルの角度は、メインリンクの角度、調整リンクの支点位置によって決まりますが、閉じていく過程では、ルーフパネルは徐々に前縁が持ち上がっていきます。

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畳み始めは、リアウィンドウ側がたるみ、ルーフパネル前縁が持ち上がる。

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この状態でのルーフパネル、メインリンク、角度調整リンクの状態。たるんだベルトは、ルーフパネルと幌骨Bをつないでいる。

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リンク類の支点部分はカバーの内部に隠れている。

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かなり収納された。メインリンクの中間部も幌生地に固定された場所がある。

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前のほうから見たところ。中央部分に固定用フックが見える。

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リンク類はすべて内部に収まる。


・リアウィンドウの収納
 メインリンクが後ろに倒れると、連動して幌骨Aとそれにつながっている幌骨Bも後ろに倒れます。幌骨Bのベルトも緩み、後ろ側の幌生地全体がたるみます。するとリアウィンドウ下側の幌生地が緩んで下にさがり、幌骨Bによってウィンドウが斜め後ろ方向に押し込まれます。そして最終的に、幌収納部の最下部にほぼ水平に畳み込まれます。

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リアウィンドウが内部に落ち込む。


・幌生地の畳み込み
 幌骨Bは幌骨Aの途中の部分にピンで止められているので、リアウィンドウが十分に下に下がり、幌骨Bも収納部の底に近づくと、もうそれ以上は下がらず、以後、幌骨Aだけが収納部に倒れ込んでいきます。結果として幌骨A、Bは、ほぼくっついた状態で収納位置に収まります。どちらの幌骨も幌生地の内側に固定されているので、屋根後半部からリアウィンドウ上縁部までの幌生地は、幌骨の位置に応じてリアウィンドウ上部に畳み込まれます。


・収納してロック
ルーフパネルを後ろに下げ、メインリンクの大半が収納部に収まるくらいになると、調整リンクの支点位置の関係から、ルーフパネルは水平に近づきます。この状態でルーフパネルの前縁を押さえると、収納部に水平に収まり、ロックがかかります。この状態では、リアウィンドウ、後ろ半分の幌生地、ルーフパネルという形で重なっています。

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すべて収納された。


 幌を閉じる動作はこの逆になります。シートの間のロックレバーを操作するとロックがはずれ、スプリングの力でルーフ前縁が15cmほど持ち上がります。このスプリングも工夫されています。スプリングはメインリンクを起こす方法に働き、ルーフ収納時の幌の重量を支えること、そして収納状態から閉じ操作を始める時にポップアップさせる力を発生させます。この力をバランスよく生み出すために、単にメインリンクのピンのまわりにねじりスプリングを収めるのではなく、ピンから離れた位置にスプリングを配置し、そこからスプリングのねじれの力をリンク機構でメインリンクに伝えています。これにより、メインリンクの角度に応じて、スプリングのアシスト力がちょうどよく変化するようになっています。

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アシストスプリング


■ウェザーストリップ

 幌の畳み込みのために、幌とドアガラス、ボディが当たる部分のゴム製のウェザーストリップはいくつかに分割されています。合わせ目の部分は薄いゴムシートが重なるなどして、水が滲みないようになっているのですが、これらのゴムが経年劣化で固くなると水密が低下し、雨漏りなどの原因になるのではないかと思います。まぁ幌は基本的に消耗品なので、ある程度の年数が経過したら、交換することになるでしょう。

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フロントウィンドウフレームと幌の合わせ目

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ルーフパネルとメインリンクのつながる部分のウェザーストリップ

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ボディとメインリンクの合わせ目のウェザーストリップ

 NDの幌のウェザーストリップとドアのガラスの合わせ目はちょっと工夫されていて、ウェザーストリップ側の溝にガラスがはまり込むようになっています。単にゴムとガラスが当たるだけという構造に比べ、格段に水密性が向上していると思われます。この構造を実現するために、ドア開閉時にパワーウィンドウでガラスが自動的に上下するようになっています。
 窓がしまっている状態でドアノブを引くと、ドアが開く直前にガラスが1cmほど下がり、溝との噛合がはずれます。そしてドアを閉めると、その直後にガラスが上昇し、溝にはまります。つまりドア開閉ごとにパワーウィンドウがちょこっと上下するのです。
 耐久性に不安を感じる構造ですが、現行モデルの発売から4年で、特に問題になっていないようなので、大丈夫なのでしょう。しかし長く乗っていると、問題になりそうな気はします。
 ガラスは、幌の開閉時にも自動的に下がります。窓ガラスと幌が閉じている状態でロックレバーを解除すると、ガラスが10cmほど下がり、幌のウェザーストリップから離れます。また幌を畳み、ガラスが一番上まで上がっている時に、幌を閉じる操作を始めると、やはり途中でガラスが10cmほど下がります。幌の開閉に伴う動作はガラスの下降だけで、元の位置に自動的に上昇するという機能はないようです。
 幌生地のボディ側への固定は、ボディの内側部分で行われます。そしてボディ表面で幌に接する部分はゴムのストリップになっていて、内部に水が浸入しないようになっています。しかしこの部分はそんなに強力な防水構造にはなっておらず、多少の水は内部に漏れます。漏れた水は幌布の縁の部分を通って流れ、ドア開口部付近に達します。ここには床下に続く排水管があり、水は下に流れます。排水口部分にはトラップがあり、葉っぱなどの固形物で管が詰まらないようになっています。
 このトラップ部は定期的に掃除しなければいけません。説明書によると年に1回程度となっています。幌を閉めた状態でシートの後ろに手を入れ、手探りで外さなければならないので、結構大変です。トラップ部は、プラスチックの目の荒いメッシュと、その上のスポンジ状のフィルターから構成されています。

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トラップ部品


posted by masa at 14:11| 自動車